2015/05/17 - 2015/05/17
123位(同エリア392件中)
酒飲む旅人さん
- 酒飲む旅人さんTOP
- 旅行記193冊
- クチコミ1件
- Q&A回答1件
- 217,697アクセス
- フォロワー6人
メインストリートの古い町並みを抜けて、さらに津和野の観光名所を巡りました。
歩いて行ける範囲(結構頑張って歩かないとですが)に色々な見どころが点在しています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急 JRローカル 私鉄 徒歩
-
メインストリートを抜けて津和野川沿いに歩くと、弥栄(やさか)神社という神社が見えてきます。
-
小さいが由緒ありそうな立派な神社でした。
-
中で年配の女性の方が、朝の儀式(というんですかね?)をしていました。
-
境内の真ん中にそびえ立つ大ケヤキ。
伝統行事の鷺舞はこの神社で行われるのだそうです。 -
しばらく歩くと、太皷谷稲成神社への表参道が。
左の建物はご当地の銘菓「源氏巻き」を売ってるお店です。降りてきてから源氏巻きアイスというのを食べました。餡巻き+井村屋あずきバーという感じでした。 -
ここから表参道。
-
京都の伏見稲荷と同じで、鳥居のトンネルをくぐっていく。
-
人によってはこの無数の鳥居が続く光景に乗り物酔いみたいに酔ってしまう事があると聞きました。僕は平気でしたが。
-
まだまだ先は長い。
-
新緑が綺麗です。
-
-
参道の途中から見た津和野町。とにかく赤瓦のお家が多い。
-
もうちょっとで神社に到着です。
-
門までたどり着く。
急な階段でしたが、時間にすると5分少々とそんなに長くはありませんでした。 -
境内に到着。
-
立派な本殿です。
戦後に建築されたので、コンクリート製で歴史的価値はあんまり・・・・な感じではありますが。 -
日本5大稲荷の一つに数えられているらしいです。
商売繁盛の神様らしく、お守りやらお札やらいっぱい売ってました。 -
これが元宮。元々の御宮はこんなに小さかったという。
-
元宮の中には、狐にまつわる伝説の絵がいくつかあります。
-
-
参道には表と裏があって、裏参道は車で境内のすぐ下まで登れますが、そんなに重労働でもないし歩いて表参道を登る方が参拝気分は出ますよね。
-
この後、すぐ近くにある津和野城に行こうとしたのですが、まだリフトが動いてなかったのでとりあえず街中をぶらぶら。
何やら古めかしい茅葺きの建物が見えてきました。 -
津和野出身の哲学者、西周(にしまどか)の旧居。
西周については正直存じ上げていなかったのですが、森鴎外の親戚にあたる高名な学者なのだそうです。 -
屋内では女性の方が掃除などやっていました。ここの管理を任されているのでしょうか。
-
見学自由との事でしたので、中に入らせていただきました。昔ながらの家屋でした。
森鴎外旧居への行き方を訊いてからこちらを後にしました。 -
津和野川を超えて少し歩くと森鴎外旧居に到着。
ご当地出身の鴎外は地元の名家に生まれるも、後継ぎに恵まれないなどしてお家は没落。立派なお屋敷を引き払ってたどり着いたのがこのお家だったとか。 -
名家の復興を使命とし、10歳で東京に出て医師の道を志した鴎外は、親戚の西周宅にて勉学に励み、軍医となる傍ら作家としても名を馳せました。
-
その後2度と津和野に戻ってくる事はなかったそうですが、死が近付いた時に「自分は石見の人、森林太郎として死にたい。」と故郷への想いを語ったそうです。
鴎外の遺骨は東京と津和野に分けて葬られ、死してようやく故郷に帰る事が出来たのです。 -
旧居と隣接する森鴎外記念館。鴎外に関する資料や遺品などが展示されています。
大学時代は国文学科だったので、頑張って名だたる文豪の本を読んでみようと鴎外の作品もいくつか読んだはずですが、内容はおろか何を読んだかも記憶にありません。我ながら困った学生でした。 -
森鴎外記念館を見てから、改めて津和野城へ。
歩いても登れますが、時間がかかるし体力にも自信がないのでリフトに乗ります。
しかしこれがまた怖い。シートベルトも何もなくただしがみついているだけで、よくこんな危なっかしい乗り物が国から何も言われずに運行出来るなとすら思いました。 -
恐怖に耐えながら必死にリフトに捕まる事5分で山頂近くに到着。
ここからまたしばらく歩かねばなりません。 -
リフトの乗り場から歩いてすぐの櫓跡。
-
建物はなく、広場みたいな感じ。
登山道を登ってきた方が何人かいらっしゃいました。 -
青いモミジの葉が綺麗です。
-
眼下に見える津和野の風景。
大きな建物は津和野高校。
この日は日曜でしたが、部活の学生たちの声が聞こえてきていました。 -
川沿いに集落が発展している町なのがよく分かりますね。
-
本丸跡にたどり着くにはもう少し登らないといけません。
一応標識が出ているんですが、結構な山道なんで本当にこっちでいいのか?と不安になります。 -
本丸跡と言っても、石垣だけで特に建物等はありません。
-
-
-
津和野城の一番高いところから見下ろした景色。
段々になった田畑が目に付きますね。 -
特別にこれを見る!っていうものはないですが、昨年辺り竹田城がブームになったし、同じような山城跡の津和野城が注目を浴びる日も来るかも。来たら来たで環境保全やごみの散乱など、色々問題も出てくるのでしょうけど。
-
またしても怖い怖いリフトにしがみついて下山。そして市街地に戻りました。
ここからは駅裏側にある名所を2つ。
まずは、森鴎外の墓がある永明寺。 -
鴎外の墓は、本堂に入る門の真向かいの墓地の中にありました。この写真を撮ってるすぐ後ろがその墓地です。
「森林太郎之墓」と書かれていました。写真はちょっと気がひけたので撮っていません。 -
こちらは津和野観光のメインルートから外れているせいか、ほとんど人はいませんでしたがとても立派なお寺でした。
-
屋根の一部は工事中でした。
-
-
-
本堂は珍しい茅葺き屋根。
それにしても大きい。 -
拝観料を払うと内部を見学する事が出来ます。
庭園もありますよ。 -
もう一つ、駅裏(っていう言い方も失礼なんでしょうが)方面の名所、乙女峠マリア聖堂。
結構急な坂道を登ったところにひっそりと建っています。 -
ここはキリスト教禁止の時代、長崎から送られてきた隠れキリシタンの人達が激しい拷問を受けた悲しい場所なんだそうです。
聖堂の中にはシスター(かなり御年輩の方でした)がいらっしゃって、ステンドグラスに描かれたこの地の歴史について口頭で説明を聞かせてくださいます。食料もろくに与えられず、水責め等されて命を落とした方が36名いらっしゃった。弾圧は明治初期まで続いていたそうです。
これは拷問のさなか、マリア様が降りてくる姿を見た信者の像。 -
この池に冷水を張って、裸にした信者を水責めにしたそうです。
-
-
僕自身は無宗教でキリスト教とも関わりはありませんが、こういう歴史を聞かされると気軽に観光で立ち寄るには重い場所だなあと感じさせられました。
-
朝から動きづめでほとんど何も食べてなかったので、本町通りに戻って昼食を摂る。郷土料理や和食のお店が多く見られました。
郷土料理の代表格であるうずめ飯。 -
一見ただのお茶漬けですが、かき混ぜると中から野菜や豆腐が出てきます。かかっているのはお茶ではなくだし汁です。
殿さまに贅沢を禁じられた庶民が、こっそり贅沢をするためにご飯の中に具をうずめて食べたのが始まりとか、諸説あるみたいです。
1000円を超えるのは観光地価格というかちょっと割高だなとは思いましたが、お味の方はとっても美味しかったです。山間部という事で、付け合わせのお刺身は魚ではなくこんにゃくのお刺身です。 -
津和野駅の横に飾られているSL。
津和野〜山口間を観光目的で今もSLが走っており、2013年の台風で運休していましたが昨年秋に復活しました。
本来ならこれにも乗ってみたかったのですが、都合で今回はパス。特急スーパーおきに乗って津和野を後にしました。
あまりにも駆け足で巡ってきたのでちょっと疲れてしまいましたが、のんびりと落ち着いていていい町でした。次に来る事があれば、今度は泊まりがけでゆっくりするのもいいかもしれませんねえ。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
津和野(島根) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
58