琉球王朝の御城(ウグシク)でした~首里城~
- 5.0
- 旅行時期:2014/12(約11年前)
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by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん(非公開)
那覇 クチコミ:66件
第一尚氏琉球王朝第二代国王尚巴志が基礎を作ったのでは?との説が濃厚な首里城は、沖縄の?顔?と言っても過言ではない?正殿?や?守礼之門?で知られています。13世紀に尚巴志が中山を滅ぼしてこの地に凱旋。その後北山、南山を統一し琉球王朝を立てた際に居城として構築されました。首府としてこの首里の地を定め大いに栄えたことが記録されています。幾度か火災に見舞われて焼失し、木材の供給には薩摩からの援助を受けていたそうです。明治維新の琉球処分に於いて廃城となった後は急速に荒廃が進み、一時は取り壊しの危機にあったものの、関係者の奔走もあり保存が決定し、昭和初期には正殿の改修工事も行われ国宝に指定されました。
しかし第二次世界大戦の沖縄戦に於いて第32軍が首里城地下に司令部壕を構築し、そのこともあり米軍の執拗な攻撃対象となりなにもかもが焼失してしまいました。戦後この地に作られた琉球大学もその遺構破壊に拍車をかけてしまったところもありましたが、守礼之門が再建された後移設され、本格的に再建の計画が始まります。正殿を中心とした建物群や城郭が復元され、平成4(1992)年には首里城公園としてオープンしました。
未だ完全復元には至っておらず、再建工事中のものも多い中で平成12(2000)年には?琉球王国のグスク及び関連遺産群?の名称で世界遺産に登録されました。あくまで世界遺産の登録は?首里城跡?としてであり、現在の建物ではありません。この広大な首里城公園のうち、往時を思わせるものがどれくらいあるのかはわからない方も多いと聞きます。正殿地下に眠る?石垣?は、案内にも出てくる有名な場所ではありますが、逆にそれくらいかも知れません。しかしなぜこの首里城がなくなってしまったかは様々なもので記述がされており、加えて内部には入れないもののその元凶になった司令部壕の入口は確認することができます。正直車で回っていてもその場所に辿り着くのは難しいかも知れません。破壊は3日で終わりましたが、再建は未だに終わっていない事実…琉球色の色濃い首里城でからこそ考えられることはあるのではないでしょうか。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 空港から車で20分位で行くことができます。
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 人が少ないことはないのでは・・・。
- バリアフリー:
- 5.0
- 車椅子の入場にはスタッフが対応されています。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 実物がどうだったかではなく今の建物は荘厳です。
クチコミ投稿日:2016/01/04
いいね!:9票
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