2015/04/29 - 2015/04/29
132位(同エリア842件中)
ニッキーさん
前日、ライン川下り→アウグストゥスブルク宮殿→ケルン大聖堂と見ごたえのある観光を続けて来た私たちのツアー。3日目は連泊していたフランクフルトから南へ下り、古都ハイデルベルクとホーエンツォレルン城へ行きます。
本旅行記は午前中に行ったハイデルベルク観光の様子です。
「昨日の観光は見ごたえがあったけど、今日はちょっとひと休みよね?」みたいなことを言ったら妹が、「そんなことないよ。実は私はハイデルベルクをすごく楽しみにしてるの」と。そう言われてみると、私もむくむくと好奇心がわいて来ました。名前だけはよく知っているハイデルベルク。いったいどんな街なのでしょう。
ハイデルベルクと言えば、古城とハイデルベルク大学が有名です。イギリスのケンブリッジ、日本では熊本市と姉妹都市だというのもうなづけます。
表紙の写真は、高みにあるハイデルベルク城から見下ろした旧市街の眺めです。
電柱も看板もない。無味乾燥なビルも近代的な高層建築もありません。眼下には緑の丘の間を流れるネッカー川とレンガアーチのカール・テオドール橋、赤屋根の落ち着いた街並みが広がっていました。
まさにハイデルベルクのイメージどおりの眺めです。実際に自分の目で見られて感激しました。この眺めは今回の旅行で1、2を争う絶景でした。
ところで、私のカメラは前日にイヤホンガイドにぶつけてレンズに支障が出てしまいました。写ることは写るんですが、撮った画像の右隅が黒くなってしまいます。旅行でカメラが壊れるのは困ります。特に4トラベラーにとっては最悪の痛手です。そこで3日目からは主に妹のカメラを借りて撮りました。
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【今回の旅行スケジュール】★印が今回の旅行記で取り上げた場所
4/27(月) 14:05羽田発LH717便 18:50フランクフルト着
<フランクフルト泊>
4/28(火) リューデスハイムのつぐみ横丁散策とワインテイスティング
ライン川ランチクルーズ
ブリュール アウグストゥスブルク宮殿
ケルン ケルン大聖堂と旧市街観光
<フランクフルト連泊>
4/29(水)★ハイデルベルク観光
ホーエンツォレルン城
<ガルミッシュパルテンキルヘン泊>
4/30(木) ノイシュヴァンシュタイン城
ヴィース巡礼教会
ディンケルスビュール散策
<ローテンブルク泊>
5/1(金) ローテンブルク観光
ヴュルツブルク レジデンツ宮殿
バンベルク旧市街観光 <ドレスデン泊>
5/2(土) ドレスデン観光
ベルリン 新博物館、ブランデンブルク門、ポツダム広場
<ベルリン泊>
5/3(日) ポツダム ツェツィリエンホーフ宮殿、サンスーシ宮殿
ワイマール観光 <ワイマール泊>
5/4(月) アイゼナハ ヴァルトブルク城
18:05フランクフルト発LH716便で帰国へ
5/5(火) 12:15 羽田着
- 旅行の満足度
- 4.0
-
フランクフルト2泊目の朝、カーテンを開けると朝日が昇って来るところでした。
夜中に飲んだ咳止めとんぷくのおかげで何とか朝まで眠ることができました。
気分は悪くありませんが、喋ろうとすると咳が出るので、人前では無口を装ってずっと寡黙にしていることにしました。
連泊したこのホテルを引き上げ、今夜は次のホテルへ移動します。
スーツケースを部屋の前に出しておけばホテルのスタッフが回収してバスに積み込んでおいてくれるので、とても楽です。
整理を容易にするため、ツアー参加者のスーツケースには番号札がついています。
私は23番、妹は24番。
これは申し込み順の番号のようでした。
予約した時、私たちは41名の最後の2名だったはず。
満席前の2枠で辛うじて受け付けてもらえたというのに、番号が若くなってるのはそれだけキャンセルする人が多かったということなのでしょう。
A社とB社、似通った2つのツアーに申し込み、キャンセル料がかかる寸前まで比較検討して片方をキャンセルする、慣れた人はそんなこともしているようでした。
申し込み用紙を2通書いて申込金を2か所へ振り込む・・・面倒で私にはとてもできません。 -
この日の朝食会場は中国の団体さんでいっぱいでした。
後から来た人たちは隣りの部屋へ案内されたので静かに食事ができたようですが、私たちの部屋は満席で賑やか。お料理もすっからかんになってしまいました。
ここでさっそく添乗員さんが動いてくれました。
「隣の部屋との境のドアを開けてもらいましたから、隣の部屋からお料理を取って来てもいいですよ」って。さすがにそこまではしませんでしたけどね。
この日の出発は早く、7時45分出発です。
1時間半ほどかけてフランクフルトの100キロ南にあるハイデルベルクへ向かいます。 -
午前9時過ぎ、ハイデルベルクに到着しました。
ハイデルベルク中央駅前のオブジェ。
見た時は恐竜だと思ったのですが、後で写真を見ると足が馬ですね、これは。
ハイデルベルクって古都のイメージがあったのに、思ってたのと全然違って、この段階ではちょっとがっかり。こういう一面もあるんですね。 -
やがてバスが高台へ向かうにつれ雰囲気が変わって来ました。
-
いい感じの家が並びます。
私が想像していたハイデルベルクの雰囲気に近づいて来ました。 -
おおーっ!
-
ハイデルベルクではガイドさんが案内してくれます。
バスに乗って来たガイドさんはこちらにお住まいの日本人女性です。
髪はグレーでしたが、きびきびと私たちを誘導。
髪から受ける印象よりかなりお若いようでした。 -
バスが高台へ上がって来ると、うわぁ、すごい眺め。
ハイデルベルクの旧市街。
まさにイメージしていたとおりの街並みです。 -
駐車場でバスを下り、徒歩でハイデルベルク城へ向かいます。
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ここでメンバーの後ろ姿をちょこっと。
4月末でこの服装です。
ジャケットやコートが無いと朝夕は寒いです。
天気や時間により、ライトダウンも結構役立ちました。 -
エリザベート門。
いつもなら被写体を見つけると近くへ写真を撮りに行くのですが、この時はやっぱり体調が万全でないせいか、わざわざ見に行く元気がなかったようです。
歩きながら撮ったら、こんな写真しか撮れていませんでした。(T_T)
フリードリヒ5世がイギリス王室から嫁いで来たエリザベート・スチュワートのために一夜にして造らせたという門。
門の向こうはシュトゥック・ガルテンという庭園になっています。
私たちは少し先へ行った所にある橋楼から空堀にかかる橋を渡ってハイデルベルク城へ入場します。 -
入場の際はお兄さんがチケットの下の方をビリッと手で破いて切り込みを入れます。
なんかすごいアナログ。
帰りのケーブルカーのチケットも兼ねている(こちらは近代的。バーコードを機械にかざす)ので、失くさないように大事にポケットに入れます。
城門塔をくぐります。
ガイドさんが「時々頭上の鉄柵が落ちて来るのでお気をつけください」とありふれた冗談。
でもおかげで上に落とし格子があるのに気づきました。 -
城門塔をくぐると内部は中庭のようになっています。
-
ぐるりを取り囲む建物。
ん?
建物?
壁?
廃墟?
これはいったいどうしたことでしょう。 -
ハイデルベルク城は1300年頃、プファルツ選帝侯の居城として建てられました。
その後、5世紀にわたって破壊、再建、拡張を繰り返したため、さまざまな建築様式の建物が混在しています。
30年戦争やプファルツ継承戦争など度重なる戦争で破壊され、現在は半ば廃墟のような姿になっています。
ここで選帝侯とは何?という話になりますが、昨日行ったアウグストゥスブルク宮殿のところでも調べたように、皇帝を選ぶ権利を有する領主貴族のことで、13世紀中頃には7諸侯に限定されました。中でもプファルツ選帝侯は大きな力を持っていたということです。 -
中庭の右手に建つのはオットーハインリヒ館。
上の方は壁だけが残っているようです。
これが何とも言えない廃墟感を漂わせているのです。
崩れ感が昔の栄華を想像させ、凄みのある美しさを出しています。
ハイデルベルク城ってこんな所だったのか〜。
昔やっていた中世を舞台にしたゲームの世界観を思い出します。 -
正面の一番しっかりしてそうな建物がフリードリヒ館。
17世紀初めの建造。
ファサードの至る所に歴代の選帝侯の彫刻がついていて、とても凝った建物です。 -
どこをどう通ったのか覚えがありませんが、ガイドさんの案内でテラスに出ました。
ちょうどフリードリヒ館の裏手に当たります。
裏は表よりシンプルです。 -
ガイドさんが「男性のどなたか、ちょっとこの足跡にご自分の足を重ねてみてください」って。
1人目の方は足が大き過ぎ。
2人目の方は大きさがピタリ合いました。
そうしたらガイドさんが種明かし。
「これは『浮気者の足跡』と言いまして、昔城主の奥方の浮気相手が逃げ出そうと窓から飛び降りた時についた足跡だと言われています」
足がピッタリ合ったお父さん、苦笑い。
この時は「こじつけ話」と思いながら冷やかに聞いていたんですけど、おかげで他の話は全部忘れたのにこの話だけは覚えています。 -
フリードリヒ館は代々の城主選帝侯が住まいとしていた建物だそうです。
何より素晴らしいのはここのテラスからの眺めです。 -
イチオシ
テラスからの眺め。
赤屋根の旧市街と背景に立つ緑の丘。
うわぁ、きれいだ〜!
お城自体もいいけれど、ハイデルベルク城からのこの眺めが最高です。
鳥のさえずりが聞こえてとても気持ちがいいです。 -
ネッカー川にかかるカール・テオドール橋。
ネッカー川には建物や橋が逆さに映り込んで、清々しい眺めです。 -
旧市街には近代的なビルや看板など雰囲気を壊すものがありません。
それがこんな統一感ある街並みを作り出しているんですね。
やっぱりハイデルベルクは魅力的な街です。
しばしこの眺めを堪能しました。 -
世界一大きいワイン樽があるというので、見に行きます。
大きな樽があったので、それが世界一の樽かと思ったら、「これじゃありません。世界一のワイン樽はもっと大きいんですよ」とガイドさん。 -
重々しい鉄の装飾がついたドア。
-
これが世界一の大樽です。
高さ(直径)が7メートルもあります。
人間の大きさと比べるとその巨大さがわかりますよね。
当時の城主、カール・テオドール選帝侯の名前を取ってカール・テオドール樽と名づけられています。
現在の樽は1751年から使用されている4代目。
容積は22万リットルもあるそうです。 -
大樽は地下にあり、らせん階段をぐるぐる下りて行って下から見上げるようになっています。
らせん階段も面白い。 -
こんな階段です。
-
下から見上げてみるけれど、大き過ぎてレンズに収まり切りません。
周囲が薄暗いため、フラッシュを使って写真を撮りました。 -
この人物像はワイン樽の番人です。
いたずら好きで、手前にあるびっくり箱を使って女性を驚かせては楽しんでいたとか。
ガイドさんに言われるまま女性メンバーがびっくり箱の取っ手を引っ張ると・・・
キャー、何かの音がして動物の尻尾が出て来ました。 -
ハイデルベルク城の観光を終え、ケーブルカーで街へ下ります。
ハイデルベルク城の駅よりさらに上に駅があるらしく、ケーブルカーは上から下りて来ました。
ケーブルカーの形状自体に勾配がついているので、乗車する時は階段部分から乗り込みます。 -
ガイドさんの案内でハイデルベルク旧市街を歩きます。
ここはマルクト広場。
建物ごとに壁の色やデザインは違いますが、隣の建物とは壁一つでつながっているようです。 -
マルクト広場に建つ聖霊教会。
教会の周りに古本屋や土産物屋が並んでいます。 -
石畳はコロ石をモザイクのように並べたもの。
縦横に並べるだけなら簡単だけど、こんな模様、頭を使わないとできませんね。 -
聖霊教会は1544年に完成したゴシック様式の教会です。
外壁の色はハイデルベルクらしい色です。
私たちは中へは入らず、聖霊教会の脇を通ってハイデルベルク大学がある大学広場へ向かいます。 -
大学広場へ向かう途中に見かけたルネサンス様式の建物。
ホテル・ツム・リッター・ザンクト・ゲオルク。
地元では「騎士の家」と呼ばれています。
1592年に建てられたハイデルベルクに残っている最古の建築物なのだそうです。 -
ファサードにレリーフや彫刻がいっぱい。
-
上の方は幅が狭くなっていて、トップにリボンの騎士みたいな胸像が乗っています。
-
歩行者天国のハウプト通り。
古風な街並みの中にサンドイッチのSUBWAYがあるのが可笑しい。 -
音楽家のシューマンがハイデルベルク大学時代に住んでいた家。
壁にロベルト・シューマンと書いたプレートがついています。
この時シューマンは音楽ではなく、なんと法学を学んでいたそうです。
シューマンのピアノ曲は私もずいぶん練習しましたが、情感豊かに弾くのは難しい。
「子供の情景」の中の「トロイメライ(夢)」などは特に有名ですね。 -
お洒落な出窓がある建物。
-
ハイデルベルク大学の旧校舎。
ハイデルベルク大学は正式名称ハイデルベルク・ルプレヒト・カール大学。
多くのノーベル賞受賞者を輩出した名門大学です。
プファルツ選帝侯ルブレヒト1世が1386年に創設したドイツ最古の大学です。
この1386年創設というのがすごい。
日本では大学の存在が想像もできなかった時代ですね。
この建物自体は18世紀に建てられたバロック式の建物です。
現在は博物館になっていて中を見学できるようです。 -
ハイデルベルク大学の旧市街キャンパスは大学キャンパスのイメージとはまったく違っていました。
塀に囲まれている訳ではなく、大学広場を中心にいくつかの建物に分かれて街中に存在しているようです。 -
大学広場にあった獅子の像。
この角度からではわかりにくいですが、獅子は口を開けて舌を出しています。
左前足に地球儀、右前足に短剣のような物を持っています。 -
「初代帝国大統領フリードリヒ・エーベルトの生家」とのプレートが取り付けられた家。
-
今は記念館になっているようです。
こんな看板が出ていたので、おそらく中を見学できるのでしょう。 -
歩いてネッカー川のほとりに出て来ました。
あ〜、これこれ、この橋だ〜。
ハイデルベルク城から見えた美しいカール・テオドール橋。
別名「アルテ・ブリュッケ(古い橋)」と呼ばれています。
建設は1788年。
長さは約220メートルあるそうです。 -
橋のたもとに猿をデフォルメした銅像がありました。
手には鏡を持っています。
写真を撮りたいと思ったけれど、常に誰かが記念写真を撮っててなかなかシャッターチャンスがありません。
仕方がないので、美しい女性も一緒に撮っちゃいました。
この女性、この後猿の顔の下に頭を入れて記念撮影をしていました(笑)。 -
珍しいですが、橋の端には見張り塔や落とし格子が付いた門が建っています。
昔は城壁の一部で、街の防御に使われたものらしいです。 -
これが橋を造った選帝侯カール・テオドールさん。
ワインの大樽にもこの人の名前がついていましたね。 -
橋から門の方を見ると、カール・テオドール候像とこんな位置関係で建っています。
-
橋から高台の方を見ると・・・
わおー、ハイデルベルク城が見えます〜♪
みんなテンションアップ。
しかし、なんと午前中のこの時間帯は逆光で、写真がうまく撮れません。
これは計算外でした。(T_T) -
半ば廃墟のような姿のハイデルベルク城。
崩れている部分が逆に凄みを出して絵になります。
どこか、ブリューゲルの絵で見たバベルの塔みたい。 -
ハイデルベルク城は過去の繁栄が偲ばれる壮大な遺跡でした。
ハイデルベルク観光を楽しみにしていた妹はもちろん、私も感銘を受けました。 -
ハイデルベルクの観光を終え、ネッカー川の向こうの美しい建物を眺めながら、街を後にします。
午後から観光するホーエンツォレルン城へ移動し、お城の近くで昼食を取る予定です。 -
ホーエンツォレルン城はハイデルベルクから南へ180キロ。
ちょうど菜の花が満開の季節でした。
バスの車窓に広がる黄色い菜の花畑。
本当にきれいだったのですが、バスの遮光ガラスのせいで菜の花の黄色がきれいに写真に写らないのが残念です。 -
草原→菜の花畑→森→可愛らしい村→森→草原・・・
車窓はいくつもの村と森と草原を越えて走ります。
日本のようにどこへ行っても家や建物が目に入る景色とは違い、ドイツでは村や町の境界線がはっきりしていて、間に必ず森や草原がありました。
2時間あまりバスで移動すると、辺りは夢のように美しい景色になりました。 -
黄色い花はタンポポでしょうか?
-
やがて前方に山の上に建つお城が見えて来ました。
添乗員さんが「あれがホーエンツォレルン城です」。
おおー! -
羊です〜。
羊の放牧をやっているようです。 -
すごくいい感じのお城です。
フランスのモンサンミッシェルへ行った時のことを思いだしました。 -
名前を聞いたこともなかったホーエンツォレルン城。
実はこの後、今回ドイツで訪れた観光地の中で私たちのお気に入りになるのですが、その様子はまた次の旅行記で。
(新緑のドイツ旅行<4>へ続く)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- ねいちゃさん 2015/09/01 12:59:20
- ご無沙汰です
- こんにちは、ニッキーさん。
秋雨前線とかでうっとしい天候が続いてますが、お元気でしょうか?
さすがに9月の声を聞くと、一頃の猛暑から開放されますね。
さて、ハイデルベルク・・・綺麗な町ですね〜。
ヨーロッパの古き町という感じ満載。
みなさんの旅行記で何度かお見かけした町ですが
町の構造というか、スケールが一番良くわかる旅行記ですね。
ハイデルベルクっていえば、私なんぞは「ハイデルベルク人」という原人を真っ先に思い浮かべるんですが、一度も出てきませんでしたね。(笑)
そちらではマイナーなのかな?もっとも日本でもメジャーではありませんけど・・・。
592年の建物・・・そんなん残ってるんですか?
聖徳太子の時代じゃないですかっー、すんごいねぇ。
世界最古の大学は1300年代?これもまたスゴイ・・・。
日本じゃ大学は明治以降ですもんね、当たり前だけど。
もっとも「足利学校」は1400年代創建ですから、負けてないっすよ。(笑)
ドイツの風景は綺麗ですよね〜。
バスの車窓からだとついつい眠たくなっちゃいそうだ。
次のホーエンツォレルン城も楽しみ、プロイセン公国のご実家な名前ですもんね。
であであ〜 ねいちゃ
- ニッキーさん からの返信 2015/09/03 01:28:29
- RE: こちらこそご無沙汰してます
- ねいちゃさん、こんにちは。
毎日雨ばかりですね。
続いてご訪問&書き込みありがとうございます。
ハイデルベルク人、知りませんでした〜。ありましたっけ?
ネアンデルタール人と北京原人とクロマニヨン人は覚えてましたけど。
> 592年の建物・・・そんなん残ってるんですか?
> 聖徳太子の時代じゃないですかっー、すんごいねぇ。
聖徳太子の時代と言われて、歴史が苦手な私もさすがに変だと思いました。
ブログを見直してみたら最悪!千の位が抜けてました。1592年のまちがいでした(恥)。全然違いますわ〜。ねいちゃさんの反応のおかげで気がつきました。直しておきました。ありがとうございました。ペコリ。
ハイデルベルク大学の方はまちがいありません。日本では室町時代ですか?ヨーロッパで古代ローマ文化が花開いた頃、弥生時代だった日本。室町時代に足利学校を作るまでになるとは・・・負けてませんね。
それはそうと、ハイデルベルク大学には100年ぐらい前まで学生牢があったんですってよ。学生が何かやらかすと大学が裁判権を持っていて、学生牢に監禁されたとか。
ハイデルベルクは新市街と旧市街が分かれていて、新市街はビルとか建ってる普通の街なんです。旧市街は徹底的に古いスタイルを守ってますね。だから高台からの眺めがケチのつけようがない。あのビルさえ無ければなぁってところが無いんです。
でもここだけの話、私はちょっと桂川をはさんで阪急電車から見た八幡市辺りを思い出しました。後ろに山があって前に川があって・・・。街並みがだいぶん違いますけどね。
では、ホーエンツォレルン城の話はまた明日にでも。
ニッキー
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