2004/04/21 - 2004/05/04
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jijidarumaさん
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<南ドイツとオーストリア周遊の旅>
( 2004年4月21日−5月4日 :2週間 )
*ドイツ バイエルン国王 ルードヴィッヒ2世とオーストリア皇妃 エリザベート・・・愛称 “シシー” を 巡る旅*
4月30日(金)167km、晴
いよいよこの旅も終わりに近づき、ホーヘンシュバンガウを出発し、南バイエルンの田舎道をたどり、ヴィース教会、リンダーホーフ城、オーバーアマガウ、エッタールの修道院を順次にめぐり、Oberauオーベラウからアウトバーンにのり、一路、シュタルンベルガー湖畔のFeldafingフェルダフィングへ向かう。
3泊することとなるシュタルンベルガー湖畔にあるゴルフホテル・カイザリン・エリザベートへ17時に到着しました。
写真はホテル・カイザリン・エリザベートの庭園内にある皇妃エリザベートの坐像
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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写真は2004.4.22.Salzburg⑭Sisiの像・中央駅前広場
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写真は2004.4.26.Wien①王宮①博物館・皇帝の住居④皇妃エリザベート・Am Hofの間
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写真は2004.4.26.Wien①王宮①博物館・皇帝の住居④皇妃エリザベートの有名な体操具
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写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth・ホテル周辺図
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4/30(金)~5/03(月):3泊
Starnbergersee:Golfhotel Kaiserin Elisabeth
ゴルフホテル・カイザリン・エリザベート
4星、全51室・4星、 120x3 Euro=360
D-82340 Feldafing 、Am Starnberger See、
TEL:49(0)―8157―93090、FAX:49(0)―8157―9309133
http://www.kaiserin-elisabeth.de
ドイツアルプスの高い山々・・・3000m弱級・・・は暖かな陽気に少しずつ雪を融かしてきていますが、南バイエルンの野から見上げる山々は雪で白々と見えます。このホテルの庭からも、ドイツアルプスが湖の先に白く遠望できます。
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth①Hotelへの地図 -
ホテルの庭にはオーストリア・ハンガリー帝国のエリザベート皇妃の座像があり、ホテルの正面テラスレストランから良く見える小高くなった場所に置かれています。ここで皇妃は座りながら、物思いにふけっていたそうです。(最初の写真参照)
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth①芝生のある前景 -
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth①正面玄関側・その昔
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写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth①正面玄関側
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写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth①正面玄関側・その昔1
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ホテルの2階には、オリジナル“Sisi-Suiteシシーのスイート”という部屋があるそうですが、残念ながらのぞいていません。
ホテルの本館と別館には65の部屋と1スイートがあり、正式なレストランも、テラス、室内と幾つもあり、また、バイエルン風なレストランやビールバー等もあって、様々な客の要望に対応出来るようにしている。
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth③エリザベートのスイート -
この近くには“エリザベートの散歩道”が標識で示されており、なだらかな道が湖畔まで、続いています。あの独特の急ぎ足で、お供がついて行くのが難しいあの速さでこの道を散歩したのでしょうか?!!
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth①ホテルから見るStarnbergersee①エリザベートの小道・その昔 -
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth①ホテルから見るStarnbergersee①その昔
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子供時代をこの近くのPossenhofenポッセンホーフェンの城で過ごしたエリザベートはこの地を愛して、オーストリア皇妃になってからも、しばしばこの地を多数の随行員と愛馬と共に訪れた由です。このホテルで24回の夏を過ごし、それは都度、数週間も滞在したそうです。
皇妃のまた従兄弟に当たるバイエルン王国のルードヴィッヒ2世ともこの地でよくお会いになり、1886年6月13日、王のBergベルクでの不慮の死には、この地から皇妃は駆けつけたとの話も残っています。
皇妃が最後の夏を過ごされたのは1894年ですが、ホテルのその長い歴史の中で、もっとも著名なお客様と言えましょう。
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth①ホテルから見るStarnbergersee①その昔① -
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth①ホテルから見るStarnbergersee①冬景色
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私共の部屋は別館の2階にあり、広いが、家具類はあまり感心する程のものではありませんでした。浴室は明るく、きれいで良かったが、シャワーの出が今一で残念。
友人達は3階で、小さいが、バイエルン風な家具を揃えた、可愛いい部屋でした。
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth③寝室①バイエルン風 -
ホテルのそこかしこにエリザベート妃の絵等が飾られ、部屋の机の引出しにはエリザベートがこのホテルで召し上がった食事のメニューが解説された分厚い本もありました。
窓からの眺望は遠くに湖と山々が遠望できましたが、テラスレストランからの眺めには勝てません。
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth③寝室・湖が見える -
この地はミュンヘンから30kmの近さで、古くからリゾート地として栄えてきたようです。1508年に当地に教会が建てられ、このホテルの原型とも言うべき宿屋がその隣に見られました。
その後は19世紀頃、帝国議員がホテルのオーナーになり、更に1856年にはミュンヘンの資本家が買い取り、大きなテラスを持つホテルに改造されました。
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth⑤テラスレストラン -
新しく鉄道が敷かれるとスイス風のスタイルに拡大され、1898年、皇妃が暗殺された後の1905年にはウイーンの王宮の勅許により、ホテル名をホテル・カイザリン・エリザベートとすることが許され、今日に至っている。
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth①ホテルから見るStarnbergersee -
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth⑥Kaiserin Elisabeth Wegエリザベート皇妃の小道・道標
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写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth⑥エリザベートの小道②ホテルの庭からの眺め
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写真は2004.4.30.-6Starnbergersee・Feldafing Golf Club・ゴルフクラブハウス
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第一日目の夕食は19時から簡単にと、バイエルン風のレストランへ行くと、なんと結婚式の二次会らしき人達で一杯となっており、正式なレストランに方向転換することになりました。
さすがに、当ホテルの由縁となる、Sisiシシーの名をつけたSektゼクト(シャンパン)があり、早速、トライすることに。バーデン産グラスワインの赤を飲んだりしながら、サラダの上に炒めた子牛の肉の細切りをのせた料理を美味しく頂きました。家内の食べたチューリッヒ風の魚料理もいけたようです。
総額111EUROのお料理です。バイエルン風のレストランでも同じであったのかな?
1日はミュンヘン市内のホーフブロイハウスを予定していますが、2日の最後の夜も、ここで食事をする事に決めました。
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth⑤レストラン -
2日の夕食は最初からレストランの特別料理とうたっていた、シュパーゲル、オランダ風ソース、ジャガイモ、子牛のメダリオン添えを食べることにしていました。
今回は魚料理も鮭、メインもアスパラ料理を全員が選びました。デザートにはヨーゼフ皇帝のお気に入りのパンケーキ、エリザベート妃のお気に入りのアイストルテを其々半分にして分けて頂きました。とても美味しいものでした。
シェリー、キールをアペリティーフに、ワインはホテルがお奨めの白ワイン Golfwein-Riv. 18.40EURO、辛口、時にフルーティさも感じるおいしさでした。Golfhotel-Kaiserin-Elisabeth ですから、其れにちなんだワインなのでしょうか!
ここの料理全体はたいへん、まろやかな、洗練された味であったように思います。ドイツ料理で時に思った塩の強さ、量の多さをここではすこしも感じませんでした。多分に、エリザベート妃のお好み、ウイーン風の洗練されたものとなっているのでしょうか。
お勘定は長期滞在者用とも思われるお値段で、175EUROとなっていました。
XXX
写真は2004.4.30.Golfhotel Kaiserin Elisabeth①Starnbergerseeから見るホテル -
写真は2004.4.30.-5Starnbergersee・ドイツアルプスと湖・バラの島
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5月02日 (日)78km、曇り、後晴
ミュンヘンには心残りもあるが、これを残してはいけないと、シュタルンベルグゼー・フェルダフィングの対岸にあるBerg・ベルグ-----ルードヴィッヒ2世の終焉の地----に車を走らせる。
ホテル・シュロス・ベルグの駐車場に車をおき、徒歩で水辺にあるという最後の地に向かう。登り降りの村の道を通り、森の中の道を行くと、目の前に教会が出てきた。
教会の正面玄関下の湖畔に、水際から数メートルの位置に、十字架が立っている。折から急に雨模様の暗い天気になり、水面は暗い。
1886年6月12日、精神的障害ありとして、40歳の王はベルグ城に幽閉され、翌、13日朝の散歩に出たまま帰らず、雨も激しく、暗い湖上に其の遺体が発見される。
いまだに、其の死は自殺か、他殺なのか、不明で、謎の死となっている。
写真は2004.5.02.-2Berg①ルードヴィッヒ二世の教会から見下ろす湖面に十字架が見える。 -
湖の観光船の船着場もある、ホテル・シュロス・ベルグのテラスでコーヒー、カプチーノ、アイスコーヒーを飲み(20EURO)、近くを気持ち良さそうに、ボートを漕ぐカップルを眺めて、ゆったりとした時間を過ごす。
テラスの人達に見られるように、ボートを近づけた得意そうなカップル!!
終焉地にいた時は暗い、ぽつぽつと雨が降り出した天気でしたが、不思議な事に、ここは青空に、明るい陽の光です。もうテラスは客でいっぱいです。
写真は2004.5.02.-2Berg②Hotel Schloss Berg①前景 -
≪ドイツ バイエルン州;バイエルン王国の周遊≫
:アルペン街道・キーム湖・ドナウ、イザール、イン川を巡る:
期間 : 2008年4月17日(木)〜5月1日(木)15日間の旅
4.18(金) 快晴 16℃、 137km
Landshutランツフートの町から、−>B15・L?A92・9・Muenchenミュンヘン環状線2R・A95・952 をひた走り、湖畔の町Starnbergシュタルンベルク に至る。凡そ 127kmだ。
湖の先端を湖畔沿いに、見覚えのある道を辿ってL? 4km行くと、今夜から2晩お世話になるBerg am Starnbergersee ベルク・アム・シュタルンベルク湖の古城ホテルに17時丁度に到着した。
途中、シェルのスタンドではお水を12本購入した。(Euro 22.2・・・2L一本あたり300円ぐらいだが、環境ファンド費用がオンされている。)
写真は2008.04.18.Schloss Berg:Anfahrtルート -
古城ホテル” Schloss Bergベルク城” ではSpecial Arrangementを利用することになっている。
このホテルは湖水に面した、赤い屋根・白壁のUnteres Haus本館と駐車場を挟んだ丘の上にOberes Haus新館があり、後者のバイエルンン風の建物にも客室、会議場施設がある。
Hotelの レセプションは新館にあるので、そこでチェックインすると部屋は本館だと言う。良かったと思ったが、部屋は本館4階、エレベーターなし!なので重いトランクは上げられない。
レセプションの男性にお願いして、トランクを4階まで持ち上げて頂く。そんなに大きいわけでもない普通の青年であったが、一人であっという間に片付けてしまったのには驚いた。
278号室は右手奥のSeeblick 湖水眺望という、きれいで広く、恵まれた部屋でした。
古城ホテルの目の前に見える湖はまだ明るく、陽の光を浴びて、青く美しい。対照的に遥か対岸にはまだ雪を頂くドイツアルプスの山々が見えて、素晴らしい景観である。
写真はホテルのテラスで -
夕食:19時、Hotel Schloss Berg・ホテル シュロス ベルグにて。
*Special Arrangement利用=Faulenzer-Wochende(怠け者の週末)Euro 260 :2泊朝食付き、1夕食は4品コース付き。
Faulenzer-Wochende(怠け者の週末)はあまり私どもには似合わない言葉だが、ホテルのアレンジの一つで、週末・金から日の二泊が条件である。予約の時間にレストランに赴くと、アレンジの話が通っていない。レストランに説明することとなる羽目となった。
レストランは週末なので団体客も入って、お客でいっぱいのようすだ。レストランの外のテラスでも大きな魚料理を食べている家族も見える。
さて、飲み物は気合抜けで、辛口のシェリー、Pilso.3Lだけで済ましてしまった。
写真は前菜:ミックスサラダ。 -
4品コース:
前菜:ミックスサラダ。
スープ:野菜・団子入りのスープ。
メイン:私はビーフストロガノフ、茹でたブロッコリー、人参、カイワレ大根にドイツ風うどん添え。家内は白身魚(飛び魚の一種?)のオイル焼きと新ジャガイモ、カイワレ大根、トマト、温野菜添えでした。
デザート:ピスタチオ入りアイスクリームにサクランボのソース掛け。生クリームとほうずき添え。
典型的なバイエルン料理にしては塩気が物足りない味でした。何れの品もボリュームがあって、なかなか食べきれなかった。(19:00〜20:30)
写真はスープ:野菜・団子入りのスープ。 -
写真はメイン:私はビーフストロガノフ、茹でたブロッコリー、人参、カイワレ大根にドイツ風うどん添え。
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写真はメイン:家内は白身魚(飛び魚の一種?)のオイル焼きと新ジャガイモ、カイワレ大根、トマト、温野菜添えでした。
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写真はデザート:ピスタチオ入りアイスクリームにサクランボのソース掛け。生クリームとほうずき添え。
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(2泊) Hotel Schloss Berg(Oberes Haus)古城ホテル ベルク城
D-82335 Berg、Am Oelschlag 9、
全60室・4星、本館278号室(Osterseeの名前付き・湖水眺望Seeblick ・4階)
Euro*(90)(週末料金);
TEL:49(0)8151-9630 、 FAX:−96352
http://www.hotelschlossberg.de
ルードヴィッヒ2世の終焉地Bergベルクにある古城ホテル。
2004年にこのホテルに宿泊しようかとメールを入れたが返事が無く、断念した。
今回はレセプションが反応したので、予約を入れることができた。
但し、部屋の準備やレストランとの連携に難があったでの、残念な印象となった。
ミュンヘン飛行場から凡そ55km、湖畔のホテルは立地条件が満点だ。
1986年開業。
2004年にこのホテルのテラスカフェでお茶を頂いた。
写真はホテルの夜景 -
4.19(土) 小雨後晴 13.5℃、 95km
Starnbergersee湖周辺巡り
写真はホテルの湖面側 -
《バイエルン国王ルードヴィッヒ二世とオーストリア皇妃エリザベートの思い出の地 》
<Starnbergerseeシュタルンベルグ湖>
この辺りは湖水地方でもある。Starnberger Fuenf-Seen-Landと称されている。(シュタルンベルグの5つの湖地方;即ちStarnbergersee、Ammersee・Der Bauernsee農民の湖の異名をもつ湖面47平方kmと二番目の大きな湖、Woerthsee、Pilsensee、Wesslingerseeの5つである。)
大都会のミュンヘンと独逸アルプスの中間に位置している。その三分の二が自然保護地区になっている。
シュタルンベルグ湖は?領主の湖“とも称されて、これから訪れるChiemseeにキーム湖次ぐ、バイエルンで2番目に大きい湖(周囲50km、長さ21km、幅2〜5km、最深127m、湖面57平方km)である。ヨット、ボート、水泳、釣り、観光船での周遊、Roseninsel Woerthのバラ園・カジノを楽しむことができる。
また、周辺には見所も多く、バイエルン王国のル−ドヴィッヒ2世を悼む湖畔の十字架、車で20分と近いミュンヘン、1時間でドイツ最高峰・Zugspitzeツーク・シュピッツェ(2962m)のドイツアルプス山麓の町Garmisch-Partenkirchenガルミッシュ・パルテンキリルヒェンに至るといったドイツ屈指のリゾート地である。
写真は2008.04.19.Starnberger Fuenf-See-Land・この地方の地図 -
*Starnbergersee湖周辺巡り:
朝方の4時に又目覚めた。更に寝て、7時半に起床する。朝食後、小雨の中、10時にBergを出発した。昨日はあんなに晴れていたのに、今朝は肌寒い、小雨模様の天候になってしまった。湖の周囲50kmと1日の行程としては短い。今日はゆっくりと湖畔めぐりを楽しみたい。−>L?のみ、3km Bismarckturm −>6km Muensing −>14km Seehaupt −>16km Tutzing −>10kmと低速で走る。走っているうちに小雨も止んだ。予定していた様々な城も分からないうちに、なんとなく湖を一周してしまった。やはり50kmは短かったようだ。
”Schloss Garatshausenガラートハウゼン城”も見つからずにちょっと行ったりきたりすることになった。城と言っても、今は病院・養老施設となっていて、看板が分かりにくかったのだ。
その城の公園には11時に到着し、先ず菩提樹の大木がそこかしこに立つ園内を散策する。湖畔の水際まで行くと、湖畔からBergの古城ホテルやル−ドヴィッヒ2世の終焉地にある教会が対岸に見える。
まだまだ、公園の木々は新緑には程遠く、城館の庭に薄ピンクのモクレンの花が咲いているぐらいだ。個人所有の城館には入れないが、併設された礼拝堂はお参りが可能だった。カフェの場所まで戻ったがまだ時間があった。施設のトイレは気軽に使用できて、大変助かった。その内、空に晴れ間が見えてきた。
写真はガラートハウゼン城の並木道とレンタカー -
昼食:Schloss Garatshausen のPark/Cafeで。
城内老人ホームに併設したカフェは12時から開業と言うことで、公園内で時間をつぶす。介護の方や、入院中の人達、お見舞いの方たちが利用して、繁盛しているようだ。
私共は12時と同時に入店し、Kartoffelsuppeジャガイモスープを注文する。
ジャガイモ、人参、インゲン、細切りしたソーセージ、グリーンピースが入り、よく煮込まれたスープはハーブで味付けされていた。やや塩気が強かったが、店主のお爺さんの作ったスープは温かく、量も十分、このスープ一品で満腹でした。 (12:00〜12:40 Euro 9)
写真は満腹となったジャガイモスープ -
≪ “皇妃エリザベ−トの散歩道”を歩く≫
Feldafingフェルダフィング の駐車場に停めて、ゴルフ場周辺や湖畔を腹ごなしに散策することにした。何人かのグループが散歩し、ジョギングし、大きな犬を連れて走る人もいる。この散策路はゴルフ場をまたぐものだから、ご夫婦でゴルフをしているのも見かける。
バラの島ヴォルトRoseninsel Woerth(フェルダフィングから船で往復・5月からの開園。)近くまで歩いて行き、島を遠望する。
島には人影は無く、船も無かった。
Roseninselバラの島は1850年バイエルン王マクシミリアン2世が小島を購入し、島内にバラ園やカジノをつくったと云う。
オーストリア皇妃・エリザベートは皇妃のまた従兄弟に当たるバイエルン王のルードヴィッヒ2世ともこの地でよくお会いになった。
エリザベート皇妃はルードヴィッヒ2世の良き理解者であったようで、王の不慮の死後も“ルードヴィッヒ2世は狂人ではなく、夢を見ていたのだ。”とコメントした由だ。
写真はバラの島 -
その後、近くの懐かしいGolfhotel Kaiserin Elisabethゴルフホテル・カイザリン・エリザベート を訪れてみた。ホテルの前の道からなだらかな道が湖畔に向かっている。その皇妃ゆかりの “エリザベートの散歩道”を歩いてみた。ゴルフ場が一望できるベンチに座ってみると、実に気持ちがよい。
写真はゴルフホテル・カイザリン・エリザベート -
写真はゴルフホテル・カイザリン・エリザベート の正面玄関
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写真は“エリザベートの散歩道”の道標
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写真はゴルフ場
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お茶:Golfhotel Kaiserin Elisabeth 、Feldafingの談話室で。
2004年に3泊した、オーストリア皇妃・エリザベートゆかりのスイス風ホテルは健在です。土曜日の午後を楽しむ近在の人達や旅行客などでレストランもいっぱいである。
給仕に声を掛けてみると談話室に席があると言う。
玄関を入って左手、メインレストランの手前に談話室があり、丁度入口傍にテーブルがひとつ空いていた。
早速に、コーヒーに紅茶で、好物の“Apfeltorte林檎のトルテ”を楽しんだ。
午後の談話室はリラックスした雰囲気とはいえ、軽装した私たちはちょっぴり、落ち着かないものでした。
(14:00〜15:00 Euro18)
写真は好物の“Apfeltorte林檎のトルテ” -
シーズンを迎える準備なのでしょうか?!テラスレストラン前の正面階段は工事中である。庭園にはピンクの桜らしき花が満開となり、緑の絨毯の先には、あの皇妃エリザベートの坐像が見えていた。
写真はエリザベートの坐像が遠くに見える。 -
写真はテラスレストランからの遠望
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−>途中のシェル・スタンドにて最初の給油をし15km をBerg にいったん戻り、ホテルで二時間ほど休憩を取った。
17:30に再び、フェルダフィングに向かう。−> 15km ”Golfhotel Kaiserin Elisabeth ” で4年ぶりの夕食です。
写真はテラスレストラン -
夕食:18時、Golfhotel Kaiserin Elisabeth 、 FeldafingのRestaurant にて。
お茶の時に夕食の予約をお願いして帰ったので、レストランに入ると右手の角の席に案内された。左手奥の個室は近所の老婦人の誕生祝いの催しのようで、一族の老若男女が20名ほど集まり、会食の最中である。
Sisi-Sekt皇妃エリザベートの愛称シシーの名を付けた、ゼクト(シャンパン)を飲んでいる内に、殆どの席がお客さんでうまった。
私共のテーブル近くを定席としている、見覚えのあるホテルの女主人が夕食の為、席に着いた。なかなか厳しそうで、気配りのある方なのでしょうか?!給仕たちも緊張していた。時々、席に呼んでは何事か指示をしていたが・・・。
さて、今夕のメニュー はシェフのお勧めから選んだ。
飲み物:
Sisi-Sekt皇妃シシーの名を付けたゼクト(シャンパン)。
Badenバーデン・ワインの赤0.25L。
スープ:
葱入りのスープ。
メイン:
私が子羊肉のロースト、トマト、セロリ入りジャガイモのピューレ(よくつ
ぶして裏ごししたもの)、赤ワインの肉汁かけ。
家内は牛肉のフィレ、トマト、ジャガイモのグラタン添えとミックスサラダ。
コーヒー:
お茶の時間にしっかり頂いたので、夕食でのデザートはやめてコーヒーにした。
写真はメイン:私が子羊肉のロースト、トマト、セロリ入りジャガイモのピューレ(よくつぶして裏ごししたもの)、赤ワインの肉汁かけ。 -
写真はメイン:家内は牛肉のフィレ、トマト、ジャガイモのグラタン添えとミックスサラダ。
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2004年のウイーン風の味付けを期待していたが、残念なことに、いささか重たげなドイツの郷土料理を食べてしまった。シェフが変わったのかな?!
夕食後はまだまだ明るい庭園を散歩し、高台から湖畔や遥かな雪を頂くドイツアルプスを遠望した。
明日はあの高いZugspitzeツークシュピッツェ 2962m に登るのだ。
(18:00〜19:30 Euro 80)。
Feldafing −>15km Bergに戻った。ホテルには20時に到着。
明日の準備がまだだが・・・。
XXX
写真はメイン料理を楽しんで。 -
写真は高台から湖畔や遥かな雪を頂くドイツアルプスを遠望した。
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写真はまだ春浅い感じの庭園とエリザベートの坐像
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写真は2008.04.19.Golfhotel Kaiserin Elisabeth②エリザベートの乗馬姿
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<Zugspitze ツークシュピッツェ2962m・ドイツアルペンの最高峰に登る>
4.20(日) 大快晴 24.5℃、 109km
嬉しいことに本日は快晴、それも雲ひとつ無い大快晴である。朝日を浴びて、湖は美しい。ドイツアルプスも一段と素晴らしさを増したように見える。
ホテルの朝食後、Bergを8:35に出発した。
写真は古城ホテル ベルク城・本館 -
写真は2008.04.18.Schloss Berg:在りし日のベルグ城
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−>L?・A95は走る車も少なく、道は適度の傾斜を示して、大変走りやすい。80km、一時間弱、 9:25にはGarmisch-Partenkirchenガルミッシュ・パルテンキリヒェンの町に入る。
ちょっと迷ったので、DB・ドイツ鉄道駅の裏手にある、登山鉄道駅への道を教えてもらった。駅近くの駐車場に車を停めた。
写真はシュタルンベルク湖畔 -
ドイツ二度目の駐在では、初めての夏の休暇(1982年8月6日から16日の11日間)を、南ドイツからオーストリアのInnsbruck、リヒテンシュタイン公国まで足をのばした。総走行距離は2400kmだったが、38歳と若かったので、疲れも感じず、楽しい休暇となった。あれから26年である。
その時はGarmisch-Partenkirchen (Hotel Zugspitz)に三泊し、Zugspitzeに8月11日に登りました。天気は晴れ、やや雲ありでした。
面白いことにZugspitzeの高さは2966mと記録されています。あれから26年で4mも低くなった計算ですが---?! そして電車賃も半額の5000円でした。
写真は遥かな雪を頂くドイツアルプス -
登山鉄道駅は出発点であり、終着点でもある。海抜720mの駅のプラットフォームからも、天気が良いので目的のZugspitze 2962mが右手に、Alpspitze2628mが左手に、二つの真っ白な頂を見ることができた。 (鉄道・ケーブル往復の一日乗車賃はEuro 69=11530円)
写真はGarmisch-Partenkirchen 海抜720mの駅で -
写真は駅のプラットフォームに登山電車が入ってきた。
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9:45発・登山鉄道に乗車する。途中のGrainauグライナウまでは電車も普通の走りで、山裾を縫うように走る。右手に広々と平原が開け、所々に冬場の飼料小屋?が建っている。遠くに見える山はKramerクラマー山1982m。その裾野に小さな町々の赤い屋根の家並みが見える。
写真はKramer山と平原 -
Grainauでアプト式の電車に乗り換える。海抜973mにEibseeアイプ湖があり、そこの駅からさらにお客さんが乗ってきて、満席になってきた。
Zugspitzeツークシュピッツェ周辺はいまだ冬のようで、乗り込む人たちもスキー客、スケートボード客であり、電車の外面にはスキーの杖を上手くはさんで運ぶ装置があり、さすがなもの。
写真はGrainauグライナウ駅で乗りかえ -
写真は満員の電車内
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Eibseeから急斜面になり、もう雪景色の中を電車は登っていく。Grosser Waxenstein2278mの岩山を横目に見て、Riffelriss波上の起伏の裂け目1680mでトンネルに入る。山塊をくりぬいた長いトンネルで、途中の2050m付近で降りてきた電車とすれちがった。
Schneefernerhaus氷河駅(2645m)は終着点である。氷河駅には11:00に到着した。ちょうど75分をかけて登ってきたわけだ。
さすがに寒い。氷河駅から外に出てみると真っ青な空があった。雪原はスキーやスノーボートに興じる老若男女でにぎわい、26年前にはなかった、柱に白と青とで彩色したバイエルンの五月柱が雪原に高々と立っている。とてもいい感じだ!!
レストラン前のテラスでは日光浴の人たちがのんびりしている。
26年前にもこんな光景をみて、羨んだことを思い出した。
写真はバイエルンの五月柱 -
真っ白な氷河や雪原の先のスロープにはドイツで最も高い所に建っているチャペルがある。このチャペルはMaria Himmelfahrtマリア昇天という名前だそうだ。そこまではとても遠く、歩いて行けないが。
写真はMaria Himmelfahrtマリア昇天のチャペルが見える。 -
さて、まだここは頂上ではない。まだ317mも上の頂がある。雪原より相当高い所にケーブルが張られて、高所恐怖症の私にはロープウエイは見るからにこわい。ここまで来て、帰るわけにもいかず、Gipfelseilbahn氷河ロープウエイで頂上に向かう。11:30発のゴンドラに乗りこむと、あっという間に人々でいっぱいになる。中にはシェパードの大型犬を連れた人もいた。Zugspitze2962m・ドイツ最高峰には11:35にあっという間に?!到着です。ずっと近づく展望台駅のみを見て、できるだけ下を見ないで乗っていたが---。
写真はZugspitzeツークシュピッツェ周辺はいまだ冬のようでる。
Gipfelseilbahn氷河ロープウエイで頂上に向かう。 -
写真はZugspitzeツークシュピッツェの頂上から、アイプ湖を真下にのぞくと、左右に広がった湖の色が神秘的な青さを見せていた。
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展望台駅にはレストランなどもあって、日本人観光客のツアー団体が食事をしていた。この旅でお目にかかる初めての日本人だ。夏のシーズンには登山・ハイキングのお客をはじめ、世界各国や日本からの観光客も多いようでだ。
そこかしこに各国の言葉と共に日本語の文字がある。電光表示板に外の温度が表示されていたが、ここはマイナス4℃だ。
写真は氷河ロープウエイでやってきた。 -
展望台に出てみると雪も積り、滑りやすい。雪を頂く四方の山々の眺めは絶景である。ここから160km先まで見えるという。
頂上はドイツ・オーストリアの国境になっている。26年前は旅の記念にと、わざわざこの国境を、パスポートを提示して行き来したものだが。
国境事務所には人影もなく、今は自由なのでしょう。面白いことにオーストリア国ではなく、Land Tirolチロル州の看板であり、かたやドイツ連邦ではなく、Freistaat Bayernバイエルン自由州であることだ。
写真はLand Tirolチロル州の看板 -
写真はFreistaat Bayernバイエルン自由州の看板
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展望台から少しはずれた高台に金色の十字架が雪の中に立っている。ここが実際の2962m頂上だ。夏場にはここまで行けるのだろうが、今はまだ冬!なのだ。
Eibseeseilbahnアイプ湖ロープウエイに乗ってこの展望台から、まっすぐ下のアイプ湖まで、降りることもできる。
26年前は帰路にこれを利用した。2962mから973mまでを一気に下りていくのもなかなかのものだが、今回は遠慮?し、12:05 発の氷河ロープウエイを使って氷河駅に戻った。
写真は2962m頂上に金色の十字架 -
氷河駅を13:30発で下山する。終点の登山鉄道駅には14:45に到着した。まだ、日も高いので、冬季オリンピック開催地の町ガルミッシュ・パルテンキリヒェンを観光することとした。(15:00〜50)
上の写真はおまけです。
街中で白いドレスの女の子にであった。白い飾りのついた真っ白のロウソクを片手に持ち、真っ白の靴、金髪の髪にも白い髪留めを付けた可愛い女の子である。
Kommunionコミュニオンといって、カトリックの聖餐式であり、9歳に達するとその成長を親族でお祝いする。(プロテスタントでは13〜14歳で行う。)満面の笑みを浮かべた女の子の写真を撮らせてもらう。おばあちゃんが嬉しそうだ。 -
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4.28(月) 1日中快晴 夜半大雨 21℃、 93km
<Passauパッサウ・国境の町観光>
凡そ一日の観光である。(10:15〜15:30)
ドイツの南東に位置し、オーストリア、チェコの国境にも近い。三つの川(ドナウ、イン、イルツ川)の合流点に発展したこの町はその美しさで世界に名高い町である。この美しさを俯瞰する写真で見ることは容易いが、やはり自分の目で見たいものです。その為には高い所に登ることだ。
写真は2008.04.28.Passau:俯瞰・中央に旧市街、左にイン・右にドナウ川 -
その目的地Veste Oberhaus オーバーハウス要塞への道をうまく見つけることができず、迷った。バス停の小母さんに尋ねると、“いったん川沿いまでさがってみなさい。”とのこと。下がってみたが、いま一つ地図と一致しない。
結局また、小父さんに聞いてみた。嬉しいことに途中まで、一緒に走ってくれると言う。さっきは目につかずに走りすぎた、Veste 要塞への道を指さして、“あれだよ!”と・・・。
−>18km もぐるぐると回り道したようだが、Veste Oberhaus オーバーハウス要塞の駐車場に停めて、やれやれの気分だ。しかし、眼下の眺望は良し。登った甲斐があった。
写真はVeste Oberhaus オーバーハウス要塞の城門 -
写真はVeste Oberhaus オーバーハウス要塞
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写真はパッサウ旧市街の市庁舎や鐘楼、広場、聖シュテファン大聖堂、船着き場に数隻の観光船
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Georgbergゲオルクベルクと称する山の上に建ったVeste Oberhausオーバーハウス要塞はヨーロッパでも最大級の一つだと云う。1219年、パッサウ大司教Ulrich二世により、内外(パッサウ市民もここに入る!?)の敵に備えて、要塞が建設された。中世の時代には5度攻められて、5度ともこれを撃退し、無敵を誇った要塞だと云う。
ここの建物は1991年より市立博物館になっている。博物館はパスして、トイレを兼ねて、早いお茶にした。(10:40〜11:30)
お茶:”Burg Cafe”Veste Oberhaus、Passauにて。
オレンジジュース、コーヒーを飲む。 (10:45〜11:00 Euro 6)
写真はVeste Oberhaus オーバーハウス要塞・博物館 -
次には要塞傍のSchoene Aussichtspunkte展望台から、快晴に恵まれた景観を楽しんだ。
オーストリア側の緑濃い丘陵も良く見え、手前正面のMariahilfbergマリアヒルフベルグの丘の上には巡礼教会Mariahilfマリア救済僧院(1537年クラナハ作の“聖母子像”の写し絵を1622年、礼拝堂に掲げた所、これが評判を呼び、巡礼者が殺到したと云う。)が見えた。
バロック様式の僧院は城郭に見間違うほどの立派な様子だ。僧院のあるInnstadtインシュタットはイン川にかかるイン橋を渡った、向こう岸の町だが、ここはまだドイツ領だ。
イン川が独墺国境線と私は考えていたが、色々と入り組んだ地域があるようだ。オーストリア国境までここからまだ1kmあると云う。
写真はマリアヒルフベルグの丘の巡礼教会 -
パッサウ旧市街の市庁舎や鐘楼、広場、聖シュテファン大聖堂、船着き場に数隻の観光船も見える。ドナウ、イン川の二つの流れはどちらもいやに茶色っぽく見えた。
写真はパッサウ旧市街 -
写真はインとドナウの合流点を望む。
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Veste要塞−>6km ドナウに架かるSchanz橋を渡ると左折し、川沿いのプロムナードを直進して、Luipold橋手前で旧市街に入った。市庁舎近くのローマ広場の地下駐車場に車を停めた。
写真はパッサウの旧市街から見上げたVeste Oberhaus オーバーハウス要塞 -
この町の歴史は司教区の歴史である。紀元80年から476年まで、ローマ軍団の根拠地であったが、739年この地に司教区が置かれ、1217年以後、パッサウ大司教の支配下で栄えた。
旧市街:
ドナウ、イン川の二つの流れに挟まれた幅250mの狭い旧市街には小さな、細い路地が多い。市庁舎広場を通り、ドーム広場へ。
大聖堂の入口を間違えたら、仕事中の職人さんが入口を教えてくれた。ちゃんと言われたように入口に入るかを、有難いことにじっと見てくれていた親切な職人さんでした。
聖シュテファン大聖堂は1668年、町の大火の後に、新たに豪華なゴシック様式の大聖堂が建てられた。世界最大のパイプオルガン(17,974本のパイプ)が有名であるが、聖壇や天井に描かれたフレスコ画も壮麗なものだ。
写真は市役所の壁面に洪水の高さを示す線
市庁舎の壁にHochwasser洪水の標が表示されていた。ドナウ・イン川が氾濫した洪水は1501年が一番の高さで、家内の背丈の2.3倍、およそ3.4mとはすごい。
直近では2002年だったが、何故か雪解け時期の春ではなく、夏から秋頃が多い。思いだしたが、エルベ川の大洪水で水に浸かったDresdenドレスデンも2002年8月1日〜13日の期間であった。
ただ、ラインの下流にある駐在地Duesseldorfデュッセルドルフでは春先にラインが増水していたが・・・。 -
ドナウ川、イン川畔の散策:
市立劇場、Residenz新司教館、レジデンス広場を通ってから、イン川畔に行ってみた。人々が散歩をしている。近くのパッサウ大学の学生らしき男女も、ベンチに座りながら語り合っている。
この辺りはイン川の川幅も広く、ドナウに負けない広さだ。はるか遠くにInn橋が見える。ドナウ・イン川流域遊覧の船が上流のイン橋にゆっくりと向かっている。
Schaiblingsturmはイン川畔に立っている塔だが、何のためか?!物資の運搬や一時的な倉庫なのか、あるいは往来の船舶から税を徴収する関所であったのか?!
写真はSchaiblingsturm -
写真はイン川の観光船
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写真はイン川の観光船
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イン川に面した古城ホテル・Schloss Ortオルト城を訪ねる。
本当はここで昼食を予定していたが、ホテルのレストランは月曜日がお休みで、レストラン“騎士の間”を写真に撮り、ホテルのパンフレットをもらって、残念ながら退散した。
参考 : Hotel Schloss Ort ホテル シュロス オルト
TEL:0851-34072&73 ・レストラン“Ritterzimmer騎士の間”
http://www.schlosshotel-passau.de
1250年に築かれた古城の址にホテルを創業し、125年の歴史ある古城ホテル。
18室のみ。イン川とドナウ川に挟まれた南の突端に位置する。
旧市街やドナウ川畔に徒歩5分。駐在時に一度、宿泊したホテルである。
写真は左に古城ホテル シュロス オルト -
三つの川の合流点はドナウ、イン、イルツ川の合流点で、旧市街の東の先端にあります。小さな公園があって、錨を置いた記念碑も立っている。先端を遊覧船が合流する波の勢いにめげず、目の前をドナウからインに入って行く。
写真はドナウ、イン、イルツ川の合流点に向かう。 -
写真は錨を置いた記念碑
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写真は2008.04.28.Passau:三河川の合流点を見る
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Vest Niederhausニーダーハウス要塞はドナウとイルツ川の合流点にあり、Ober高いに対し、Nieder低いと称した。これも小さいながらも城壁はがっちりした感じだ。
写真はニーダーハウス要塞 -
市庁舎横に戻ると暇そうに外のテーブルで休憩している太った給仕さんが目に入った。先生に引率されて、市内見物に来た小学生のグループ数人が、そこに入ろうか皆で相談している。なんとなく、ここで昼食を食べることになった。
<昼食:Passau市庁舎横の”Bistro Cafe La Presso”で。>
イタリア料理とドイツ料理の軽食、アイスクリームなどがメニューにある。
子供達も何組かが入り、大事そうにおこずかいを出して、ピザだ、アイスだと言っている。
私が塩気の強い焼きソーセージ、ベーコン、ジャガイモのピューレ、サラダ添えの一皿を。家内は定番のグーラッシュズッペ(パプリカ風味の肉入りシチュー)。飲み物はピルツビール0.33Lx2 でした。 (13〜13:55 Euro 14)
写真はピルツビール0.33L -
写真は焼きソーセージ、ベーコン、ジャガイモのピューレ、サラダ添え
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写真はグーラッシュズッペ(パプリカ風味の肉入りシチュー)
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14時きっかりに、市庁舎の鐘楼の鐘が鳴った。特別な仕掛けでもあるのかと時計台を見ていたが、何の変化もなく鐘の音を聞いただけでした。(5分間)
写真は市庁舎と市庁舎右横にあるHotel Wilder Mannホテル ヴィルダーマン -
≪ガラス博物館≫
旧市街の市庁舎横にあるHotel Wilder Mannホテル ヴィルダーマンは1844年、貴族の館を改築し、ホテルにしたものだ。1862年オーストリア皇妃エリザベート(ヨーゼフ皇帝とエリザベート皇妃のウイーンでの婚儀は1854年4月24日)がこのホテルで8日を過ごしたと云う。
エリザベートの両親・Max公とLudowika公妃、姉のMarie王女とお会いになったそうです。1878年にも宿泊され、皇妃の部屋がSissi- Saalシシーの間と称して、今も博物館内に残され、ガラスコレクションともども公開されていた。
ホテル ヴィルダーマンはホテルが建物の三分の一、博物館が三分の二を使用している。
この博物館はガラス街道の基点となっていて、収集作品は3万点にものぼる。ボヘミアングラスの世界的コレクション・1700年から1950年までの様々な時代、Barock・Rokoko・Empire・Biedermeier・Historismus・Jugendstilユーゲントシュティール・Art Deco・現代の作品などが見られる。その数と質に圧倒された。
(開館1時〜5時 ;14:25〜15:25 Euro 10)
http://www.glasmuseum.de
写真はHotel Wilder Mannホテル ヴィルダーマン -
写真はガラス博物館の展示作品
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写真はガラス博物館の展示作品
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写真はガラス博物館の展示作品
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写真はガラス博物館内のシシーの間
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写真はガラス博物館内のシシーの間で
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≪ Die Glasstrasseガラス街道 ≫
17世紀の頃より、Ostbayern東バイエルン地方は陶磁器と共にガラス工芸品の生産地として著名で、600年以上の歴史がある。鏡、杯、板ガラス、ガラス玉などから、現在は眼鏡、顕微鏡など世界中への輸出品も生産している。
Passauからドナウ川の北に各生産都市を結んだ観光街道・ガラス街道が設けられている。特にチェコのボヘミアングラスの影響を受けたと思われる、チェコ国境沿いのバイエルン及びオーバーファルツの森一帯は北部Ostbayern地方に属し、Zwiesel、Weiden、Regen等の町がある。また、クリスタルグラスではヨーロッパの中心になるNeustadt a.d.Waldnaabの町がある。
ドイツの陶磁器の生産の80%がこの地域から生産され、1996年以来、観光街道の“ Porzellanstrasse陶磁器街道”が設けられて、ガラス街道(80社を数えるメーカーが生産している。)・250kmはこの陶磁器街道と70%が重なっている。
http://www.dieglasstrasse.de
http://www.porzellanstrasse.de
写真は2008.04.28.Passau:Hotel WilderMannのガラス博物館・Art Decoボヘミアンガラス花瓶 -
写真は2008.04.28.Passau:Hotel WilderMannのガラス博物館・Barockボヘミアンガラス高杯
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写真は2008.04.28.Passau:Hotel WilderMannのガラス博物館・Biedermeierボヘミアンガラス肖像入りメダル
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写真は2008.04.28.Passau:Hotel WilderMannのガラス博物館・Empireボヘミアンガラス花瓶
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写真は2008.04.28.Passau:Hotel WilderMannのガラス博物館・Historismusボヘミアンガラス一対の花瓶
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Passauパッサウでの目的はVest要塞と大聖堂、シシーがらみのガラス博物館でしたが、十分時間をかけて見学できた。
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写真は2008.04.28.Passau:Hotel WilderMannのガラス博物館・Jugendstilボヘミアンガラス花瓶
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この旅行記へのコメント (2)
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- みちるさん 2022/03/27 07:55:06
- シシー2
- jijidarumaさん、おはようございます
拝見しました。
ドイツ、オーストリアのゆっくり滞在記、羨ましいです。
私は、どちらも訪問してますが、ツアーなのであわただしく日程をこなすだけでした。
でも行けただけでも幸せで、今なら叶うことはない夢物語ですね。
オーストリアの時の添乗員が、バスの中でシシーの事を詳しく説明してくださったのが印象的でした。
シシーの座像のあるホテル、素敵ですね!
“エリザベートの散歩道”なんて、夢みたい、そんな散歩道があるなんて。
高島屋での展示では、体操器具を見ました。
強い意志で、ダイエットを強行してたのですね。
危険すぎるくらいのレベルですが、運動もよくこなしていて、体力も十分あったのですね。
ダイエットが続かない私にとって、尊敬です。
雪の日のノイシュヴァンシュタイン城の窓から見た、雪のヴァイェルンの森、今にも軽やかに乗馬姿のシシーが見えたのは、幻想でしょうか。
- jijidarumaさん からの返信 2022/03/28 00:43:47
- Re: シシー2
- みちるさん、
今晩は。再度のコメントありがとうございます。
早々と、シシーのお気に入り「ホテル・カイザリン・エリザベート」
の本章をお読み頂き感謝です。写真などはダブっていますが、その点は
ご容赦ください。この章の方を先に掲載しています。
ミュンヘンから凡そ30kmにあるリゾート地は大きな湖、ドイツアルプス
の高い山々も遠望できるといった恵まれた地です。
ドイツの駐在と、それを懐かしむ感傷旅行が此処を教えてくれました。
シシーのファンの方でも、この地にシシーのお気に入りのホテル・座像や
“エリザベートの散歩道”がある事などはご存じないことでしょう。
オーストリアのSalzkammergutザルツカンマーグートにあるシシー
ゆかりの地Bad Ischlバード・イシュルには、Kaiservillaカイザーヴィラ
があります。1854年エリザベート皇妃との結婚記念に皇帝の両親に
贈られた別荘で、エリザベートのEの形に上から見るとなっている。
(2004年の旅はまだ寄稿していませんが)
ヴィラの丘の上にある、皇妃のティーハウスとして建てられた“大理石の
小城”と言われる建物内に写真博物館があり、その最上階の映写室では
エリザベートの愛したギリシャと其の航海、ギリシャの別荘での生活ぶり
の映画が上映されていた。映画で見たシシー独特の急ぎ足で、お供が
ついて行くのが難しいあの速さを・・・前述の“エリザベートの散歩道”
は湖畔まで続いていますけど、シシーは多分、この道を独特の急ぎ足で
散歩したのだろうと想像すると、何となく可笑しみが湧いてきます。
バイエルンの地にはシシーの座像よりも、きっと乗馬姿のシシー像が
似合いそうですね。
それではまた。
jijidaruma
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