2013/11/25 - 2013/11/25
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KawakamiKenさん
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国友鉄砲の里資料館に行ってきました。
多くの「国友鉄砲(火縄銃)」が展示されています。
写真は「国友鉄砲(火縄銃)」の作り方を解説。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「長浜駅前」から「バス(便数に注意)」にて到着。
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「鉄砲製造」といえば「堺(大坂)」「根来(和歌山)」「国友(滋賀)」です。
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「付近案内図」。
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「螺子(ネジ)」と「大根」の話です。
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「300円」。
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「入口付近」。
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「受付」ですが、しばらく「無人」でした。
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「長濱浪漫パスポート」で入ります。
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まずは「映像(国友の歴史)」を見るよう言われます。
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「江戸後期」の「太平の時代」では「花火作り」で生計を立てていたようです。
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「1階展示室」。
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「明治」には「自転車」も作ったようです。
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「堺」で「自転車製造」が盛んだと書かれてます。
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「国友鉄砲(火縄銃)」と「花火の筒」。
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「辻宗範」は「国友出身」の「「遠州流茶人」。
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「お茶道具」。
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「江戸時代初期」が「最盛期」でした。
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「戦(いくさ)」のなくなった「江戸時代後期」は「金工彫刻」「花火」へと「事業形態」の変更を余儀なくされました。
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「輸入品」で衰退したと書かれてます。
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「国友村」。
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「東洋のエジソン」と称される「国友一貫斎」。
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「国友一貫斎」は「日本で最初」に「反射望遠鏡」を作製しました。
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「国友鉄砲(火縄銃)」。
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「2階展示場」は大量の「国友鉄砲(火縄銃)」が展示されています。
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「国友鉄砲(火縄銃)」。
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「国友鉄砲(火縄銃)」。
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「国友鉄砲(火縄銃)」を触れます。
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「神棚」。
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「鍛冶場」が再現されてます。
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次朗助の「ネジの開発」は「大量の鉄砲」の製造に成功しました(HP)。
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①「銃身」を作る「鍛冶師」②「銃床」を作る「台師」③「引金や火ばさみ部分(カラクリ)」を作る「金具師」の「分業」でした(HP)。
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「年寄・年寄脇・平鍛冶」と組織をつくり「大量の鉄砲」の注文に対応しました(HP)。
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「国友鉄砲(火縄銃)」の作り方が解説されてます。
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①「鍛える」。
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②「ひずみを直す」。
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③「内側を磨く」。
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④「ネジを合わせる」。
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⑤「仕上げる」。
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「大筒」。
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「種子島の鉄砲伝来」の「翌年」から「製造」が始まったと書かれています。
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「製作道具」。
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「製作道具」。
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「火薬類」。
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「国友鉄砲(火縄銃)」。
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大半が「江戸時代中期から後期」のものだそうです(HP)。
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「鉄砲伝来」は「1543年(鉄炮記)」とされていますが、「欧州の資料(東洋遍歴記)」により「1542年説」が浮上しています。
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「大坂の陣」に向け「徳川家」から「大量注文」があったと書かれています。
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「長篠の戦い」。
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「国友町」を散策します。
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「明治末期の国友町」。
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「鉄砲鍛冶の屋敷」が多くあった模様。
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多くの家の「表札」が「国友」でした。
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「国友案内図」。
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「司馬遼太郎」の「街道を行く」からの抜粋。
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「最盛期」には「70軒の鍛冶屋」と「500人を越す職人」がいました(HP)。
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「金工彫刻」でしょうか・・・。
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「辻宗範生家跡」。
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「小堀遠州」の「遠州流」の「中興の祖」と書かれています。
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「国友一貫斎屋敷」。
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「国友一貫斎」は「玉燈(照明器具)」、「御懐中筆(万年筆、毛筆ペン)」、「鋼弩、神鏡(魔鏡)」など数々の物を作り出した発明家です(ウィキ)。
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