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■2014-2015年末年始車旅 (山口県・福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県)<br /><br /> 美しいまちなみ大賞、島原武家屋敷 〜の巻<br /><br />▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br /> 島原城の西に続く一帯を、鉄砲町と呼びます。鉄砲町は島原城の築城とともに形成され、鉄砲町の名は鉄砲組(徒士)の住居地帯であったことと、造成当時隣家との間に塀がなく、まるで鉄砲の筒の中を覗くように武家屋敷街が見通せたので、その名がつけられたと言われています。<br /> 7つの町筋は碁盤の目のようにできており、ここには扶持(ふち)取り70石以下の徒士(かち)屋敷が690戸ありました。<br /> 町筋の中央に流れる清水は、北西の「熊野神社」を水源とし、飲料水として使われ、水奉行を置き、厳重に管理されていました。<br /> 現在、保存されている下の丁の武家屋敷は、延長406.8メートル、幅長5.6メートルの町並みで、山本邸、篠塚邸、鳥田邸の3軒が一般に無料開放され、当時の武家生活の様子が偲ばれます。<br /><br />≪旅行3日目・12月30日≫・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br />▼長崎駅前H出発 朝6時00分<br />▼稲佐山夜景/長崎県長崎市淵町<br />▼千々石展望所/長崎県雲仙市千々石町<br />▼千々石町の清水棚田/長崎県雲仙市千々石町<br />▼日本一長い105m足湯/長崎県雲仙市小浜町<br />▼雲仙大仏/長崎県雲仙市小浜町<br />▼雲仙お山の情報館/長崎県雲仙市小浜町<br />▼雲仙地獄めぐり/長崎県雲仙市小浜町<br />▼仁田峠第2展望所/長崎県南島原市深江町<br />▼仁田峠循環自動車道路/長崎県雲仙市〜南島原市<br />▼礫石原公園/長崎県島原市礫石原町<br />▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />▼有明フェリー乗船/多比良港〜長洲港へ<br />▼石貫ナギノ横穴群/熊本県玉名市石貫<br />▼田原坂公園/熊本県熊本市北区植木町<br />▼熊本市内H泊<br />≪旅行4日目・12月31日≫ 大晦日へつづく・・・<br /><br />【手記】<br /> 恒例となった年末年始の旅、第10編です。<br /> 九州は今までに何度も何度も訪れている地ですが、今回は山口萩・角島から北九州へ入り、門司〜福岡〜名護屋〜浜野浦〜長崎市内〜島原半島〜熊本市内〜阿蘇方面をウロチョロしてきました。<br /> 島原は過去に何度も訪れている場所です。旅のルート上ですのでまたまた立ち寄ってみました。旅行記として新鮮さはないですが、^皿^;悪しからず〜<br /> 公+私=忙しい毎日。ここ最近、一日の睡眠時間は5〜6時間、限られた時間の中、フルパワーで年末年始の旅行記を作成していまーす。ヨロピク〜。<br />

Solitary Journey [1497] 武家屋敷通りの真ん中に湧水路が設けられています。<美しいまちなみ大賞、島原武家屋敷群>長崎県島原市

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2014/12/28 - 2015/01/01

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MechaGodzillaⅢ&703

MechaGodzillaⅢ&703さん

■2014-2015年末年始車旅 (山口県・福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県)

 美しいまちなみ大賞、島原武家屋敷 〜の巻

▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
 島原城の西に続く一帯を、鉄砲町と呼びます。鉄砲町は島原城の築城とともに形成され、鉄砲町の名は鉄砲組(徒士)の住居地帯であったことと、造成当時隣家との間に塀がなく、まるで鉄砲の筒の中を覗くように武家屋敷街が見通せたので、その名がつけられたと言われています。
 7つの町筋は碁盤の目のようにできており、ここには扶持(ふち)取り70石以下の徒士(かち)屋敷が690戸ありました。
 町筋の中央に流れる清水は、北西の「熊野神社」を水源とし、飲料水として使われ、水奉行を置き、厳重に管理されていました。
 現在、保存されている下の丁の武家屋敷は、延長406.8メートル、幅長5.6メートルの町並みで、山本邸、篠塚邸、鳥田邸の3軒が一般に無料開放され、当時の武家生活の様子が偲ばれます。

≪旅行3日目・12月30日≫・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
▼長崎駅前H出発 朝6時00分
▼稲佐山夜景/長崎県長崎市淵町
▼千々石展望所/長崎県雲仙市千々石町
▼千々石町の清水棚田/長崎県雲仙市千々石町
▼日本一長い105m足湯/長崎県雲仙市小浜町
▼雲仙大仏/長崎県雲仙市小浜町
▼雲仙お山の情報館/長崎県雲仙市小浜町
▼雲仙地獄めぐり/長崎県雲仙市小浜町
▼仁田峠第2展望所/長崎県南島原市深江町
▼仁田峠循環自動車道路/長崎県雲仙市〜南島原市
▼礫石原公園/長崎県島原市礫石原町
▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
▼有明フェリー乗船/多比良港〜長洲港へ
▼石貫ナギノ横穴群/熊本県玉名市石貫
▼田原坂公園/熊本県熊本市北区植木町
▼熊本市内H泊
≪旅行4日目・12月31日≫ 大晦日へつづく・・・

【手記】
 恒例となった年末年始の旅、第10編です。
 九州は今までに何度も何度も訪れている地ですが、今回は山口萩・角島から北九州へ入り、門司〜福岡〜名護屋〜浜野浦〜長崎市内〜島原半島〜熊本市内〜阿蘇方面をウロチョロしてきました。
 島原は過去に何度も訪れている場所です。旅のルート上ですのでまたまた立ち寄ってみました。旅行記として新鮮さはないですが、^皿^;悪しからず〜
 公+私=忙しい毎日。ここ最近、一日の睡眠時間は5〜6時間、限られた時間の中、フルパワーで年末年始の旅行記を作成していまーす。ヨロピク〜。

同行者
一人旅
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
自家用車
  • ■2014-2015年末年始車旅 (山口県・福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県)<br />・美しいまちなみ大賞、島原武家屋敷 〜の巻<br /> 小浜から雲仙温泉街へ上り仁田峠循環自動車道路を下って島原駅に出てきました。

    ■2014-2015年末年始車旅 (山口県・福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県)
    ・美しいまちなみ大賞、島原武家屋敷 〜の巻
     小浜から雲仙温泉街へ上り仁田峠循環自動車道路を下って島原駅に出てきました。

  • ▼島原文化会館/長崎県島原市城内1丁目<br />・島原城<br /> 島原は過去に何度も訪れている場所です。旅のルート上ですのでまたまた立ち寄ってみました。旅行記として新鮮さはないですが、^皿^;悪しからず〜

    ▼島原文化会館/長崎県島原市城内1丁目
    ・島原城
     島原は過去に何度も訪れている場所です。旅のルート上ですのでまたまた立ち寄ってみました。旅行記として新鮮さはないですが、^皿^;悪しからず〜

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・時鐘楼<br /> 島原藩主松平忠房公は1675年、豊後高田の冶工藤原正次に巨鐘を鋳造させ、この地に鐘楼を建てて、時間ごとに鐘を鳴らして時刻を知らせました。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・時鐘楼
     島原藩主松平忠房公は1675年、豊後高田の冶工藤原正次に巨鐘を鋳造させ、この地に鐘楼を建てて、時間ごとに鐘を鳴らして時刻を知らせました。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・島原城西虎口門跡<br /> ここは一昨年のGWにも歩いたな。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・島原城西虎口門跡
     ここは一昨年のGWにも歩いたな。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br /> これは?道祖神のようなものかな。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
     これは?道祖神のようなものかな。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・島原市立第一中学校<br /> さすが城下町! 素敵な校門です。 

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・島原市立第一中学校
     さすが城下町! 素敵な校門です。 

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br /> 石垣からのぞく夏蜜柑 晩秋に色付きます。萩の城下町とよく似ている。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
     石垣からのぞく夏蜜柑 晩秋に色付きます。萩の城下町とよく似ている。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・水神祠<br /> 向唐破風造(むかいからはふづくり)の水神祠

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・水神祠
     向唐破風造(むかいからはふづくり)の水神祠

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・水神祠<br /> 祭神は水波能売大神で、飲料水や醸造用水、灌漑用水の守護神として信仰されてきました。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・水神祠
     祭神は水波能売大神で、飲料水や醸造用水、灌漑用水の守護神として信仰されてきました。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・湧水路<br /> 中央に流れている清流は、当時、生活用水や飲み水として利用されていた用水路です。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・湧水路
     中央に流れている清流は、当時、生活用水や飲み水として利用されていた用水路です。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・篠塚宅邸 <br /> 現在、保存されている下の丁の武家屋敷は、延長406.8メートル、幅長5.6メートルの町並みで、山本邸、篠塚邸、鳥田邸の3軒が一般に無料開放され、当時の武家生活の様子が偲ばれます。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・篠塚宅邸 
     現在、保存されている下の丁の武家屋敷は、延長406.8メートル、幅長5.6メートルの町並みで、山本邸、篠塚邸、鳥田邸の3軒が一般に無料開放され、当時の武家生活の様子が偲ばれます。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・篠塚宅邸 <br />

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・篠塚宅邸 

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・篠塚宅邸  台所 <br />

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・篠塚宅邸  台所 

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・篠塚宅邸  庭<br />

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・篠塚宅邸  庭

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・湧水路  水汲み場<br /> ここの水は飲まないで! と金属プレートに書かれている。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・湧水路  水汲み場
     ここの水は飲まないで! と金属プレートに書かれている。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・湧水路  ちょっと屈んで・・撮ってみる。腰がだるい^^;;;

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・湧水路  ちょっと屈んで・・撮ってみる。腰がだるい^^;;;

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・雑貨・骨董屋さん<br /> 東京都出身の方が2年半ほど前に奥さんといっしょに移り住み「彩美(さいび)」の屋号で開店し、1月18日で丸1年を迎えられたそうです。〜島原新聞より

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・雑貨・骨董屋さん
     東京都出身の方が2年半ほど前に奥さんといっしょに移り住み「彩美(さいび)」の屋号で開店し、1月18日で丸1年を迎えられたそうです。〜島原新聞より

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・湧水路<br /> 町筋の中央に流れる清水は、北西の「熊野神社」を水源とし、飲料水として使われ、水奉行を置き、厳重に管理されていました。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・湧水路
     町筋の中央に流れる清水は、北西の「熊野神社」を水源とし、飲料水として使われ、水奉行を置き、厳重に管理されていました。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・湧水路<br /> 当時、1日に三度、川奉行が巡見を行っていたそうです。<br />

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・湧水路
     当時、1日に三度、川奉行が巡見を行っていたそうです。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・石垣<br /> 城に近いほうから江戸丁・下ノ丁・中ノ丁・古丁・下新丁・上新丁と呼ばれています。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・石垣
     城に近いほうから江戸丁・下ノ丁・中ノ丁・古丁・下新丁・上新丁と呼ばれています。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・石垣からのぞく<br /> この花はヒメツルソバかな。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・石垣からのぞく
     この花はヒメツルソバかな。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・石垣からのぞく<br /> この赤い提灯のような花の名前は「アブチロン」でしょうか。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・石垣からのぞく
     この赤い提灯のような花の名前は「アブチロン」でしょうか。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・湧水路<br /> 年末ですから観光客はまばら・・・です。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・湧水路
     年末ですから観光客はまばら・・・です。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・湧水路<br /> ところどころに小さな石橋が渡されています。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・湧水路
     ところどころに小さな石橋が渡されています。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・湧水路<br /> 城下町の面影を色濃くとどめる武家屋敷通りです。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・湧水路
     城下町の面影を色濃くとどめる武家屋敷通りです。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br /> このあたり一帯は中・下級武士の屋敷で、一戸当たりの敷地は3畝(90坪)ずつに区切られ、家ごとに枇杷、柿、柑橘類などの果樹を植えていました。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
     このあたり一帯は中・下級武士の屋敷で、一戸当たりの敷地は3畝(90坪)ずつに区切られ、家ごとに枇杷、柿、柑橘類などの果樹を植えていました。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・鳥田邸 <br /> 鳥田家は、藩主松平氏の草創以来の古い家柄で、藩主の転封に伴って三河国吉田、丹波国福知山と転じ、寛文9(1669)年、ここ島原に入りました。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・鳥田邸 
     鳥田家は、藩主松平氏の草創以来の古い家柄で、藩主の転封に伴って三河国吉田、丹波国福知山と転じ、寛文9(1669)年、ここ島原に入りました。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・鳥田邸 <br /> 歴代地方代官・郡方物書などを勤めましたが、幕末には御目見獨禮格で7石2人扶持を受け、材木奉行・宗門方加役・船津往来番などの重職につきました。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・鳥田邸 
     歴代地方代官・郡方物書などを勤めましたが、幕末には御目見獨禮格で7石2人扶持を受け、材木奉行・宗門方加役・船津往来番などの重職につきました。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・鳥田邸  座敷<br /> 

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・鳥田邸  座敷
     

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・鳥田邸  竈(かまど)<br /> 武家生活の様子

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・鳥田邸  竈(かまど)
     武家生活の様子

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・鳥田邸  台所<br /> 

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・鳥田邸  台所
     

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・鳥田邸  竈(かまど)<br /> <br /> 

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・鳥田邸  竈(かまど)
     
     

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・鳥田邸  風呂場<br /> 五右衛門風呂ですね。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・鳥田邸  風呂場
     五右衛門風呂ですね。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・鳥田邸 <br /> 

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・鳥田邸 
     

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・湧水路 <br /> いい光景です。道路の中央を流れる清流は、今も生活用水路のようです。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・湧水路 
     いい光景です。道路の中央を流れる清流は、今も生活用水路のようです。

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・湧水路  タンポポ

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・湧水路  タンポポ

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・湧水路  お散歩<br /> 

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・湧水路  お散歩
     

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・湧水路<br /> 

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・湧水路
     

  • ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁<br />・時鐘楼<br /> 元に戻ってきました。何度も訪れていると要領よくなります。

    ▼島原武家屋敷/長崎県島原市下の丁
    ・時鐘楼
     元に戻ってきました。何度も訪れていると要領よくなります。

  • ▼国道251号線/長崎県雲仙市国見町<br /> 有明フェリー乗り場(多比良港〜長洲港)へ向かっています。38年ぶりに乗船します。<br /> 次の旅日記は「多比良港から38年ぶりに有明フェリーに乗船、ユリカモメウォッチング」です。<br /><br />   THE END.  つづく・・・<br /> 

    ▼国道251号線/長崎県雲仙市国見町
     有明フェリー乗り場(多比良港〜長洲港)へ向かっています。38年ぶりに乗船します。
     次の旅日記は「多比良港から38年ぶりに有明フェリーに乗船、ユリカモメウォッチング」です。

       THE END.  つづく・・・
     

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この旅行記へのコメント (3)

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  • 地理さん 2025/07/24 00:10:31
    素敵な写真をありがとうございます
    島原の地元民です。素敵な写真で島原の町を紹介していただきありがとうございます。でも…。本文に「城に近いほうから江戸丁・下ノ丁・中ノ丁・古丁・下新丁・上新丁と呼ばれています。」とお書きになっていますよね。下の丁は道路の真ん中を水が流れている、武家屋敷がある通りだけで、時鐘楼や中学校の校門(これも正門ではなく、裏門ですが…)島原城西虎口門跡と道祖神(?)は下の丁ではありません。時鐘楼と中学校は城内一丁目、島原城西虎口門跡と道祖神は江戸丁です。訂正していただければありがたいです。
  • ぺでぃまるさん 2015/02/03 00:15:26
    水湧く城下町
    Mecha Godzilla?&703さん、こんばんは。

    島原は興味あるんですよね。
    なにかしっとりとした、作られていない町並みいいですね。
    今考えると、道の真ん中に水路って不便じゃないかって思いますけどね。
    柑橘系の木のある武家屋敷、味があります。

     ぺでぃまる

    MechaGodzillaⅢ&703

    MechaGodzillaⅢ&703さん からの返信 2015/02/03 00:30:40
    RE: 水湧く城下町
    ぺでぃまるさん、こんばんはー。

     いつもいつも勝手にお邪魔ばかりしてお世話になっております。

    > 島原は興味あるんですよね。
    > なにかしっとりとした、作られていない町並みいいですね。
    > 今考えると、道の真ん中に水路って不便じゃないかって思いますけどね。
    > 柑橘系の木のある武家屋敷、味があります。

     島原半島はわたくしも見どころの多い所だと思います。温泉地ですからしっかり寛げるでしょうし、普賢岳関係の記念館や原城・島原城・城下町・雲仙・小浜など見どころいっぱいです。
     確かに道の真ん中に水路というのは道が広いような狭いような・・・使い勝手も悪そう。珍しい配置ですね。
     

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