1974/11/30 - 1974/12/05
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ノスタルジアさん
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今から41年前の昭和49年7月23日から3月7日までの225日間かけて
ナホトカ航路、シベリア鉄道を往復してヨーロッパ、モロッコを船、列車、バス、ヒッチハイクで旅しました。
高所恐怖症なので飛行機には現在まで一度も乗った事がありません。
乗り物による移動距離は60,806.8キロ、地球1.52周でした。
観光白書によると昭和49年の日本人の海外旅行者数が200万人、
平成24年度は1849万人、40年ほどで10倍近くなりました。
そんな当時の旅行の資料と写真を少しづつアップして行きます。
今回は、「アルハンブラの思い出」を聴くたびに、
かねてから行きたかったグラナダです。
https://www.youtube.com/watch?v=4AbiP1o4QQY
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
旅行記の周辺地図
昭和49年11月30日
リスボン〜マドリード
12月1日
マドリード
12月2日
マドリード〜グラナダ
12月3日、4日
グラナダ
12月5日
グラナダ〜アルヘシラス -
昭和49年11月30日
マドリード 地下鉄切符
アトーチャ駅からホステルアマデオの最寄り駅ホセ・アントニオ駅まで乗車
リスボンからの列車はマドリードのアトーチャ駅に到着し、
アマデオに着いたのは19時頃だった。さすがにほっとした。
アデラおばさんも心配してくれて風邪薬をくれた。
飲んですぐ寝た。
12月1日
体調が大分良くなった。風は寝ていれば治ると実感した。
1日中アマデオで寝ていた。 -
昭和49年12月2日
マドリード 買い物レシート32ペセタ163円
徐々に体調は回復に向かっているが、完調とは言えないくらいである。
ここしばらくシャワーを浴びていなかったので、
日本人達が銭湯と呼んでいる所に出掛けた。
受付で5ペセタ25円払い、シャワー室が3,4あって、
空いてるシャワー室に入るのだが、
ドアに日本語で「15分以内に終了してください。」と大きく書かれている。
15分過ぎるとドアを強くノックされて「ハヤク!ハヤク!」と日本語で
急かされる。
以前は時間制限が無かったが、日本人が来るようになって長湯になり
この様になったらしい。 -
昭和49年12月2日
マドリード 地下鉄切符
ホセ・アントニオ駅からアト―チャ駅まで乗車
グラナダに行くためアト―チャ駅に向かった。 -
昭和49年12月2日
マドリード22時15分発グラナダ行列車予約カード
G.2号車 SR席 -
昭和49年12月3日
グラナダ アルハンブラ宮殿の入場券 35ペセタ178円
グラナダに朝9時過ぎに着いた。まずは宿探し、駅前に感じの良い
ペンションがあって1泊87ペセタ435円、部屋はまあまあだった。
それからグラナダ大学の学食に行った。
アマデオでお昼はここが安くてボリュームがあって美味しいと聞いていた。
食券は学食前で学生たちから額面より安く買えるのであった。
その日使わないので現金化するのだが、中にも仲間から安く仕入れて売る
ブローカー紛いの学生もいるらしい。
学食前で7,8人はいておつり用の小銭を手に持ってチャカチャカ鳴らしながら
買わないか、と言って来るのですぐ入手出来る。
結局、グラナダにいた3日間通った。後、ローマでも学食が良かった。
昼食後、アルハンブラ宮殿に向かった。
道が入り組んでいて分からなくなっても家の2階の窓を開けて
洗濯物を干しているオバちゃんがいたりするので、向かって
「アルアンブラ?(スペイン語はhは発音しない)」と叫ぶと
にっこりと指差して教えてくれた。 -
紅山雪夫著「ヨーロッパ歴史の旅 フランス・イタリアと南欧」
こんなに役立ったガイドブックは他にはありません。 -
紅山雪夫著「ヨーロッパ歴史の旅 フランス・イタリアと南欧」
アルハンブラの説明文はこの本から引用しました。 -
昭和49年12月3日
グラナダ アルハンブラ宮殿から
世界に名高いアルハンブラは「アンダルシアの花」と謳われるグラナダの
街のすぐ東に聳える急峻な丘の上にある。
アルハンブラの名はアラビア語で「赤い城」を意味する。
緑の丘に高々と連なる城壁と塔は赤っぽい石で出来ており、
特に夕陽を浴びた時は、色鮮やかで美しい。 -
昭和49年12月3日
グラナダ アルハンブラ宮殿から
城の建設は13世紀後半、ナースル王朝を開いたモハメッド1世によって、
始められ、今に残る美しい宮殿の数々が造られたのは14世紀中頃から
15世紀初にかけてであり、1492年からこの城の主人公となったスペイン王たちは、
ムーア風の宮殿や庭園の夢幻的な美に魅せられ、そのまま保存する事に努めた。 -
昭和49年12月3日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ミルトの中庭
巨大な泉池の両側にミルトの植込みがある。
ミルトは昔から愛のシンボルとされ、白い花が咲く時は
甘い芳香が中庭に満ちる。細く軽やかな柱に支えられた列柱廊や
アラベスク文様とスタラクタイトで飾られた幾つものアーチが
水面に映える様は、この上もなく優雅である。
正面の建物はバルカの間と大使の間と呼ばれる。
天井が船底形になっているからバルカ(スペイン語で船の意味)と
名付けられたといわれていたが、本当はアラビア語の祝福(バラカ)
に由来するらしい。
内外のアーチの装飾は天国への祝福を思わせる程見事である。
大使の間は外国使臣の謁見、その他の儀式に使われ、
アルハンブラ宮殿の中でも最も豪壮絢爛を極めた装飾が施されている。
この部屋は外城壁に突出したコマーレス塔内にあり、
三方の窓からの眺めも素晴らしい。 -
昭和49年12月3日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ミルトの中庭 -
昭和49年12月3日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ミルトの中庭
大使の間は外国使臣の謁見、その他の儀式に使われ、
アルハンブラ宮殿の中でも最も豪壮絢爛を極めた装飾が施されている。
この部屋は外城壁に突出したコマーレス塔内にあり、
三方の窓からの眺めも素晴らしい。 -
昭和49年12月3日
グラナダ アルハンブラ宮殿 バルカの間から泉池を
宮殿内はどこでもそうだが、高い外城壁に面した窓でもまるで
出入り口であるかのように床に達するまで開いている。
中央に細い柱が立つこともあり、いかにも優美で涼やかである。
壁の過半部は美しい幾何学文様や唐草文様のタイルで貼りつめられている。
宮殿内の建物によってその色調や文様は全て違うから、タイルの美しさを
賞でているだけでも時の経つのを忘れる。
タイルは装飾としてだけでなく、壁の汚れを防ぐ役目も果たしている。
人の触れる心配の無い上半部から天井にかけては、柔らかい漆喰で
鮮やかな文様やスタラクタイトを造り出している。
スタラクタイトとは、鍾乳石の事だが、イスラム建築独特のアーチや
幾重にも垂れ下がるような形に造られた装飾を指す。 -
昭和49年12月3日
グラナダ アルハンブラ宮殿 バルカの間から泉池を
方形の中庭に向かって列柱廊をめぐらした部屋が開き、
中央に泉池や噴水を設ける方式は古代ローマの邸宅でも見られる。
しかし中央の泉池から幾何学的に四方に水路が伸び、屋内にまで達して、
そこでまた涼やかな噴水を噴き上げる方式はペルシャに源流を発し
各地に伝えられた。
幾何学文様、唐草文様、タイル、スタラクタイトの技法なども
皆ペルシャを中心にして高度に洗練された芸術にまで高められた。
ムーア人がイベリア半島から追い出された後も、イスラム建築の
技法はスぺイン人、ポルトガル人に愛好され、遠く中南米にまで伝えられた。 -
昭和49年12月3日
グラナダ アルハンブラ宮殿 獅子の中庭
獅子の中庭はアルハンブラ宮殿の精華といわれ、黒っぽい大理石に
彫られた12頭の素朴なライオンが、大きな水盤を支え、水盤の中央からも
ライオンの口からも水がほとばしり出ている。
中庭を巡って124本の白大理石の柱が並び、それがいかにも細くて、
女性的な優美さに溢れ豪放な獅子の泉に対している。 -
昭和49年12月3日
グラナダ アルハンブラ宮殿 獅子の中庭
壁面とアーチから天井にかけては漆喰で絶妙な装飾が造り出され、
それが中庭から入って来る間接光線に映えて淡いオレンジ色をかもしだす。
獅子の中庭をめぐる建物はスルタンの常御殿で有り、
1377年にモハメッド5世により着工された。
日本ではこの頃金閣寺が創建された。 -
昭和49年12月3日
グラナダ アルハンブラ宮殿 -
昭和49年12月4日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ヘネラリフェ
ヘネラリフェの入口から亭々として聳え立つ糸杉の樹蔭や、
幾何学的にデザインされた庭園の散歩道が延々と続き、
大気がにわかに新鮮となったように感じられた。
まるでゴッホの絵の世界である。
ヘネラリフェとはアラビア語で建築家の庭と言う意味である。 -
昭和49年12月4日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ヘネラリフェ
-
昭和49年12月4日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ヘネラリフェ -
昭和49年12月4日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ヘネラリフェ アルベルカの中庭
離宮は13世紀中頃から14世紀にかけて造られたが、スペイン時代になってから
あまり重視されなかったため、昔の面影はかなり失われている。
それでも中庭の噴水の列やムーア風のアーチや列柱は美しい。 -
昭和49年12月4日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ヘネラリフェ アルベルカの中庭
陽光にきらめく噴水と清流、あでやかな花の香りが漂い、
ませに水と緑で創造した芸術品といえる。
圧巻は奥行約49m、幅13mのアルベルカの中庭で、
小運河の周囲には大小の噴水が飛沫を上げ、水は滔々と流れて涼気を呼び、
花園にはシーズンともなると百花咲き乱れる。 -
昭和49年12月4日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ヘネラリフェ アルベルカの中庭
イスラムは偶像崇拝厳禁の宗教である。
イスラムの寺院に行っても、本尊は勿論の事祭壇すら無い。
ただ礼拝の方向を示す為にメッカの方角にあたる壁に
凹みが付けてあるだけである。 -
昭和49年12月4日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ヘネラリフェ アルベルカの中庭
マホメットは偶像崇拝禁止を徹底する為、たとえ装飾の為といえども
人間や動物の像を造る事を厳禁した。
それを許しておくと、ついつい礼拝の対象としての偶像を造るもとになるのを
心配したのだった。 -
昭和49年12月4日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ヘネラリフェ アルベルカの中庭
だからイスラム建築では寺院は勿論の事、宮殿のような世俗建築においても、
人物や動物の姿を装飾に使う事は出来なかった。
マホメットは草花ですらあまり写実的に表現する事を禁じた。
草花の写実から人物、動物の写実に発展する事を恐れたのであった。 -
昭和49年12月4日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ヘネラリフェ アルベルカの中庭
イスラムの建築家や工芸家に残された道は唯一つだった。
草花を高度に図案化した唐草文様、文字を図案化した文様で
建築を飾る事に精魂を傾けたのである。
聖地を極めるアラベスク文様の美しさはこうして生まれた。 -
昭和49年12月4日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ヘネラリフェ アルベルカの中庭
緑と水は砂漠の民にとって何物にも代え難い地上の宝であったろうし、
この自然の恵みを思いのままにすることは、彼らの念願で有ったに違いない。
イスラム文化を築き上げたモハメットの子孫たちは、有り余る才能を
駆使して建築と造園の美をアルハンブラに注ぎ込んだ。 -
昭和49年12月4日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ヘネラリフェで -
昭和49年12月4日
グラナダ アルハンブラ宮殿 ヘネラリフェで
谷を隔てて威風堂々と連なるアルハンブラの城壁とグラナダの遠望は
いつまでも見飽きる事は無かった。 -
昭和49年12月4日
グラナダ アルバイシーン地区で
アルバイシーン地区はローマ時代から続くグラナダでも最古の地区であって
細く曲がりくねった坂道が迷路のように通じ、ムーア時代を偲ばせるような
古い家がたくさんあった。 -
昭和49年12月4日
グラナダ アルバイシーン地区 サン・ニコラス寺院のテラスから
アルバイシーン地区にある16世紀に出来たサン・ニコラス寺院のテラスから
アルハンブラの全容と白雪を頂くシェラネバダ山脈が見えた。 -
昭和49年12月4日
グラナダ 大寺院の入場券 15ペセタ75円
大寺院は1521年にゴシック様式で着工され、途中でルネッサンス様式に
変わり1714年に完成した。
堂々たる気品に溢れた建築でスペイン ルネッサンス期の傑作に
数えられている。 -
昭和49年12月4日
グラナダ 120ポルトガルエスクードを239.11ペセタ1,195円に両替
銀行で、もう使わないポルトガルエスクードをスペインペセタに両替したが、
外に出てどうも受け取ったペセタが少ないような気がして計算したら、
やはり少なかったの銀行に戻り窓口の若い女性にこれだけ足りないのでは、
と言ったら確かめもせず、これだけ分をあっさりくれたのには驚いた。
おいおい、大丈夫か、と思った。 -
昭和49年12月4日
グラナダ 30ドル8550円を1681.1ペセタに両替 1ペセタ5.08円
ペセタがもう少し要るかも知れないと思って30ドル両替し終えて、
銀行を出ようとしたら、窓口の女性の上司らしき人物が近寄って来て、
奥の応接室にどうぞ、とにこやかに言う。
先ほどのエスクードの計算の事だと思って部屋に入ると、
コーヒーがいいか、紅茶がいいか、と訊いてくる、
何かおかしいな、と思いながらコーヒーを飲み始めると
上司らしき人物は支店長だと名乗ってお願いがあるという、
何事かと思って身構えたら、
持っていたカメラを指差して
「そのカメラ売ってくれないか?」と予想もしない話しだった。
「おいおい、ここは銀行ではなく蚤の市か」
カメラは一眼レフではなくコンパクトカメラで高くは無かったが、
まだ旅は続くので丁重に断ったが、支店長はいかにも残念そうだった。
実は、このカメラ、イタリアのミラノで盗まれてしまうのである。
盗まれた後、盗まれるくらいならあの時売れば良かったと
つくづく思ったのである。
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