ローマ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
2014年6月から7月にかけて、イタリア、フランス、スペインを勝手気ままに歩いた一人たびの心地よさが忘れられず、年が明けるや否や新しいプランを作成。今年は昨年最も強く心を惹かれてしまったイタリアに集中することにしました。6月のトスカーナは連日35度を超す猛暑だったので、今年は1か月前倒し。<br /><br />まずは行きたいところをピックアップして、たびの拠点となる都市を選定。宿泊施設を押さえてから、詳細を詰めていくというのが私のスタイルなのですが、例によってこれも見たい、あそこも行きたい・・・とかく欲張りな私のこと、1か月じゃあ全く時間が足りないことがすぐに判明しました。とはいえ、時間とお金は限りあるもの。優先順位を決めて、何とかやりくりをして決めたのが下記のプランです。<br /><br />イタリアには過去3度行ったことがあります。<br />最初のたびは、大学生の頃、スイスのチューリッヒから日帰りで行ったミラノ。最後の晩餐だけ見に行ったような、慌ただしいたびでした。<br />2回目は2001年、シシリアとアルベルベッロ、カプリ島、ローマを2週間かけて回りました。<br />3回目が2014年、ベネチアとトスカーナ州、リグーリア州が中心の2週間。<br /><br />今回は、過去に行ったことのない場所をメインとした旅程となりました。たびを重ねるうちに、自分が最も興味を惹かれるものは、古い建物、神社仏閣教会等、そして彫刻、絵などの美術品 全て人が作り出したものだということがわかってきました。中でも、ここ2、3年、以前はあまり興味が沸かなかった教会に強く惹かれる自分がいます。基本的には無宗教なのですが、現在より人々の心が純粋で、神を敬う気持ちが強かった頃でなければ、創り上げられなかった文化の結晶とでもいうべき施設には畏敬の念を覚えます。というわけで、今回のたびの中心は教会を巡る街歩きとなってしまいました。<br /><br />イタリア語は皆目見当がつかず、付け焼刃で2週間ほど本を見て勉強しましたが、やるとやらないでは大違い。後は度胸と愛嬌?で前進あるのみ。御陰様で、とても自己満足度の高いたびになりました。<br /><br />2015/5/6	水	成田→モスクワ→ローマ<br />2015/5/7	木	ローマ<br />2015/5/8	金	ローマ→ティヴォリ→ローマ<br />2015/5/9	土	ローマ<br />2015/5/10	日	ローマ<br />2015/5/11	月	ローマ<br />2015/5/12	火	ローマ<br />2015/5/13	水	ローマ→ナポリ<br />2015/5/14	木	ナポリ→ソレント→アマルフィ→ラヴェッロ→アマルフィ→サレルノ→ナポリ<br />2015/5/15	金	ナポリ<br />2015/5/16	土	ナポリ→エルコラーノ→ナポリ→カゼルタ→ナポリ<br />2015/5/17	日	ナポリ→バーリ<br />2015/5/18	月	バーリ→マテーラ→バーリ<br />2015/5/19	火	バーリ→レッチェ→バーリ<br />2015/5/20	水	バーリ→オストゥーニ→チェリエ・メッサピカ→マルティーナフランカ→バーリ<br />2015/5/21	木	バーリ→アンコーナ→フォリーニョ<br />2015/5/22	金	フォリーニョ→スペッロ→アッシジ→フォリーニョ<br />2015/5/23	土	フォリーニョ→トレヴィ→スポレート→フォリーニョ<br />2015/5/24	日	フォリーニョ→ペルージャ→フォリーニョ<br />2015/5/25	月	フォリーニョ→コルトーナ→オルヴィエト<br />2015/5/26	火	オルヴィエト→チヴィタ ディ バーニョレージョ→オルヴィエト<br />2015/5/27	水	オルヴィエト→アレッツォ→オルヴィエト<br />2015/5/28	木	オルヴィエト→フィレンツェ→ボローニャ<br />2015/5/29	金	ボローニャ→ラヴェンナ→ボローニャ<br />2015/5/30	土	ボローニャ→モデナ→ボローニャ→フェラーラ→ボローニャ<br />2015/5/31	日	ボローニャ<br />2015/6/1	月	ボローニャ→パドヴァ→ヴィチェンツァ<br />2015/6/2	火	ヴィチェンツァ→パドヴァ→ヴィチェンツァ<br />2015/6/3	水	ヴィチェンツァ→ヴェローナ→ヴィチェンツァ<br />2015/6/4	木	ヴィチェンツァ<br />2015/6/5	金	ヴィチェンツァ→ミラノ<br />2015/6/6	土	ミラノ<br />2015/6/7	日	ミラノ<br />2015/6/8	月	ミラノ→モスクワ→<br />2015/6/9	火	→成田<br /><br />出発に5月6日を選んだのは、祝日でラッシュに会わずに成田に行けるからという単純な理由。昨年はANAのマイルを利用しましたが、サーチャージ、税金等追加で支払ったお金が75000円ほど。今年は格安航空会社の中でも、以前利用して「思いのほか」快適だったアエロフロートを選択。モスクワ経由はローマまでトランジットの時間を入れても16時間と、南回りより短時間でヨーロッパに行けるし、原油が下がったおかげで、昨年のサーチャージとほとんど変わらない料金が魅力的でした。これじゃあマイルを貯める意味ないし・・・

イタリア あっちも! こっちも! と欲張りなたび その1 たびだち~ローマ(トラステヴェレ)サン・クリソゴノ

46いいね!

2015/05/06 - 2015/05/07

504位(同エリア6981件中)

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55

junemay

junemayさん

2014年6月から7月にかけて、イタリア、フランス、スペインを勝手気ままに歩いた一人たびの心地よさが忘れられず、年が明けるや否や新しいプランを作成。今年は昨年最も強く心を惹かれてしまったイタリアに集中することにしました。6月のトスカーナは連日35度を超す猛暑だったので、今年は1か月前倒し。

まずは行きたいところをピックアップして、たびの拠点となる都市を選定。宿泊施設を押さえてから、詳細を詰めていくというのが私のスタイルなのですが、例によってこれも見たい、あそこも行きたい・・・とかく欲張りな私のこと、1か月じゃあ全く時間が足りないことがすぐに判明しました。とはいえ、時間とお金は限りあるもの。優先順位を決めて、何とかやりくりをして決めたのが下記のプランです。

イタリアには過去3度行ったことがあります。
最初のたびは、大学生の頃、スイスのチューリッヒから日帰りで行ったミラノ。最後の晩餐だけ見に行ったような、慌ただしいたびでした。
2回目は2001年、シシリアとアルベルベッロ、カプリ島、ローマを2週間かけて回りました。
3回目が2014年、ベネチアとトスカーナ州、リグーリア州が中心の2週間。

今回は、過去に行ったことのない場所をメインとした旅程となりました。たびを重ねるうちに、自分が最も興味を惹かれるものは、古い建物、神社仏閣教会等、そして彫刻、絵などの美術品 全て人が作り出したものだということがわかってきました。中でも、ここ2、3年、以前はあまり興味が沸かなかった教会に強く惹かれる自分がいます。基本的には無宗教なのですが、現在より人々の心が純粋で、神を敬う気持ちが強かった頃でなければ、創り上げられなかった文化の結晶とでもいうべき施設には畏敬の念を覚えます。というわけで、今回のたびの中心は教会を巡る街歩きとなってしまいました。

イタリア語は皆目見当がつかず、付け焼刃で2週間ほど本を見て勉強しましたが、やるとやらないでは大違い。後は度胸と愛嬌?で前進あるのみ。御陰様で、とても自己満足度の高いたびになりました。

2015/5/6 水 成田→モスクワ→ローマ
2015/5/7 木 ローマ
2015/5/8 金 ローマ→ティヴォリ→ローマ
2015/5/9 土 ローマ
2015/5/10 日 ローマ
2015/5/11 月 ローマ
2015/5/12 火 ローマ
2015/5/13 水 ローマ→ナポリ
2015/5/14 木 ナポリ→ソレント→アマルフィ→ラヴェッロ→アマルフィ→サレルノ→ナポリ
2015/5/15 金 ナポリ
2015/5/16 土 ナポリ→エルコラーノ→ナポリ→カゼルタ→ナポリ
2015/5/17 日 ナポリ→バーリ
2015/5/18 月 バーリ→マテーラ→バーリ
2015/5/19 火 バーリ→レッチェ→バーリ
2015/5/20 水 バーリ→オストゥーニ→チェリエ・メッサピカ→マルティーナフランカ→バーリ
2015/5/21 木 バーリ→アンコーナ→フォリーニョ
2015/5/22 金 フォリーニョ→スペッロ→アッシジ→フォリーニョ
2015/5/23 土 フォリーニョ→トレヴィ→スポレート→フォリーニョ
2015/5/24 日 フォリーニョ→ペルージャ→フォリーニョ
2015/5/25 月 フォリーニョ→コルトーナ→オルヴィエト
2015/5/26 火 オルヴィエト→チヴィタ ディ バーニョレージョ→オルヴィエト
2015/5/27 水 オルヴィエト→アレッツォ→オルヴィエト
2015/5/28 木 オルヴィエト→フィレンツェ→ボローニャ
2015/5/29 金 ボローニャ→ラヴェンナ→ボローニャ
2015/5/30 土 ボローニャ→モデナ→ボローニャ→フェラーラ→ボローニャ
2015/5/31 日 ボローニャ
2015/6/1 月 ボローニャ→パドヴァ→ヴィチェンツァ
2015/6/2 火 ヴィチェンツァ→パドヴァ→ヴィチェンツァ
2015/6/3 水 ヴィチェンツァ→ヴェローナ→ヴィチェンツァ
2015/6/4 木 ヴィチェンツァ
2015/6/5 金 ヴィチェンツァ→ミラノ
2015/6/6 土 ミラノ
2015/6/7 日 ミラノ
2015/6/8 月 ミラノ→モスクワ→
2015/6/9 火 →成田

出発に5月6日を選んだのは、祝日でラッシュに会わずに成田に行けるからという単純な理由。昨年はANAのマイルを利用しましたが、サーチャージ、税金等追加で支払ったお金が75000円ほど。今年は格安航空会社の中でも、以前利用して「思いのほか」快適だったアエロフロートを選択。モスクワ経由はローマまでトランジットの時間を入れても16時間と、南回りより短時間でヨーロッパに行けるし、原油が下がったおかげで、昨年のサーチャージとほとんど変わらない料金が魅力的でした。これじゃあマイルを貯める意味ないし・・・

旅行の満足度
5.0
同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス 徒歩
航空会社
アエロフロート・ロシア航空
旅行の手配内容
個別手配
  • 成田に着いて、アエロフロートのモスクワ行きを探したけれど、見当たらず。なんと、モスクワ経由パリ行きが正解でした。<br /><br />モスクワから先、同じ飛行機で行くのかどうかは確かめませんでした。

    成田に着いて、アエロフロートのモスクワ行きを探したけれど、見当たらず。なんと、モスクワ経由パリ行きが正解でした。

    モスクワから先、同じ飛行機で行くのかどうかは確かめませんでした。

  • 機内に落ち着きました。前回乗ったのは、ソチオリンピックの前だったので、コカ・コーラゼロもソチ仕様だったことを思い出しました。<br />今回は、まったく面白味のない通常仕様。<br /><br />旧ソ連の頃は、イシューリンとかいう飛行機を使っていて、利用する気になれませんでしたが、現在はエアバス社A330-300を使用しているので、勿論個人ディスプレーも完備しています。<br /><br />映画は英語が主流で、日本語は少なかったです。機内で映画観ていて、英語のヒアリング力の著しい低下を思い知らされました。

    機内に落ち着きました。前回乗ったのは、ソチオリンピックの前だったので、コカ・コーラゼロもソチ仕様だったことを思い出しました。
    今回は、まったく面白味のない通常仕様。

    旧ソ連の頃は、イシューリンとかいう飛行機を使っていて、利用する気になれませんでしたが、現在はエアバス社A330-300を使用しているので、勿論個人ディスプレーも完備しています。

    映画は英語が主流で、日本語は少なかったです。機内で映画観ていて、英語のヒアリング力の著しい低下を思い知らされました。

  • 近頃は、単なる義務感で撮っているような気がする機内食1回目。日本発の機内食はそれでも安心感があります。魚をチョイスしたけれど、お味はまあまあかな。

    近頃は、単なる義務感で撮っているような気がする機内食1回目。日本発の機内食はそれでも安心感があります。魚をチョイスしたけれど、お味はまあまあかな。

  • 機内食2回目はビーフでした。機内サービスも可もなく不可もなく。ロシア語なまりの日本語でのアナウンスもあります。一生懸命話しているのがわかるので、こちらも毎回耳を傾けて聞きましたが、抑揚を除いてはほぼ完璧でした。パチパチパチ!!

    機内食2回目はビーフでした。機内サービスも可もなく不可もなく。ロシア語なまりの日本語でのアナウンスもあります。一生懸命話しているのがわかるので、こちらも毎回耳を傾けて聞きましたが、抑揚を除いてはほぼ完璧でした。パチパチパチ!!

  • 10時間少々のフライトで無事モスクワシェレメチェヴォ空港に到着。1年半前にも利用したラウンジで少し休憩。<br /><br />前回は、スモーカーズラウンジまであったこちらのラウンジですが、1年半の間に空港が全面禁煙になっていました。ショック!

    10時間少々のフライトで無事モスクワシェレメチェヴォ空港に到着。1年半前にも利用したラウンジで少し休憩。

    前回は、スモーカーズラウンジまであったこちらのラウンジですが、1年半の間に空港が全面禁煙になっていました。ショック!

  • 食べ物の種類は意外と豊富。お腹がすいていなかったので、軽食だけ頂きました。

    食べ物の種類は意外と豊富。お腹がすいていなかったので、軽食だけ頂きました。

  • 左手前の麦のようなサラダが結構美味でした。奥にちらっと見える串はチキンとズッキーニ。

    左手前の麦のようなサラダが結構美味でした。奥にちらっと見える串はチキンとズッキーニ。

  • プーチンのマトゥリョーシカ、売れそうにない気がしますが、ロシアを感じさせるものと言ったら、これくらいかな?<br /><br />

    プーチンのマトゥリョーシカ、売れそうにない気がしますが、ロシアを感じさせるものと言ったら、これくらいかな?

  • ターミナルの移動がなかったので、トランジットの2時間半は適切だったし、ゆっくりとインターネットが使えたので、便利でした。<br /><br />モスクワ→ローマ間は3時間55分。成田からトランジットの時間を入れて16時間35分のフライトでした。写真は3回目の機内食。ブロイラー状態だったので殆ど口をつけられず。右下ビーツの量が半端じゃなく多かったです(笑)。

    ターミナルの移動がなかったので、トランジットの2時間半は適切だったし、ゆっくりとインターネットが使えたので、便利でした。

    モスクワ→ローマ間は3時間55分。成田からトランジットの時間を入れて16時間35分のフライトでした。写真は3回目の機内食。ブロイラー状態だったので殆ど口をつけられず。右下ビーツの量が半端じゃなく多かったです(笑)。

  • ほぼ定刻通り、現地時間21時55分頃にローマフィウミチーノ空港到着。家を出てから21時間ほどたっていたので、流石に疲れましたぁ。<br /><br />空港は人が溢れていたのに、段々と寂しくなっていって、テルミニ駅行きのレオナルドエキスプレスの車内はご覧のとおり閑散としていました。<br /><br />ノロノロと走っていたようだけれど、こちらも40分くらいで無事到着。駅から2分とかからない、ホテルイジェアにチェックインしました。

    ほぼ定刻通り、現地時間21時55分頃にローマフィウミチーノ空港到着。家を出てから21時間ほどたっていたので、流石に疲れましたぁ。

    空港は人が溢れていたのに、段々と寂しくなっていって、テルミニ駅行きのレオナルドエキスプレスの車内はご覧のとおり閑散としていました。

    ノロノロと走っていたようだけれど、こちらも40分くらいで無事到着。駅から2分とかからない、ホテルイジェアにチェックインしました。

  • ホテルの絶対条件が駅近。ゆっくりと静かに寝られれば、それで良しとしているので、今回のホテルにも多くを望みませんでした。部屋は中庭に面していて、眺めはいまいちですが、とても静か(と思ったのですが、サンタ・マリア・マッジョーレ教会の鐘の音が、隣で鳴っているように聞こえます。滞在中の毎日目覚まし代わりにしていました。勿論夜中は鳴りませんよ!)で、十分な広さがあり、シャワーの金具が固定式だったことを除けば、快適でした。

    ホテルの絶対条件が駅近。ゆっくりと静かに寝られれば、それで良しとしているので、今回のホテルにも多くを望みませんでした。部屋は中庭に面していて、眺めはいまいちですが、とても静か(と思ったのですが、サンタ・マリア・マッジョーレ教会の鐘の音が、隣で鳴っているように聞こえます。滞在中の毎日目覚まし代わりにしていました。勿論夜中は鳴りませんよ!)で、十分な広さがあり、シャワーの金具が固定式だったことを除けば、快適でした。

  • ここに7泊します。最初ローマは1週間で大丈夫だろうと考えたのですが、甘かった。ホテルの人に聞いたら、「1か月でも足りないよ」と。<br /><br />そうでしょうね。ローマは1日にしてならず。1週間で足りるわけがありません。今回は、前回行ったバチカン美術館、コロッセオ、トレヴィの泉、サンタンジェロ城等のお上りさんコースはすべて省いたのだけれど、それでも全然時間が足りませんでした。

    ここに7泊します。最初ローマは1週間で大丈夫だろうと考えたのですが、甘かった。ホテルの人に聞いたら、「1か月でも足りないよ」と。

    そうでしょうね。ローマは1日にしてならず。1週間で足りるわけがありません。今回は、前回行ったバチカン美術館、コロッセオ、トレヴィの泉、サンタンジェロ城等のお上りさんコースはすべて省いたのだけれど、それでも全然時間が足りませんでした。

  • 明日からの過密なスケジュールをこなすために、早速寝る準備をします。おやすみなさい!

    明日からの過密なスケジュールをこなすために、早速寝る準備をします。おやすみなさい!

  • ボンジョルノ ローマ!<br />サンタ・マリア・マッジョーレ教会の強烈な7時の鐘の音で、爽やかに目が覚めました。写真は、撮るほどでもない中庭の風景です。<br /><br />1階の奥にある食堂で朝食を済まして早速お出かけです。タバッキでメトロとバスの共通切符をまずは10枚購入して、テルミニ駅前のバスターミナルから急行Hのバスに乗りました。始発だから余裕と思ったのですが、混んでいて座れず。レップブリカ広場、ベネチア広場を経て、テヴェレ川を渡ったBelliで下車しました。<br />

    ボンジョルノ ローマ!
    サンタ・マリア・マッジョーレ教会の強烈な7時の鐘の音で、爽やかに目が覚めました。写真は、撮るほどでもない中庭の風景です。

    1階の奥にある食堂で朝食を済まして早速お出かけです。タバッキでメトロとバスの共通切符をまずは10枚購入して、テルミニ駅前のバスターミナルから急行Hのバスに乗りました。始発だから余裕と思ったのですが、混んでいて座れず。レップブリカ広場、ベネチア広場を経て、テヴェレ川を渡ったBelliで下車しました。

  • 初日からローマの下町トラステヴェレです。<br /><br />初っ端の目的地はすぐ目の前。トラステベレ大通りに面しているサン・クリソゴノ教会です。

    初日からローマの下町トラステヴェレです。

    初っ端の目的地はすぐ目の前。トラステベレ大通りに面しているサン・クリソゴノ教会です。

  • ローマの水は安心して飲める水だそうです。この水飲み場ナゾーネを見て、ローマにいるという実感がこみ上げてくるのを感じました。24時間流れっぱなしのこういったナゾーネは、ローマ市内に2500個以上あるそうです。<br /><br />お腹の丈夫な私は、以来何度もナゾーネでペットボトルに給水して飲みましたが、本当に冷たくて美味しかったです。勿論、お腹を壊すようなことは「私」の場合は皆無でした。

    ローマの水は安心して飲める水だそうです。この水飲み場ナゾーネを見て、ローマにいるという実感がこみ上げてくるのを感じました。24時間流れっぱなしのこういったナゾーネは、ローマ市内に2500個以上あるそうです。

    お腹の丈夫な私は、以来何度もナゾーネでペットボトルに給水して飲みましたが、本当に冷たくて美味しかったです。勿論、お腹を壊すようなことは「私」の場合は皆無でした。

  • サン・クリソゴノ教会は、三角屋根に4本のドーリア式の大理石の柱が目立つ拝廊を持つ教会。私にとっては初めてのスタイルでしたが、その後ローマ市内の至る所で同じような様式の教会をよく見かけました。<br /><br />創建は4世紀? と言われていますが、書物に初めて登場したのは499年のローマ教会会議法でした。1123年に古い教会の上に新しい教会が建てられましたが、ファサードは1620年の修復の際に加えられたそうです。<br /><br />典型的なロマネスクの鐘楼は6階建てで、1129年の建築。<br /><br /><br /><br />

    サン・クリソゴノ教会は、三角屋根に4本のドーリア式の大理石の柱が目立つ拝廊を持つ教会。私にとっては初めてのスタイルでしたが、その後ローマ市内の至る所で同じような様式の教会をよく見かけました。

    創建は4世紀? と言われていますが、書物に初めて登場したのは499年のローマ教会会議法でした。1123年に古い教会の上に新しい教会が建てられましたが、ファサードは1620年の修復の際に加えられたそうです。

    典型的なロマネスクの鐘楼は6階建てで、1129年の建築。



  • これは、その日の昼すぎに、通りの向かい側から写したもの。ファサードには、「スキピオ・ボルゲーゼが修復 1626年」とラテン語で書かれているので、これがファサードの完成した年のようです。<br /><br />拝廊の屋根に飾られているのは、名門ボルゲーゼ家の紋章である鷲と壺です。

    これは、その日の昼すぎに、通りの向かい側から写したもの。ファサードには、「スキピオ・ボルゲーゼが修復 1626年」とラテン語で書かれているので、これがファサードの完成した年のようです。

    拝廊の屋根に飾られているのは、名門ボルゲーゼ家の紋章である鷲と壺です。

  • 中に入りました。ローマに着いて最初の教会ですから、まずこのコズマーティ様式の床に目が行きました。

    中に入りました。ローマに着いて最初の教会ですから、まずこのコズマーティ様式の床に目が行きました。

  • 12〜14世紀のローマで活躍していたモザイク職人のコズマーティ一族によって編み出された技法だそうです。本物を見るのは、は・じ・め・て。すご〜い!<br /><br />カラフルな大理石にも目を奪われます。

    12〜14世紀のローマで活躍していたモザイク職人のコズマーティ一族によって編み出された技法だそうです。本物を見るのは、は・じ・め・て。すご〜い!

    カラフルな大理石にも目を奪われます。

  • モザイク大好き人間にとってはたまりません。コズマーティ初期のものだそうですが、保存状態は大変良好。存分に目を楽しませてくれました。

    モザイク大好き人間にとってはたまりません。コズマーティ初期のものだそうですが、保存状態は大変良好。存分に目を楽しませてくれました。

  • いい加減しつこいと言われそう。<br /><br />強烈な朝日が撮影の邪魔をしたけれど、誰も歩いていないから、撮影しやすかったですよ。これだけでもこの教会に来た価値あり。

    いい加減しつこいと言われそう。

    強烈な朝日が撮影の邪魔をしたけれど、誰も歩いていないから、撮影しやすかったですよ。これだけでもこの教会に来た価値あり。

  • やっとお次は天井です。<br /><br />金ぴかな天井。ここにも、ボルゲーゼ家の紋章 鷲の姿が見えますね。<br /><br />

    やっとお次は天井です。

    金ぴかな天井。ここにも、ボルゲーゼ家の紋章 鷲の姿が見えますね。

  • 天井中央の絵は、ジャン・フランチェスコ・バルビエリの「聖クリソゴノの列聖」なのですが、実はこの絵、フランスがローマを支配していた1800年代にイギリスに売られちゃったのだそうです。従ってここにあるのはコピー。本物はイギリスのランカスターハウスの天井を飾っています。

    天井中央の絵は、ジャン・フランチェスコ・バルビエリの「聖クリソゴノの列聖」なのですが、実はこの絵、フランスがローマを支配していた1800年代にイギリスに売られちゃったのだそうです。従ってここにあるのはコピー。本物はイギリスのランカスターハウスの天井を飾っています。

  • こちらは、右の側廊の奥にあったポリ家礼拝堂です。

    こちらは、右の側廊の奥にあったポリ家礼拝堂です。

  • 中央祭壇に参りましょう。身廊と同じように金ぴかの天井で、左右に二つのボルゲーゼ家の紋章がいやでも目につきます。

    中央祭壇に参りましょう。身廊と同じように金ぴかの天井で、左右に二つのボルゲーゼ家の紋章がいやでも目につきます。

  • 4本の柱で支えられたドームの中に、中央祭壇が置かれています。こちらは1127年当時に捧げられたもので、中には、聖クリソゴノの聖遺物がガラスの箱に納められています。<br /><br />格子窓から覗いてみると、ガラスの箱の中に、赤いものが見えましたが、聖遺物って一体なんでしょう? 調べてみたところでは、遺骸の一部や遺髪、故人に関わる衣服や所持品などの遺品が多かったですが、中世にかけて盛んに信仰の対象となったようです。

    4本の柱で支えられたドームの中に、中央祭壇が置かれています。こちらは1127年当時に捧げられたもので、中には、聖クリソゴノの聖遺物がガラスの箱に納められています。

    格子窓から覗いてみると、ガラスの箱の中に、赤いものが見えましたが、聖遺物って一体なんでしょう? 調べてみたところでは、遺骸の一部や遺髪、故人に関わる衣服や所持品などの遺品が多かったですが、中世にかけて盛んに信仰の対象となったようです。

  • 床のモザイクは、17世紀に修復されていますが、その際、聖域付近の一部の床が剥がされて、ボルゲーゼ家の紋章入りのモザイクに置き換えられました。<br /><br />それ以来、このモザイクは辛口の批評にさらされているようです。上にあったコズマーティ様式と比較すると、子供だましみたいなので、無理もありませんね。

    床のモザイクは、17世紀に修復されていますが、その際、聖域付近の一部の床が剥がされて、ボルゲーゼ家の紋章入りのモザイクに置き換えられました。

    それ以来、このモザイクは辛口の批評にさらされているようです。上にあったコズマーティ様式と比較すると、子供だましみたいなので、無理もありませんね。

  • こちらは、左の側廊の床を一番奥から撮ったもの。こちらの床の方が断然素晴らしいと思いませんか? 思いますよね。(けっこう強引)

    こちらは、左の側廊の床を一番奥から撮ったもの。こちらの床の方が断然素晴らしいと思いませんか? 思いますよね。(けっこう強引)

  • 左側廊の一番奥にあるナザレのイエスの礼拝堂です。1855年にネオバロック様式の装飾を施されました。<br /><br />天井ドームのフレスコ画 栄光のキリストには、三位一体のしるしが表されていますね。

    左側廊の一番奥にあるナザレのイエスの礼拝堂です。1855年にネオバロック様式の装飾を施されました。

    天井ドームのフレスコ画 栄光のキリストには、三位一体のしるしが表されていますね。

  • 同じくナザレのイエスの礼拝堂、祭壇には、ゲッセマネの園で逮捕された後のイエスの像がありました。<br /><br />このような像が祭壇に飾られているのを見るのは初めてかも。十字架に磔のイエスはあまり好みではないけれど、こちらの像、妙に人間臭い表情で、気に入りました。<br /><br />誰もあんたの好み聞いてないよって。ハイ。その通りなんですけれど・・・

    同じくナザレのイエスの礼拝堂、祭壇には、ゲッセマネの園で逮捕された後のイエスの像がありました。

    このような像が祭壇に飾られているのを見るのは初めてかも。十字架に磔のイエスはあまり好みではないけれど、こちらの像、妙に人間臭い表情で、気に入りました。

    誰もあんたの好み聞いてないよって。ハイ。その通りなんですけれど・・・

  • 突然ですが、ここから急に地下に潜ります。聖具室にいる係りの人に入場料を払って、鉄の階段を伝って、地下5mまで下りていきます。<br /><br />多くの教会は、古い教会やそれ以前のローマの神殿跡の上に建っているということは聞いてはいましたが、実際にこの目で見たことはありません。誰もいないので、ちょっと怖〜い!<br /><br />冒頭にも書いたように、この教会の創建は4世紀?と言われていますが、地下の存在は、1907年の現教会の修復工事の際に偶然見つかったものです。<br /><br />早速現れた8世紀の後陣とクリプタ(地下礼拝室)。<br />

    突然ですが、ここから急に地下に潜ります。聖具室にいる係りの人に入場料を払って、鉄の階段を伝って、地下5mまで下りていきます。

    多くの教会は、古い教会やそれ以前のローマの神殿跡の上に建っているということは聞いてはいましたが、実際にこの目で見たことはありません。誰もいないので、ちょっと怖〜い!

    冒頭にも書いたように、この教会の創建は4世紀?と言われていますが、地下の存在は、1907年の現教会の修復工事の際に偶然見つかったものです。

    早速現れた8世紀の後陣とクリプタ(地下礼拝室)。

  • 両側を煉瓦とモルタルで作られた壁が続く古い教会の跡を歩きます。この部分は左側通路、幅が3m位。長さは2、30mほどはありそうです。うわ〜ん。本当に誰もいないよ〜

    両側を煉瓦とモルタルで作られた壁が続く古い教会の跡を歩きます。この部分は左側通路、幅が3m位。長さは2、30mほどはありそうです。うわ〜ん。本当に誰もいないよ〜

  • 所々、地面から光が射しこんでくる場所があって、おお〜ここは地下なんだ! ということを実感させてくれます。

    所々、地面から光が射しこんでくる場所があって、おお〜ここは地下なんだ! ということを実感させてくれます。

  • クリプトの中央通路にあった、聖クリソゴノ、聖ルフィーノ、聖アナスタシアのフレスコ画。状態はかなり悪いです。

    クリプトの中央通路にあった、聖クリソゴノ、聖ルフィーノ、聖アナスタシアのフレスコ画。状態はかなり悪いです。

  • 古い教会の床も、所々、こんなふうに残っています。

    古い教会の床も、所々、こんなふうに残っています。

  • 無造作に置かれているように見える碑文と石棺。こちらの石棺のモチーフには、キリスト教以前のローマ時代の宗教の特色がみられます。暗すぎて、私のカメラではこれが精いっぱい。

    無造作に置かれているように見える碑文と石棺。こちらの石棺のモチーフには、キリスト教以前のローマ時代の宗教の特色がみられます。暗すぎて、私のカメラではこれが精いっぱい。

  • この配置って意味があるんでしょうかね。発見された当時のままに置かれているのかなあ…

    この配置って意味があるんでしょうかね。発見された当時のままに置かれているのかなあ…

  • 右側通路にあった円形(トンド)の中に、聖人たちの顔が描かれているフレスコ画。こちらは8世紀の作品と言われています。損傷が激しいです。

    右側通路にあった円形(トンド)の中に、聖人たちの顔が描かれているフレスコ画。こちらは8世紀の作品と言われています。損傷が激しいです。

  • 激しくぶれていますが、これはかつての教会の中央祭壇です。描かれている同心円模様(車輪を表す)のフレスコ画は6世紀のものだとされています。

    激しくぶれていますが、これはかつての教会の中央祭壇です。描かれている同心円模様(車輪を表す)のフレスコ画は6世紀のものだとされています。

  • 海のモチーフが彫られた大理石の石棺。中央の帆立貝で縁取られた中にあるのは、葬られた故人の胸像です。トリトン(ギリシャ神話の半人半魚の神)やネレイス(海の女神)達が周りを取り巻いています。この石棺はずいぶん古くて2世紀に作られたものだそうです。どうも発見された場所にそのまま置かれているようです。

    海のモチーフが彫られた大理石の石棺。中央の帆立貝で縁取られた中にあるのは、葬られた故人の胸像です。トリトン(ギリシャ神話の半人半魚の神)やネレイス(海の女神)達が周りを取り巻いています。この石棺はずいぶん古くて2世紀に作られたものだそうです。どうも発見された場所にそのまま置かれているようです。

  • 6世紀頃と推定されるフレスコ画。カーテンのひだのようなものが見えます。そして・・・

    6世紀頃と推定されるフレスコ画。カーテンのひだのようなものが見えます。そして・・・

  • こちらの状態の良いフレスコ画は10世紀の作品。聖ベネディクトがハンセン病患者を癒している場面だそうです。

    こちらの状態の良いフレスコ画は10世紀の作品。聖ベネディクトがハンセン病患者を癒している場面だそうです。

  • 他にも色々写しましたが、はてな〜? 何だろう? と意味不明のものばかりだったので省略。そろそろ地上の世界に戻りましょう。<br /><br />最後まで訪れる者はなく、シーンと静まり返る世界に私一人でございました。

    他にも色々写しましたが、はてな〜? 何だろう? と意味不明のものばかりだったので省略。そろそろ地上の世界に戻りましょう。

    最後まで訪れる者はなく、シーンと静まり返る世界に私一人でございました。

  • 聖具室に戻ってきました。壁に飾られていたのは、二人の奴隷を両脇にした 全能者ハリストス(キリスト)の肖像。1210年作のモザイクのコピーだそうです。<br /><br />ビザンチンの影響が感じられるモザイクですが、構図が面白いですね。

    聖具室に戻ってきました。壁に飾られていたのは、二人の奴隷を両脇にした 全能者ハリストス(キリスト)の肖像。1210年作のモザイクのコピーだそうです。

    ビザンチンの影響が感じられるモザイクですが、構図が面白いですね。

  • 天井には、聖クリソゴノの肖像のフレスコ画。こちらも新しいもので20世紀の作品。彼が殉教したのは、キリスト教の弾圧が激しかったローマ皇帝ディオクレティアヌスの時代、304年から5年にかけてと言われています。

    天井には、聖クリソゴノの肖像のフレスコ画。こちらも新しいもので20世紀の作品。彼が殉教したのは、キリスト教の弾圧が激しかったローマ皇帝ディオクレティアヌスの時代、304年から5年にかけてと言われています。

  • 中央祭壇の横を抜けて、今度は後陣を見に行きます。相変わらず床が気になります。

    中央祭壇の横を抜けて、今度は後陣を見に行きます。相変わらず床が気になります。

  • 後陣の半月形の部分。彫られているのは、聖クリソゴノの生涯です。その下にある聖母子像。左に聖ジャコモ、右に聖クリソゴノを従えています。

    後陣の半月形の部分。彫られているのは、聖クリソゴノの生涯です。その下にある聖母子像。左に聖ジャコモ、右に聖クリソゴノを従えています。

  • サン・クリソゴノ教会のもう一つの見どころと言えば、左側廊にあるこちら福者アンナ・マリア・タイギの「腐敗しない遺体」が安置された礼拝堂です。<br />彼女に関する話を、ある人のブログで知ったことも、トラステヴェレで最初にここを訪れた理由の一つです。<br /><br />彼女は1769年シエナに生まれ、1837年。ローマで69年間の生涯を閉じました。

    サン・クリソゴノ教会のもう一つの見どころと言えば、左側廊にあるこちら福者アンナ・マリア・タイギの「腐敗しない遺体」が安置された礼拝堂です。
    彼女に関する話を、ある人のブログで知ったことも、トラステヴェレで最初にここを訪れた理由の一つです。

    彼女は1769年シエナに生まれ、1837年。ローマで69年間の生涯を閉じました。

  • 彼女に関するリーフレットを頂いたのですが、残念ながらイタリア語のみ。「2週間のイタリア語入門」では全く歯が立たない代物ですが、大体の意味はこんな感じでしょうか?<br /><br />福者アンナ・マリア・タイギは、よき母として7人の子供を育て、よき妻として夫に仕え、朝から晩まで働き、困っている人を助けました。そのうちに彼女は神から預言を受けたり、神秘的な体験をしたりするようになり、ナポレオンや教皇らの身の上に起こることを次々と預言し、時には相変わらず貧しい生活をしながら、王族や貴族、枢機卿などと交流して助言を与えるようになりました。<br /><br />1837年に病に倒れ、亡くなった後、どうしてこちらに遺体があるのかについてはどこにも書いてありませんでしたが、その遺体が腐敗せずに亡くなった時と同じ状態にあると言うのです。

    彼女に関するリーフレットを頂いたのですが、残念ながらイタリア語のみ。「2週間のイタリア語入門」では全く歯が立たない代物ですが、大体の意味はこんな感じでしょうか?

    福者アンナ・マリア・タイギは、よき母として7人の子供を育て、よき妻として夫に仕え、朝から晩まで働き、困っている人を助けました。そのうちに彼女は神から預言を受けたり、神秘的な体験をしたりするようになり、ナポレオンや教皇らの身の上に起こることを次々と預言し、時には相変わらず貧しい生活をしながら、王族や貴族、枢機卿などと交流して助言を与えるようになりました。

    1837年に病に倒れ、亡くなった後、どうしてこちらに遺体があるのかについてはどこにも書いてありませんでしたが、その遺体が腐敗せずに亡くなった時と同じ状態にあると言うのです。

  • 失礼かなと思いましたが、写真を撮らせていただきました。蝋人形という可能性はないのかしら??? 真偽のほどは全く分かりませんが、安らかなお顔でございましたよ。<br /><br />死後83年だった1920年に、アンナ・マリア・タイギは福者(イタリア語でBeato)とされました(列福と呼ぶそうです)。

    失礼かなと思いましたが、写真を撮らせていただきました。蝋人形という可能性はないのかしら??? 真偽のほどは全く分かりませんが、安らかなお顔でございましたよ。

    死後83年だった1920年に、アンナ・マリア・タイギは福者(イタリア語でBeato)とされました(列福と呼ぶそうです)。

  • 礼拝堂の祭壇上はアンナ・マリア・タイギをそっと見守る聖母子。

    礼拝堂の祭壇上はアンナ・マリア・タイギをそっと見守る聖母子。

  • 礼拝堂の天井画です。中央に見えるフレスコ画では、アンナは天国で三位一体と聖母による歓迎を受けています。

    礼拝堂の天井画です。中央に見えるフレスコ画では、アンナは天国で三位一体と聖母による歓迎を受けています。

  • 最期に気に入った2枚の絵画を紹介して、サン・クリソゴノ教会をお終いにしましょう。<br /><br />こちらは、「聖フランチェスコ、聖ドメニコとアンジェロ ディ パオロ グイドッティによる会議」と名付けられた作品。

    最期に気に入った2枚の絵画を紹介して、サン・クリソゴノ教会をお終いにしましょう。

    こちらは、「聖フランチェスコ、聖ドメニコとアンジェロ ディ パオロ グイドッティによる会議」と名付けられた作品。

  • こちらは、17世紀のフレスコ画。描かれているのは、マグダラのマリア(イタリア語では聖マリア・マッダレーナ)と二人の聖人G.コーリ とF. ゲラルディ 。下半分が欠けてしまっているのが残念ですが、目の表情がよく、とても生き生きと描かれています。<br /><br />初っ端の教会で、早くも時間を使ってしまいました。教会が長い昼休みに入る前に次に行かなくちゃ!というわけで、この続きは、イタリア あっちも! こっちも! と欲張りなたび その2 ローマ(トラステヴェレ)サンタ チェチリアで。延々続きまっせ!

    こちらは、17世紀のフレスコ画。描かれているのは、マグダラのマリア(イタリア語では聖マリア・マッダレーナ)と二人の聖人G.コーリ とF. ゲラルディ 。下半分が欠けてしまっているのが残念ですが、目の表情がよく、とても生き生きと描かれています。

    初っ端の教会で、早くも時間を使ってしまいました。教会が長い昼休みに入る前に次に行かなくちゃ!というわけで、この続きは、イタリア あっちも! こっちも! と欲張りなたび その2 ローマ(トラステヴェレ)サンタ チェチリアで。延々続きまっせ!

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