2015/04/09 - 2015/04/09
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belleduneさん
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熱烈な鉄道ファンではありませんが、もう廃止された国鉄路線の跡を辿るのは、とても興味があります。初めて糠平湖温泉郷へ来て、翌日雪が積もる糠平湖畔を散歩して、旧士幌線の糠平駅舎の跡地に建てられた鉄道資料館へ行きました。知らない工具がたくさんあり、どういう風に使うのかが分かって、面白かったです。1階に多くの展示があり、中央のテレビの大画面で、廃止直前の運転席からの景色を見ることが出来ました。帯広駅から各駅毎に、ボタンを押して各駅間の風景が楽しめます。最後の黒石平駅〜糠平駅が一番変化のある風景で面白かったです。前日に糠平から糠平ダムを過ぎた辺りまで歩きながら、辺りの風景を見て来たので、「昔、この辺りを蒸気機関車やディーゼル機関車が走っていたんだなぁ」と思うと、しんみりしてしまいました。
- 旅行の満足度
- 4.5
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旧糠平駅跡地に建つ洒落た外観の上士幌町鉄道資料館です。1階のみ資料の展示として使用されています。
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資料館から糠平湖方向を見たところです。この方向に路線が走っていました。
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7月上旬〜10月上旬までの週末に「ひがし大雪高原鉄道」として足漕ぎトロッコが走ります。NPO法人アーチ橋友の会が運営しています。旧士幌線跡に復元した片道662mの線路上を走るそうです。1987年に廃止されて使用されなくなったアーヒ橋梁や撤去されたレール等を活用して、地域の観光資源にしようと活動しています。この足漕ぎトロッコを製作するために、旧国鉄保線区長に依頼し、当時のものに出来るだけ正確なものになるよう指導して貰ったそうです。2004年から線路の再現整備に取り掛かり、少しずつレールを延長して、2008年からトロッコの運行を開始しました。2010年に現在の長さまで整備されました。1往復20分で、自分で漕ぎたい方は、是非挑戦してみては如何でしょう。
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踏切の位置はここではありませんが、資料館の脇に設置してあります。内部のテレビでビデオを見た時に、糠平駅手前にこの踏切の信号が見えていました。
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昭和14年11月に、鐵道省旭川工事事務所が発行した「音更線建設要覧」です。
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「音更線上士幌・十勝三股間線路縦斷面圖 橋梁ハ五十米以上ノモノヲ圖示ス」とあります。下の図は、線路平面図で、縮図30分の一。
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各工區請負金額其他
沿線主要物産が記載されています。 -
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下の沢陸橋を渡るSLの写真です。中央のアーチ径間は15m、両脇のアーチは10mです。
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切替軌条締結器、チョック止釘等
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切替軌条締結器
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レール(30k)
6k、8k、9k、10k、12k、14k、15k -
22k、25k、30k、
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通票閉塞器
附属電話
トーチランプ -
ビーターAAS-3B形充電器
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昔、国鉄時代に切符売り場の駅員さんがここから各駅の切符を出していた記憶があります。
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スパイキハンター、チズルバー、レールホーク、軌間ゲージ、クローバー
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カーキャッチャー
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どういう風に使うのか説明がありました。「逸走車両を停止させる時は、カーキャッチャーの左を左手、右を右手に持って走行し、トングが車両進行方向に、フランジが軌間の内側になるように取り付ける」そうです。かなり危険な操作ですね。
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マニアにとっては、死ぬ程欲しい駅名の看板?
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クローバー台、手歯止
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「30kgレール・RSW・1908・IRJ」
1908年、ドイツ・ライン製鉄会社で製造。1910年頃、日本に輸入され、北海道の陸別に送られました。翌年、網走本線(池北高原鉄道の前身)池田・陸別間が開通しました。このレールは、1991年まで83年間使用されました。手前の白いものは、制動靴、横はレールジャッキです。 -
レール摩耗測定器 吉田精機k.k.
50kgN、40kgN、30kgN、37kgTRT-1 -
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フライ旗
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キーボルト、ブーラー、バハンマ
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キーボルト
転てつ器鎖金具A形 1985年製造 吉原鉄道工業k.k. -
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スパナ
クリックホール -
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大正14年(1925)12月10日に帯広〜士幌間の営業を開始しました。当時の交通機関は、馬車か徒歩しかなく、この鉄道の運行は沿線住民の待望でした。その士幌線の建設工事風景です。
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幌加駅のホロカは、アイヌ語でポルカ・ナイで、後戻りする川という意味です。開駅は昭和14年11月18日。
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糠平駅のヌカビラは、アイヌ語でノカ・ビラは、人の形のある崖という意味だそうです。初代駅は、昭和12年9月26日で、糠平ダム建設に伴い水没するため、2代目の駅は、昭和30年8月1日に開駅。
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黒石平駅はの黒石は、黒味がかった安山岩に由来します。この辺りで産出する黒曜石とは異なります。
開駅は昭和31年12月15日。帯広からの列車は、上り勾配がきついため、列車は停車出来ず、下り列車のみが停車していました。 -
十勝三股駅は、音更川、中ノ川、14ノ沢が合流する地点であることに由来してこの名前が付いたそうです。開駅は、昭和14年11月18日。
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昭和12年(1937)上士幌〜十勝三股の音更線の開通祝賀風景です。
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それ迄は、金輪馬車で雑穀搬出をしていました。
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冬の馬ソリに寄る搬出
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清水谷駅は、この辺りに湧き水の出る沢があったことからこの名が付いたそうです。
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萩ヶ岡駅は、駅付近の原野にエゾヤマハギが生い茂っていたことに由来するそうです。開駅は昭和10年11月26日。
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上士幌駅は、士幌川の上流にあることに由来いるそうです。開駅は大正15年7月1日。
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北平和駅は、集落、平和の北部にできたことに由来。開駅は昭和32年12月25日。
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士幌駅は、アイヌ語でシ・ホルカ・ペツで、本当の後戻りする川という意味です。開駅は大正14年12月10日。
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中士幌駅は、士幌川の中流にあることに由来。開駅は大正14年12月10日。
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武儀駅は、大正時代に岐阜県武儀郡から開拓者が入植したことに由来しています。開駅は昭和31年12月25日。
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駒場駅は、近くに十勝種畜牧場があることに由来しています。開駅は大正14年12月10日。
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音更駅は、アイヌ語でオトフ・ケで、音更川が十勝川付近に毛髪のように幾筋にもくねっている様子に由来しています。開駅は大正14年12月10日。
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木野駅は、木野村甚太郎所有地に駅が設置されたことに由来しています。開駅は大正14年12月10日。
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帯広駅は、アイヌ語でオ・ベレベレケ・プで、幾つにも裂けているという意味。川が幾つにも枝分かれして流れる様子に由来しています。開駅は、明治38年10月21日。
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代行バス 昭和53年12月25日にそれ迄の列車に替わって、全国初の代行バスが、糠平〜十勝三股間で運行されました。昭和29年の台風15号による倒木処理のため、十勝三股は、木材景気に沸き、当時の人口は1500人に達したと言われています。しかし、伐採量の減少に伴い、人口も急減し、昭和52年には僅か5世帯、14人になってしまいました。この年の営業係数(100円の収入を得るのに掛かる経費)は、士幌線全体で1497に対し、糠平〜十勝三股間では、22500となっています。
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材木伐採で賑わった頃
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やがて廃止が決まり、お別れ式の光景です。
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廃止された線路には雑草が茂り...
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昭和39年に始まった国鉄の赤字解消のため、収益の少ない路線の廃止等、合理化を進める国鉄再建法が昭和55年に成立しました。人口密度が低く、利用者の少ない北海道の鉄道は、37路線の中、22路線が廃止の対象となりました。営業成績の悪い士幌線も第2次廃止対象路線となり、昭和62年3月23日から代替バスが運行することになりました。
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帯広〜士幌間開始当時は、この2700型機関車が客車と連結して走っていました。
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上士幌〜糠平間が開通すると、上り勾配に強いC56型が主役となりました。
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昭和30年代には9600型が活躍しました。
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昭和30年代からは、客車と貨物列車が分離され、客車はディーゼル機関車がひくようになり、帯広〜上士幌間の所要時間が1時間となり、40分近く短縮されました。
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その後、昭和50年からは貨車の牽引もディーゼル機関車になり、士幌線のSLは姿を消すことになりました。
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昭和26年9月20日、幌加駅から材木を満載した2両の貨車が暴走し、上士幌駅で丸太や枕木を積み上げて、これに衝突させてようやく止まったという事故がありました。
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昭和29年11月、糠平〜幌加間で山崩れが発生し、約1ヶ月間普通となりました。当時、十勝三股には1500人の住民と16頭の馬がいたので、道路もなく、その食糧輸送が深刻な問題となりました。
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昭和31年7月3日、原木を満載した貨車が、上士幌駅から暴走し、80人余りの乗客を乗せた客車と衝突して、死者5名、重軽傷者63名を出した事故がありました。
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貨車の中継輸送
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第二次世界対戦時に爆撃された帯広駅ホームの写真です。
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混雑する引き揚げ列車の光景です。
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冬のダルマストーブ列車
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黒石平駅から糠平駅へ向けて出発進行!帯広から各駅毎にボタンを押して、運転席からの風景が楽しめます。
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右手に国道のアーチ橋が見えます。
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国道沿いの橋梁を渡るこの風景はとても気に入っています。
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この右手の信号機は先程見たものだと思いますが。
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糠平駅に到着しました。駅長さん、長い間ご苦労様でした。昭和62年(1987)3月22日、63年間走り続けた士幌線は廃止となりますが、人々の心の中でいつまでも走り続けていることでしょう。
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