2015/05/10 - 2015/05/10
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entetsuさん
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天気の良いGW明けの日曜日。
もうあの関越の混雑も収まっただろうと早朝に自宅を出て、「赤城自然園」に行ってきました。
自然たっぷりの中で可愛い野草や花などを愛で、たっぷりと森林浴をしてきました。
http://4travel.jp/travelogue/11009848
その後、近くの「赤城神社」に行きましたがナビでヒットする赤城神社が幾つもある・・・(笑)。
取り急ぎ、自然園から近場を2つほど回ってみました。
調べると、前橋市内だけでも14社の「赤城神社」があり、群馬県内に118社、全国では334社を数えるのだとか(笑)。
http://4travel.jp/travelogue/11009858
まだ、少し時間がありますので、昨年世界遺産登録になった「富岡製糸場」に足を延ばしてみます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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同じ群馬県、高速に乗ってしまえば近いものです。
「二宮赤城神社」から40分ほどで、富岡の町に着きました。
駐車場は、「宮本町まちなか交流館」の駐車場を使いました。
「富岡製糸場」からは徒歩8〜9分でしょうか。
ここには、簡単な土産物類が揃い、トイレも綺麗です。富岡製糸場にマイカーで出かけた方はこちらがお奨めです by entetsuさん宮本町まちなか交流館 名所・史跡
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富岡製糸場に来るのは二度目。
そのときは、世界遺産の登録前の去年の3月で、「是非、世界遺産登録を!」という感じで街はそれなりに盛り上がっていました。
登録後約1年が経った訳ですが、街の様子や、製糸場の様子はどうでしょうか?
なお、家内は「富岡製糸場」には初めて。
朝7時過ぎにウチを出て、「赤城自然園」〜「赤城神社」を回って、「え、まだ行くの?」なんて言ってましたけど・・・。
なまこ壁の蔵の残るお宅の脇道を通ります。 -
おきりこみ。
群馬県や埼玉県北部・秩父地方の郷土料理で、小麦粉の幅広の生麺のまま野菜を中心とした具とともに煮込んだ料理らしい。みの助茶屋 グルメ・レストラン
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なんか、店も綺麗になってるような・・・。
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こちらも・・・。
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製糸場の工女さんをデザインした人形も。
なんとなく、街が綺麗になってる感を感じながら歩いております。 -
「伊勢屋」さん。
「富岡製糸場」正面の通りを突き当たった所の角にあります。
ここまで「赤城自然園」で販売していたパンしか摘まんでいなかったので、ここに入店してみます。店内が綺麗になって、値段も100円だけですが上がってました。 by entetsuさん伊勢屋 グルメ・レストラン
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ここに入るのは二度目。
あっさりしょうゆ味のラーメンで割合美味しかったので・・・。
値段は変わっていないようです。 -
店の表の雰囲気は変わっておりませんが・・・。
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店内に入って、驚き〜。
テーブルなどが一新されていました。
黒いテーブルと椅子で、ずいぶんお洒落になっちゃった(笑)。
これ、その時のクチコミです。↓
http://4travel.jp/domestic/area/kanto/gunma/fujioka/tomioka/tips/11062507/ -
この時は、気づかなかったけどラーメン類は100円ずつ値上げされていました。
まぁ、もともと安い。
お客さんは我々の他にもう一組だけでした。 -
私は、支那そば・大盛り700円。
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家内は、普通盛りで600円。
去年来たときは、海苔の上に胡椒が乗ってたんですが・・・。
でも味は変わらぬ、優しい優しい、どこか懐かしいしょうゆ味でした。
大盛りでも、ペロリと食べられます。 -
伊勢屋
昭和9年創業の元々はだんご屋さんです。
元は新町紡績所近くにあったお店でしたが、先代のご主人の時に富岡に移転されたそうです。(その時、ご主人は自転車に乗ってやってきました。)
初めは借りていた店舗でしたが、工女さんが沢山来てくれたおかげで、2年で建物ごと買うことができたそうです。
糸と糸がつないだ、シンプルでなつかしい中華そばを召し上がれ。
原文のまま。 -
美味しい、懐かしい味の支那そば。
安いし、失礼ながらそれほど儲かっている風には見えないので、世界遺産登録なって、増える観光客のおもてなしのために、思い切って店内のリニューアルをしたのでしょうね。 -
「富岡製糸工場」正門につながる通りです。
人出はずいぶん多くなった・・・。 -
「シーラーズ (SHIRAZ)」。
イラン料理&ペルシャ絨毯のお店で、おすすめメニューはシシケバブ(牛肉)だそうです。
この時、店員さんが何をしていたかというと、強風で看板などが飛ばないように補強していました(笑)。 -
「富岡製糸場」に着きました。
この看板、記念写真スポットで、順番に入れ替わりでみんなが写真を撮ります。
前回は殆ど誰もいなかったのに・・・。
やっとの思いで一枚パチリ(笑)。
では、早速入りましょう。二度目の訪問。世界遺産人気は継続中です! by entetsuさん富岡製糸場 名所・史跡
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見学料は、大人500円から1,000円に値上げされていました。
2015年4月1日より上がったらしい。 -
富岡製糸場HPより。
富岡製糸場には多くの文化財建造物が保存されており、そのほとんどについて今後少なくとも30年かけて本格的な保存整備工事を行う予定です。
また今年2月の大雪で大きな被害を受けた建物の復旧工事や来場者用のトイレ設置工事など、複数の工事が今後当分の間行われます。見学料を値上げした分は保存修理事業に要する経費に充てさせていただき、適切な文化財の保存管理に努めていきたいと考えております。
富岡製糸場という貴重な文化遺産の価値と魅力を少しも損ねることなく後世へ伝える責任と義務があり、その財源確保のための値上げとなりますが、ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。 -
まぁ、妥当かと思います。
明治5年から殆ど保存的に大々的には手を入れてきていないのも事実。
「世界遺産になった途端に倒壊」じゃぁ、しゃれになりません。
これは驚きました。
入場券はバーコード処理されていて、機械でピッと読み取ります。
しかも大人数。
余程観光客が増えたのでしょうね。 -
正門から料金を払って、正面にあるのが「東繭倉庫」。
美しい。 -
「東繭倉庫」は、文字通り生糸の原料になる「繭」を保存した倉庫。
館内は一部開放されていますが、そこは後に観ることにします。
中門の上部には「明治五年」。二度目の訪問。世界遺産人気は継続中です! by entetsuさん富岡製糸場 名所・史跡
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富岡製糸場は、明治5年(1872年)に明治政府が日本の近代化のために最初に設置した官営模範器械製糸場。
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ぐるっと回って「東繭倉庫」の裏に来ました。
南面には、ベランダがあります。 -
富岡製糸場のレンガの積み方には大きな特徴があります。
レンガの向きを長い面と短い面に交互に並べた(ツー、トン、ツー、トン・・・)この積み方は「フランス積み」と呼ばれ、デザイン的に美しく見える反面、他の積み方より壊れやすいと言われています。
明治初期はこの積み方で建てられた建物が多いですが、次第に「イギリス積み」という方法に取って代わられます。
これは、イングランド地方で発達した堅牢な積み方で、煉瓦の長手ばかりがツー、ツー、ツーと現れる段と、小口だけがトン、トンと積まれた段が一段おきに見られる積み方です。 -
ちょっと曲がったりしていますが、よくぞ持っているものですね。
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「乾燥場」。
世界遺産登録なって、新しくなった設備が音声ガイドです。
「12」番を押すと聴こえます。
解説ガイドツアーもありますが、自分のペースで自由に見学したい方、外国のお客様をお連れの方などには重宝ですね。(日本語・英語・フランス語・中国語・韓国語対応)
音声ガイド機は200円で借りることができるほか、自分のスマートフォン等を使って見学場所の情報を聞くことができます。スマホでの料金は無料ですが、通信料金は自己負担です。 -
「乾燥場」は、生繭の蛹を殺したり、繭を乾燥させる施設。
1922年(大正11年)に建てられた施設ですが、去年2月14日〜15日の大雪で倒壊してしまいました。
明治5年の施設が無事なのに・・・。
(レンガ組ではなかったのが原因) -
こちらは「西繭倉庫」。
東繭倉庫のベランダは南面にあるのに対し、北面にあります。
通気性向上のために、たくさんの窓が取り付けられています。
建設当時は、年に一度しか繭が収穫できなかったため、100?を超える大型の繭倉庫が2棟建てられました。
いまでは、蚕の品種改良が進み、年に一度ということはないようです。
現在、保存修理工事中で、立入り禁止となっています。二度目の訪問。世界遺産人気は継続中です! by entetsuさん富岡製糸場 名所・史跡
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写真の煙突は、昭和14年に再建された鉄筋コンクリート製で、高さは37.5mあります。
この煙突は4代目で鉄製だそうですが、初代はは鉄製、2代目・3代目はレンガ製でした。
これ程高くしたのは、燃焼効率を上げるためだそうです。 -
「社宅群」。
富岡製糸場は、明治5年(1872年)に官営模範工場の一つとして操業を開始しましたが、1891年(明治24年)に払い下げで「三井家」に経営が移ります。
三井は1902年(明治35年)原富太郎の「原合名会社」に譲渡します。
原は、美術品の収集家としても知られ、小林古径、前田青邨らを援助するとともに横浜本牧に「三溪園」を作ったひとでもあります。
さらに、1939年(昭和14年)日本最大級の繊維企業であった「片倉工業」に合併され、経営は三度移ります。
片倉は、その後も操業を続け、1987年(昭和62年)2月26日に操業を停止するまで、稼動をつづけます。 -
ここに残る社宅群は、三井家時代に建てられたといわれ、一番立派なこの建物は工場長用の一軒家です。
唯一2階建です。 -
総務課長、原料課長、工務課長の社宅として利用されていました。
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場所的には、東繭倉庫と西繭倉庫の西側です。
正面の建物は、東繭倉庫。 -
これも管理職社宅。
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これは従業員用の社宅。
50年ほど前、私のかすかな記憶にもこの様な家に住んでいた記憶が残っています。
ウチのオヤジは転勤族でした。 -
「東繭倉庫」を西側から見ています。
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北西の角のところ。
木の骨組みに、壁に煉瓦を積み入れて造る「木骨煉瓦造」という工法です。 -
富岡製糸場の資材は、主に近隣から集められました。
杉の木の大きいものは妙義山、松の木は吾妻から調達し、小さい材木は近くの山林から集めたそうです。
礎石の石材は連石山(甘楽町)から切り出したとのことです。 -
レンガは、フランス人技術者が瓦職人に作り方を教え、福島町(現甘楽町福島)の 笹森稲荷神社の東側に窯を築き、瓦と共に焼き上げました。
その中心となったのは、埼玉県深谷からやってきた瓦職人だったとのことです。
ただ当時の技術では、なかなか良質のレンガを焼くことが出来ず、4割くらいは廃棄処分したそうです。
また、当時の窯では温度が低く、現在のような赤い発色が出来なかったという事らしいです。
今となったら、このオレンジ色っぽいレンガがかえって美しいのですが、怪我の功名ですね(笑)。
また、レンガのメジには、セメントの代用として漆喰を使いましたが、原料となる石灰は下仁田町青倉・栗山産のものでした。 -
場内案内図もあります。
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人だかりがしています。
オレンジ色のベストを着た方が、解説員の方。
約40分のガイドツアーがありますが、料金は200円。
去年の3月に来た際は無料でした。
後から後から観光客が来て、ガイドさんも20人程常駐しているのではないでしょうか。
3月の時は、確か2〜3人でした。 -
「検査人館」にやってきました。
1階は竣工以来、事務所として使われていて、現在も片倉工業から寄贈された後、管理している富岡市役所「富岡製糸場課」のオフィスとして現役です 。二度目の訪問。世界遺産人気は継続中です! by entetsuさん富岡製糸場 名所・史跡
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2階には貴賓室があり、大理石造のマントルピースは当時のもので、ソファーも当時のものとされています。
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明治5年の開業当時は、フランス人の男性用宿舎だったそうです。
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冬の寒さよりは、暑い日本の夏にも対応するよう、風通しに配慮した建物です。
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「東繭倉庫」前には美しい植栽。
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「東繭倉庫」と「検査人館」の間にある建物。
「変電室」とありました。 -
アルミニウムの笠と、電球。
レトロです(笑)。 -
「女工館」にやって来ました。
開業当時は、フランス人の女性教師たちの宿舎でした。二度目の訪問。世界遺産人気は継続中です! by entetsuさん富岡製糸場 名所・史跡
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その後改造して食堂などに使用していたそうです。
女性が住んでいたので、2階の作りがおしゃれになっているとのことです。 -
この建物も、「木骨煉瓦造」という工法で、礎石の上に立てられた木製の柱と、それを挟み込むようにして梁がわたされ、柱の間に煉瓦を積み壁が作られています。
屋根は瓦葺です。 -
「繰糸場」(そうしじょう)です。
文字通り、繭から生糸を繰る工程を行った工場です。二度目の訪問。世界遺産人気は継続中です! by entetsuさん富岡製糸場 名所・史跡
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長さが約140?もある工場で、創業当初はフランスから輸入した300釜のフランス式繰糸器が設置され、当時世界最大規模を誇りました。
現在は、昭和62年の片倉工業の操業停止直前まで使われたニッサン製の自動繰糸機がそのまま保存されています。
ビニールで覆われています。 -
三角形小屋組という工法で建てられています。
当時は電灯がなく、明かり採りのためにガラス窓が拡がっています。
日の出から日没までが就業時間と思われがちですが、実際にはフランス式の一日7時間勤務、また日曜休日という、明治初期としては画期的な勤務管理体制だったそうです。 -
片倉工業がS62年閉鎖した時に使われていた「繰糸機」。
この部分は見学用にビニールの覆いを外してあります。
創業当時は、工女さんが左右の列に並んでいた訳ですが、この機械は「繰糸」の行程は自動化されています。
しかし、繭を煮て糸を繰るという基本自体は同じです。 -
下の茶色い所に煮た繭が回り、上の機械で糸を繰るという仕組みです。
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煮繭機という機械で繭を煮て、煮繭(にまゆ)を待機させておき、必要量の繭を送り込む部分です。
操業停止時には殆どが自動化され、この操糸工場に人はほんの数人しかいなかったそうです。
明治5年の創業当時は、フランス製の繰糸機が300台設置され、働く工女さんも300人いたのだそうです。 -
創業時にはまだ日本には電灯が無かった。
そのため、自然光を取り入れるべく多くの窓が張られています。
でも、そのまんまS62年の操業停止まで電灯なしで来たというのも凄い。
また、繭を煮るため発生する蒸気を逃がす通気口もあります。 -
自動繰糸機が動く様子が映像で紹介されています。
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繰糸場見学を終えます。
手洗い場。
S62年の操業停止時のままです。 -
「診療所」。
「富岡製糸場」は、近代的な製糸技術だけでなく、工女たちの就労条件や福利厚生、健康管理まで、全てが近代的な工場の一連のシステムが模範となりました。 -
「ブリューナ館」(旧・首長館)。
回廊風ベランダで高床になっています。
床下に煉瓦造の地下室が3つあり、食料品貯蔵庫またはシェルターと考えられています。二度目の訪問。世界遺産人気は継続中です! by entetsuさん富岡製糸場 名所・史跡
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ポール・ブリューナは、1840年6月30日にフランスのドローム県に生まれ。
明治に入り、政府により生糸の品質向上と生産改革のために製糸工場の建設が検討され、横浜で働いていたブリューナに白羽の矢が立てられ、候補地の視察〜建設、機材の調達、技師の雇用、工場の運用を任されました。
ブリューナには月給600円に加えて賄金が毎年1,800円、合計9,000円の年俸が支払われており、一般的な日本人職工の年俸74円などと比べると、破格も破格です。
彼はここで、奥さんと住み、後に二人の娘さんも産まれました。
契約を終えて1876年(明治9年)2月15日に横浜港からブリューナ一家は帰仏しています。 -
この建物は、明治6年(1873)建築で、建坪320坪。
ここに、家族4人とメイドさんが二人、合計6人で住んでいたようです。 -
ここも、レンガが美しい。
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この建物も、夏の暑さ対策優先だったようです。
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ここは今では丸っきり空き地ですが、「蚕種製造所」という施設があって、蚕の品種改良を担うと共に、優良な生糸を生産するために、無償で養蚕農家に蚕を配布していたようです。
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「レンガ積み排水溝」。
中を覗く事はできませんが、工場から出た排水や雨水を流すレンガ造りの排水溝がありました。
当時、下水施設を持つ工場は日本には無く、これも恐らく日本で最初ではないかといわれています。 -
排水は、隣を流れる「鏑川」にそのまま流していました。
程よい温度と、繭の中の蚕のさなぎは鯉などの絶好の餌となっていて、魚が一杯集まっていたといわれます。鏑川 自然・景勝地
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鏑川には排水とともに、取水でも大きな役割がありました。
繭を煮る工程では大量の水を必要とし、この川から汲み上げたそうです。
また、この川を利用して横須賀造船所で作られた機械などを運搬してきたとも伝わります。鏑川 自然・景勝地
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ブリューナは、工場を立ち上げ、任期が終わるとさっさと帰国してしまったので、工女の学習の場として、さらに片倉富岡高等学園として改築して使用したそうです。
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右がブリューナ館で校舎に改築されたもの。
正面は工女たちの寄宿舎です。 -
こちらの寄宿舎は明治29年建設。
奥に煙突も見えます。 -
さらに工女の寄宿舎です。
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立入り禁止地域ですが、2棟並んで建てられています。
昭和15年の建物。
手前は、去年の大雪の影響です。 -
ブリューナ館(正面)と寄宿舎を角度を変えて見ています。
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「ブリューナ館」に戻ってきました。
高床式になっています。 -
レンガの壁と、瓦屋根。
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「東繭倉庫」に戻って来ました。
ガイドさんに引率された大軍団がやって来ています。
外側の開き窓は鉄製で、内側はガラス窓の二重構造となっています。
模範工場として、温度、湿度、耐火性を考慮した繭の保管倉庫となっています。 -
「東繭倉庫」の中門です。
ガラスは当時のままです。
当時の技術では、真っ平らに加工する技術が無く、微妙にクネクネしています。
なかなか写真では判りづらいですが、これは割合感じが出ています。 -
レンガの積み方のお勉強コーナー。
(発砲スチロール製です) -
「東繭倉庫」は内部を公開しています。
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原料課。
片倉工業が操業停止するS62年当時のままと思われます。
原料課長は、ポストとしては要職だったらしい。 -
これも昔のまま。
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これも。
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中に入りました。
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窓を閉めている状態です。
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お菓子やシルク製品などの土産物を販売しているショップがあります。
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「シルクシャーリングマフラー(草木染め)」。
ちょうど母の日でもあったので、家内のお母さんにひとつ買いました。
極細の富岡産絹糸に草木染の優しい色合いが綺麗でした。シルクのスカーフ買いました by entetsuさん富岡製糸場売店 専門店
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店内、大勢の買い物客で賑わっています。
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当時の「社訓」がそのまま残ってる〜。
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パネルで日本の製糸業の歴史、富岡製糸場の説明などがされています。
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S62年に、片倉工業が操業を停止した際の女子従業員の制服だと思われます。
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世界遺産の説明パネル。
今回登録なった世界文化遺産は正式には、「富岡製糸場と絹産業遺産群」。 -
田島弥平旧宅、高山社跡、荒船風穴は、蚕の飼い方や蚕の卵の貯え方を工夫して新しい技術を生み出した所です。
これらを「絹産業遺産群」と呼んでいます。
「富岡製糸場」と「絹産業遺産群」は協力して、良い繭を作り、そこから良い生糸をたくさんつくる技術を作り出し 、日本は1909(明治42)年世界一の生糸輸出国になります。
生糸の生産高向上は、それまでお金持ちや身分の高い人しか使えなかった絹を、一般の人も使えるようになり、いろいろなファッションを楽しめるようになりました。世界の人たちのファッションや文化を豊なものに変えた努力の跡が、その頃のまま保存されているので、世界遺産にふさわしいと考えられています。 -
明治5年創業当時の操糸機。
300台あり、工女さんも300人いました。 -
繭を煮て、糸を繰る基本的な仕組みは、その後機械化されても同じでした。
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繭を煮る鍋。
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東繭倉庫を改めて眺めます。
二度目の訪問。世界遺産人気は継続中です! by entetsuさん富岡製糸場 名所・史跡
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よくぞ、無事に残っているものです。
しかも、たかだか27〜8年前までは実際に操業していたなんて・・・。
凄い。 -
驚くべきは、この時間にもまだまだ来る人がいるという人気ぶり。
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「記念碑」。
明治6年に明治天皇の皇后と皇太后が行幸され、行幸後70年後に作られました。 -
これまで観てきた、明治8年(1875年)以前の建造物が全て国の重要文化財に指定されています。
・「繰糸所(そうしじょ)」
・「東置繭所(ひがしおきまゆじょ)」(東繭倉庫)
・「西置繭所(にしおきまゆじょ)」(西繭倉庫)
・「蒸気窯所(じょうきがまじょ)」
・「首長館(しゅちょうかん)」
・「女工館(じょこうかん)」
・「検査人館(けんさにんかん)」
・「鉄水溜(てっすいりゅう)」
・「下水竇及び外竇(げすいとうおよびがいとう)」
竇は汚水排出のための暗渠のこと。
また、重要文化財の一部(繰糸所、東・西置繭所の3棟)が2014年に国宝に指定されています。 -
今上天皇皇后両陛下が、一番最近「富岡製糸場」をご視察されたのは、2011.8.23のことです。
2度目の「富岡製糸場」観賞でしたが、やっぱりいいですね。
建物好きの私にはピッタリ(笑)。
初めて来た家内も感動してました。
首都圏からは割合近いですので、是非ご訪問されては〜。 -
そば屋さんがありました。
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「花まさ庵」。
以前来たときは無かったような・・・。
あったけどリニューアルしたかもしれません。 -
「GARBA」。
群馬県利根郡みなかみ町に本店がある、手作りバウムクーヘンのお店らしい。
軽井沢や銀座にも支店を持つそうです。富岡製糸場の門前通りにありました。バウムクーヘン、美味でした。 by entetsuさんガルバ 富岡店 グルメ・レストラン
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バウムクーヘンやクッキーなどを販売すると共に・・・。
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イートインコーナーでコヒーやアイスクリームなどが頂けます。
コーヒー飲んで一休みしました。
香りが個性的な、「セガフレード・ザネッティ・エスプレッソ」というイタリアンコーヒーだそうです。 -
お土産にバウムクーヘンを幾つか買いました。
家内のお母さんにあげましたが、あっさりして美味しかったそうです。
以上、群馬県を一日で駆け足で回りました。
世界遺産になって尚一層輝き、人気を高める「富岡製糸場」。
是非、ご覧になってください。
「赤城自然園」も素敵でした。
お付き合いくださり、有難うございました。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- ひろさん 2015/06/03 22:42:28
- 富岡製糸場の人気
- entetsuさん こんばんは!
富岡製糸場、私も去年の秋に一段落したかなと思って訪れましたが
まだまだその人気ぶりは現在でも衰えませんね〜
入場料も上がってしまって・・・・
ブリューナ館前の広場が個人的に落ち着きますね
(って観光に来ているのに落ち着くんじゃないって…?)
おっきりこみうどん私は街頭の試食で食べましたが、なかなか美味しかったですよ。
今度は是非お試しください
ひろ
- entetsuさん からの返信 2015/06/04 03:40:46
- RE: 富岡製糸場の人気
- ひろさん、こんにちは!
コメント有難うございます。
富岡製糸場、大人気でした。
でも、良く残ったものだと思います。
明治5年から創業して、その後も現役で操業をつづけ、昭和62年まで続けた。そして、その後も保存してきた・・・。
頭が下がります。
おっきりこみうどん、今度食べてみます。
山梨の「ほうとう」みたいな感じとおもっていいのですかね。
GWの富山から一連の旅行記を書き終えてホッとしています(笑)。
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