1974/07/30 - 1974/08/02
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ノスタルジアさん
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今から41年前の昭和49年7月23日から3月7日までの225日間かけて
ナホトカ航路、シベリア鉄道を往復してヨーロッパ、モロッコを船、列車、バス、ヒッチハイクで旅しました。
高所恐怖症なので飛行機には現在まで一度も乗った事がありません。
乗り物による移動距離は60,806.8キロ、地球1.52周でした。
観光白書によると昭和49年の日本人の海外旅行者数が200万人、
平成24年度は1849万人、40年ほどで10倍近くなりました。
そんな当時の旅行の資料と写真を少しづつアップして行きます。
今回は、11日間かけてシベリア鉄道 ナホトカ~モスクワ間、7,926キロの
完結編の予定であったが、モスクワでとんでもない事が待ち受けていたのである。
その前に当時のソ連旅行事情について説明します。
他の国には無い手続き、バウチャーなるものがあって、とにかくややこしくしているのです。
ソ連に入国するには、まず旅行の日程を作り、日本の旅行代理店
(私の場合は日ソツーリストビューロー)を通じてソ連国営旅行社インツーリストに提出する。
ホテル、鉄道、船の予約OKとなったら、ソ連での食事代を含めた交通費、ホテル、観光の全額料金を日本の代理店経由でインツーリストに払い込んだ後、ようやくソ連の査証が下りる。
この手続きには相当の日数が掛かり、出発日の半年前に手付金を払い、申請手続きが終わり全額を払ったのは出発日1週間前の7月16日であった。
その時、受け取ったのが旅行計画が書かれているバウチャーである。
そして横浜で乗船してインツーリストの係員にバウチャーを渡すと
乗船券、食事クーポン券と次の日程ナホトカからソ連出国まで書かれた
新しいバウチャーが渡される。
次にナホトカに着くとハバロフスクまでの列車切符とハバロフスクからソ連出国まで書かれたまた新しいバウチャーが渡される。
後は、この様な事をイルクーツク、モスクワまで繰り返し行って行く。
手書きのバウチャーの発行を繰り返して行けば今回の様なトラブルが起きるのは当然だと思いました。
それにしても自分で書いていても、このバウチャー実に解かりにくい。
要するに1万円札を100円硬貨に崩すのに、一度では出来ず、五千円札、千円札、五百円硬貨にしていかないと駄目なのである。
バウチャーには宿泊するホテル名が書かれていない、当日着いてから出迎えのタクシーでホテルに着いてから初めて判るのである。
また、もし、あなたが列車でモスクワに着いてホームに降りると、見知らぬロシア人が「〇〇さんですね。お迎えに来ました。タクシーをご用意しています。」と流ちょうな日本語で話しかけられます。
これはサービスが良いと喜んではいられない、タクシー代もこちらで払い込み済みなのである。
こちらの氏名も把握していて、送迎するのもサービスではなく体のいい監視なのである。
だから他の諸国のようにぶらりと国に着いてから、気の向くまま、自由に行く先を決めるという事は当時のソ連では絶対無理だったのである。
- 旅行の満足度
- 1.0
- 観光
- 1.0
- 交通
- 1.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
旅行記の周辺地図
-
昭和49年7月30日
ドンさん家族とホテルアンガラに面しているキーロフ広場で -
昭和49年7月30日
ドンさん家族とホテルアンガラに面しているキーロフ広場で -
昭和49年7月30日
ホテルアンガラに面しているキーロフ広場で -
昭和49年7月30日
イルクーツク駅前で
かなり暑かったのでアイスクリームを買った。15Kで59円。
当時、ソ連のアイスクリームは美味しいというので評判だった。
湿度が低い暑さなので喉を潤すには一番だった。 -
昭和49年7月30日
イルクーツク駅前で
午後1時47分、モスクワ行ロシア号は定刻通り出発した。
イルクーツク市内は公園しか行く時間が無かった。
車内は暑くて早くも汗で黒くなってしまった。 -
昭和49年7月30日
イルクーツク〜モスクワ硬席切符(7月30日から8月2日)7月25日発行
料金19.6ルーブルで7605円 -
昭和49年7月30日
ナホトカ〜ハバロフスク〜イルクーツク〜モスクワ列車切符
(7月25日から8月2日)7月25日発行
料金46.7ルーブルで18120円 -
昭和49年7月30日
車窓風景がだんだんヨーロッパになって来た。 -
昭和49年7月30日
ZIMA駅で
ロシア風建築のしゃれた駅だった。 -
昭和49年7月30日
ZIMA駅併設の野菜店
列車の食事は不味くて飽きてきた。肉は硬い、野菜は貧弱で量も少ない、
黒パンは酸味が多く、水と一緒に食べないと喉を通らない、
一番不味い国かもしれない。
その上、おつりは無いのか、お菓子とか吸わない煙草がおつり代わり
なのである。
それでもロシアン人は素朴で親切で、
毎日誰かが酒、食べ物とか持って遊びに来る。
大抵は酒に酔っている。
会話は大体ワンパターンで、大体質問の意味は解かる。
「ドコカラキタ?」「日本」
「オー、ニホンカ!」「ニホンハ、ドコカ?」
面倒くさいので誰でも知っている
「東京だ」
「オー、トウキョー、スバラシイ!、イッテミタイ!」
「ナニヲ シテイル? ガクセイカ?」
この質問の答えが今後の関係に影響するので
「プロレタリアートだ。」
この一言が一番受けるのである。
間違っても「ブルジョワジー」と言ってはならないのである。
「オナジドウシデハナイカ!カンパイ!」とか言って
酒を勧めてくる。
毎日こんなやり取りで列車はモスクワに向かっていた。 -
昭和49年7月31日
ノボシビルスク駅
16時過ぎ、ロシア号はノボシビルスク駅に着いた。
スモウを取ったイギリスから来たクラーク夫妻、
バイカル湖でパンツが脱げたドナルド、
カナダから来たドンさん家族さんらがここで降りた。
外国人で残ったのは同室の日本人Dさん、西独女性、英人の3人と私だけに
なってしまい寂しくなった。 -
昭和49年7月31日
ノボシビルスク駅
8月1日、とにかく、毎日、日中の車内が暑い。
着替えのシャツも全て汗で汚れしまって、
特に髪の毛が気持ち悪いのである。
明日はモスクワ、早くホテルでシャワーを浴びて
ベッドでゆっくり寝たい。
そんな一心だった。 -
昭和49年8月2日
日ソツーリストビューローのバウチャーのコピー
18時過ぎに、列車はモスクワに着き、迎えのタクシーで宿泊する
メトロポールホテルにようやく着いた。
ところがホテル内の国営旅行社のインツーリストに私だけ連れて行かれ
そこで若い女性係員から「これからあなたは19時45分発のワルシャワ行きショパン号に乗る予定になっている、硬席(2等車)が取れなかったので、軟席(1等車)
の切符代を払ってください。」と澄ました顔で言い出した。
ゆっくりとした日本語なのに一瞬、何の事か理解が出来なかった。
「馬鹿な!何を言っているのだ!バウチャーにはちゃんとこの様にモスクワ1泊に
なっているじゃないか!」
と事の重大性に気づいて、大きな声を上げて激しく抗議した。
ところが日ソツーリストビューローで貰ったモスクワ1泊と書かれたバウチャーを見せても「そんなのは知らない、こちらのバウチャーにはモスクワ1泊は書かれていない。」の一点張り。
確かにロシア語のみで書かれたバウチャーには8月2日モスクワ着、8月2日モスクワ発になっているではないか。
どちらが間違ったか、今更、詮索をしても意味がないので
「日本の代理店に連絡して確認して欲しい。何とか今晩、モスクワに1泊させて欲しい。」と懇願したら、係員は「私は日本語解かりません。英語で喋ってください。」と英語で言い出す始末。
仕方なく知っている、あらん限りの英語を脳から絞り出して必死に訴えたが、
次の返って来た一言についにぶち切れてしまった。
日本語で「あなたの英語は解かりません。フランス語かロシア語で喋ってください。」 -
昭和49年8月2日
インツーリストのバウチャー
やり返す言葉は日本語で「バカヤロー、日本人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」と椅子から立ち上がって大きな声で怒鳴ったのである。
そしたら所長らしき太った大柄な女性が奥から出て来て
「出て行け!」と入口のドアを指差して叫んだ。
こっちも負けていられないので「この女の上司はお前か!だったら俺の話しを聴け!」と言った時、背後から
「どうしたのですか?」と日本語で声を掛けられた。
日本語の大きな声がしたのでホテルのロビーから飛んで来たと言われ、
事情を話すと少しは落ち着いた。
「それはお気の毒ですね。でもソ連という国は絶対にミスを認めない国で、
バウチャーに書かれた通りの事を事務的にやるだけの国です。」
と仕事で滞在しているという日本人が言った。
そして「どうにもならない状況なので、ここは、インツーリストの言う通りワルシャワに行くしかないと思います。」
と続けた。
しばらく考えた後、アドバイスを受け入れて椅子に戻った。 -
昭和49年8月2日
画像読める方教えてください。
問題は、帰国後旅行代理店に抗議するには、証明する書類が必要だった。
このまま、ワルシャワに行ってしまえば何の証拠も無い。
こんな話し、話しだけでは誰も信用しないだろう。
読んでいる皆さんも信用しないでしょう。
目の前には開いたファイルの上にロシア語で書かれた
インツ―リストのバウチャーがある。
これを何とか手に入れなければ。
幸いにも今、係員は背を向けて何か書類を探している、
チャンスは今だ、と思い、素早くバウチャーを抜き取り、ファイルを閉じて、ズボンの ポケットにしまったのである。
係員は席に戻ったが気付かなかったようだ。
そして係員に「仕方ない、ワルシャワに行く事にした。」と言ったが相変わらずの澄ました顔で、ワルシャワ行の切符を見せながら
「2等は取れなかったので、1等の差額料金を払ってほしい。」
自分とこの都合なのに、とまた激しい怒りを持ったが、所詮何を言っても無駄、と諦めて黙っていた。
係員は話しながらファイルを背後の棚に片付け始めた。
そして「切符代の手持ちのルーブルが無い。」と言うと送迎担当の男女の係員を呼んで、一緒にすぐに近くの銀行へ行くようにと言った。
ワルシャワ行ショパン号が19時45分発、後、15分しか無いからと銀行まで急かされた。 -
昭和49年8月2日
モスクワからワルシャワの列車切符 総計33.36ルーブルで12,943円
事務所で差額を支払った後、入口で列車で同室だったDさんに会い
「夕食を食べに行こう」と誘われたが、
「俺は今からワルシャワに行かなければならない。」
「どうして?」と驚いてすぐに心配顔になったが、事情説明する間もない。
「モスクワを追い出されたんだ、元気で!」が精一杯だった。
彼とはその後一度も会っていない。
男女の係員とタクシーに乗って駅に向かった。
駅に着くと別の係員が待っていて「遅い、急いで、列車を待たせている。早く乗って」とホームから荷物と身体を放り込まれるように列車に乗せられた。
乗ってすぐに列車ショパン号は動いた、時計を見ると20時8分だった。
出発前の日本では栗原小巻主演の映画「モスクワわが愛」が評判だったので
自分も期待していたのに。
モスクワから離れる車窓から夕焼けに染まったオレンジ色の空を見ると
涙が溢れそうになった。
この時からショパンの「雨だれ」を聴くたびに
この日のモスクワの夕焼けを思い出すようになった。
それにしてもソ連という国は一人の只の観光客をスケジュール通りに動かす為に
列車まで遅らせる、この国は一体何なんだ!と強く思ったのである。
同室はロシア人の優しい老人であった。いろいろ話しかけてくれたが上の空だった。
食堂車に行っても空腹なのにほとんど食べられず味気ないものだった。
この先の事を考えると全く眠れなかった。
次に続く。
これからまだまだ試練が続くのである。 -
昭和49年8月2日
ミンスクからテレスポル 1等料金21.43ルーブルで8314円 -
昭和49年8月2日
テレスポルからワルシャワ 11.93ルーブルで4629円 -
ナホトカ航路、シベリア鉄道で一緒だった
アメリカ人バーバラさんと従妹のオリーブさんからの手紙 -
ナホトカ航路、シベリア鉄道で一緒だった
アメリカ人バーバラさんと従妹のオリーブさんからの手紙 -
昭和49年7月30日〜8月2日
イルクーツクからモスクワまでの移動距離5,161.6キロ、
横浜港からモスクワまでの移動距離9,384.0キロ
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この旅行記へのコメント (4)
-
- ももであさん 2016/03/21 07:34:22
- いつも心に寅さんを
- 理不尽で葛藤だらけの荒野に、どうして青年は
出かけたくなっちゃうのでしょうかねぇ。
トランペットの音色が聞こえてくるようでした。
ペンション ノスタルジアに行ってみたくなります。
- ノスタルジアさん からの返信 2016/03/21 08:31:53
- RE: いつも心に寅さんを
- 書き込み有難うございました。これからも宜しくおねがいします。
-
- gyachung kangさん 2014/12/07 10:12:19
- おはようございます
- 拝読させていただきました。
私は以前からアイスクリームは実はロシアが一番美味しいのでは?と思っておりましたが、初めて同様のくだりがあり、嬉しくなりました。
私は今でもアイスクリームならロシア押し、です。
- ノスタルジアさん からの返信 2014/12/14 18:04:25
- RE: おはようございます
- こんにちは、投稿有難うございました。
返信遅れまして申し訳ありませんでした。
旅行記作成に没頭していて気がつきませんでした。
シベリアの空気が乾燥しているせいか、特に美味しいと思いました。
あの時よりも美味しいアイスクリームは食べていません。
> 拝読させていただきました。
> 私は以前からアイスクリームは実はロシアが一番美味しいのでは?と思っておりましたが、初めて同様のくだりがあり、嬉しくなりました。
> 私は今でもアイスクリームならロシア押し、です。
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