2015/06/29 - 2015/07/04
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駿河大納言さん
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2回目のポーランド来訪です。
1回目は、クラクフ中心でしたので、今回は、ワルシャワ中心です。
感想を一言で言えば、「第二次世界大戦の時に、ワルシャワ蜂起に対するナチス・ドイツの報復で、メチャメチャになる前のワルシャワに来たかった」ということでした。もちろん、ワルシャワ市民の忠実な復元は価値あるものだとは思いますが、一方で、『復元は復元』だとも思います。
今回の旅行記のテーマはショパンにしました。ショパンは本来はフランスで活動した時代の方が長く、作品も多いのですが、ポーランドに対する思いは非常に強かったと思います。
ワルシャワに残るショパンの足跡を、時代順ではなく、「旅行記らしく」南からできるだけ最短距離で辿ってみました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- スカンジナビア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ショパンに関連するもので、市内で、最も南にあるのは、ワジェンキ公園の中にあるショパン像。
正面から見ると、しだれ柳の下で腰かけるショパンの横顔。
しかし、私には、しだれ柳には見えませんでした。
この周りでは、コンサートが開かれることも。 -
ついで(その1)
ワジェンキ公園のメイン、ワジェンキ宮殿。
これも、破壊後、修復されたもの。 -
ついで(その1の1)
このワジェンキ宮殿は池の中に建てられている。
こんな景色が美しい。 -
ついで(その2)
ワジェンキ公園の中にある旧オレンジェリー。
中には、いろいろな国のいろいろな彫刻のコピー。
これで、入場料20ztとは、ワルシャワにしては、とても高い。
コストパフォーマンス悪し! -
次は、ショパン博物館。
ワジェンキ公園からは結構離れているので、バスが便利。162番のバスで、ヴィスワ川の方に大きく曲がったらすぐ折り、反対側に方に歩いたところが、ショパン博物館。
元オストルグスキ宮殿であったことだけあり、リッパな建物。 -
博物館内には、いろいろな関係資料。
これは、ショパンが最後に使ったピアノ。 -
2010年に改装されただけあって、内部は超モダン。
これは、本のようですが、各ページに書いてあるのは、各ページの上隅にかかれているバーコードだけ。
このバーコードを読んで、関係する内容が投影され、関連するショパンの音楽を聴くことができる。 -
ショパン博物館からクラクフ郊外通りに出たところにあるが、コペルニクス像。
死の直前まで、迫害を恐れ、地動説を公表しなかったという賢い(?)科学者。
後ろのポーランド科学アカデミーに眼が行きがちであるが、地面の方が面白い。「水金。。。」を思い出しながら、月も探してみよう。 -
コペルニクス像からすぐのところにあるのが、聖十字架教会。
教会の横幅で、その「力」がわかります。 -
ファサードだけだとこんな感じ。
扉の前には十字架を背負ったキリスト像があります。 -
その主祭壇。
キンピカ!
祭壇画は不明。 -
そこに埋められている、ショパンの心臓。
花輪の中の白の中の1輪の紫が印象的。 -
このあたりのクラクフ郊外通りには、ショパンの曲が流れるベンチがいくつか。曲はベンチごとに異なります。
右手前の銀色の部分が、曲を流すボタン。 -
聖十字架教会の隣の旧クラシンスキ宮殿に、1827年から1830年まで住んでいて、そのことを示す石板が埋められている。ちなみに、「宮殿」といっても、そのメインの建物ではなく、それをとりまく建物の一部。
ここに「ショパン家のサロン」が公開されているはずであるが、受付のオジサンによると、閉鎖してしまったとのこと。残念! -
この旧クラシンスキ宮殿の裏にあるのが、三位一体プロテスタント教会。
ここで、1825年、ショパンは、ロシア皇帝アレクサンドル1世のために、ピアノを弾いた。 -
この教会も再建されたもので、そのころのことを想像できるものは、何もない。
1台オルガンが置かれていたが、YAMAHAの電子オルガンであった。。。 -
三位一体プロテスタント教会から1ブロック離れた時に、サスキ公園が広がる。街の中心部にある素晴らしい公園。
ショパンは、生後7か月でこの公園にあった宮殿の別棟に住んだというが、今は、その宮殿もない。 -
ついで(その3)
サスキ公園には、無名戦士の墓があり、衛兵が交代で守っている。
これは、ちょうど衛兵の交代をしているところ。 -
再び、クラクフ郊外通りに出ると、ワルシャワ大学のメインキャンパス。
この正門を入っていった本当の突き当り(途中1つ建物(旧図書館)があるが、それを廻り込んだところ)にあるのが、カジミエッシュ宮殿。今でも、大学の組織が入っている。 -
カジミェシュ宮の1階に設置された記念プレート。
ショパンは1826年から1829年まで王立ワルシャワ大学高等音楽学校の学生であった旨が彫られています。
上は、横顔のレリーフ。 -
このカジミェシュ宮の手前(ワルシャワ大学正門からだと手前右側)の建物に、ショパンは1817年から1827年まで住んでいました。
この建物には現在日本学科や韓国学科が入っています。 -
この建物のカジミェシュ宮側には記念プレートが。
-
ワルシャワ大学の隣になるのが、ヴィジトキ教会。
第二次世界大戦の時にも、奇跡的に残ったとか。 -
その内部。
バロック様式。 -
ショパンは、学生で、カジミエシュ宮殿の高等学校(リチェウム)に通っていた頃、隣のこのヴィジトキ教会で、日曜ミサでオルガンを弾いていた。
これが今残っているオルガン。本当にこのオルガンを弾いたかどうかは「?」。 -
また、少し行ったところが、大統領官邸。
やはり、衛兵が。 -
1818年、ここは、ラジヴィウ家の宮殿であったが、ショパンはここで、人生はじめての演奏会を行った。
カジミエシュ宮殿の隣にショパンが住んでいた頃。
大統領官邸には、もちろん入れないが、その入口に記念のプレートが1枚だけ。 -
大統領官邸の隣にあるアダム・ミツキエヴィッチ像。
ポーランドのロマン派の詩人であり、ショパンと交流があった。
彼の詩に啓発されて、有名な「バラード ト単調 作品23」を作曲したと言われる。 -
もう旧王宮や旧市街が見えているが、そちらに行くことをぐっと我慢して、クラシンスキ宮殿の方に行ったところにあるのが、老舗レストラン「ホノラトカ」。ショパンが通ったということで有名らしいが、故あって、店の前を通過し、メニューなどを見ただけ。
-
ついで(その4)
お城ファンの私としては、必須なのが、このバルバカン。
クラクフにあったのに次いで2箇所目。 -
ついで(その4の1)
城内から見たバルバカン。 -
ついで(その5)
ワルシャワ市の紋章でもある戦う人魚像。これは、旧市街広場のもの。 -
ついで(その6)
旧王宮。
この周りは旧市街。
再建なれど世界遺産。
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