2014/01/02 - 2014/01/09
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ちゃおさん
ツアーバスはボスポラス海峡の橋を渡り、ヨーロッパサイド、イスタンブール旧市街に入って来た。バスは旧市街地を走り抜け、バスの車内からの市内観光となる。イスタンブールは古い町で、紀元前7世紀のギリシャ時代には既に町が形成あれていて、当時はビザンチウムと呼ばれていたが、ローマ時代になって、コンスタンティヌス皇帝の名前を取って、コンスタンチノーブルと呼ばれるようになり、再びまた東ローマ帝国の首都になって、元の名前のビザンチンと改称された。
東ローマ帝国が15世紀になってオスマントルコに滅ぼされた後も、猶、オスマンの首都ビザンチンとして存在していたが、今世紀になり、トルコ建国の父「アタチュルク」の革命により、オスマンからトルコ共和国に政体が変わり、その際、首都をこの地からアンカラに移し、市名も現在のイスタンブールと変更させられた。人口約1400万人の大都市で、現在も尚中近東最大の都市である。日本語ではイスタンブールと最後を長く伸ばすが、トルコ語、英語では「イスタンブル」と、延ばさずに、短く言う。
そうした2000年の歴史を持つ国都であったから、市内にはあちこちに歴史建造物を見ることができる。日本と違って、殆どすべてが石造りだから、その威容は何百年にも渡って守られている。ガイドさんの案内で、この建物は何という名前で、どんな用途だったとか、色々と説明されるが、いちいちは覚えきれず、殆ど聞き流しだ。そうしてバスは市内を一巡し、この町で一番賑やかなガラタ橋の近くに駐車し、バスから降りて市内を少し散歩することとなった。
金角湾に架かる「ガラタ橋」。交通頻繁ではあるが、橋の上の欄干から身を乗り出し、釣竿を垂れている人が多い。趣味でやっているのか、今晩のおかずの足しに魚を釣ろうとしているのか、数十人の人が真昼の陽光の下、釣りをしていた。橋の手前は、数多くのフェリー乗り場になっていて、ボスポラスを渡ってアジアに向かうフェリーとか、黒海或いはエーゲ海に出航するフェリーボートで賑わっていた。この情景を見る限り、トルコ経済が下火とは到底思えないものだった。このフェリー乗り場の直ぐ近く、歩いて行ける距離にイスタンブール中央駅があり、今もなお運行されているかどうかは知らないが、ここからオリエントエキスプレスの豪華寝台列車がパリに向け出発していた。一度は乗ってみたい列車だった。
- 旅行の満足度
- 5.0
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