2015/01/02 - 2015/01/02
14位(同エリア226件中)
エンリケさん
年末年始のラオス旅行7日目。
新年2日目のこの日は、これまで3日間過ごしてきた南ラオスに別れを告げ、首都ヴィエンチャンへひとっ飛び。
とその前に、パクセにあるチャムパーサック県歴史博物館を見学。
少ない展示資料ながら、南ラオスを大好きになってしまった身にとってはどれも興味深く感じられ、その風土や歴史に思いを馳せます。
そしてついに時間となり、パクセ国際空港からヴィエンチャンに向けフライト。
ワット・プー、コーンパペンの滝、デット島&コーン島、そしてラオス第二の都市パクセ・・・。
赤土の大地と雄大なメコン川、穏やかな人々とのんびりした雰囲気に満ちた南ラオスの風景は、仕事漬けの忙しい毎日を送っていた一日本人に大いなる癒しを与えてくれるもので、そこで過ごした短い日々は、これまでの海外旅行の中でも特に、わたしの心に深く刻まれたものとなりました。
<旅程表>
2014年〜2015年
12月27日(土) 成田→バンコク
12月28日(日) バンコク→ルアンパバン
12月29日(月) ルアンパバン
12月30日(火) ルアンパバン→パクセ→チャムパーサック(ワット・プー)→パクセ
12月31日(水) パクセ→シーパンドン(デット島&コーン島)
1月 1日(木) シーパンドン(デット島)→パクセ
○ 1月 2日(金) パクセ→ヴィエンチャン
1月 3日(土) ヴィエンチャン→バンコク
1月 4日(日) バンコク→成田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- タイ国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
1月2日(金)
6時30分、宿泊したアリサ・ゲストハウスの部屋から望むパクセの早朝の風景です。
この日も朝は少しひんやりした感じで、清々しい陽気。
南ラオスとはいえ、年末年始のこの時期は、軽く上に羽織るものが必要ですね。 -
7時、身支度を終え、出かけようと1階に降りて行くと、ロビーの一角にこんな祠のようなものが。
漢字が書かれているし、龍の飾りもあって、どうやら中国の民間信仰の廟のようです。
このパクセにも他の東南アジア諸国の都市の例にもれず華僑が進出してきているようで、ホテル業などの観光業にその多くが携わっているのでしょうね。 -
ゲストハウス前のコロニアル風の建物が建ち並ぶパクセのメインストリート。
朝7時台は車の往来がほとんどなく、静かな印象です。
見上げると青い空が広々としていて気持ちがいいですね。 -
7時30分、前々日の朝も利用したラオス料理のカフェ&レストラン、“チャムパーディ”(Champady)で朝食。
注文したのはやはり、スパイシーチキンのお粥(Boiled Rice with Chicken、15,000kip=約230円)。
優しい味ながらスパイスが効いていて美味い・・・。 -
カフェ&レストランの窓と入口には木目の美しい木の扉が使われていてオシャレな感じ。
-
カフェ&レストランからの眺め。
向こうの店では開店準備のため、店の前の掃除をしている従業員たちが・・・日本と一緒ですね。
そして空にはきれいなうろこ雲。
・・・なんだかこのカフェでぼけーっとしながら一日のんびりと過ごしていたい気分です(笑)。 -
といいながら、貧乏性のためあちこち行ってみたくなってしまうもので(笑)、朝食後の8時、再び街歩きへ。
前日と同じように、メインストリートを東へ、東へと進んで行きます。
少し行くと、道路脇に屋根のついた停留所のようなものが。
3日前から見ていますが、この街には路線バスが走っているふうでもないし、おそらく計画倒れのシロモノでしょうかね・・・。 -
メインストリートを東へてくてくと歩いて行き、8時15分、前日も訪れた“ワット・パバート”(Wat Phabat)に少し立ち寄り。
前日と同じく、境内には誰もおらず静かな雰囲気。
上空では相変わらずうろこ雲がきれいです。 -
そしてまた5分ほどてくてくと歩き、“チャムパーサック県歴史博物館”(Champasak Provincial Historical Museum)へ。
名前の通り、パクセを含むチャムパーサック県の歴史をテーマにした、2階建てのこじんまりとした博物館です。
前日は元日のため閉まっていたので、博物館好きのわたしとしてはどうしてもこの日に行っておきたかったところでした。
8時30分、開館と同時に中に入ると・・・。チャンパサック歴史遺産博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
最初に目に飛び込んできたのは、ラオスの多くの紙幣にもその肖像画が描かれている現ラオス人民民主共和国(1975年〜)の初代首相、カイソン・ポムヴィハン(Kaysone Phomvihane、1920-92年)の胸像。
政府関係施設だけに、こういう個人崇拝はいかにも社会主義国という感じですね。
穏やかでのんびりした街の雰囲気とはギャップを感じるところではありますが。 -
さて、受付で入場料10,000kip(約150円)を払って展示品を見て回ります。
まずはラオスの少数民族に関する展示。
ラオス全土には最大民族であるタイ語系のラオ族を含め、49もの民族が居住するとされていますが、ここでは、ラオス南部に住む少数民族のかつての姿を描いた絵や写真が展示されています。
上段の絵は煙草をふかす(?)ラヴェ族(Lavea Minority Group)の女性。
下段の写真は左からラヴェ族、ヤヘロ族(Ya Hero Minority Group)、ンゲ族(Ngea Minority Group)、そしてアラック族(A Lak Minority Group)。
いずれもフランス植民地時代に撮影されたもので、今こんな恰好をしている人は、お祭りの時でない限りまずいないのでしょうね。 -
こちら、上段中央の上半身裸の女性はラヴァン族(Lavan Minority Group)の写真。
下段中央と右はンゲ族の人々の写真となっています。 -
こちらはラオス最南部、シーパンドン地方のメコン川に生息するというカワイルカ。
今回の旅では見られませんでしたが、いつかデット島でカワイルカウォッチングツアーもしてみたいですね。 -
続いては、年代も分からないくらい古い時代の石の彫刻。
こちらは“象を背負いひざまずく女性”。
背中の象は頭の部分のみで胴体がなく、女性の背中から象の頭が生えてきているように見えますが、一体どういう意味なのでしょう??
一種の精霊信仰のようなものでしょうかね・・・。 -
こちらは性器が強調されている(普通?)男性の像。
まだヒンドゥー教のリンガ(*)信仰が伝わっていない時代の性器崇拝の類のものでしょうかね。
*破壊の神シヴァの象徴で男性器をかたどった彫像 -
そしてその隣には、正真正銘のリンガ。
7〜9世紀の作品と書かれています。
アンコール王朝の成立前夜の頃のものですね。 -
こちらは3日前に訪れたワット・プーの北宮殿の模型。
実物はところどころ石が崩れ落ちたりして崩壊が進んでいましたが、こちらはほぼ復元された形になっています。
“ルアンパバンの町”と並ぶ、ラオスで2つしかない世界遺産のひとつなだけに、これからしっかりと保存・修復作業を進めてほしいものです。
【ラオス紀行(5) チャムパーサックのワット・プーの北宮殿】
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=38278072 -
笛を奏でる人物(神?)の像。
製作年代は不明ですが、明らかにヒンドゥー教の影響が見られますね。 -
こちらは6世紀末頃のプレ・アンコール時代の門飾り。
やはりヒンドゥー教の世界観を表しているのでしょうね。 -
7〜8世紀頃の仏像の頭部。
この頃にはヒンドゥー教とともに仏教も伝わっていたことが分かる展示ですね。 -
こじんまりした博物館なので、1階はこのくらい。
次に階段を昇って2階に上がると、昇った先では上半身裸の人がこっちを???
・・・と思ったら、よくできた(?)等身大の人形でした。
しかしこんなところに置いておくなんて、来館者をドッキリさせたい博物館の方の遊び心でしょうかね(笑)。 -
2階は1階と打って変わって、戦争に関する展示が中心。
最初に、何の戦いかは分かりませんが、こんな象徴的な絵が飾られていました。 -
ここからは、ラオス王国(1949-75年)がフランスから独立した後の、ラオス人民民主共和国成立に至るまでの“ラオス内戦”(1953-75年)の様子を記した写真が続きます。
上段は、1961年、ハノイでのカイソン・ポムヴィハン(後のラオス人民共和国初代首相)とホーチミン(ベトナム民主共和国(北ベトナム)国家主席)の会談の様子を、下段は、1967年、ハノイでのラオス人民党とベトナム労働党の会議の様子をそれぞれ写したもの。
こうしてみると、社会主義国同士、ラオスの現政権とベトナムとの結びつきの強さが改めて感じられますね。 -
こちらはまさにラオス内戦における戦場の様子。
ラオス王国とネオ・ラーオ・イサラ(ラオス自由戦線、後のラオス人民民主共和国の中枢)、支援していたのはそれぞれ米国とソ連・ベトナムというように、当時は資本主義・自由主義と社会主義とのイデオロギー対立の時代だったんですね。 -
展示品の中には兵士や看護師として内戦に参加している女性たちの写真も。
これまで勝者の側であまり女性が活躍している写真を見たことがなかったので、思わず見入ってしまいました。 -
そして部屋の中央にはあのクラスター爆弾の残骸が。
米国がベトナム戦争におけるホーチミンルート(北ベトナムから南ベトナム解放民族戦線への中立国を経由した輸送路)破壊のため、ラオス南部に投下したもののようです。 -
展示の最後は、内戦終了後、平和と国際協調への道を歩むラオス人民民主共和国指導部の姿を写したもの。
なんだかんだ言って、平和がいちばんですね・・・。
しかし、こんな平和で穏やかな人ばかりのラオスが、つい40年前まで内線の状態にあったなんて、本当に“時代”というものは恐ろしいですね。
それよりもさらに30年も昔の太平洋戦争時代のことを今でも政治問題化、あるいは国内統治の手段に使う中韓には辟易させられますけどね・・・。
さて、時計を見ると9時30分。
そろそろパクセを発つ準備をしに、ゲストハウスに戻ります。 -
メインストリート前のゲストハウスに戻り、荷物をまとめて10時5分、チェックアウト。
ちょうど外で待機していたトゥクトゥクのドライバーに空港までの運賃を聞くと、行きと同様、40,000kip(約610円)とのことで、びた一文まけてくれませんでした・・・。
やっぱりラオスでは最初から適正価格(?)で、値段交渉の余地はないなあ・・・。
ほかに運賃比較できるトゥクトゥクも見当たらないので、このドライバーに空港までの送迎をお願いし、荷物とともにトゥクトゥクの荷台に跳び乗ります。
そしてゲストハウス前を出発。
のんびりしたパクセの街、そしてラオス南部の景色ともこれでお別れか・・・。 -
メコン川の支流、セードーン川に架かる橋を渡って一路空港へ。
荷台からこうして風景を見ていると、3日前に行ったチャムパーサックのワット・プーへの田舎道のことが思い起こされます・・・。 -
この赤土を見るのはもう最後かと思うと寂しくなってきますね。
そして思い出の地は段々遠ざかり・・・。 -
10時15分、パクセ国際空港に到着。
わずか10分ほどの乗車時間でしたが、荷台から眺める風景とともに、南ラオスで経験した様々な出来事が思い起こされたひとときでした。
・・・こうしてみると、トゥクトゥクの荷台というのはひどく旅情を感じさせる場所ですね(笑)。パクセー空港 (PKZ) 空港
-
早く着きすぎてしまったので、チェックイン手続き後、ガイドブックを読んだり空港内をぶらぶらしたりしながら過ごします。
ここで見つけたのが日本語のフリーペーパー“Taste of Laos”。
ラオスのお店や観光情報、ちょっとしたコラムなどが掲載されており、観光に役立つと同時に、読んでいてかなり面白いです。
この“Taste of Laos”の記事の中で特に印象に残ったのが、このフリーペーパーの創刊者であり、アジア7か国を旅した後にたどり着いたラオスにそのまま移住してしまったという森卓氏(*)のコラム。
森氏はラオスの人々の“人の良さ”に魅かれ、“ここで旅は終わった”と移住を決意されたようで、まさにわたしも、30か国近くを旅してきたけれども、ラオスという居心地のいい国を見つけてしまったので、これで海外旅行はやめにしようかなと、ちょっぴり思うところがありました。
*森卓氏については以下の記事にインタビューがあります。
【僕の人生は博打みたいなもの。ラオス初のフリーペーパー創刊編集長が語る独立ノウハウ(2015年7月10日Bizpow)】
http://bizpow.bizocean.jp/independent/laosta/ -
出発ゲートでそんな思いに浸っていたら、12時30分、ヴィエンチャン行きラオス航空QV304便の搭乗時刻に。
機体はプロペラ機のATR72です。
ちなみに航空券はルアンパバン−パクセ便と同様、ラオス専門の旅行会社ジャンピングツアーで手配。
パクセ−ヴィエンチャン便は当時の金額で運賃13,400円+燃油1,400円+空港使用料270円+発券手数料2,000円=17,070円(他の便と同時発券なら発券手数料がかかるのは1回のみ)でした。
【ラオス専門店 ジャンピングツアーHP】
http://www.jumping-lao.com/lticket.html -
そして12時50分、定刻より10分ほど遅れて、欧米人旅行者などでほぼ満員となったQV304便はヴィエンチャンに向けフライト。
日本人はどうやらわたし一人だけのようです・・・。
眼下に見えるのは赤土の大地とメコン川。
様々な思いが頭の中を横切りますが、南ラオスに別れを告げ、残り1日半、この旅最後の目的地、ヴィエンチャンでの観光を楽しんでいきたいと思います!
(ラオス旅行7日目後半〜ヴィエンチャン観光に続く。)
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この旅行記へのコメント (4)
-
- 川岸 町子さん 2015/07/20 17:59:23
- 【僕の人生は博打みたいなもの】
- エンリケさん、こんにちは!
「この“Taste of Laos”の記事の中で特に印象に残ったのが、このフリーペーパーの創刊者であり、アジア7か国を旅した後にたどり着いたラオスにそのまま移住してしまったという森卓氏(*)のコラム。」
前回素敵な記事を紹介下さり、ありがとうございました。
ありきたりの言葉ですが、いろんな人がいて、いろんな生き方がありますね。
その時々の縁で、人生が大きく変わることも。
森さんは、ちょっとした出会いを大事にし、縁に導かれ、ラオスにおられるのでしょうね。
「森氏はラオスの人々の“人の良さ”に魅かれ、“ここで旅は終わった”と移住を決意されたようで、まさにわたしも、30か国近くを旅してきたけれども、ラオスという居心地のいい国を見つけてしまったので、これで海外旅行はやめにしようかなと、ちょっぴり思うところがありました。」
いえいえ、だめですよー(笑)!
エンリケさんの旅を楽しみにしているファンの一人として、これからも旅のお話を待っています〜(@^▽^@)
町子
- エンリケさん からの返信 2015/07/20 21:14:08
- ラオスの旅は発見の連続でしたね。
- 川岸 町子さん
こんばんは。いつもご訪問ありがとうございます!
ラオスの旅は、現地を訪れるまでは分からなかった、いい意味でのいろんな発見があって、これまでの旅が事前に予想できすぎて味気なく思えてきてしまうほどでしたね。
> いえいえ、だめですよー(笑)!
> エンリケさんの旅を楽しみにしているファンの一人として、これからも旅のお話を待っています〜(@^▽^@)
心配していただきありがとうございます(笑)。
実はこの夏も海外旅行を計画しているのですが、やはりラオスの旅での“達成感”があって、自分の中でいまいち盛り上がれないところですね・・・。
ちゃんと遂行できるのやら・・・。
-
- メビウスさん 2015/07/20 11:09:18
- テイスト オブ ラオス
- エンリケさん、こんにちは。
テイスト オブ ラオス、私はネットで見つけ、事前にプリントアウトして持参しましたよ。
あのフリーペーパーは地図も載っていて結構イイですよね。
博物館も面白そうですね。
ハノイの軍事博物館とダナンのチャム彫刻博物館を思い出しました。
メビウス
- エンリケさん からの返信 2015/07/20 16:59:04
- 使えるフリーペーパーですね。
- メビウスさん
こんにちは。ご訪問ありがとうございます!
テイスト オブ ラオス、ご存じだったんですね。
わたしはそのまま日本に持ち帰り、いいお土産になったりしています(笑)。
ラオスの博物館はさすが社会主義国らしく、“現政権礼賛!”というような、ちょっとプロパガンダっぽさもあって、興味深かったです。
まあ、中韓の反日博物館ほど、プロパガンダ度はどぎつくはないですけどね・・・。
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