2014/09/26 - 2014/10/31
4位(同エリア10件中)
スタリモストさん
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リヨンからバスを乗り継ぎオートリーヴへ。「シュヴァルの理想宮」は、郵便配達夫フェルディナン・シュヴァルが、たった1人で、33年の歳月をかけて造り上げたモニュメントです。壮大にしてきわめて独創的なその姿に圧倒されました。
■旅程
【9/26関空フライト→27.28ローマ→29オルヴィエート、30チヴィタ・ディ・ヴァニョレージョ→10/1.2.3フィレンツェ、4サン・ジミニャーノ→5.6ベネツィア→7.8.9バルセロナ、10モンセラット→11フィゲラス→12.13カルカソンヌ→14.15.16アルル→17.18.19.20.21.22サント・マリー・ド・ラ・メール(18.19秋の巡礼祭にあわせて滞在)→23リヨン、24オートリーヴ「シュヴァルの理想宮」、25.26リヨン→27.28.29ミラノ→30.31帰国】
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□29日目(10/24)
リヨン滞在2日目の日に「シュヴァルの理想宮」を訪れました。
「シュヴァルの理想宮」は、リヨンから南に100km離れた「オートリーヴHauterives」村にあります。
リヨンから「サンヴァリエSaint-vallier」まで行き、そこからバスでオートリーヴに入ります。
私たちは、・・リヨン10:10(Valence行き76809便バス)→11:55 サンヴァリエ13:35(26番バス)→14:10 オートリーヴ17:15 →17:55 サンヴァリエ18:28(電車)→ 19:15リヨン・・という流れで行くことにしました。 -
前日に、リヨン駅の窓口で切符は購入しておきました。「サンヴァリエに行きたい」旨を伝えると、窓口の男性がモニターに向かい検索してくれました。何通りか行き方が画面に示され、上記のスケジュールを選択したのです。
最も重要なのは、サンヴァリエとオートリーヴを結ぶバスのタイムテーブルなので、次のサイトを前もって調べておきました。
http://buscars26.busctav.com/03.pdf#search='Saintvallier+Hauterives+car'
この路線の運行は曜日や季節によって変わりますから要注意です。
うしろには切符を求める長い列が出来ていたにもかかわらず、窓口の男性は、丁寧に英語で応対してくれて、年齢がわかるとパスポートチェックもしないでシニア割引(60歳以上2割引)もしてくれました。
※公共交通を利用する場合は、前日までに切符を購入することをお勧めします。窓口は慢性的に混んでいます。往復買っておくといいと思います。行きはバス、帰りは電車になりました。 -
アルルの駅で調べてもらった時のモニター画面です。これをもとに、当初はサント・マリー・ドラ・メールから、オートリーヴに(南から北に)向かう計画を立てていました。
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バス停はリヨン・パール・デュー駅の東口(正面入口の反対側)を出たところにあります。ターミナルらしい建物もありませんし、たくさんバスが停まっている風でもないので不安でしたが、目当てのバスが定刻に来ました。
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便名と行き先(VALENCE)を確認して乗ります。運転者から切符を買うことは出来ません。
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切符にはサンヴァリエの着時間11:55が印字されていますので、安心して乗っていることができました。少し遅れて12時過ぎに到着しました。リヨンからの乗客の何人かは理想宮に行かれるのではないかと思っていたのですが、下車したのは私たち2人だけでした。
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バス停は鉄道駅の前に位置していました。
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「Hauterives」が表示された道路標識。
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オートリーヴへのバスの発車時刻には1時間半ほどありますので、バス停からほど遠くない所の「ドネルケバブ屋」でランチにしました。
地元の人や常連のトラックの運転手などで繁盛していました。男性が1人で店を回していたのでとても忙しそう。会計は先に済ませたのですが、その際10ユーロのお釣りを返さず調理の作業に取りかかるので催促しました。もちろん戻してくれたのですが、その時の彼の申し訳なさそうな顔と言ったら・・何度も何度も謝ります。オーダーしたケバブサンドが出来上がった時にも、再び「ごめんなさい。」と。忙しさの中でのことで意図的でないことは了解できましたので、「問題ないよ。」と・・。そう言えば、1ヶ月にわたるこの旅行で、トラブルにあったことは一度もありませんでした。
パリパリに焼かれた肉が香ばしく、ケバブはとても美味しかった。しかしすごいボリュームで1個を到底完食できません。あのことでパンに詰める量を多めにしてくれたのかな・・。半分ずつ食べて、もう1つをそのまま持ち帰ることにしました。彼は丁寧に念入りにパッキングして、ニッコリ笑って持たせてくれました。 -
定刻13:35発のバスは、5分ほど遅れて来ました。
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オートリーブまで私たち2人だけ・・貸し切り状態です。運行を曜日や季節により間引く事情がわかります。日本と同じで田舎の町の移動の足は自家用車が主流なのでしょうね。
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運転手は女性・・帰りのバス(←とってもヤキモキさせられました)も彼女でした。
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町の案内板です。お墓の位置もこれでわかります。
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いよいよ「シュヴァルの理想宮」に入ります。
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郵便配達夫シュヴァルが、1879年から33年の歳月をかけ、石コロを一つ一つ積み上げ、セメントをこねて築いていきました。
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どこにもない唯一無二の姿に圧倒されます。
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洗練とは程遠い、グロテスクな造形は、強いオーラを放ちます。
「私はこの岩山を創ることで、意志とは何か証明したかった。」とシュヴァル。
・・・高いこころざしを持ち、継続してやりきれば、すごいことが出来るんだ。・・・とつくづく思います。 -
子供たちの手には、紙が握られています。紙には、理想宮に刻まれた動物たちが印刷されていて、それを見つけ出していく訳です。シュヴァルによって造形された動物たちは、何かには似ていますが、どこか違う。まさにここで創造され、ここにしか生息しないシュヴァルワールドの動物たちです。
親の力を借りてさがす子、友達どうしでさがす子たちが、理想宮を食い入るように見つめていきます。こうしたことはシュヴァルにとって想定外のことでしょうが、どんな讃辞、賞賛よりも彼は喜んだに違いないとも思えます。
そして、子どもたちのピュアな感性はこの理想宮を直感的に深く理解するような気もします。・・・生き物としての理想宮、理想宮はシュバルその人、子どもたちを自分の体に導いて遊ばせている。・・・そんな幻影にもとらわれます。 -
近くの幼稚園児たちも、手をつないで上階に。私の居住する市の公園にタコが足を伸ばしたような滑り台がありますが、そんな愛すべき遊具のように、理想宮は子供たちを招き入れます。
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「ナイーヴアート」「アウトサイダーアート」の象徴、典型とも言われています。たしかに美術史の王道からは外れた作品でしょうが、人間の持つ可能性や創造性をかくも雄弁に物語る作品があるでしょうか。
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絵はがきや新聞掲載の写真など、様々なものから着想し、制作していきました。
インド、東南アジア、中東、スイス、アメリカと、様々な国と時代と様式が渾然一体となっています・・・。 -
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1879年4月 43歳
「石に足下をすくわれ、転びそうになる。どんな石か見たくなった。それは、ゆっくり眺めたくなるほど奇妙な形のつまずきの石だった。その石をポケットに入れた。翌日、同じ場所を通り過ぎると、もっと美しい石を幾つも見つけた。私は、『自然が石を彫るなら、
私は石を積み上げる建築家』と自分に言い聞かせた。」夢の工事開始
※中央・・躓きの石 -
1983年から1993年まで大がかりな修復工事がなされていますので、構造的には堅牢だとは思われます。しかし、かくも自由に人が往来すると・・全体としてゆがみが出て来たり、いたみが進行しないか心配されます。場合によっては「上階進入禁止」となりはしないか・・
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※理想宮横の記念館の展示
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教会を通り過ぎ
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標識を頼りに
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田舎道を歩き
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墓地に到着しました。
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1914年から7年の歳月をかけて作った彼の・・
「静寂と永眠の墓」
感動を与えてくれたシュヴァルに感謝を気持ちもこめて、手を合わせておきました。 -
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郵便局前の胸像・・ちょっと融通の利かない堅物のような印象を受けます。目の表現のためでしょうか。・・
日本語版パンフレットの表紙に書かれた彼の言葉・・・
『私は農民の息子として生き抜きたい。
農民階層の中にも活力溢れる天才が
存在することを証明するために。
29年の間、農村地帯の郵便配達夫として
私は務めた。
仕事が私の唯一の誇り、名誉が私の唯一の幸福。
私の不思議な物語が完結する。
40年後、夢が実現し、現実となる。』
1905年3月15日 フェルディナン・シュヴァル -
『灼熱と酷暑に挑み
天からの侮蔑にさえ対峙した
時には自然に抗(あらが)い
そして、私は森羅万象のエレメントに勝利した
いつの時も、私は知っていた
粘り強く働き、勇気に満ちる時
人は全てを成し遂げることを
未来を握りしめて、子供はこの世にやってくる
それを知ってさえいるなら、その子は思いを掴(つか)みとる。』
フェルディナン・シュヴァル
※「夢の実現するところ」(2012年ギャルリー宮脇刊より) -
フェルディナン・シュヴァル略歴
1836年4月19日誕生
1867年郵便配達夫に
1869年オートリーヴに赴任。担当地域テルサンヌ、徒歩毎日32km。
「夢をみること以外に、不変の景色の中を絶えず歩きながら何が出来ると言うのだろう。気を紛らわせるために、私は幻想的な宮殿を夢見た・・・・」
1879年4月 43歳 夢の工事開始
1896年郵便局退職
1904年西側完成、シュヴァル、「理想宮」と命名
1912年「理想宮」完成
1914年~1922年 「静寂と永眠の墓」を作る。
1924年8月19日 永眠 享年88歳
1964年文化大臣アンドレ・マルローにより文化財登録。
※理想宮パンフレットより
※写真はバス停近くの花屋さん・・ -
帰りのバスの時刻が近づいてきました。しかし17:15を10分まわってもバスはやってきません。バス停に掲示してあった時刻表は17:15を明記しています。バスの始発はすぐ近くであることを承知していましたので、これは異変です。バス停近くの家の前に人を見つけたので、困窮を伝え、バスが運休しているものかどうか尋ねしました。そして、タクシーの手配を依頼しようかなと思いかけた矢先、有り難いことにバスが来ました。相談に乗ってもらった方の「良かったネ」の笑顔に見送られながら乗車しようとステップに足をかけましたら・・「これは違う」と・・。運転手からストップがかかりました。高校生のために配車されたバスで、いわばスクールバスなのです。近くで待っていた高校生は乗り込んで行きます。
運転手に事情を説明すると、ここに来る予定のバス運転手に携帯で連絡をとってくれました。そしてやっと5分後・・つまり定刻を遅れること20分後にバスが到着しました。運転手は行きのバスと同じ女性でした。「ごめんなさい。トラブルがあって遅れた」と・・・。それにしても20分遅れはきつかったです。乗客は来た時と同じで私たち2人だけ。(厳密にはもう1人若い女性が乗っていましたが、運転手とは知り合いのようで運賃も払わずいつの間にか途中で下車しました。) -
遅れた分を取り戻そうとしたのか、バスはガンガンに飛ばします。リヨン行きの電車は18:28発だったので、やきもきしましたが、定刻17:55着を10分だけオーバーし、サンヴァリエ駅前に到着し、電車には間に合いました。
バスは運行してるものの、地元の人はほとんど利用しない路線なので、運転手も少し気を緩ませたのかもわかりません。
終わりよければ全てよし・・としましょう。
やはり公共交通機関利用の際は、サンヴァリエとオートリーヴを結ぶバスの運行が最重要ポイントですね。
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この旅行記へのコメント (6)
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- ももであさん 2014/12/05 21:50:06
- 理想宮
- スタリモストさん、こんばんは
もう10年以上前に行ったことがあります。
サグラダ・ファミリアが如何に壮大でも、ガウディは完成形を
見ることなく、携わった職人ですら見られない人が多い…
一人の人間が創った作品としては、人類史上最高の完成形かも
知れませんね。
ももであ
- スタリモストさん からの返信 2014/12/06 14:40:31
- RE: 理想宮
- ももであさん 初めまして
書き込みありがとうございます。
サグラダ・ファミリアは未完成であり、ガゥディは完成したその姿を見ることがかないませんでした。
しかし、死して種が蒔かれ、優秀な建築家と職人が世界中から集り、彼の意志を継いで制作が続いているのですから、彼のような幸せな人もいないのではないか・・と思えたりします。
今回の旅で、槌音響くサグラダ・ファミリアの前に立ち、今も尚、成長続ける命の胎動のようなものを感じました。制作中だからこそ、人々を惹きつけているようにも思えます。
サグラダ・ファミリアは気持ちを同じくする人たちの共同作業で制作が続けられているからでしょうか、そこにいますと、時代の意志や総和が漂い、集う人たちを連帯に誘うように思います。
かたや、「理想宮」は一人の男の手によって作られました。「理想宮」を前にしますと、縄文時代の火炎土器のような凛とした熱情や孤高の美を強く感じました。それと同時に、見る者に、「今の生き方でいいのか、充足した日々を送っているか」と問いかけてくるようです。
「一人の人間が創った作品」は、イギリス領ガーンジ島にあるアントイン氏のリトル・チャペルやマドリード郊外のフスト氏の大聖堂など、世界のあちこちに散らばっています。理想宮が「人類史上最高の完成形」かどうかの判断はしかねますが、「一人の人間が創った作品」というのは、共通して異彩を放ち、孤高の美を強く感じさせます。
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- dankeさん 2014/11/30 23:38:41
- シュヴァルの理想宮
- スタリモストさん こんばんは。
シュヴァルの理想宮のことを今回初めて知りました。圧巻!根性と忍耐の塊のような方が一人でこのようなものを創作されたのですか。スタイルは全く違いますがシャルトルにあるピカシェットの家も一人の男性が作られたものでなんとなく思い出しました。どちらも行ったことがありませんが規模はこちらの方が大きいように写真では見えました。フランスはまどろっこしいことも多いようですが、芸術文化を守ろうとする面ではさすがですね。帰路のバス、ドキドキしましたけれど、スタリモストさんの断捨離のきいたようなサッパリ感の語り口のゆえ読者も落ち着いていられます。終わりよければ全てよし。公共交通機関を使用する上での教訓ですね…。
- スタリモストさん からの返信 2014/12/01 10:16:10
- RE: シュヴァルの理想宮
- dankeさん
再三の書き込みありがとうごさいます。
「ピカシェットの家」・・モザイクがとっても美しいですね。シャルトルに行くことがあれば立ち寄ってみたいです。理想宮と違いアクセスも問題ないようですし(^_^)v。
ピカシェットの家の素材は用済みの陶器やガラスのようですが、シュヴァルの方は、路傍の石や貝殻です。そうした点では両方とも、とてもエコですよね。エコキャンペーンや町興しイベントで作られたペットボトルのシンデレラ城は、時がくれば処分されますが、両者は生き続け輝いています。・・ちょっと話題が逸れました・・。
ピカシェットの家もそうだと思うのですが、理想宮の良さは手作りのあたたかさを満載している所です。外壁は、コテでなく手で撫でて仕上げたところが多いですし、セメントや石膏をこねて、手ですくい垂らした所も随所にあります。彼の息づかいを強く感じらる造形でした。
バスの件ですが、インドの旅行の際には30分の遅れなどは全く問題にしませんでしたが、先進国のフランスにあってこんなことがあるのだろうか・・と思い込んだのが焦りの原因でした。「フランスも交通事情は当てにならない・・」と今度から思うことにします。
でも1分遅れで、お詫び放送が入る日本の電車もどうかと思うのですが・・。
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- 迷子さん 2014/11/30 11:31:16
- ただただ圧倒されますね!
- 初めまして、お邪魔しますm(__)m。
シュバルの理想宮!
凄く不便な所でアクセス方法も含め
事前の下調べも手間が掛かっただろうと・・・
旅行記でお書きになったコメントの1つ1つも貴重な情報ですね。
実際に自力で行かれた方の体験談は本当にありがたいです。
1人の男の情熱?執念?
何れにしろ、郵便業務が終わった後に毎日
コツコツと作業されて完成に至ったと言うだけでも
圧倒されてしまいますね。
最初は奇行?だったものが今では立派なフランスの文化財。
世界中から訪れる者を魅了する男の手仕事なんですね。
ここへは行きたいと憧れながら・・・(叶いそうにありません)
旅行記で拝見出来て大変嬉しいです。
- スタリモストさん からの返信 2014/11/30 14:52:38
- RE: ただただ圧倒されますね!
- 迷子さん
こんにちは
書き込みありがとうごさいます。
リヨンからサンヴァリエまで電車かバスで移動しましたら、あとは、サンヴァリエでタクシーを雇えば、問題なくオートリーヴに行くことは出来ます。又、国際免許証があれば、リヨンからレンタカーで行くという方法もあるでしょう。ここを組み込んだツアーもあるかもしれません。
この旅行では一切タクシーを使わず移動してきましたから、そのノリで今回も公共交通機関を利用しました。又、移動そのものも展開が見えない分、ワクワクして楽しいものです。
「シュバルの理想宮」はフランスに行くことを決めた時、最優先した目的地でした。
1人の郵便配達夫が、いわば趣味で築いたモニュメントですが、実際にその場に立って眺めると、「これは人間がなしえた一つの偉業だ」と感じました。
そして人間の想像力と創造力の一つの到達点のようにも感じました。
子供たちが楽しそうに、上にあがったり、回廊に入ったりするのを見ていますと、理想宮という生き物が、子どもたちを自分の体に招き入れて遊ばせているような気さえします。
そうした強い生命力を放ち続ける建造物でした。
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