2015/06/19 - 2015/06/19
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たびたびさん
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二泊三日の旅を計画するのに、北海道だと、札幌や函館周辺以外はレンタカーがないとどうにもならないし、基本的には無理だなあと思っていました。
おまけに、稚内は羽田からANAしかないし、到着時間も昼の12時20分。なので、さらに条件が悪いように思えたのですが、よく調べてみると、利尻も礼文も半日の定期観光バスがあって、これを利用すれば何んとか形になることが分かってきました。日本最北端なんて別に興味もありませんが、宗谷岬の歌は懐かしいし、この際訪ねておくのも悪くないかなあと稚内から利尻・礼文の旅を計画してみました。
さて、初日は、稚内について、あとは夕方の便で利尻に渡るだけ。稚内の半日を使って、歩ける範囲で市内の散策をしてみます。マイナーな観光スポットも含めて、例によってしらみつぶしの街歩きですが、やっぱりそうすることで、全然想定していなかった街の歴史にぶつかったりすることができるんです。
つまり、今回の旅は自然を満喫するのんき旅のつもりだったのですが、結局は江戸末期の間宮林蔵から、日露戦争後の日本の樺太への権利拡大と資源開発、歴史終戦前後の悲劇といった樺太にまつわる事実を知ることになり、ロシアと日本の関係を改めて考えてみる良い機会にもなったようです。本当に、旅はどこにどんなものが潜んでいるか分からない。今回も、なんだか面白い旅になりました。
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羽田空港から稚内空港に到着。
稚内空港から稚内市街までは、空港連絡バス600円。約30分ほどで稚内駅に到着します。北の果てといったイメージからすると、まったくあっという間ですね。こんなにあっさり行ける便利さをしみじみ実感した次第です。 -
これが連絡バス。平坦な原野を行くのですが、途中、雲っていなければ、その原野の先に利尻富士がけっこうきれいに見えます。この日は曇っていて気が付きませんでしたが、帰りの日は利尻富士がよく見えました。
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稚内駅近くで候補にしていたお店は二軒とも開いていなかったので、構えが立派ななら鮨に変更します。
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カウンターで、刺身定食をいただきました。お客は私一人で、これなら悠々ですね。
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ただ、この刺身って、あまりにもちょっぴり。北海道にまで来て、これはないだろうとがっくりです。
食べて始めてみると、まあ、味は悪くないし、ご飯の質も高いので、その辺りは老舗っぽい感じではあるのですが、初めのショックが大きすぎて、最後まで引きずってしまいました。 -
落ち着いたところで、市内の散策です。
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市内の案内板を確認して、これなら夕方の船までの間になんとか回れるでしょう。
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北門神社の参道を確認して、
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先に、小鹿さんへ。
こちらは稚内市内の洋菓子屋さんでは一番メジャーなお店かも。 -
ショーケースも賑やかです。
流氷饅頭というのが看板商品のようですが、お店に来たならやっぱりシュークリームですよね。ただ、北海道のスイーツはレベルが高いといっても、ここは稚内。それなりに割り引いて考えないと思ったのですが。。
いや、なかなかいい感じ。クリームには小麦粉かなにかがうまく溶けていているような独特の粘りというかコクがある。やるもんですね〜 -
さて、さっきの北門神社です。
江戸時代中期に、松前藩の場所請負人(交易を認められた商人)であった村山伝兵衛が天照皇大神を奉り、小社を建立したのが始まり。鳥居から入って、高台まで登るとずんぐりした社がありました。 -
少し登ってきているし、そのまま、ここから短歌の道を通って、稚内公園まで登りましょう。
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上るにしたがって、
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だんだんと稚内の市街が下の方に見えてくるという感じです。
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15分くらいあれば上ってしまうのですが、それでも稚内公園はけっこう山の上。途中、バスとかタクシーが何台も私を追い抜いて行く。歩いて上がるのはそんなに一般的ではないようです。
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稚内公園は、稚内市街を見下ろす山の上。公園内はちょうど芝さくらが満開で、とてもきれいに整備されています。ここには、氷雪の門や九人の乙女の碑など稚内を象徴するモニュメントもあって、稚内観光では定番のスポットとなっているんですね。あれも、観光客の団体です。
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まずは、氷雪の門。単なる現代アートの作品かと思ったら、これは、樺太から引き揚げてきた人たちの望郷の念を表現したモニュメントなんですね。以前、北海道庁旧本庁舎の展示室で、北方領土の問題もあるけれど、樺太の問題も忘れてはならないということを知りました。
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イチオシ
稚内はその樺太との中継基地の役割も担っていた街だったんですね。この像は、高さ2.4m。前を向いた異様に大きな手のひらが心のうちを表現しているのだそうです。
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その傍らに九人の乙女の碑。氷雪の門と同じく、太平洋戦争の終結時、ソ連が攻めてきた樺太で起きた悲劇の記憶をとどめるもの。九人の乙女は、ソ連軍が街に迫る中で電話交換手としての仕事を全うし、最後は毒を飲んで自決したというのです。ソ連軍の侵攻は8月20日で日本が敗北を受け入れた8月15日の後のことですし、どうしてそんなことになったのか。ちょっと割り切れない事件です。
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昭和天皇行幸啓記念碑は、九人の乙女の像の近く。昭和43年、開道百年記念式典で稚内を訪れた昭和天皇・皇后両陛下が九人の乙女の悲劇の話を聞き、深く感銘を受け、歌を詠まれたという碑です。
多くの戦争の犠牲の中の一つということなんでしょうが、一つ一つに真実と歴史がある。そんな思いがする碑だと思います。 -
奥に進んで、
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稚内市内は靄の中。今日は天気がイマイチです。
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芝生の中に人が集まっていて、
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これは、樺太犬の供養塔。
南極基地に捨て置かれた樺太犬で、生き残ったタロとジロの二匹の話は有名です。タロとジロは、昭和33年に置き去りにされ、翌年発見されたということで、もうけっこう昔の話になってきていて、いつまでこうしたことが記憶に残るのかはちょっとよく分かりませんね。 -
ただ、私の年代だと、映画の南極物語。美しい映像とワクワクするような音楽は今でも鮮明な記憶となって残っています。
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これで、稚内公園はおしまいにして、山を下って稚内市街に帰ってくると、禅徳寺の大きな白い観音像が目に入ってきます。
ただ、見応えがあるのは、山門でしょうか。軒唐破風なんですが、堂々たる四脚門の形式。 -
青銅の仁王像も豪快さがあって、
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北海道の寒さに負けない力強さがあると思いました。
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ここから、いくつか稚内市内の寺チェックです。
法雲寺は、浄土真宗の寺。 -
浄土真宗の寺はいかめしい構えの寺が多いのですが、ここは、境内に入ると一角に美しく整備された日本庭園があって、ちょっとした公園のよう。お寺の奥さんでしょうか。一生懸命庭の手入れをされていました。ごくろうさまです。
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この通り沿いには、いくつかの寺が点在しています。
これは、量徳寺。 -
山門を入ってすぐの参道脇に親鸞聖人の像が建っていて、これがちょっと印象的。本堂は鉄筋コンクリートだと思いますが、雪に備えた構えだと思います。
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商店街にある香花堂です。
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店内は、レトロだけど、ちゃんとスペースがあって、落ち着いた雰囲気です。
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イチオシ
稚内でも名物の一つとなっているようで、ソフトクリームのどら焼きをいただいてみました。
てんこ盛りに積み上げたソフトクリームには粒あんが仕込んであって、見るからに豪華です。ソフトクリームの豊潤な甘さが絶品で、これは文句なし。ただ、どら焼きの皮は、結局はそれだけをあとで食べることになるので、もうちょっとしっとりした作りでもよかったかなあと思います。若いご主人でしたが、こうしたスイーツは名物となっても常に進化が必要なんですよ。 -
少し移動して。
旧瀬戸邸は、稚内市街にある国の登録有形文化財。さぞかし立派な建物だと思ったら、外観はむしろ現代の一般住宅と変わらない。 -
あれっと思いながら中に入ると、なるほど、勿体のある間取りに建具類もそこそこ贅沢な感じではあります。
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イチオシ
一階入ってすぐに、宴会をしている様子が再現されていましたが、底曳網漁で賑わった当時の様子が偲ばれました。
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この建物は戦後間もなくに建てられたもの。物資が不足していた時代でしょうし、
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それを思うとやはり価値があるように思いました。
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二階に上がって、
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ここでもいくつかの部屋を回ります。
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展示コーナーでは、漁具と
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戦後のソ連との漁業交渉などで功績をあげたという表彰状など。
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漁港の賑わいを伝えるパネルもありました。漁船がぎっしりと係留されている様子です。戦後の復興期、これがどんなに人々を勇気づけたか。想像に余りあるものがありますね。
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さらに進んで、真言寺は、稚内と南稚内の中間といった場所。国道沿いににょきっという感じで赤い建物が建っています。この地は稚内の地名の元になった場所だそうですが、どっちにしてもアイヌ語から来たもの。真言宗とは関係ありません。
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稚内副港市場は、海産物の直売所があったりして、新鮮な魚介類を手に入れるならここという場所。
海側は漁港。旧瀬戸邸のパネルにあった底引き網漁で賑わったかつての稚内の中心部だった場所です。 -
中は、賑やかな海産物の売り場や
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レトロな駄菓子屋さんまでありました。
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ただ、注目は
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この樺太の資料室。
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日本人が樺太でどんな生活をしていたのかが分かる
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詳しい展示がありました。
当時、南樺太に住んでいた日本人は約40万人。北部の敷香町、恵須取町に南部の豊原市、真岡町の一市三町がありました。漁業のほか、森林資源が豊富で製紙業なども盛んだったようです。 -
そして、見逃してならないのはビデオでしょう。終戦当時の悲惨な戦争の事実を伝えるもので、ちょっと衝撃的な内容かと思います。
ソ連軍の戦禍を逃れて、とぼとぼと歩いて逃げて行く群衆に、執拗なソ連の戦闘機の攻撃が繰り返される。そんな死の行軍を経験した人の証言にはやりきれない思いでいっぱいになってしまいます。ソ連の方としてみれば、日露戦争で日本に奪われた南樺太の奪還は悲願。にくい日本人に今こそ思い知らせてやるという思いだったかもしれません。
やはり、交流が十分に行われないとお互いの思いの違いは増福されてしまう。ここにも、何か、今でも教訓にすべき大切なことがたくさんあるのではないかと思います。 -
稚内から利尻・礼文に渡るのは、稚内港フェリーターミナルからになります。
さっきの資料館で長居してしまったので、時間の余裕が意外になくなってしまいました。
地図だと稚内駅からすぐのはずだったのですが、歩いてみると意外に時間がかかる。最後ちょっと焦ってしまいました。 -
ただ、ターミナルの建物は大きいし、新しい感じで気持ちいい。稚内にとっての利尻・礼文の存在の大きさが反映されているようにも思いました。
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稚内と利尻・礼文を結ぶ定期航路は、このハートランドフェリーです。利尻から礼文を回って稚内に帰る。あるいは、礼文から利尻を回って稚内に帰る。が日帰りでできるように時間が設定されていて、とても使い勝手がいいです。
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船内はこんなに大きくて、安心感がありますが、それなのに、ほとんど満員。すごいですねえ。観光客に地元の人も混じって、予想外の混雑です。
ちなみに、利尻の人口は約5,400人。礼文は半分の約2,700人。その規模からすると、この行き来する人はとんでもない数になるでしょう。 -
フェリーは夕暮れの北の海を進みます。
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どんよりとした空ですが、明日は何とか回復してくれないかなあ。
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利尻の鴛泊港に入港する時に、まず目に入ってくるのがペシ岬です。曇っていて利尻富士が見えなかったかもしれませんが、私にとっては、これが最初の利尻のイメージです。
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三角に尖ったような稜線が北の離島に到着したという思いを強くさせてくれました。
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これは、鴛泊港。
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利尻島には、沓形港という港もあるのですが、ここが基本的な玄関になります。
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一かに降りて、宿からの迎えを探します。
すぐに見つかって、一安心。 -
宿に向かう前に、ちょっと船の全景も撮っておきましょうか。
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利尻山荘花りしりは、小さな宿で民宿といった感じです。
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小奇麗な洋室に荷物を置いて、
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さっそく、夕飯です。
少しずつですけど、北の海の幸があれこれと並びます。昼飯はイマイチでしたが、これなら、ちょっとテンションあがりますね。 -
これは稚内名物のたこしゃぶ。
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イチオシ
ちょっと酸味の効いたタレにタコがよく合います。この辺りの名物ってことですが、確かにそれはそうかもしれません。稚内で、予定していた店でこれを食べる予定だったんですが、ここでいただいて、なるほどその正体が分かりました。
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刺身に
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イチオシ
貝に焼いたうにですね。
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イチオシ
ホタテのバター焼きもここで食べるとやっぱり味が違います。
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イチオシ
うにの茶碗蒸しも豪華ですけど。。
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イチオシ
やっぱり主役は新鮮な生ウニでしょう。熱々ご飯にのせていただきましたが、あまりにもおいしくて忘れることができません。もともと、こっちで食べる生うには、ミョウバンで処理してあるので、自然の風味が損なわれているのですが、それのない北海道のうにと比べても、ここのうには違うように感じる。大満足の夕食となりました。
おまけに、お土産に巨大な利尻昆布までいただき、ありがとうございました。あとレンタサイクルもあって、早朝、ペシ岬まで行ったり、ちょこっとした利便性もいいところです。
さて、明日は利尻と礼文のハシゴ観光です。
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