2014/11/05 - 2014/11/05
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はくさんちどりさん
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空腹状態で歩くこと15分、トイレにも行きたくなり、そろそろと思っていたら、紙屋町シャレオというショッピングビルが見え、右に原爆ドームも頭を出しています。
やれやれ、ようやく一息つけると思い、地下街でまずは食べるところを探します。しばらくそばを食べていなかったので、『羽前そば道場 極』で、ニシンソバをいただきました。コシのあるそばでした。
腹ごしらえと用を足してから、原爆ドームへ!これまでテレビや写真では何度も見ていますが、直接目の前にすると、やはり恐怖と畏敬の念を抑えきれません。
西欧の科学文明は、人類に便利さだけでなく、一瞬で破滅に至るほどの恐ろしい兵器をもたらし、地球上では今も争いが絶えません。
人類が、いざとなったら自らの手で飼いならすことのできない原子力、福島の人たちのためにも、放射能汚染から解放される日が来ることを、原爆ドームの前で祈りました。
そして、若い世代が二度と戦争に巻き込まれる時代が来ないように・・・と。
その後、元安橋を渡って平和記念公園を巡りました。付近には小学校から高校生まで、多くの修学旅行生が来ていましたが、どうか平和の貴さを学んでくれるよう、祈らずにはいられませんでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
-
辿り着いた紙屋町シャレオの交差点から、原爆ドームが頭だけ見えました。
が、空腹で直行する元気はありません。 -
シャレオ地下街に入り、目についたお蕎麦屋さん。
しばらく食べていなかったし、冠名の羽前(現在の山形県)そば道場というのも気に入りました。
ここでまずは腹ごしらえすることに! -
メニューのお代は、円でなく、縁の表示。
これからもご縁があるように、ということでしょうか。 -
ニシンソバをいただきます。
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シャレオ地下ショッピング街。
いろいろなお店がテナントとして入っていましたが、平日のせいか、それとも時間的なもののせいか、空いていました。 -
相生通側に、金属製の案内マップがありました。
原爆ドーム、平和記念公園全体をカバーしています。 -
原爆ドームの北側にある、犠牲者の慰霊のための石碑。
そしてその背後にドーム。 -
慰霊碑の前で帽子を脱ぎ、手を合わせて黙とうします。
昭和20年8月6日午前8時15分、一瞬のうちに行われたものとしては、世界史上恐らく最大の殺戮行為の場に変わってしまったのでした! -
老いも若きも、平和への願いを胸に、訪れています。
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世界遺産登録の石造の標。
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原爆ドームの周囲を反時計回りに廻ってみることにしました。
これは、北東側からになるでしょうか、一部に残る赤レンガが、今でも生々しい傷跡を残しているように見えます。 -
元安川に近い北側から見ています。
陽光がやけに眩しく感じます。 -
近づいて細部を見ると、破壊の凄まじさがより伝わってきて、恐ろしさを感じます。
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元安川沿いの道路北西側から望んだ原爆ドーム。
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ドームセンターの拡大。
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西側から見上げました。
澄みわたった青空と灰色のドームに、表現する言葉が思いつきません。 -
近くから原爆ドームの内部を窺い見ることができました。
地面にコンクリート片やレンガ片が散乱しているせいなのか、草も少ないような気がします。 -
さらに巡って、南西側に来ました。
方向が変わると、被爆した様子も違って見えます。 -
ほぼ南側からの原爆ドームの全景です。
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建物主要部の拡大写真です。
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さらに少し廻って、爆心地に向かう途中、振り返って原爆ドームの全体を眺めました。
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爆心地とされている島外科内科の現在の建物。
T字型の相生橋が当初の投下目標だったようですが、風でずれて、この上空約580mが爆心とされています。
ビルの前に爆心地のモニュメントがあるようですが、病院に申し訳ないようで、近づけませんでした。 -
原爆ドームの近くには、広島出身の小説家・詩人・俳人、原民喜の詩碑があります。
後進の遠藤周作をして、原爆を描いた小説中最高傑作と絶賛せしめた『夏の花』の著者です。 -
(財)広島県動員学徒等犠牲者の会が建立した『動員学徒慰霊塔』。
原爆ドームの南側にあります。 -
戦没学徒の出身校一覧。
その範囲は、沖縄や東北地方はおろか、遠く大陸にまで及んでいます。 -
元安橋の上から、元安川と相生橋方面を眺めたものです。
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橋の上から見た原爆ドーム。
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元安橋を渡り終え、西詰まで来ました。
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原爆の子の像。
周囲に、修学旅行生が大勢いて、ガイドが説明していました。 -
平和記念公園の核心部となる平和記念資料館方面の全景です。
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平和の灯。
風に揺らいでいました。 -
平和の灯、平和の池、原爆死没者慰霊碑、平和記念資料館を斜めから見ています。
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緑の街路樹を背景に、平和の灯の橙色の炎が確認できます。
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拡大すると、よりはっきりします。
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平和記念像。
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平和記念像の下にある草野心平の詩碑。
草野姓の方の多くは、福島県出身のことが多く、その例にもれなく同氏もそうです。
原爆ドームの近くにあった詩碑の作者、原民喜が、草野心平主宰の『歴程』に参加していた縁でしょうか?
思い出したくありませんが、福島が原発事故で被災したことと因縁めいたものを感じてしまいます。 -
原爆死没者慰霊碑の前まで来ました。
多くの献花が捧げられています。 -
イチオシ
「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と、刻まれています。
アーチの中から見ると、平和の池、平和の灯、原爆ドームが、一直線に通っています。
これを見ると、核廃絶を願う厳粛な気持ちになります。 -
原爆死没者慰霊碑の前に、先生に引率された小学生の一団がやってきて、その前で合唱していました。
よく唱和し、とてもきれいな声でしたので、入念に練習してきたことがわかりました。 -
平和の池の東側です。
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平和の灯と原爆の子の像が、重なって見えました。
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祈りの像の前で。
班を組んだ修学旅行中の小学生たちが、テキストを持ち、チェックしながら回リ歩いていました。 -
相生通側にあったのと同じモチーフの案内マップ。
現在地だけちがいます。 -
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館のエレベータ口。
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その通常の入口。
時計を見て、見学を断念! -
元安橋の南、元安川に近いところに、平和記念公園付近の被爆前と復興後とを比較して紹介するパネル写真があります。
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隣りには、大正屋呉服店(後、燃料会館)の被爆前後の写真も。
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元安川の河畔です。
元安橋の向こうに原爆ドームが見えます。 -
世界遺産航路の宮島行きの船は、まだ乗船場に来ていないようですが、出航時刻が近くなってきたので、待合所へ向かうことにしました。
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元安橋東詰のオープンカフェ。
平日でも、修学旅行生や世界各国からの旅行客など、人出が多いため、賑わっています。
原爆投下の被災から、人類が永遠に希求する『平和』を掲げて復興・繁栄に至っている広島、東日本大震災からの復興を進める東北太平洋側三県でも、災禍を風化させず、学ぶべき多くのことがあると感じました。
その思いを胸に・・・
初日その5 〜 世界遺産航路で宮島へ 〜
に続く
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