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あみんちゅ暴走南国の旅その壹之①沖縄本島・石垣島~那覇・豊見城・宜野湾そして恩納村編【1日目】~<br /><br />2014年7月に沖縄本島と小浜・竹富・石垣を旅した後、10月に沖縄本島・宮古島・石垣島etcへという幻のプランがありました。諸々の理由で行くことが出来ず、一回分の旅行ができなかった状態での今回の旅でしたが、時期的なものもあり長期で出かけることが難しい状態でした。なので日数を大幅短縮し、弾丸ツアーを敢行すべく今回の旅の立案をしました。とはいえ所詮行程や予定表などは机上のものでありあてにはなりません。なので予定は未定編に比べ、観光した箇所が大幅に減っています。またそれも醍醐味だと改めて思い、4日間の旅行期間を振り返り書いてみることにします。<br /><br />この&quot;あみんちゅ暴走南国の旅その壹之①沖縄本島・石垣島~那覇・豊見城・宜野湾そして恩納村編【1日目】~&quot;では、自宅から関西空港・那覇空港を経由し、レンタカーで豊見城・首里城・宜野湾を観光した後、恩納村のホテルみゆきビーチに至る道のりを書いています。<br /><br />2014年12月14日日曜日<br />自  宅 8:03<br />田舎駅 8:13<br />    8:35 はるか13号<br />関西空港 10:04<br />     10:16(シャトルバスターミナル)<br />関西空港2T 10:21<br />       11:31 MM213<br />            11:44(ドアクローズ)<br />      12:00(離陸)<br />那覇空港LCCT 14:02(着陸)<br />        14:07(到着)<br />       14:10(降機)<br />       14:31<br />OTSレンタカー赤嶺営業所 14:41<br />             15:08(出発)<br />海軍司令部壕 15:18 (3.7km)<br />       16:25<br />首里城 17:19(8.3km)<br />    18:35<br />嘉数高台公園 19:21 (21.9km)<br />       20:10<br />ホテみゆきビーチ 21:27(86.8km)<br /><br />いつもなら徹夜で準備をして出発するのですが、今回は3時間ほど寝られました。6:00過ぎに起床し最後のチェックの後最寄駅まで送って貰います。いつもなら京都からリムジンバスを使うのですが、今回は40分程ゆっくりできることを考慮してはるかに乗って行きます。はるか割引キップは5,350円、690円高くなります。<br /><br />駅前のコンビニで出勤時と同じように&quot;ドリンク一本!&quot;で勢いをつけてスタートします。コンビニの配送トラックが雪を巻き込んでいたので若干気にはなりますがどうしようもありません。何もないことを願いはるかに乗り込みます。<br /><br />大阪市内は日差しがあったのですが、泉南にくるとなんか雪雲っぽいのが見えてきます。Webで見る限りでは交通障害は出ていなかったのでとりあえず先へと急ぎます。<br /><br />定刻関西空港駅に到着し、シャトルバス乗り場へと急ぎます。このあたりは4月に経験済みなんで無駄なく動きます。5分程で第2ターミナルに到着し、まず最初にチェックインを済ませます。いつもならファストシートをアサインしている私ですが、今回は行程を煮詰めたのが1週間前なので7Aというただのプレジャーシートになります。<br /><br />セキュリティーも引っかかることなく通過し、待合室で搭乗のスタンバイをします。まあ今回も若干の遅れはありましたが無事機内の人となり離陸を待ちます。そういえば電子機器類の取り扱いが変更になり、離発着時でもデジカメを使うことが出来るようになっていました。今まで幾度も目にしてきた離陸の様子ですが、カメラに収められると思うとウキウキします。動画で撮影したらあとは雲の上、いうものことですが眠くなってきますのでzzz。<br /><br />10分程度の遅れで無事那覇空港へと到着します。ピーチは沖止め&タラップ利用ですが、いつもは降機後急かされてターミナルに向かわないといけないのですが、今回は写真を撮る余裕はありました。お恥ずかしながら初めてピーチ航空のエアバスA320-200型機をまともにカメラに収めることが出来ました。<br /><br />ピーチを使うと那覇空港はLCCターミナルを使います。ホント掘立小屋っぽい建物ですがまあそれはおいといて、那覇でレンタカーを借りる場合は大手以外は国内線ターミナルへシャトルバスで移動し、そこへ送迎車に来てもらうかたちになります。今回はOTSレンタカーを使いましたが、LCCターミナルへと迎えに来てもらえるので楽です。<br /><br />何組かの方を待って営業所へと向かいます。OTSの場合、国内線ターミナルの場合は臨空豊崎営業所での貸し出しですが、LCCターミナルの場合は、法人赤嶺営業所からの貸し出しになります。10分程送迎車に揺られ、OTSレンタカー赤嶺営業所に到着。そして2階のカウンターで受け付けし、3日間の旅の友となるホワイトAQUA君をあてがわれて出発します<br /><br />まず最初の目的地は、豊見城市の旧海軍司令部壕です。乗り出して10分程で着きます。沖縄本島南部には、先の大戦における戦跡が数多くあります。本当は全部まとめて見学したいところですが、あまりにも数が多く数回に分けて回ろうと思っています。<br /><br />この旧海軍司令部壕ですが、多くの方がご存知の電文「沖縄県民斯(カ)ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」が発信された場所でもあります。発信者は海軍沖縄方面根拠地隊司令官大田實少将。根拠地隊とは海軍の中で、広義の意味での陸戦部隊の総称だそうです。よく大戦のことを書いてあるものの表現に&quot;陸軍&quot;や&quot;海軍&quot;という言葉が水と油の関係のごとく書かれていますが、この沖縄方面根拠地隊は実質陸軍の第32軍沖縄守備軍司令官牛島満中将傘下という位置付けだったようです。昭和20年6月13日に大田司令官は、ここ74高地の海軍司令部壕の幕僚室で部下5名とともに拳銃(一説には手榴弾説もあり)で自決されますが、その前に大本営に打電したものがこの「沖縄県民…」の電文になります。<br /><br />このことにはまた改めて触れることにして施設概略としては、入口前の慰霊碑は昭和33年(1958年)に建立され平成22年(2010年)に改修されています。同じ場所には、太平洋戦争時に戦った部隊名と参加艦艇が刻まれている石碑もあります。ビジターセンターにはこれも有名な&quot;治療を待つ少女&quot;、&quot;白旗を上げる少女&quot;といった写真が展示されています。資料館前の入口には&quot;戦艦大和&quot;、そして大田實司令官の写真と電文の紹介、その他沖縄戦の歴史、壕内から出てきた遺品や武器等が展示されています。その後に壕の見学になりますが、混乱した終戦間近のままの状態で保存されています。またバリアフリー対応もされており車椅子でも回ることが出来ます。戦争を知らない世代に70年の時を越えて戦争を無言で訴えかける壕の内部、永遠に生き証人出会ってもらいたいと思います。<br /><br />一通り回ってきた後、海軍壕公園の展望台へと行ってみます。景色は本当に綺麗です。北東部には那覇の街、南西部には本島南部ののんびりとした風景ときれいな海、一見するだけだと平和そのもののようにしか思えません。しかし僅か70年前には目もあてられない悲惨な惨状が眼下に広がっていたのかと思うと手放しでわ~っとは言えません…。<br /><br />地下壕出口の休憩所で一服していたら、土産物屋のおばチャンに声をかけられました。とは言え数時間前に沖縄入りしたばかりの身、丁重にお断りして駐車場に戻ります。そして次の目的地首里城へと向かいます。距離はわずかですが、なんせ道が混んでいるのと狭い道で曲がるところがわからなかったりと1時間近くかけてやっと着きました。<br /><br />首里城は2005年7月に一度来たことがあります。とはいえ覚えていません…。ただ駐車場だけはすべて有料だった記憶はありました。前回は市営駐車場がいっぱいで停められず、民営のよくわからない駐車場に停めさせられて結構歩いた記憶もあります。とはいえ12月の日曜日の夕方、さすがに混んでいるわけではありません。ただ駐車場で注意されたことが、公園の発券がこの時期17:30で終わるから行くなら言って下さいとのこと。とりあえず行ってみますとだけ言って歩いて行きます。<br /><br />順路通り行くとまずは守礼門(しゅれいもん)。2,000円札に描かれている有名なものです。ちなみに沖縄でコンビニATMでお金を下すと普通に2,000円札が混じることが多いです。歓会門(かんかいもん)、瑞泉門(ずいせんもん)、漏刻門(ろうこくもん)、廣福門(こうふくもん)と来てチケットを購入します。まだ買える時間だったので大人1枚~!って言ってから、ん?ちょっと待って、年間パスポートって年末までですよね~?いえ違います、今日から1年です!あ、じゃ~年間パスポートにします!はいわかりました。実は入場料が820円、年間パスポート1,640円ってことでそうしたんですが、じつは年間パスポートって顔写真入りで結構手間が掛かるみたいなんです。そんなこととはいざ知らず17:28に年間パスポートを申し込んだ非常識なやつはなにを隠そう私です…。奉神門(ほうしんもん)、御庭(おにわ)、正殿(せいでん)と回り奥書院、庭園、2階大庫理(うふぐい)御差床(うさすか)、1階下庫理(しちゃぐい)御差床(うさすか)と絢爛豪華な玉座を見て回ると足元にはなにやらガラス窓が。なんとガラス越しに見える石垣は約600年前のものだそうです。戦災によって琉球王朝時代の史跡はすべて焼き払われたと聞いていたので、わかりにくいにしろ古を知るものを見ることが出来て幸せでした!<br /><br />時間はどんどん過ぎて行くので急いで回ります。北殿から那覇市街の様子とその向こうに見える海、もう太陽光がないので色合いは悪いですが、やっぱりスゴイです。右掖門(うえきもん)、淑順門(しゅくじゅんもん)を回ったあと、御庭に来ます。首里城で何かあるときには必ずと言って良い程この場所の写真が出てきます。いうなれば他の人が写らないことはないのですがさすがにこの時間、だれも写っていませんでした。<br /><br />という感じで一周駆け足で回って来ました。この首里城には実はもうひとつ目的があります。この首里城の下に、戦時中に陸軍三十二沖縄守備軍の司令壕跡があるとのこと。明るければ歩いて探すのですが、どっぷり日は暮れています。なので迷子になる可能性大と判断し、駐車場を出るときに係員に聞いてみました。結果知らない…。元々わかり辛い場所のようだったので車をゆっくり走らせながら探しましたが、やっぱりわかりません。こういうときは諦める勇気も必要かと思い、次回への課題にします。<br /><br />時間はもう18:30を回っています。日の長い沖縄といえど、当然あたりは真っ暗です。こうなるとホテルへと向かうのが定石とは思いましたが、ここでひとつ欲張って時間制限のないところへと向かいます。<br /><br />嘉数高台公園(かかずたかだいこうえん)、宜野湾市にあるこの場所ですが公園として整備され地元の方の憩いの場所になっている反面、戦時中の史跡が多く残る場所でもあります。場所は住宅地の中にありかなりわかり辛いです。まあなんとかたどり着いて車を降りると、弾痕の残るコンクリートの壁があります。そして階段を昇って行くと壕や慰霊碑、トーチカなどが残っています。詳しくはまた別の機会にしますが、頂上に展望台があります。カメラの撮影モードが白黒になっているのに気付かずカラー写真がないところもありますが、この夜景本当にキレイなものです。しかし海軍司令部壕公園同様、70年前にはどんな風景が眼下に広がっていたのでしょうか。特にここは読谷村から上陸した米軍と熾烈な戦いがあった場所でもあります。いつもだったら何か考えるのですが、既に20:00頃照明はあれど暗いなかの一人歩きはちょっと怖い気もあったので、今日のところはこれくらいにして階段を下りて行きます。<br /><br />私の悪い癖ですが、さっさと急いで走れば良いのにあっちこっち寄り道しながら走ります。恩納村まで58号線をひたすら走りますが、これが昼間なら景色が良いだろうな~って思いながら走り続けます。ひたすら58号線を北上していくと、米軍嘉手納基地、北谷のアメリカンビレッジなどを車窓に見ながら進んで行くと、ザ・リゾートホテル街の恩納村に入ります。国道沿いのビーチ側に乱立するホテル・・・、その中のひとつ&quot;ホテルみゆきビーチ&quot;に泊まります。リゾートホテルとは全く縁の無い私ですが、今回はなぜここなのか?それは次章で述べることにします。<br /><br /><br />これで&quot;あみんちゅ暴走南国の旅その壹之①沖縄本島・石垣島~那覇・豊見城・宜野湾そして恩納村編【1日目】~&quot;はおしまいです♪<br />次編&quot;あみんちゅ暴走南国の旅その壹之②沖縄本島・石垣島~恩納村リゾート滞在編【1~2日目】~&quot;へと続きます。<br />

あみんちゅ暴走南国の旅その壹之①沖縄本島・石垣島~那覇・豊見城・宜野湾そして恩納村編【1日目】~

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2014/12/14 - 2014/12/17

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たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

あみんちゅ暴走南国の旅その壹之①沖縄本島・石垣島~那覇・豊見城・宜野湾そして恩納村編【1日目】~

2014年7月に沖縄本島と小浜・竹富・石垣を旅した後、10月に沖縄本島・宮古島・石垣島etcへという幻のプランがありました。諸々の理由で行くことが出来ず、一回分の旅行ができなかった状態での今回の旅でしたが、時期的なものもあり長期で出かけることが難しい状態でした。なので日数を大幅短縮し、弾丸ツアーを敢行すべく今回の旅の立案をしました。とはいえ所詮行程や予定表などは机上のものでありあてにはなりません。なので予定は未定編に比べ、観光した箇所が大幅に減っています。またそれも醍醐味だと改めて思い、4日間の旅行期間を振り返り書いてみることにします。

この"あみんちゅ暴走南国の旅その壹之①沖縄本島・石垣島~那覇・豊見城・宜野湾そして恩納村編【1日目】~"では、自宅から関西空港・那覇空港を経由し、レンタカーで豊見城・首里城・宜野湾を観光した後、恩納村のホテルみゆきビーチに至る道のりを書いています。

2014年12月14日日曜日
自 宅 8:03
田舎駅 8:13
    8:35 はるか13号
関西空港 10:04
     10:16(シャトルバスターミナル)
関西空港2T 10:21
      11:31 MM213
11:44(ドアクローズ)
      12:00(離陸)
那覇空港LCCT 14:02(着陸)
       14:07(到着)
       14:10(降機)
       14:31
OTSレンタカー赤嶺営業所 14:41
             15:08(出発)
海軍司令部壕 15:18 (3.7km)
       16:25
首里城 17:19(8.3km)
    18:35
嘉数高台公園 19:21 (21.9km)
       20:10
ホテみゆきビーチ 21:27(86.8km)

いつもなら徹夜で準備をして出発するのですが、今回は3時間ほど寝られました。6:00過ぎに起床し最後のチェックの後最寄駅まで送って貰います。いつもなら京都からリムジンバスを使うのですが、今回は40分程ゆっくりできることを考慮してはるかに乗って行きます。はるか割引キップは5,350円、690円高くなります。

駅前のコンビニで出勤時と同じように"ドリンク一本!"で勢いをつけてスタートします。コンビニの配送トラックが雪を巻き込んでいたので若干気にはなりますがどうしようもありません。何もないことを願いはるかに乗り込みます。

大阪市内は日差しがあったのですが、泉南にくるとなんか雪雲っぽいのが見えてきます。Webで見る限りでは交通障害は出ていなかったのでとりあえず先へと急ぎます。

定刻関西空港駅に到着し、シャトルバス乗り場へと急ぎます。このあたりは4月に経験済みなんで無駄なく動きます。5分程で第2ターミナルに到着し、まず最初にチェックインを済ませます。いつもならファストシートをアサインしている私ですが、今回は行程を煮詰めたのが1週間前なので7Aというただのプレジャーシートになります。

セキュリティーも引っかかることなく通過し、待合室で搭乗のスタンバイをします。まあ今回も若干の遅れはありましたが無事機内の人となり離陸を待ちます。そういえば電子機器類の取り扱いが変更になり、離発着時でもデジカメを使うことが出来るようになっていました。今まで幾度も目にしてきた離陸の様子ですが、カメラに収められると思うとウキウキします。動画で撮影したらあとは雲の上、いうものことですが眠くなってきますのでzzz。

10分程度の遅れで無事那覇空港へと到着します。ピーチは沖止め&タラップ利用ですが、いつもは降機後急かされてターミナルに向かわないといけないのですが、今回は写真を撮る余裕はありました。お恥ずかしながら初めてピーチ航空のエアバスA320-200型機をまともにカメラに収めることが出来ました。

ピーチを使うと那覇空港はLCCターミナルを使います。ホント掘立小屋っぽい建物ですがまあそれはおいといて、那覇でレンタカーを借りる場合は大手以外は国内線ターミナルへシャトルバスで移動し、そこへ送迎車に来てもらうかたちになります。今回はOTSレンタカーを使いましたが、LCCターミナルへと迎えに来てもらえるので楽です。

何組かの方を待って営業所へと向かいます。OTSの場合、国内線ターミナルの場合は臨空豊崎営業所での貸し出しですが、LCCターミナルの場合は、法人赤嶺営業所からの貸し出しになります。10分程送迎車に揺られ、OTSレンタカー赤嶺営業所に到着。そして2階のカウンターで受け付けし、3日間の旅の友となるホワイトAQUA君をあてがわれて出発します

まず最初の目的地は、豊見城市の旧海軍司令部壕です。乗り出して10分程で着きます。沖縄本島南部には、先の大戦における戦跡が数多くあります。本当は全部まとめて見学したいところですが、あまりにも数が多く数回に分けて回ろうと思っています。

この旧海軍司令部壕ですが、多くの方がご存知の電文「沖縄県民斯(カ)ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」が発信された場所でもあります。発信者は海軍沖縄方面根拠地隊司令官大田實少将。根拠地隊とは海軍の中で、広義の意味での陸戦部隊の総称だそうです。よく大戦のことを書いてあるものの表現に"陸軍"や"海軍"という言葉が水と油の関係のごとく書かれていますが、この沖縄方面根拠地隊は実質陸軍の第32軍沖縄守備軍司令官牛島満中将傘下という位置付けだったようです。昭和20年6月13日に大田司令官は、ここ74高地の海軍司令部壕の幕僚室で部下5名とともに拳銃(一説には手榴弾説もあり)で自決されますが、その前に大本営に打電したものがこの「沖縄県民…」の電文になります。

このことにはまた改めて触れることにして施設概略としては、入口前の慰霊碑は昭和33年(1958年)に建立され平成22年(2010年)に改修されています。同じ場所には、太平洋戦争時に戦った部隊名と参加艦艇が刻まれている石碑もあります。ビジターセンターにはこれも有名な"治療を待つ少女"、"白旗を上げる少女"といった写真が展示されています。資料館前の入口には"戦艦大和"、そして大田實司令官の写真と電文の紹介、その他沖縄戦の歴史、壕内から出てきた遺品や武器等が展示されています。その後に壕の見学になりますが、混乱した終戦間近のままの状態で保存されています。またバリアフリー対応もされており車椅子でも回ることが出来ます。戦争を知らない世代に70年の時を越えて戦争を無言で訴えかける壕の内部、永遠に生き証人出会ってもらいたいと思います。

一通り回ってきた後、海軍壕公園の展望台へと行ってみます。景色は本当に綺麗です。北東部には那覇の街、南西部には本島南部ののんびりとした風景ときれいな海、一見するだけだと平和そのもののようにしか思えません。しかし僅か70年前には目もあてられない悲惨な惨状が眼下に広がっていたのかと思うと手放しでわ~っとは言えません…。

地下壕出口の休憩所で一服していたら、土産物屋のおばチャンに声をかけられました。とは言え数時間前に沖縄入りしたばかりの身、丁重にお断りして駐車場に戻ります。そして次の目的地首里城へと向かいます。距離はわずかですが、なんせ道が混んでいるのと狭い道で曲がるところがわからなかったりと1時間近くかけてやっと着きました。

首里城は2005年7月に一度来たことがあります。とはいえ覚えていません…。ただ駐車場だけはすべて有料だった記憶はありました。前回は市営駐車場がいっぱいで停められず、民営のよくわからない駐車場に停めさせられて結構歩いた記憶もあります。とはいえ12月の日曜日の夕方、さすがに混んでいるわけではありません。ただ駐車場で注意されたことが、公園の発券がこの時期17:30で終わるから行くなら言って下さいとのこと。とりあえず行ってみますとだけ言って歩いて行きます。

順路通り行くとまずは守礼門(しゅれいもん)。2,000円札に描かれている有名なものです。ちなみに沖縄でコンビニATMでお金を下すと普通に2,000円札が混じることが多いです。歓会門(かんかいもん)、瑞泉門(ずいせんもん)、漏刻門(ろうこくもん)、廣福門(こうふくもん)と来てチケットを購入します。まだ買える時間だったので大人1枚~!って言ってから、ん?ちょっと待って、年間パスポートって年末までですよね~?いえ違います、今日から1年です!あ、じゃ~年間パスポートにします!はいわかりました。実は入場料が820円、年間パスポート1,640円ってことでそうしたんですが、じつは年間パスポートって顔写真入りで結構手間が掛かるみたいなんです。そんなこととはいざ知らず17:28に年間パスポートを申し込んだ非常識なやつはなにを隠そう私です…。奉神門(ほうしんもん)、御庭(おにわ)、正殿(せいでん)と回り奥書院、庭園、2階大庫理(うふぐい)御差床(うさすか)、1階下庫理(しちゃぐい)御差床(うさすか)と絢爛豪華な玉座を見て回ると足元にはなにやらガラス窓が。なんとガラス越しに見える石垣は約600年前のものだそうです。戦災によって琉球王朝時代の史跡はすべて焼き払われたと聞いていたので、わかりにくいにしろ古を知るものを見ることが出来て幸せでした!

時間はどんどん過ぎて行くので急いで回ります。北殿から那覇市街の様子とその向こうに見える海、もう太陽光がないので色合いは悪いですが、やっぱりスゴイです。右掖門(うえきもん)、淑順門(しゅくじゅんもん)を回ったあと、御庭に来ます。首里城で何かあるときには必ずと言って良い程この場所の写真が出てきます。いうなれば他の人が写らないことはないのですがさすがにこの時間、だれも写っていませんでした。

という感じで一周駆け足で回って来ました。この首里城には実はもうひとつ目的があります。この首里城の下に、戦時中に陸軍三十二沖縄守備軍の司令壕跡があるとのこと。明るければ歩いて探すのですが、どっぷり日は暮れています。なので迷子になる可能性大と判断し、駐車場を出るときに係員に聞いてみました。結果知らない…。元々わかり辛い場所のようだったので車をゆっくり走らせながら探しましたが、やっぱりわかりません。こういうときは諦める勇気も必要かと思い、次回への課題にします。

時間はもう18:30を回っています。日の長い沖縄といえど、当然あたりは真っ暗です。こうなるとホテルへと向かうのが定石とは思いましたが、ここでひとつ欲張って時間制限のないところへと向かいます。

嘉数高台公園(かかずたかだいこうえん)、宜野湾市にあるこの場所ですが公園として整備され地元の方の憩いの場所になっている反面、戦時中の史跡が多く残る場所でもあります。場所は住宅地の中にありかなりわかり辛いです。まあなんとかたどり着いて車を降りると、弾痕の残るコンクリートの壁があります。そして階段を昇って行くと壕や慰霊碑、トーチカなどが残っています。詳しくはまた別の機会にしますが、頂上に展望台があります。カメラの撮影モードが白黒になっているのに気付かずカラー写真がないところもありますが、この夜景本当にキレイなものです。しかし海軍司令部壕公園同様、70年前にはどんな風景が眼下に広がっていたのでしょうか。特にここは読谷村から上陸した米軍と熾烈な戦いがあった場所でもあります。いつもだったら何か考えるのですが、既に20:00頃照明はあれど暗いなかの一人歩きはちょっと怖い気もあったので、今日のところはこれくらいにして階段を下りて行きます。

私の悪い癖ですが、さっさと急いで走れば良いのにあっちこっち寄り道しながら走ります。恩納村まで58号線をひたすら走りますが、これが昼間なら景色が良いだろうな~って思いながら走り続けます。ひたすら58号線を北上していくと、米軍嘉手納基地、北谷のアメリカンビレッジなどを車窓に見ながら進んで行くと、ザ・リゾートホテル街の恩納村に入ります。国道沿いのビーチ側に乱立するホテル・・・、その中のひとつ"ホテルみゆきビーチ"に泊まります。リゾートホテルとは全く縁の無い私ですが、今回はなぜここなのか?それは次章で述べることにします。


これで"あみんちゅ暴走南国の旅その壹之①沖縄本島・石垣島~那覇・豊見城・宜野湾そして恩納村編【1日目】~"はおしまいです♪
次編"あみんちゅ暴走南国の旅その壹之②沖縄本島・石垣島~恩納村リゾート滞在編【1~2日目】~"へと続きます。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
3.0
グルメ
5.0
ショッピング
4.0
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
レンタカー スカイマーク JR特急 徒歩 Peach
旅行の手配内容
個別手配

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