2015/05/31 - 2015/06/03
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しんちゃんさん
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昼食後、本州最西端の町、下関の唐戸地区を歩きます。
下関は源平の壇ノ浦合戦や、日新講和条約締結など、歴史の舞台で見所が
いっぱいあります。
関門海峡沿いは、名所旧跡が集中してあるのでバスに乗らず、歩いて周りました。
昨年2014年7月、宮島にある厳島神社に参拝しました。ここは・・・
平治の乱で最終的な勝利者となった平清盛により整えられ「栄華を極めた」と、言われる神社。
6棟が国宝に、14棟が重要文化財になっていて、また平家の納めた平家納経を始め国宝・重要文化財の工芸品が多数あり、平家繁栄の極みのような場所でした。
そして下関へ。源平合戦が繰り広げられた関門海峡を目にして思う・・・
清盛死後、壇ノ浦合戦で源氏との争いに破れ衰退し終焉を迎えた平家の有様を。
栄えているものにも・・必ずいつかは滅び去る時が来る。
永遠に同じ状態でとどまることはありえない。。すべて何事も。と、
当たり前の事なのに。改めて思いました。
**********
1日目5/31・・・(1)門司港レトロ→(2)巌流島編→
●(3)下関唐戸…エリア編→(4)本州(下関)→九州(門司)を…渡る=門司港ホテル泊
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
14:00
巌流島から連絡船に乗り、唐戸桟橋につきました。 -
朝から門司港・巌流島をひたすら歩き、お腹も空いたので唐戸散策前に・
まずは腹ごしらえ・・
唐戸桟橋に近いカモンワーフ2階にある食事処へ。
下関の最初食事は・・ふく定食。 -
こちらは海鮮丼。フグも食べたいが新鮮な魚も食べてみたいので、違うものを注文。
お腹を満たして思い出す。
本当は唐戸市場で食べる予定だった事を。
お腹が空き過ぎ、唐戸桟橋から1分も歩かない店に飛び込んでしまったぁ〜。。。唐戸市場はすぐ隣にあるのに(笑)
美味しかったので・・・まぁいいかっー。
お腹を満たし体力気力回復(^^)/ -
まず・・最初に訪れたのは、亀山八幡宮。
大きい!と思ったら、御影石製鳥居としては、日本最大の鳥居だそうです。 -
階段を頑張って上れば、素晴しい景色が待っています。
涼しいそよ風が気持ちいい〜〜 -
では境内へ。
御祭神ー応神天皇・仲哀天皇・神功皇后・仁徳天皇を祀っています。 -
世界最大のふくの像
下関では「ふぐ」を「ふく」と呼び、幸福を呼び込むとして親しまれています。
明治21年、時の総理大臣伊藤博文が、下関でふく刺しを賞味し、その美味を絶賛したことから、全国に先駆けてふく食用禁止が山口県で解禁されたそうです。 -
境内には、亀山砲台跡があります。
文久3年(1863)久坂玄瑞の指揮により、アメリカ商船攻撃合図の砲弾が。ここ亀山砲台より発射されたのです。
米仏蘭三国相手に、6回にわたる馬関攘夷戦の火ぶたがきられた場所です。
見晴らしがよい高台で、場所的には良かったのでしょう。 -
お亀明神とお亀イチョウ
お亀さんの伝説が書いてありました。
そして国道を10分程歩いて・・坂道を上った所にあったのは・
-
春帆楼・日清講和記念館です。
明治28年(1895)、日清戦争の講和会議が春帆楼で開かれ、
清国の李鴻章と日本の伊藤博文の間で、日清講和条約(下関条約)が締結された、歴史に残る場所です。 -
日清講和記念館は
春帆楼に隣接して建っています。 -
復元された講和会議の部屋。
椅子等は当時使用された本物です。 -
そして貴重な資料を公開。
-
その後、標識通り春帆楼と日清講和記念館の間の道を抜けて
辿り着いたのが・・・ -
安徳天皇御陵です。
源平壇之浦の合戦に敗れ、わずか8歳で関門海峡に入水した
安徳天皇を祀っています。
格式高い菊の御門です。 -
そして横には・赤間神宮表門である水天門が並んで在ります。
ここは安徳天皇を祀る神社ですが、ほかに平家一門の七盛塚、宝物殿、
さらに芳一堂など見所がいっぱいあります。 -
こちらが朱塗りが鮮やかな水天門。
絵本に出てくる・・竜宮城のようでは。。 -
では、水天門をくぐり階段を上りましょう。
-
ちょうど結婚式が行われている最中で、
白無垢の美しい花嫁姿。。
しばし見学させて戴いて… -
次は華やかな衣装をまとった人が踊り始めました。。
偶然に出会った場面、お二人の幸せを願い・・
静かに立ち去り・・境内奥へ。 -
ここは、源平合戦図などの資料を展示した宝物殿。
-
平家一門の七盛塚
こちらは壇ノ浦でなくなった方々をお祀りしているもので
七盛塚とも呼ばれているそうです。 -
7名の平清盛一族の名が記されています。
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赤間神宮奥にひっそりと祀られています。
-
さらに「耳なし芳一」の芳一堂
平家の亡霊にとりつかれた、目の不自由な琵琶法師の芳一。
和尚の知恵で一命は取りとめるものの、悪霊に両耳を切断されてしまいます。
あまりにも有名な小泉八雲の怪談。 -
耳なし芳一の由来
-
そろそろ・・赤間神宮を出ましょう。
この後は・平家が終焉を迎えた・壇ノ浦古戦場跡がある〈みもすそ川公園〉まで歩いて、そして人道トンネルを通り宿泊地の門司港まで戻らなくては。。。
まだかなりの距離がありそうーな?。。。
では、頑張って歩きましょう。 -
10分ほど歩くと、門海海峡に架かる、関門橋が見えてきました。
関門峡の最狭部である下関市壇之浦と対岸に見える北九州市門司区門司(和布刈地区)を結ぶ橋で、
1973年に開通し、橋全長1068m、海面からの高さ61mあります。 -
さらに5分歩き・・・
-
橋の真下を通過します。
ダイナミックな姿に感動!
架橋から42年が経過し、交通量の増大に伴い様々な部分に劣化が進んでいることから、
2011年度からの5年間かけ大規模補修が行なわれています。 -
関門橋をくぐると・・・壇ノ浦古戦場跡に着きました。
寿永4年(1185)、源氏と平家の最後の戦いとなった壇ノ浦合戦の跡。
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安徳天皇入水の地。
二位尼に抱かれた安徳天皇は、わずか8歳にして壇ノ浦の海へ入水し、
平家は滅亡しました。
この後、源氏は鎌倉幕府を開き、江戸時代まで続く武家社会を始めます。 -
みもすそ川公園に広がる海は、関門海峡の一番狭まった所で
<早瀬の瀬戸>といわれ、
潮の流れが速く、潮流の変化が激しい海の難所です。 -
平知盛の像
錨を担いだ姿で構えます。 -
その横に源義経の像
八艘跳びで対峙します。 -
みもすそ川公園は‥源平最後の壇之浦の合戦、
そして幕末には長州藩と列強4国との戦場にもなった場所です。
外国船に砲撃した砲台跡には
5台の砲台レプリカが海峡に向けて設置されています。 -
長州砲(八十斤カノン砲)
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長州砲(八十斤カノン砲)
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天保製長州砲
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天保製長州砲
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中国自然歩道になっています。
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公園から国道を横断して
下関と門司をつなぐ関門トンネル入り口むかいます。
いよいよ海底を歩きます。
*****つづく 見て頂いて、有難うございます。
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