2015/05/02 - 2015/05/06
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ミズ旅撮る人さん
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新潟から始まり、北陸3県のSLめぐり計10輌と、富山・高岡の路面電車
(ライトレール・セントラム・ドラえもんトラム)、2015年開業の北陸新幹線と盛りだくさんな上に、JR西日本の金沢総合車両所をちょっと覗いてみました。
そこにはなんと思ってもみなかったものが。
そして、福井県敦賀の駅前には「銀河鉄道999」の銅像が「宇宙戦艦ヤマト」と共に、たくさん並んでいました。
過去・現在・未来に亘る鉄道の旅をどうぞ。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
新潟県上越市の五智公園です。
その一角に、八重桜が満開の交通公園があります。 -
ゴーカートのコースの向こう、その先はすぐに「えちごトキめき鉄道」の「日本海ひすいライン」が走っている場所に、SLがいます。
D5175です。昭和13年3月4日、川崎車輌により製造。
水戸・白河・宇都宮と関東北部を走り、昭和33年からは長岡・酒田・新津と新潟県を走りました。
昭和47年12月9日廃車。
走行距離2,597,890.3km。
初期型のため通称「ナメクジ型」と呼ばれる蒸気ドームの極端に長い姿をしています。 -
保存状態は、冬の厳しい新潟にあっても、かなり良いと思われます。
実は、上越市の隣の柏崎市にもD51があったのですが、2011年7月に解体されてしまいました。
「D51−1」という珍しい番号のSLです。
これは、戦時賠償としてサハリンに送られたD51で、日本とは異なる番号として「D51」の後ろに「−(ハイフン」を付して、ナンバリングしています。
1990年に柏崎市に寄贈されましたが、20年で解体となってしまいました。
とても珍しい輸出されたD51を、是非見たかったです。 -
こうして見ても、よく整備されています。
周囲に綱を張って、立ち入り禁止にしているせいでしょうか。
そのため、残念ながら運転席は見られませんでした。 -
糸魚川市のフォッサマグナミュージアムにもSLがあります。
こちらは、運搬用の軽便鉄道です。フォッサマグナミュージアム 美術館・博物館
-
「くろひめ」という愛称をもらった、このSLは昭和31(1956)〜57(1982)年、東洋活性白土株式会社で、糸魚川駅までの300mを走るために使用されました。
産業用として国産最後の蒸気機関車です。
鉱山に近い黒姫山にちなんで名付けられました。 -
地域の地下資源に関係した資料として、フォッサマグナミュージアムに展示されることになりました。
-
新潟県糸魚川市の糸魚川小学校校庭に隣接した小さな専用スペースに展示されている「C1288」です。
元は校庭に屋根つきで置かれていたのですが、独立しました。
その当時は、フォッサマグナミュージアムの「くろひめ」も一緒だったようです。 -
「C1288」。昭和9年12月26日、汽車製造により製造。
翌年大糸線で活躍。昭和47年10月23日廃車。
運転距離1,191,875.2km。 -
SLの前方に見える高架は北陸新幹線です。
この右手、数100m先に糸魚川駅があります。
また、右側に駅の駐車場があります。30分無料なので、便利です。 -
JR大糸線南小谷〜糸魚川間で使用されているキハ120形354番です。
北陸新幹線の高架下を走っています。 -
あまりにも立派な糸魚川駅です。北陸新幹線のおかげで、北陸の主要駅はどこも新品です。
この美しすぎるキハ52−156は、2014年11月、旧国鉄色にお色直しをして、糸魚川駅の待合所として設置されました。
ところがこの子、日向ぼっこが好きで、天気がいいとこうして外へ出て来てしまうのです。
日焼けしてしまうでしょうに。糸魚川駅 駅
-
冗談はさて置き、実際にこの車輌は、駅構内から外へ出入りします。
車体の手前にある黄色い機械で動かすのです。
夜間や、天気の悪い日は構内で大人しく待合室になっています。
来歴は、昭和41(1966)年新潟鉄工所製造。平成22(2010)年10月廃車。実に44年も働きました。 -
さよなら運転の時のプレートが構内に展示されていました。
右上の写真に注目してください。
これは、当時のれんが車庫です。
これも駅の改修に伴い解体されました。
しかし、前面の部分だけは、現在の糸魚川駅に移築され、キハ52とともにいます。 -
駅の電光掲示板の下に、当時の様子が映像で紹介されています。
れんが車庫の移築が完了してからキハもクレーンで運び込まれました。 -
キハの車内です。ボックスシートに扇風機、一応エアコンもあります。
-
糸魚川駅の二階にある改札に行って見ました。
この垂れ幕、上に「ITOIGAWA」とあるので、駅ごとに違うのでしょうか。
糸魚川駅の新幹線については、「富山編」に書いたので、重複は避けます。
改札は、新幹線の隣に、大糸線とえちごトキめき鉄道のものがあります。
新幹線は自動改札でしたが、こちらは有人改札でした。 -
北陸新幹線は2015年3月14日開業ですが、同時にこの「えちごトキめき鉄道」も開業しました。
-
富山県滑川市の東福寺野自然公園内にある「SLハウス」です。
元は、客車もオハ・オハフ・ナハネ・オロネとあったようですが、今はSLだけになってしまいました。
後ろは客車風の宿泊施設です。東福寺野自然公園 公園・植物園
-
観光施設になってしまったからでしょうが、ピンクのプレートは初めて見ました。
主連棒も連結棒もピンクです。D51がこんなに可愛くなるなんて・・・ -
「D51260」。昭和15年1月22日、国鉄長野工場製。当時の価格で33,
533,250円。北陸・信越・羽越で働いた後、北海道で昭和51年9月廃車。
小樽築港にて解体されるところを滑川市が引き取ったそうです。 -
富山城址公園にあるSLです。
城址公園の敷地より一段下がった「佐藤記念美術館」と松川に挟まれた場所にあります。 -
立派な屋根もあり、ホームまで作ってもらって、なぜこんな姿になるのでしょう?
ナンバープレートは正面にも運転席にもなく、炭水車にだけついていました。
「9628」。大正3年10月27日川崎造船所兵庫工場で製作、直江津・高山・富山機関区配属後、昭和45年8月6日廃車。
走行距離24,654,247km。富山城址公園 公園・植物園
-
気の毒なSLを見た後は、最新のセントラムを堪能しましょう。
富山駅の南側を走る富山地方鉄道の路面電車は「ちてつ」と呼ばれています。
その中で、環状線の系統は愛称「CENTRAM(セントラム)」です。
車体の色は黒の他、白と銀があります。 -
富山駅の構内に新設された「ちてつ」の電停です。
以前は駅から少し離れたところにありましたが、新幹線のための駅改良工事に伴い、組み込まれました。
3つのホームがあり、3系統の路線を持っています。
1系統は南富山駅前〜富山駅、2系統は南富山駅前から富山駅を経由して大学前、3系統が環状線(セントラム)です。 -
この黒いセントラム、格好良過ぎます。
富山駅からこれに乗って国際会議場前まで行き、富山城に行きました。 -
低床型なので、足元が楽です。
去年の12月にスイスに行って、トラムに感激しましたが、日本のトラムも負けてはいませんね。
充分向こうを張れます。 -
国際会議場前の電停です。セントラムとはここでお別れ。
後ろに富山城が見えています。
帰りは、歩いて駅に行きました。 -
真っ赤なトラム。ケーブルテレビ富山のラッピングでした。
-
銀のセントラム。
「環状線」は「loop Line(ループライン)」と表示されます。 -
動き出してしまったので、ちょっと見辛いですが、白のセントラムです。
3種類全部見られてよかった。
やはりセントラムは格好いいので、駅では常に誰かがカメラを向けています。
セントラムは、将来、富山ライトレールのポートラムと相互乗り入れを見越して、富山市がポートラムと同じ車体を購入して、富山地方鉄道に運行を委託しています。 -
「SANTRAm」サントラムです。
セントラムも実はアルファベットの最後の文字が小文字なんですよね。
なんででしょ?セブン−イレブンの真似かな?
サントラムは富山地方鉄道が初めて保有した超低床路面電車(LRV)です。
T100形で、3輌編成で、T101が黄緑、T102が赤、T103が青のラインです。
2011年から導入が始まり、今年(2015)3編成目のT103が運行を開始しました。今後も増える予定です。
製造元はアルナ車両。阪急阪神HDの100%子会社です。路面電車車両の国内トップメーカーだそうです。
「アルナ」とは「アルミのナニワ(会社の前身がナニワ工機)」の略称だそうです。外国語かと思いました。 -
新旧車輌のすれ違いです。
右の7000形車輌が老朽化したため、代替車輌としてT100形のサントラムが導入されました。 -
言わずと知れた北陸新幹線です。富山駅で撮影しました。
この部分も「富山県横断の旅」に記載しています。 -
富山地方鉄道は、路面電車の他に普通の電車も扱っています。
JR富山駅隣接する「電鉄富山駅」から3路線が走っています。
本線は宇奈月温泉駅まで行きます。
「えこまいか」というICカードを発行しています。 -
富山駅北口の富山ライトレール運行のポートラム(PORTRAM)」です。
こちらは、アルファベットは全部大文字です。
虹の7色をそれぞれにまとった7編成です。赤・オレンジ・黄・黄緑・緑・青・紫。
平成18年4月29日開業です。将来、南口の富山地方鉄道と相互乗り入れする予定です。
開業して間もない頃に乗ったことがありますが、すごく新鮮で綺麗で感激しきりでした。
わざわざICカード「passca(パスカ)」を購入して、終点まで行って折り返して来ました。
当時「富山のライトレール」は、今までにない路面電車の草分けとして有名であり、憧れでした。富山駅北停留場 駅
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高岡市の高岡古城公園内にある市民体育館脇に「C11217」があります。
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「C11217」。昭和16年7月日本車両製造。
多治見・名古屋・七尾・富山の各機関区に所属し、昭和44年廃車。
走行距離は約104万km。高岡古城公園 公園・植物園
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保存状態は今ひとつ。駐車場の隅っこにぽつんとありました。
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高岡軌道線は、万葉線株式会社の高岡市と射水市を結ぶ路線です。高岡駅の前の商店街でお祭りがあるため、高岡駅〜末広町間は運行停止。
時間限定で、末広町折り返しとなっていました。
このラッピング車輌は展示用として置かれていました。末広町停留場 駅
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お目当てがやって来ました。万葉線のドラえもんトラムです。
こちらのエピソードも「富山県横断の旅」でどうぞ。 -
万葉線のLRTアイトラムです。富山県を走るトラムはどれも格好いいですね。
青いドラえもんトラムとは同じ車体ですが、随分と印象が違うものです。
車体前面に、高岡市の伝統工芸である螺鈿細工で作られた万葉線の社章があしらわれています。 -
7000形の万葉線。やはり前面に社章が。側面にもありました。
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石川県白山市、松任駅のすぐ脇。
北陸新幹線の高架の下に「D51822」がいます。 -
「D51822」。
昭和18年2月9日、鉄道省浜松工場製造。
敦賀・福井・糸魚川・福井機関区に配属、昭和45年3月廃車。
走行距離1,566,000km。 -
ナンバープレートは正面と運転席、どちらも代わっています。
雨ざらしなので、どうしても傷んで来ますね。
これ以上悪くならないうちに、線路を挟んで向こう側にある金沢総合車輌所にでも安置してくれないかしら。
ここに来る場合は、駅前駐車場が30分無料です。 -
運転席は結構、綺麗です。展示用としてですが。
自由に出入りできる割には、破損が少ないと思います。 -
松任(まっとう)駅の反対側にあるJR西日本の金沢総合車輌所です。
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すぐそばに、これがあるとわかっていて、入れないながらも寄ってみないわけには行きません。
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ラッセル車や、貨物車がいっぱい並んでいます。
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その中に、あの独特な塗装の機関車がいました。
2015年3月に引退したトワイライトエクスプレスの機関車です。
ヘッドマークは取り外されてありませんが、こんな塗装は他にはありません。
客車の方は、改修して「瑞風(みずかぜ)」という10輌編成の豪華寝台列車に変身するようですが(2017年春運行開始予定)、機関車はここで解体を待っているのでしょうか。 -
今年(2015)3月、札幌駅で私は引退直前のトワイライトエクスプレスに会っています。
同時に引退する北斗星と共に、上下線共に出迎え、見送りました。
しかし、この機関車とは会っていないのです。
なぜなら、この機関車は青森で交換され、青函トンネルはED79が、函館(トワイライトは五稜郭)より先は、DD51の重連が牽引するからです。 -
この機関車と会ったのは、2012年2月。この3月に引退する「日本海」に乗りたくて、一生懸命切符を取りましたが、3週連続で雪のため運休。
仕方なく、北斗星に乗って北海道へ行きました。
その時、深夜の青森信号所で機関車の交換を見ていたら、隣にトワイライトがいたのです。普通ならもっと早い時間に通り過ぎているはずのトワイライトですが、この日も大雪のため大幅に遅れていたようでした。
まったくの偶然で、同じ時間に隣同士で機関車の交換をしていたのです。
午前4時22分。乗客の誰も気付かなかったであろう、ランデブーでした。
この後、とうとう会うことも乗ることもなく、引退してしまった機関車にこうして会えるとは。
降りしきる雨の中(2012年も雪の中でした)、最後のお別れです。
縁がないようで、意外な出会いのある不思議な機関車でした。
どうもありがとう。 -
石川県金沢市の西部緑地公園。ここはとんでもなく広い敷地に野球場・陸上競技場などの他、産業展示館というホールが4号館まであります。
ちょうどGWなので、イベントも目白押し。
3,500台も収容できる駐車場が満杯で、空きを探す車が右往左往していました。
そのうちの野球場のそばにSLが保存されています。 -
「D51522」。1940年浜松工場製造。1973年廃車。
雪除けにまで番号が書かれています。 -
このD51は、保存状態もよく、見ていてすごく安定感のあるしっかりとした機関車です。
-
運転席には入れないのですが、みごとにピカピカです。
展示用として美しく保たれています。 -
そして足回りが思いっきり油を塗って維持・保存してあります。
そうした部品の中に「R D51623」と刻印された物がありました。
弟分の部品をもらっているようです。 -
D51522は、後ろにワラ10363を連れています。
SLに貨車がついているのは珍しいです。 -
えちぜん鉄道・勝山永平寺線です。
「三国祭」のヘッドマークが付いていました。
三国祭りは、福井県坂井市で行われる北陸三大祭のひとつで、毎年5月19・20・21日の3日間開催されます。
三国芦原線の三国神社駅は、普段は無人駅ですが、この期間は有人対応をするそうです。
また、勝山市の福井県立恐竜博物館への特別列車「きょうりゅう電車」が土日祝日に一日一便運行します。勝山駅から博物館まで、専用バスに乗車できます。
恐竜博物館の様子は先日掲載しましたので、そちらでどうぞ。 -
こんなSLの姿も珍しいと思うのですが。
福井市の福井少年運動公園では、ちょうど子供のためのイベントが行われていて、SLの真ん前でシュートゲームをしていました。
隣の運動公園には多少の駐車場はあるのですが、少年運動公園にはなく、周りの道路は、何100mにも亘って違法駐車のために、通常の通行もたいへんなくらいでした。 -
「D51607」です。昭和16年3月10日、日立製作所製造。北陸線を中心に運行。昭和46年10月21日廃車。
走行距離1,846,00km。福井少年運動公園 公園・植物園
-
運転席の上に、大きな金網があります。子供が上らないようになんでしょうか。
あまりに不恰好です。運転席も入れるけれど、金網がはまっていて、通り抜けるだけです。 -
これが、今回の旅で会う最後のSLです。
福井県敦賀市の敦賀駅に近い本町第3公園に保存されています。 -
「C58212」。昭和15年2月28日、川崎車輌製造。
小浜線で運行。昭和46年廃車。
走行距離1,498,202.6km。 -
運転席のナンバープレートは無くなっていました。
しかし、運転手の代わりに新しい住人(?)を迎えていました。 -
運転席の中を透かし見ています。とても分かりにくいと思いますが、左右に開いた釜の扉の中に、新しい住人がいます。
金網があるので近寄ることが出来ず、そばにあるベンチに乗ってもこの程度にしか撮れません。
住人がどこにいるのかわかってもらうために、敢えて拡大せずに掲載します。 -
このSLの運転手になりたいのでしょうか、指定席は決まっているようです。
運転席の下・・ですが。 -
おや、増えました。ライバル出現です。
-
親猫が来ると、更にもう一匹。すっかり「我が家」になっています。
子猫たちは、まだ、この運転席から外へは出たことがないかもしれません。
一度出たら、子猫では戻れないでしょう。
人間は覗いても、近寄ってくることは出来ませんから、絶好の子育て場所なのでしょうね。 -
「本町第3公園」の看板です。可愛いですね。
これで、北陸のSL10両を訪ねる旅は終わりました。
しかし、今回は特別ゲストに「銀河鉄道999」と「宇宙戦艦ヤマト」に出演してもらいます。 -
1999年の敦賀港開港100周年を記念して、市のイメージである「科学都市」「港」「駅」と敦賀市の将来像を重ね合わせて、「宇宙戦艦ヤマト」のブロンズ像12体、「銀河鉄道999」のブロンズ像18体の計28体のモニュメントを敦賀駅から気比神宮までのシンボルロードに設置しました。と、町のHPには書いてあります。
像の合計数が合わないとは思います(999は16体では?)が、そのまま掲示します。
足元の碑には「互いの無事を信じ、愛を信じ合った二人 古代進と森雪」とあります。 -
「帰還」 死んだ娘サーシャを迎えに来たスターシャ。
その裾には、ヤマトの姿が彫り込まれています。 -
敦賀コミュニティバスの停留所にも松本零士の原画が使われています。
-
「雪とアルフォン」
ここまでが、駅前商店街で、交差点を曲がり、本町2丁目商店街へと続きます。 -
「本町2丁目」のバス停です。各バス停には、この絵を部分取りした絵が使われていました。
先ほどの「白銀町」のは、左半分ですね。 -
「サーシャの最期」
サーシャを死なせてしまい、打ちひしがれる古代進。 -
「サーシャ」
英雄の丘の沖田艦長と真田さん、サーシャ。 -
「スターシャ」
美しい女性にはつつじが花を添えます。 -
本町1丁目商店街。この通りは気比神宮への参道で、このように道の両側に自由に使える駐車場があります。
一応2時間までと書いてありますが、それを管理している様子もなく、好きなように利用しているようです。
車社会とはいえ、ここまでしている商店街は初めて見ました。
後ろ向きの像は、「英雄の丘」。島大介と古代進です。 -
「アナライザー」
スターウォーズ以来、SFものにはマスコット的存在のロボットが付き物になりました。
右の「ヤマト」の文字のあるモニュメントは、錨なのでしょうか?ガッツポーズにも見えるんですが・・・記念撮影スポットです。 -
「敦賀気比神宮」かなり大規模なお宮さんのようです。
敦賀気比といえば、第87回選抜高校野球大会優勝のポスターがあちこちに貼られていました。氣比神宮 寺・神社・教会
-
「ぐるっと敦賀周遊バス」のバス停も「999」です。
-
オールドファンには、涙が出るほど懐かしい絵柄。
-
左のヤマトの絵は、漫画の表紙だったと思うのですが・・
-
敦賀気比神宮の前の商店街には、松尾芭蕉が「奥の細道」で、敦賀を訪れた際に詠んだ句、10句を掲示しています。
これは、「奥の細道」の冒頭部分です。
「奥の細道」というと、東北旅行のイメージがありますが、仙台から平泉(中尊寺)を経て、山形県新庄に抜け、新潟県へ入りました。
その後は、偶然にも今回の私の旅行と同じ行程(上越・親不知・高岡・金沢・福井・敦賀)を進みます。
敦賀のあとは琵琶湖の北を通って大垣で終わっています。 -
さあ「999」像の始まりです。
「青春の幻影」
メーテルが別れ際に言った言葉です。 -
「別離」
999の旅が終わり、地球に戻った哲郎を車内から見ているメーテル。
話の順番は駅側から始まっているため、反対になってしまいました。 -
「友の眠る星」
999には、キャプテン・ハーロックも登場しました。
声優の井上真樹夫さんが、あまりにも格好よくて、大好きでした。
声優で一番好きだったのは、メーテルの池田昌子さんです。 -
「エメラルダス」
クイーン・エメラルダスもたまに特別出演しました。
メーテルとの美女対決が楽しみでした。
ただ、999では、病気療養中のことが多く、元気な姿が見られたのは、メーテルの回想でした。
「エメラルダス」は、昔、ラジオドラマでもありました。
声だけのエメラルダスもすてきでした。 -
「ガラスのクレア」
哲郎の向かいに座って写真を撮る人って多いんでしょうね。
本編では、メーテルが座っていて、哲郎の初めての注文は「ビフテキ」でした。 -
999の最後尾マイテもついています。
さすがに、デッキの内部はくり貫けなかったようです。 -
「メーテルとの出会い」
メーテルのトランクって、異次元ポケットだったのでしょうか。
少な過ぎる荷物が不思議でした。
でもメーテルって着替えたことがない・・・ -
美女の横顔。
日が暮れて、商店街の明かりが顔に反射しています。
それがちょうど憂いを含んだメーテルの風情に合っていました。 -
「銀河鉄道999」
これが999シリーズの始めかと言えば、そうではありません。
実は1番は「星野鉄郎とメーテル」というモニュメントがあります。
しかし、駅前工事のため、しまわれてしまいました。
別な場所に仮展示でもすればいいのに。 -
「銀河鉄道999」のモニュメントの前にある商店には、店の奥にこんなコーナーがあります。
初代の敦賀駅は、気比神宮のそばにあったそうです。
トワイライトエクスプレスのキーホルダーやネックストラップなど(引退記念特別仕様)も売っていました。
この写真は、お店の方の許可を得て撮影させていただきました。 -
敦賀駅前の「999」「ヤマト」シリーズの最後を締めくくるのが「佐渡酒造」。
なぜ?たまたま歩く順番がこうなっただけです。
「さけぞう」って酒造りって書くんですね。造るんじゃなくて、専ら飲むだけだったような気もするけど。
鳥取県境港市の「ゲゲゲの鬼太郎」は全国的な知名度がありますが、敦賀は知りませんでした。
町と作品との共通点がないのが弱点かな。
もっと有名になるといいですね。
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