2014/11/25 - 2014/11/25
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belleduneさん
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生憎、雨の1日となってしまったのですが、早稲田大学キャンパス内の古い建物を見学して来ました。大隈講堂、時計台、會津八一記念博物館、坪内逍遥博士記念演劇博物館、政治経済学部棟、中央図書館。後日、天気の良い日に大隈庭園を歩いて来ました。丁度お昼だったので、大隈講堂の時計台の鐘が12時を知らせていました。
- 旅行の満足度
- 4.5
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後日、晴れた日の大隈記念講堂の7階建て時計台です。大隈重信が提唱した「人生125歳説」に因んで、125尺(約37,8m)の高さです。外観は、エストベリ設計のストックホルム市庁舎の影響があるらしいのですが、説明して下さった教授によると、オックスフォード大学の時計台と似ているそうです。いつかオックスフォード大学ヘ行った時にはじっくり観察してみたいと思います。早稲田のWを象ったのだそうです。
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大隈記念講堂は、大隈重信の業績を記念して、昭和2年(1927)10月に竣工したチューダー・ゴシック様式の建物です。設計は、早稲田大学建築学科の創設者である佐藤浩一とその弟子・佐藤武雄(建築音響学の先駆者)で、構造設計は、内藤多仲(東京タワーの設計をし、耐震構造学の父と言われた)、音響設計は黒川兼三郎(日本初の科学的音響理論に基づいた設計)が担当しました。施工は戸田組。
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同時期に建てられた東京大学の安田講堂を意識して設計したそうです。外装タイルの剥離落下の問題があり、大部分が新しいタイルに貼り替えられました。新しいタイルに関しては、タイルの組成、産地、色、質感に拘って、忠実に再現されました。
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早稲田大学創立125周年記念事業の一環として、大規模な改修工事が行われ、歴史的な意匠を継承しながら、冷暖房の完備、映像・音響システム、情報ネットワーク、同時通訳システムなど性能を向上させた多機能型の文化ホールとして平成19年(2007)10月に竣工しました。地上3階、地下1階建。
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外壁は、手作りの信楽焼きのタイルで、約19万枚使われています。
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外壁上部にあるロマネスク帯。すっきりとした外観になっています。
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夜、照明が灯ると綺麗でしょうね。
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時計台下の階段を下りたところの出入り口
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時計台を見上げたところ
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時計台下の10段ある円形階段
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時計台下には1階から少し上がったところに入口があります。
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外壁に取り付けられた外灯
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こちらは正面入り口です。この門のデザインは、裏梅剣花菱の紋になっています。
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裏から見た方が良く分かるかもしれません。
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数段上がると玄関扉があります。
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玄関上部の照明
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カメラの初日だったので、少しピントがずれています。演劇にも使用されますが、スピーカーなしでも最後列まで音声が聴こえるよう設計されています。舞台はクッペルホリゾントという特殊効果を持つ設計になっています。1924年の築地小劇場が日本で初めてこの設計を取り入れました。朝日新聞社講堂、青山会館などがこのクッペルホリゾントを持つ設計になっています。席数は1、2階で1123席。
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今日は生憎雨だったので、この楕円形の採光窓から太陽光が差すことはありませんが、晴れた日は綺麗でしょうね。太陽、月、9つの惑星を表し、講堂の内・外との「世界融和」を象徴しています。
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2階席
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タイルの床
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このテラス部分は、雨が比較的かかり難くく、落下の危険性が低いので、ここ外壁にオリジナルのタイルを残してあります。
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ここにも梅をデザインしたアイアンワーク
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明治40年(1907)に早稲田大学創立25周年と大隈重信の古希を祝って設置された初代の大隈重信像です。製作は小野惣次郎、鋳造は鈴木長吉。現在の角帽とガウン姿の銅像は2代目です。
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換気口も梅がデザインしてあります。
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時計台の上に上がります。
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ここには、改修工事の時に取り外したものが多数置いてありました。
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講堂から大隈重信像へ矢印方向へ斜めに延びています。
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時計のある階まで上がって来ました。
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塔上の鐘は、アメリカ・ボルティモアのマクレエン社製で、大小4つの鐘が奏でるハーモニーは日本初で、ウエストミンスター宮殿と同じ音だということです。1日6回、8時、9時、12時、16時、20時、21時となっています。2回目に訪れた時は12時の鐘の音を聴きました。
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階段踊り場にある窓から見た階下の景色
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旧大隈邸門衛所は、早稲田大学で一番古い建物です。当時のままの姿で現存しています。大抵この傍に車が停まっていて、こんな風に写真が撮れるのは珍しいことです。たった今まで車が停まっていたのですが、ラッキーでした。
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會津八一記念博物館(2号館・旧図書館)も東京都選定歴史的建造物です。早稲田大学東洋美術研究者であり、歌人、書家であった會津八一博士を記念して、1998年2号館に設置されました。1階は、企画展示室、富岡重憲コレクション室、大隈記念室があり、2階は常設展示室として明器、俑、鏡、壷、鼎などの東洋美術品、近代絵画、書画、仏像などの美術品、考古出土資料、アイヌ民族資料、寄贈資料などを展示。
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当初、早稲田大学図書館として1925年に建てられました。2番目に古い鉄筋コンクリート造りで、建築家・今井兼二のデビュー作でした。多角形の屋根や至る所に見られる優美な曲線は、表現主義の流れを汲むもの。当時の大学校舎としては、独創性に富んでいました。
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會津八一は、明治14年8月1日生まれで、つまり西暦1881年なので、一と八の語呂の良い数字の組み合わせから付けられた名前らしい。中学時代は、病気のためにスポーツから文学に移行し、子規の「ほととぎす」に投句したりしていたそうです。明治32年早稲田大学の前身である東京専門学校の巡回講演で、坪内逍遥の雄弁に感動し、早稲田大学文学科に入学し、英文学を学ぶことになります。坪内逍遥の他、ラフカディオ・ハーンにも英文学史や詩人キーツの他、民俗学的観察法を学び、後に美術史学研究の道を歩むことになります。1926年に「早稲田大学新聞」に発表した「実物尊重の学風」の中で、こう言っています。「学問をしてゆくに、実物を能く観察して、実物を離れず、物の理法を観てゆくと云うことは、何よりも大切なことだ。どれ程理論が立派に出来たがって居ても何所かに、実物を根底にする真実が含まれて居なければ、即ちそれは空論だ、空学だ。取るに足るものではない。」
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正面玄関扉上部のデザイン
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1階のホールには、6本の柱があり、漆喰で仕上げてありますが、何度見ても美しい。これは、冊子の写真です。図書館完成間際まで、漆喰仕上げを徹夜でやり通した左官職人、中島武一は、凄い人です。
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大扉を飾る八角星の透かし彫りは見事です。残念ながら、内部は一切撮影禁止です。
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大隈重信像が見据えるのは、講堂の時計台です。
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晴れた日に見るとこうです。
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高田早苗全身像 早稲田大学初代学長、第3代総長(1923〜1931)で、早稲田の四尊のリーダー的存在だったそうです。
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早稲田大学坪内博士記念演劇博物館は、昭和3年(1928)に坪内逍遥の古希と「シェークスピア全集」全40巻の翻訳が完成したのを記念して設立されました。
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演劇博物館は、坪内逍遥の発案であり、エリザベス朝時代、16世紀イギリスの劇場「フォーチュン座」を模して、今井兼二らに設計を依頼しました。正面の屋根の張り出しは舞台で、入り口はその左右にあり、図書閲覧室は楽屋、舞台を取り囲むようにある両翼は、桟敷席であり、建物前の広場は、一般席となります。このように演劇博物館自体が一つの劇場資料となっています。
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正面に書かれた文字は、Totus Agit Histrionem ( 全世界は劇場なり)というラテン語です。
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