1974/08/02 - 1974/08/06
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ノスタルジアさん
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今から41年前の昭和49年7月23日から3月7日までの225日間かけて
ナホトカ航路、シベリア鉄道を往復してヨーロッパ、モロッコを船、列車、バス、ヒッチハイクで旅しました。
高所恐怖症なので飛行機には現在まで一度も乗った事がありません。
乗り物による移動距離は60,806.8キロ、地球1.52周でした。
観光白書によると昭和49年の日本人の海外旅行者数が200万人、
平成24年度は1849万人、40年ほどで10倍近くなりました。
そんな当時の旅行の資料と写真を少しづつアップして行きます。
今回はモスクワに泊まれず、ワルシャワ行きの国際列車ショパン号で
ポーランド ワルシャワに向かった。
ところが、その列車が何とソ連の国境の駅ブレストで消えてしまったのである。
西村京太郎の推理小説トラべルミステリー風に云えば
「国際列車ショパン号国境で消える!」そんな感じであった。
写真が少なくて味気ないが、モスクワからは写真どころではなく、
特に国境で消えた列車の理由を撮っていれば間違いなく拘束されただろう。
そしてワルシャワでは007のスパイ映画の様な体験をしたのである。
ボンドガールは現れなかったけど。
https://www.youtube.com/watch?v=q4E9sqJHFDU
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
旅行記の周辺地図
-
昭和49年8月3日
ソ連国際列車の時刻表
昨晩は全く眠れなかった。
一番気になっていた事は、ソ連での日程が1日短縮になった為、
ポーランド入国が1日早くなり、それをポーランドの国境でどう説明すれば良いのか?
ポーランド国営旅行社オルビスのバウチャーには
ワルシャワのブリストルホテル 8月4日1泊と明記されている、
8月3日のっ今日は泊まれるのだろうか?
不安な事だけが頭を巡り回って眠れなかった。 -
昭和49年8月3日
ショパン号の時刻表
不安を抱えたまま、ショパン号はソ連国境の駅ブレストに11時過ぎ到着した。
出国検査の為、パスポートは係員が預かり、荷物は車内にそのまま置いてホームに
降ろされた。
トイレに行ってホームに戻ると何と乗っていた列車が消えてしまっているではないか!
ホームとホームをつなぐ幾つもの跨線橋に昇って辺りを見渡しても見つからない。
列車はポーランドに行ってしまったのか!とさえ思ったりした。
訊くにも人がいない。青色の作業服を着た作業員がいたので、
とにかく訊いたが、言葉が全く通じない。
このままでは、ソ連を出国出来ない。
焦りに焦った。必死だった。 -
日ソツーリストビューローの発行したポーランドのバウチャー
探し回るうちに構内の一角の建物の2階に通じる階段下にインツーリストの看板を見つけた。
急いで2階に駆け上がって、大きな音がするくらいの勢いでドアを開けて
飛び込むと所長らしき男と女の事務員がいて、私のすごい形相を見てびっくりしていた。
そんな事お構いなしに「ショパン号がいない、どこにいる?」と英語で言ったら
所長らしき男は「英語では無く、ドイツ語で言ってくれ。」と言い出したので、
なかなか、こちらの思いが伝わらない、
また昨日の繰り返しか、と一時は絶望的になったが、何とか身振り手振りで通じた。
列車のいる場所の地図を紙にを書くか、連れて行ってくれさえすればそれで済むのにと、思ったが、「ここはソ連」と自分に言い聞かせて、指差す方向に急いで向かってようやく列車を見つけた。 -
ポーランド国営旅行社オルビスのバウチャー
降りたホームとは全然別のホームだった。
列車はどこで何をしていたかというと、
荷物検査が終わった後、引き込み線で転車台のある建物に入り、
台車から車両を1両ずつ持ち上げて ソ連の広軌レールからヨーロッパ仕様の標準軌レールの台車に乗せ換えていたのであった。
これは西側から安易に敵を侵入させない為の軍事上の理由である。
勿論、撮影禁止で高い所から厳重に監視していたのである。
列車に再び乗ると部屋は一人だった。検査の終わった荷物を片付けていたら、
モスクワに着いたら出そうと思っていた家族、友人宛ての絵葉書が出て来た。
イルクーツクの駅で列車待ちの愛、書いたものだった。
ソ連の切手が既に貼っていたので、出すとしたらここしか無い、
ポストが無いかと、デッキからホームを見渡すと10m程先の所に
ポストらしき物が有る、時計を見ると既に出発時刻が過ぎている、
もし、投函しに行く間に列車が出発したらドアは鍵を施錠されるので飛び乗る事は難しい、、
(ソ連では走行中は車両のドアは全て施錠されるのである。中国もそうであった。)
ホームに降りようか、どうしようかと躊躇していた時、丁度、銃を肩に掛けた
国境警備隊の若い兵士が、5,6m前を横切ろうとしていたので、「オーイ」と
声を掛けて手振りで呼んだ。 -
昭和49年8月3日
国境近くのポーランド田舎風景
二十歳位の兵士だった。「何か?」という感じで近づいて来たので、
絵葉書を見せて「これをあのポストに入れてくれ。」とジェスチャーで伝えると、
兵士は「分かった」とばかりニッコリした。
ポストに入れる後ろ姿を見届けながらショパン号は、国境の駅ブレストを離れて
ポーランドに向かった。
20分程でポーランドの国境の駅テレスポールに着いた。
早速、係員が乗り込んで来た。
眼鏡を掛けた色白の表情変えない痩せた長身の若い男はいかにも職務に
忠実そうであった。「パスポルト」と言ったので渡すと、
じーっと査証の所を見ている。不安になって、ポーランド国営旅行社のオルビスの
バウチャーを提示しながら必死に1日早く入国した理由を説明したが、
彼は全くの無表情で一言も喋らないので成り行きを見守りしかなかった。
自分にとっては長い長い沈黙の後、係員は入国のスタンプを押して一言
「ジンクイエ ありがとう!」と言った。
余りに簡単だったので、力がどっと抜けてへなへなとなるような感じになった。
取り越し苦労とはまさにこの事であった。 -
昭和49年8月4日
コペルニクス像の前で
14時近くにショパン号はワルシャワ駅に着いた。
駅前でしばらく立っていた。国営旅行社オルビスの迎えを待っていたのである。
30分経っても迎えに来ない、と思っていたら、ここはポーランドなのだ、ソ連では無いのだ!とようやく気付いた。
身体だけでは無く頭も相当疲れていた。
ホテルに向かって歩き始めた。
30分ほど歩いてブリストルホテルに到着し1日早く着いてしまった事を話すと、何の問題もなく部屋に案内された。
疲れ果ててベッドに倒れこんでそのまま朝まで眠りこけてしまった。 -
昭和49年8月4日
ザコビイ広場
8月4日、朝から 早速ガイドブック片手にワルシャワ市内観光に出掛けた。
解放されて自由の身になった様でうきうきとした気分だった。
コペルニクス像、聖十字架教会、ザムコビイ広場、旧市場広場等を
歩いていたら、すれ違う人、電車、バスに乗っている人、店の中からも、街中の
人が自分を見ているのである。
よほど日本人が珍しいのか、珍獣でも見るような感じである。
2度、街行く若い女性たちから着ている服の背中にサインを求められたが、恥ずかしい限りであった。
注目、注視される事に慣れない身にとっては苦痛でかなり疲れるのである。
ソ連、東欧は皆そうだった。 -
昭和49年8月4日
ザコビイ広場
そのうちおかしい事に気付いた。途中から尾行されていたのである。
ヨーロッパでもっとも美しいと言われる公園の一つ、ワジェンコフスキー公園に
入ってもついて来るので、素早く歩いて曲がって茂みに隠れて見ると、
相手は走って来て辺りをキョロキョロして自分を探している、間違いなく尾行されている、中年の男だった。
気持ち悪くもあり、極度の不安、恐怖感が広かったのである。 -
昭和49年8月4日
旧市場広場
時間を掛けて尾行を撒きながら、注意深くホテルに帰った。
安全の為ホテル内のレストランで食事をして部屋に戻った。
ベッドの上で寝転びながらあの男の事を考えた。
多分、闇ドル買いのブローカーで、接触のチャンスを窺っていたのだろう、と自分を安心させようとしたが、闇ドルブローカーなら二人きりになるチャンスは
幾らでも有っただろうに、一方で日本から来たスパイだと疑われているか、
それともスパイに間違われている、そして尾行をしているのはポーランドの秘密警察の一員かも知れない、などと最悪の事態を思うになった。
このままでは、闇から闇に葬られる、と本気で思った。 -
昭和49年8月4日
旧市場広場で
このホテルは中庭が長方形でそれに沿って部屋が囲むようになっていて
部屋は全て長方形の中庭に面している。
自分の部屋は2階で向こうの部屋から狙撃される可能性はある、
窓は閉めて窓際に立たない様にし、入口のドアは室内に有った
机を移動してバリケード代わりに、ドアが簡単に開かないようにして
持っていた洗濯干し用ロープで机とドアノブしっかりと結んだ。
ベッドは寝袋を毛布の下に入れて自分が寝てるように装い、自分はベッドの下で
寝ることにした。ちょうどベッドカバーのフリルで隠れる事が出来た。
まるで007の世界である。
これを読んでいる皆さんは、フィクションだろう、信じられない話し、馬鹿馬鹿しい、とか007やスパイ映画の見過ぎだとばかり一笑に付すだろう。
自分でさえも信じられない様な話しだが、
当時、東西冷戦最中の70年代、私は真剣で必死だった。 -
昭和49年8月4日
旧市場広場で
準備も終わり6日振りにシャワーを浴びてびっくりした。お湯は綺麗なのに、
シャンプーして足元に洗い落ちるお湯が6日間の汚れで真っ黒だった。
、ベッドの下で横になってまたまた考えた、
モスクワでのバウチャー抜き取りの発覚、
ソ連国境での絵葉書を兵士に渡したのを不審行動と取られたのか、
それらが疑われたのか、はたまたシベリア鉄道で知らずに国家機密の軍事施設を撮ったのでは?
と疑われているのか、何かの間違いで疑われているのか、
またまた頭の中が堂々巡りでエンドレス状態になったが、いつの間にか寝てしまった。
途中何度か目を覚ましたが、何の気配も無く、部屋が明るくなってからベッドの下から出た。
何事も無く実にほっとした。 -
昭和49年8月4日
中世の城壁でもあり門でもある建物 バルバカンで
朝食にホテル内のレストランに向かう途中、エレベーター前で日本人に出会った。
事務所が同じホテル内にある大手商社Mのワルシャワ駐在員H.Mさんである。
日本からの旅行者だと言うと朝食を誘われた。
久し振りに日本人と会い、久し振りに日本語を話した。
昨日の尾行の件とモスクワ、ソ連国境での件も話したところ
「尾行は秘密警察かも知れませんね。でも尾行する連中は行動の監視と情報収集が主な目的だから、差し迫った身の危険は無いでしょう。」と言われてほっとした。
夕方にこれからクラコフに行くと言うと、
「ポーランド滞在中、何か有って困る事になったら電話ください。」と
名刺をくれた。
H.Mさんには昼食もご馳走になった。
精神的に参っていたが、話しているうちに随分気が楽になった。
正に地獄であった仏である。
クラコフ行の列車時刻まで時間が十分あったので、
街に出たが、尾行が無さそうだった。
あれは単なる闇ドルブローカーだったのか、それとも秘密警察だったのか
今となっては分からない。
-
昭和49年8月4日
バルバカンの近くで演奏しながら自分の写真を売っていた。
クラコフ行の16時50分発に乗る為ワルシャワ駅に着いて構内に入ったが、ホームが分からない、
駅のホームにはどれも大勢の人がいてバックパッカーの自分を露骨に注目しているのである。
乗り場を誰かに訊きたいのだが、余りにも大勢の視線を強く感じて躊躇して訊けない、
歩くと皆下がって行き手を確保してくれるのだが、何処に行くのかと注視している。
思い切ってジロジロ見ていた若いカップルに切符を出して見せた。
すると周囲にいた大勢の人たちが切符を見せろと人だかりになった。
-
昭和49年8月4日
旧市場広場の近くの水飲み場で
若いカップルの男性がホームはあっちだと指差したが時間が無いと思ったのか、20キロもあるリュックを降ろさせ、
自分の背に担ぎ、女性は私の手を引っ張って一緒に走り出した。
これで何とか間に合って席まで荷物を運んでくれ、二人はホームで手を振って見送ってくれたのである。
これでポーランド人が好きになった事は言うまでもない。
次号に続く。 -
49年8月4日
ワルシャワ聖十字架教会
ショパンにゆかりのある教会として有名。ここの柱にはショパンの心臓が
収められていて、代々続くかかりつけ医がその柱に聴診器をあてて頷いていた。
柱には心拍数が上がるので強く叩かないでください、と書いてあり、
すぐ傍にはAEDが設置されていた。
https://www.youtube.com/watch?v=xccLlbnFg4Q
-
昭和49年8月3日
ブリストルホテルで5ドル両替 1zlotyズウォティ8.59円で5ドル1425円 -
昭和49年8月3日
ブリストルホテルの支払い 116.5zlotyズウォティ8.59円で1000.7円 -
昭和49年8月3日
ブリストルホテルの宿泊カード
部屋 230号室 1泊 332zlotyで2852円 -
昭和49年8月4日
ブリストルホテルで10ドル両替 1zlotyズウォティ8.59円で10ドル2850円 -
昭和49年8月5日
ワルシャワからクラコフ行列車切符
10zlotyで86円
次に続く -
昭和49年8月2日〜8月3日
モスクワからワルシャワまでの移動距離1,308.8キロ、
横浜港からワルシャワまでの移動距離10,692.8キロ
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この旅行記へのコメント (5)
-
- アニさん 2019/03/25 17:05:53
- モスクワ~ワルシャワ大変でしたね
- モスクワからポーランド(ワルシャワ)のコースだったのですね。それにしてもモスクワ滞在が出来ずその後の列車やスパイ?事件等大変な体験でしたね。
私の時のモスパックは日本語と英語が堪能なロシア人のガイド付きでしたので、余りトラブルもなくイルクーツク1泊とモスクワ2泊(市内観光付き)しました。
-
- あまいみかんさん 2016/06/14 06:40:15
- 007ばりですね!!
- ノスタルジア様、
ランダムに、ショパン号の編を読ませて頂きました。
荷物を載せている列車が消える!! そんな!??@@
やっと、ポーランドに着いたと思いきや、尾行の男達!!
ミステリーの読み過ぎ!!
精神の疲れ??
いえいえ、
その後、世界では、いろいろ拉致の事件も起こりましたから
そう言うことも発生したやも知れません。
よくぞ、機転を利かせて、うまく、巻きましたね。
大好きな、ショーン・コネリーや
ショパンの調べの登場も嬉しい旅行記ですね。
ジョルジュ・サンドとショパンと言えば、パリのロマンチック美術館を
尋ねた日の嬉しさを今でも覚えています。
サンドつながりで、クリニュー美術館を訪ねたことも。
文学作品は何一つ読んだ事すらない私・・・ですが。
私など、ヨーロッパ旅行は、1973年と書きましたが、1972年だったかなあ〜
って言う位。
記録も記憶もほとんどありませ〜ん。
私の子供時代からの文房具まで、逐一残していた母でしたので、
その頃の、ノートもあるかなあ〜っと、田舎の家を捜してみましたが、
どうやら度々の私の、引っ越しの際に、失っているようでした。
ノスタルジア様は、非常に、保存、記録に優れておられますね!!!
また、ゆっくりと、楽しみに次の旅行記を読ませて頂きますね。
大変に、読み物として、興味深いです。
ポーランドは、昔も今も、建物も街並も美しいので、是非行って
観たい国ですね!!
有難うございました。
- ノスタルジアさん からの返信 2016/06/14 08:42:51
- RE: 007ばりですね!!
- おはようございます。書き込み有難うございました。
若い時に出来るだけ旅をして思い出を作って、年老いた時に旅していた頃を思い出す、その為に写真、資料を残していました。写真、資料が無ければ誰も信じないのでは、と思っています。
> ノスタルジア様、
>
> ランダムに、ショパン号の編を読ませて頂きました。
> 荷物を載せている列車が消える!! そんな!??@@
> やっと、ポーランドに着いたと思いきや、尾行の男達!!
> ミステリーの読み過ぎ!!
> 精神の疲れ??
> いえいえ、
> その後、世界では、いろいろ拉致の事件も起こりましたから
> そう言うことも発生したやも知れません。
> よくぞ、機転を利かせて、うまく、巻きましたね。
> 大好きな、ショーン・コネリーや
> ショパンの調べの登場も嬉しい旅行記ですね。
> ジョルジュ・サンドとショパンと言えば、パリのロマンチック美術館を
> 尋ねた日の嬉しさを今でも覚えています。
> サンドつながりで、クリニュー美術館を訪ねたことも。
> 文学作品は何一つ読んだ事すらない私・・・ですが。
> 私など、ヨーロッパ旅行は、1973年と書きましたが、1972年だったかなあ〜
> って言う位。
> 記録も記憶もほとんどありませ〜ん。
> 私の子供時代からの文房具まで、逐一残していた母でしたので、
> その頃の、ノートもあるかなあ〜っと、田舎の家を捜してみましたが、
> どうやら度々の私の、引っ越しの際に、失っているようでした。
> ノスタルジア様は、非常に、保存、記録に優れておられますね!!!
>
> また、ゆっくりと、楽しみに次の旅行記を読ませて頂きますね。
> 大変に、読み物として、興味深いです。
> ポーランドは、昔も今も、建物も街並も美しいので、是非行って
> 観たい国ですね!!
>
> 有難うございました。
-
- duc teruさん 2015/12/15 22:12:16
- ご訪問ご投票ありがとうございました
- 遅れ馳せながら、お礼に参上いたしました、仰天の冒険旅行、今では考えられない状況ですね、切迫のコメントで特異な体験をさせていただきました。
さて、この度は、愚老のなんということもない平々凡々の愚作にお付き合いいただき有難うございました、とても励みになって今回も何とか帰国にまでこぎつけました。
近頃テロや難民のニュースに触れるたび日本人として生まれ日本に住んでいることの幸せをつくずく感じております。
それでも旅は人生、次の旅は2026/01/10発2016/02/12帰国 やっぱり出かけます、かえって来れたらまた UP しますのでお付き合いいただければ幸甚です。
又お邪魔します。
ducteru
- ノスタルジアさん からの返信 2015/12/15 22:28:03
- RE: ご訪問ご投票ありがとうございました
- ducteru様、書き込み有難うございました。
>
> それでも旅は人生、次の旅は2016/01/10発2016/02/12帰国 やっぱり出かけます、かえって来れたらまた UP しますのでお付き合いいただければ幸甚です。
楽しみにしています。お気をつけて行ってらっしゃいませ。
ノスタルジア
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