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瀬田川大綱引き大会に始まったこのエリアの旅行記ですが、訪れた近江国一之宮建部大社の末社のひとつ「檜山神社(ひのきやまじんじゃ)本殿」は平成七年に「境内御旅山に移築された」とありました。ナビで調べても位置情報がでなかったため、現地調査の意味を込めて行ってみることにしました。<br /><br />4回目の建部大社から始まります。境内を歩き回るうちに「境内御旅山」が北方向のような気がしていました。しかしこの建部大社ですが、「おや?」って感じで境内から抜ける道があります。地図上ではさっと行けそうですが、この周辺は迷うと本当に「ここはどこ?私は誰?」状態になるため、あえて正攻法の「参道を抜ける」ルートをとります。参道を歩き「一の鳥居」を潜ると「辻末製菓舗」がある神領交差点に着きます。これを右手にとって歩いてしばらく行くと左手に「ドラッグユタカ瀬田店」があります。その反対側に今回の目的地、近江国一之宮建部大社末社檜山神社があります。平成七年に移築されたということは19年前なのでかなり新しいものです。元々この辺りは高さがなく、檜山神社本殿のある場所まではすぐにたどり着くことができます。<br /><br />建部大社を出て10分位で目的地の檜山神社に到着します。確かに敷地内と言われればそのような気もします。神門と石碑をカメラに収めて参道を登ります。とはいえすぐに着いてしまいます。この神社そのものが平成七年に移設されたものなのですべてが新しいものに見えてしまいます。<br /><br />※檜山神社遥拝所(檜山神社旧本殿)←&quot;建部大社境内にあるもの&quot;<br />この神社は境内御旅山に鎮座し、御祭神 伊邪那美命いざなみのみこと)、大山祇命(おおやまつみのみこと)、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)、武内宿祢大臣(たけしうちのすくねのおおおみ)、住吉大神(すみのえのおおかみ)を祀り元熊野神社、山神社(七ヶ所)、鞭指神社の御祭神を合祀して桧山神社と改称された。平成七年四月本殿改築に伴い江戸時代建立の本殿を解体修理をしてこの地に移築し遥拝所として保存することになった。(碑文より)<br /><br />新しくする意味があったのかはわかりませんが、ちょっと趣が…っていうのは感じました。ただ建部大社本殿が結構&quot;ひらけた&quot;感じがするのに対しこの&quot;檜山神社&quot;はちょっとうっそうとして&quot;神社&quot;っぽい感じはしました。ぐるっと参拝して15分位、せっかく近江国一之宮建部大社へ参拝されたならちょっと足を伸ばして&quot;檜山神社&quot;へもって思って頂けたらいいかな…って思います。<br /><br />では帰ることにします。建部大社末社檜山神社あたりから「夕照の道」に抜けられる道もありますが、なんせ道が細かく迷うことが多いため、正攻法のバス通りを戻ります。近江バスが通っていますが本数がありません。ちなみに最寄りのバス停は「瀬田南小学校前」になります。バスは結構遅れますのでご注意下さい。<br /><br />行きに来た道を戻って行くと、「辻末製菓舗」のある「神領交差点」があるのでそこを右にとって行きます。そうすると「唐橋東詰交差点」があるのでそれを直進し、瀬田の唐橋を渡ります。渡り切った場所が「唐橋西詰交差点」になりますが、京阪電車を利用される場合はそのまま直進すると、踏切があります。そこが「唐橋前駅」になります。JRやバスを利用される方は、「唐橋西詰交差点」を右手に曲がって行きます。瀬田川沿いに歩くと「国道1号線」のガード下をくぐったところ左手に古ぼけたスーパー「平和堂石山店」の駐車場がありますのでその次のT字交差点を左に曲がります。そのまま直進すると「石山駅前バスターミナル」があります。だいたい歩き慣れた方だと25分位で行けると思います。<br /><br />最後に建部大社末社檜山神社への行き方をご紹介致します。<br />①JR琵琶湖線石山駅利用<br /><br />(徒歩)25分程度<br /><br />(レンタサイクル)10分程度…1日310円<br />http://www.ekiren.com/EKIRIN/index.html<br /><br />(京阪電車)京阪石山駅~唐橋前駅(3分170円)~徒歩15分程度<br />http://www.keihan.co.jp/traffic/station/stationinfo/602.html<br /><br />(バス)近江バス…石山駅~瀬田南小学校前バス停(10分・210円)<br />http://time.khobho.co.jp/ohmi_bus/pol_dsp.asp?KaiKbn=NOW&amp;teiCd=1130<br /><br />②名神瀬田西インター<br />出口を左折し、次の神領交差点(複合交差点につき注意)を右折してすぐのY字路を左手方向に進むとすぐ。<br /><br />②名神瀬田東インター<br />一般道出口へと進み(左手方向)、次の交差点を右折、道なりにまっすぐ行くと建部大社の「一の鳥居」が右手に見えます。その先の交差点が「神領交差点」で右折するとすぐあります。<br /><br />近江国一之宮建部大社(おうみのくにいちのみやたけべたいしゃ)<br />〒520-2132 滋賀県大津市神領1-16-1<br />(TEL)077-545-0038<br />http://takebetaisha.jp/<br /><br />この&quot;あみんちゅ淡海を歩く旅その四の③~建部大社末社檜山神社・帰り道編~の旅行記ですが、&quot;あみんちゅ淡海を歩く旅その四の①~建部大社アプローチ編~&quot;と&quot;あみんちゅ淡海を歩く旅その四の②~建部大社境内編~&quot;の三部作として書いております。<br /><br />あみんちゅ淡海を歩く旅その四の①~建部大社アプローチ編~<br />http://4travel.jp/travelogue/10953441<br /><br />あみんちゅ淡海を歩く旅その四の②~建部大社境内編~<br />http://4travel.jp/travelogue/10956552<br /><br />またこの建部大社旅行記を書くにあたり、横浜臨海公園さんが書かれた「近江國一之宮 建部大社参拝記」を参考にさせて頂きましたのでご紹介致します。<br />http://4travel.jp/travelogue/10727400<br /><br />これであみんちゅ淡海を歩く旅その四の③~建部大社末社檜山神社・帰り道編~を終わります。<br /><br /><br />

《2014.Nobember》あみんちゅぶらり淡海を歩く旅そのIV石山後編~近江国一之宮建部大社末社檜山神社と帰り道~

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2014/11/15 - 2014/11/22

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たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

瀬田川大綱引き大会に始まったこのエリアの旅行記ですが、訪れた近江国一之宮建部大社の末社のひとつ「檜山神社(ひのきやまじんじゃ)本殿」は平成七年に「境内御旅山に移築された」とありました。ナビで調べても位置情報がでなかったため、現地調査の意味を込めて行ってみることにしました。

4回目の建部大社から始まります。境内を歩き回るうちに「境内御旅山」が北方向のような気がしていました。しかしこの建部大社ですが、「おや?」って感じで境内から抜ける道があります。地図上ではさっと行けそうですが、この周辺は迷うと本当に「ここはどこ?私は誰?」状態になるため、あえて正攻法の「参道を抜ける」ルートをとります。参道を歩き「一の鳥居」を潜ると「辻末製菓舗」がある神領交差点に着きます。これを右手にとって歩いてしばらく行くと左手に「ドラッグユタカ瀬田店」があります。その反対側に今回の目的地、近江国一之宮建部大社末社檜山神社があります。平成七年に移築されたということは19年前なのでかなり新しいものです。元々この辺りは高さがなく、檜山神社本殿のある場所まではすぐにたどり着くことができます。

建部大社を出て10分位で目的地の檜山神社に到着します。確かに敷地内と言われればそのような気もします。神門と石碑をカメラに収めて参道を登ります。とはいえすぐに着いてしまいます。この神社そのものが平成七年に移設されたものなのですべてが新しいものに見えてしまいます。

※檜山神社遥拝所(檜山神社旧本殿)←"建部大社境内にあるもの"
この神社は境内御旅山に鎮座し、御祭神 伊邪那美命いざなみのみこと)、大山祇命(おおやまつみのみこと)、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)、武内宿祢大臣(たけしうちのすくねのおおおみ)、住吉大神(すみのえのおおかみ)を祀り元熊野神社、山神社(七ヶ所)、鞭指神社の御祭神を合祀して桧山神社と改称された。平成七年四月本殿改築に伴い江戸時代建立の本殿を解体修理をしてこの地に移築し遥拝所として保存することになった。(碑文より)

新しくする意味があったのかはわかりませんが、ちょっと趣が…っていうのは感じました。ただ建部大社本殿が結構"ひらけた"感じがするのに対しこの"檜山神社"はちょっとうっそうとして"神社"っぽい感じはしました。ぐるっと参拝して15分位、せっかく近江国一之宮建部大社へ参拝されたならちょっと足を伸ばして"檜山神社"へもって思って頂けたらいいかな…って思います。

では帰ることにします。建部大社末社檜山神社あたりから「夕照の道」に抜けられる道もありますが、なんせ道が細かく迷うことが多いため、正攻法のバス通りを戻ります。近江バスが通っていますが本数がありません。ちなみに最寄りのバス停は「瀬田南小学校前」になります。バスは結構遅れますのでご注意下さい。

行きに来た道を戻って行くと、「辻末製菓舗」のある「神領交差点」があるのでそこを右にとって行きます。そうすると「唐橋東詰交差点」があるのでそれを直進し、瀬田の唐橋を渡ります。渡り切った場所が「唐橋西詰交差点」になりますが、京阪電車を利用される場合はそのまま直進すると、踏切があります。そこが「唐橋前駅」になります。JRやバスを利用される方は、「唐橋西詰交差点」を右手に曲がって行きます。瀬田川沿いに歩くと「国道1号線」のガード下をくぐったところ左手に古ぼけたスーパー「平和堂石山店」の駐車場がありますのでその次のT字交差点を左に曲がります。そのまま直進すると「石山駅前バスターミナル」があります。だいたい歩き慣れた方だと25分位で行けると思います。

最後に建部大社末社檜山神社への行き方をご紹介致します。
①JR琵琶湖線石山駅利用

(徒歩)25分程度

(レンタサイクル)10分程度…1日310円
http://www.ekiren.com/EKIRIN/index.html

(京阪電車)京阪石山駅~唐橋前駅(3分170円)~徒歩15分程度
http://www.keihan.co.jp/traffic/station/stationinfo/602.html

(バス)近江バス…石山駅~瀬田南小学校前バス停(10分・210円)
http://time.khobho.co.jp/ohmi_bus/pol_dsp.asp?KaiKbn=NOW&teiCd=1130

②名神瀬田西インター
出口を左折し、次の神領交差点(複合交差点につき注意)を右折してすぐのY字路を左手方向に進むとすぐ。

②名神瀬田東インター
一般道出口へと進み(左手方向)、次の交差点を右折、道なりにまっすぐ行くと建部大社の「一の鳥居」が右手に見えます。その先の交差点が「神領交差点」で右折するとすぐあります。

近江国一之宮建部大社(おうみのくにいちのみやたけべたいしゃ)
〒520-2132 滋賀県大津市神領1-16-1
(TEL)077-545-0038
http://takebetaisha.jp/

この"あみんちゅ淡海を歩く旅その四の③~建部大社末社檜山神社・帰り道編~の旅行記ですが、"あみんちゅ淡海を歩く旅その四の①~建部大社アプローチ編~"と"あみんちゅ淡海を歩く旅その四の②~建部大社境内編~"の三部作として書いております。

あみんちゅ淡海を歩く旅その四の①~建部大社アプローチ編~
http://4travel.jp/travelogue/10953441

あみんちゅ淡海を歩く旅その四の②~建部大社境内編~
http://4travel.jp/travelogue/10956552

またこの建部大社旅行記を書くにあたり、横浜臨海公園さんが書かれた「近江國一之宮 建部大社参拝記」を参考にさせて頂きましたのでご紹介致します。
http://4travel.jp/travelogue/10727400

これであみんちゅ淡海を歩く旅その四の③~建部大社末社檜山神社・帰り道編~を終わります。


旅行の満足度
5.0
観光
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
高速・路線バス 自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 今回の旅は、4回目の建部大社からはじめます。<br /><br />建部大社末社檜山神社には駐車場はありません。なので建部大社の駐車場まで送ってもらい歩いて行きます。

    今回の旅は、4回目の建部大社からはじめます。

    建部大社末社檜山神社には駐車場はありません。なので建部大社の駐車場まで送ってもらい歩いて行きます。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社より、末社檜山神社への道筋。<br /><br />しかしこの道はちょっとわかりづらいかも。多分参道を戻って最初の交差点である神領交差点を右折して、左手に「ドラッグユタカ瀬田店」を見つけたら右側にあるという方がいいかと思います。

    近江国一之宮建部大社より、末社檜山神社への道筋。

    しかしこの道はちょっとわかりづらいかも。多分参道を戻って最初の交差点である神領交差点を右折して、左手に「ドラッグユタカ瀬田店」を見つけたら右側にあるという方がいいかと思います。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 結婚式・初宮詣・七五三・交通安全・厄除け・旅行・還暦・喜寿祈祷<br />「日本神話に残る英雄!!」<br />御祭神「日本武尊」<br /><br />建部大社の由緒<br /> 社伝によると、景行天皇四十六年に御妃布多遅比売姫(ふたじひめのみこと)が神崎郡建部の郷(御名代の地)に日本武尊の神霊を祀られたのがはじまりとされ、その後、天武天皇白鳳四年に、近江国の中心であった瀬田の地へと遷し祀られました。<br /> 古来、「唐橋(日本三大古橋の一つ)を制する者は天下を制す」といわれてきたように、瀬田川を挟んでの戦が数多く、当社も幾度となく戦火に見舞われていますが、その度に再建され現在にいたっています。<br /> 後祭神日本武尊は九州の熊襲(くまそ)族・東国の蝦夷(えみし)を平定され、日本の基を作られた英雄です。武勇必勝の神・厄除け開運の神として篤い崇敬を集めています。<br /><br />御神徳<br />日本武尊  開運・出世・必勝・厄除・災難除<br />大己貴命  縁結び・商売繁盛・家内安全・病気治癒・醸造<br />

    結婚式・初宮詣・七五三・交通安全・厄除け・旅行・還暦・喜寿祈祷
    「日本神話に残る英雄!!」
    御祭神「日本武尊」

    建部大社の由緒
     社伝によると、景行天皇四十六年に御妃布多遅比売姫(ふたじひめのみこと)が神崎郡建部の郷(御名代の地)に日本武尊の神霊を祀られたのがはじまりとされ、その後、天武天皇白鳳四年に、近江国の中心であった瀬田の地へと遷し祀られました。
     古来、「唐橋(日本三大古橋の一つ)を制する者は天下を制す」といわれてきたように、瀬田川を挟んでの戦が数多く、当社も幾度となく戦火に見舞われていますが、その度に再建され現在にいたっています。
     後祭神日本武尊は九州の熊襲(くまそ)族・東国の蝦夷(えみし)を平定され、日本の基を作られた英雄です。武勇必勝の神・厄除け開運の神として篤い崇敬を集めています。

    御神徳
    日本武尊  開運・出世・必勝・厄除・災難除
    大己貴命  縁結び・商売繁盛・家内安全・病気治癒・醸造

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社の境内マップ。

    近江国一之宮建部大社の境内マップ。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 建部大社 年表<br /><br />景行天皇の第二皇子で名は小碓(おうす)と申し上げる。<br />景行27年(97)  小碓皇子九州熊襲を平定。これより日本武尊と名乗る。<br />景行40年(110) 東征の途次駿河国にて草薙の剣(天叢雲剣)で難を逃れる。<br />景行42年(112) 日本武尊能褒野にて薨去。<br />景行46年(116) 御妃布多遅比売命が神埼郡建部郷千草獄に社殿を創建し                   日本武尊を祭られたのが当社のはじまりである。(上記は                 建部大社小史による)<br />白鳳 4年(675) 近江の守護神として瀬田大野山に遷し祀る。<br />天平勝宝7年(755)大己貴命を権殿に祀る。近江国一之宮を宣る。<br />永歴元年 (1160)源頼朝平治の乱に敗れ、伊豆に流される途次当社に参籠。<br />                 源氏再興を祈願する。<br />寿永  2年(1183)木曽義仲軍が平知盛軍と当社の森にて野戦を行う。<br />建久元年(1190) 源頼朝右大将として上洛の折神恩に感謝し、幾多の神宝を                 奉納。<br />承久3年(1221)北条時房軍により焼き払われる(承久の乱)。<br />貞応2年(1223)現在の地に奉遷され、一夜にして社頭に3株の杉が生える。                依来三本杉を神紋とした。<br />貞応2年(1223)北条頼経により社殿再建。<br />建武3年(1336)建武の戦い。足利直義当社を中心に十万騎が駐屯。<br />正平5年(1350)足利直義当社軍と佐々木軍との戦により社殿ことごとく焼失。<br />応永6年(1399) 将軍足利義持社殿を再建。<br />応永14年(1407)足利義満前途を祈願に参拝。<br />応仁元年(1467)山名軍の兵火により社殿炎上(応仁の乱)<br />文久元年(1861)社殿全てご造営になる。現在の本殿。<br />明治元年(1860)明治天皇奉貨幣使差遣。<br />明治13年(1880)久迩宮朝彦親王ご参拝。<br />明治32年(1899)官幣大社昇格。<br />大正4年(1915)秩父・高松宮ご参拝。<br />大正7年(1918)昭和天皇参拝。<br />昭和56年(1981)現天皇陛下参拝。

    建部大社 年表

    景行天皇の第二皇子で名は小碓(おうす)と申し上げる。
    景行27年(97)  小碓皇子九州熊襲を平定。これより日本武尊と名乗る。
    景行40年(110) 東征の途次駿河国にて草薙の剣(天叢雲剣)で難を逃れる。
    景行42年(112) 日本武尊能褒野にて薨去。
    景行46年(116) 御妃布多遅比売命が神埼郡建部郷千草獄に社殿を創建し 日本武尊を祭られたのが当社のはじまりである。(上記は 建部大社小史による)
    白鳳 4年(675) 近江の守護神として瀬田大野山に遷し祀る。
    天平勝宝7年(755)大己貴命を権殿に祀る。近江国一之宮を宣る。
    永歴元年 (1160)源頼朝平治の乱に敗れ、伊豆に流される途次当社に参籠。
    源氏再興を祈願する。
    寿永 2年(1183)木曽義仲軍が平知盛軍と当社の森にて野戦を行う。
    建久元年(1190) 源頼朝右大将として上洛の折神恩に感謝し、幾多の神宝を 奉納。
    承久3年(1221)北条時房軍により焼き払われる(承久の乱)。
    貞応2年(1223)現在の地に奉遷され、一夜にして社頭に3株の杉が生える。 依来三本杉を神紋とした。
    貞応2年(1223)北条頼経により社殿再建。
    建武3年(1336)建武の戦い。足利直義当社を中心に十万騎が駐屯。
    正平5年(1350)足利直義当社軍と佐々木軍との戦により社殿ことごとく焼失。
    応永6年(1399) 将軍足利義持社殿を再建。
    応永14年(1407)足利義満前途を祈願に参拝。
    応仁元年(1467)山名軍の兵火により社殿炎上(応仁の乱)
    文久元年(1861)社殿全てご造営になる。現在の本殿。
    明治元年(1860)明治天皇奉貨幣使差遣。
    明治13年(1880)久迩宮朝彦親王ご参拝。
    明治32年(1899)官幣大社昇格。
    大正4年(1915)秩父・高松宮ご参拝。
    大正7年(1918)昭和天皇参拝。
    昭和56年(1981)現天皇陛下参拝。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 建部大社の参道を出ました。

    建部大社の参道を出ました。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社を参拝した後にJR石山駅まで帰るときに利用するのは、帝産湖南交通「建部大社」、近江バス「神領建部大社」の各バス停になります。<br /><br />どちらも本数はそれほど多くはありませんので、健康のために「歩く」ことをお勧めします。でも歩き疲れた方はご利用下さい。所要時間は5〜10分程で、運賃は210円です。

    近江国一之宮建部大社を参拝した後にJR石山駅まで帰るときに利用するのは、帝産湖南交通「建部大社」、近江バス「神領建部大社」の各バス停になります。

    どちらも本数はそれほど多くはありませんので、健康のために「歩く」ことをお勧めします。でも歩き疲れた方はご利用下さい。所要時間は5〜10分程で、運賃は210円です。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 帝産湖南交通「建部大社バス停」の石山駅行きバス時刻表。

    帝産湖南交通「建部大社バス停」の石山駅行きバス時刻表。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江バス「神領建部大社バス停」の石山駅行きバス時刻表。

    近江バス「神領建部大社バス停」の石山駅行きバス時刻表。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 「官幣大社建部大社」の碑の裏面。大正二年(1913年)三月建立となっています。

    「官幣大社建部大社」の碑の裏面。大正二年(1913年)三月建立となっています。

    建部大社 寺・神社・教会

  • たにし飴で有名な「辻末製菓舗」。<br /><br />この付近の大きな交差点が「神領交差点」になりますので、建部大社末社檜山神社へは右折して行きます。

    たにし飴で有名な「辻末製菓舗」。

    この付近の大きな交差点が「神領交差点」になりますので、建部大社末社檜山神社へは右折して行きます。

    辻末製菓舗 グルメ・レストラン

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社の神門と石柱。<br /><br />建部大社末社檜山神社に到着しました。建部大社の「一の鳥居」を出てから10分程度で行くことができます。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社の神門と石柱。

    建部大社末社檜山神社に到着しました。建部大社の「一の鳥居」を出てから10分程度で行くことができます。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社の石柱。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社の石柱。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社の神門。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社の神門。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社の神門。<br /><br />平成七年(1995年)一月八日建立とありました。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社の神門。

    平成七年(1995年)一月八日建立とありました。

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  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />参道を登って行くと途中で二手に分かれます。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    参道を登って行くと途中で二手に分かれます。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />参道を右手方向へと進むと石段があります。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    参道を右手方向へと進むと石段があります。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />石段を登り切ったところに本殿がありました。<br /><br />檜山(ひのきやま)神社【五柱】<br />伊邪那美命(いざなみのみこと)<br />大山祇命(おおやまつみのみこと)<br />息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)<br />武内宿禰大臣(たけしうちのすくねのおおおみ)<br />住吉大神(すみのえのおおかみ)

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    石段を登り切ったところに本殿がありました。

    檜山(ひのきやま)神社【五柱】
    伊邪那美命(いざなみのみこと)
    大山祇命(おおやまつみのみこと)
    息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)
    武内宿禰大臣(たけしうちのすくねのおおおみ)
    住吉大神(すみのえのおおかみ)

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />本殿を正面から撮るとどうもバランスが取れません…。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    本殿を正面から撮るとどうもバランスが取れません…。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />本殿を右方向から撮ってみました。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    本殿を右方向から撮ってみました。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />鳥居下より正面から撮ってみました。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    鳥居下より正面から撮ってみました。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />本殿前の鳥居は平成二十年(2008年)五月十五日建立とありました。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    本殿前の鳥居は平成二十年(2008年)五月十五日建立とありました。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />本殿前の狛犬様は平成十八年(2006年)七月吉日建立とありました。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    本殿前の狛犬様は平成十八年(2006年)七月吉日建立とありました。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 【資料用】<br /><br />檜山神社遥拝所(檜山神社旧本殿)。

    【資料用】

    檜山神社遥拝所(檜山神社旧本殿)。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 【資料用】<br /><br />檜山神社遥拝所(檜山神社旧本殿)。

    【資料用】

    檜山神社遥拝所(檜山神社旧本殿)。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />いくつかあったのですがなんでしょう…これは?

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    いくつかあったのですがなんでしょう…これは?

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />参拝を済ませ、本来の参道を下りて行きます。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    参拝を済ませ、本来の参道を下りて行きます。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />参道を下りてくると先程の分岐点に着きます。もう神門が見えています。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    参道を下りてくると先程の分岐点に着きます。もう神門が見えています。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />上から下りてくる道が本来の参道のようです。ちなみにここを左手に行くと移設された「横尾山1号墳」がありますので寄ってみます。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    上から下りてくる道が本来の参道のようです。ちなみにここを左手に行くと移設された「横尾山1号墳」がありますので寄ってみます。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />横尾山1号墳。<br />横尾山古墳群は、大津市瀬田橋本町の瀬田川東岸の丘陵上に存在した30基以上からなる古墳群でしたが、京滋バイパス建設に伴い、調査後消滅し、現在は最大の1号墳だけが、神領一丁目の檜山神社境内に移築保存されています。<br />一辺11mの方墳で、南に開口する横穴式石室は3.7m×1.2m×0.95mの無袖式で古墳時代末期らしい整美な造りですが、見た感じ横口式石槨のような気もします。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    横尾山1号墳。
    横尾山古墳群は、大津市瀬田橋本町の瀬田川東岸の丘陵上に存在した30基以上からなる古墳群でしたが、京滋バイパス建設に伴い、調査後消滅し、現在は最大の1号墳だけが、神領一丁目の檜山神社境内に移築保存されています。
    一辺11mの方墳で、南に開口する横穴式石室は3.7m×1.2m×0.95mの無袖式で古墳時代末期らしい整美な造りですが、見た感じ横口式石槨のような気もします。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />神門まで下りてきました。所要15分位です。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    神門まで下りてきました。所要15分位です。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。<br /><br />念のためナビで位置確認してみました。

    近江国一之宮建部大社、末社檜山神社にて。

    念のためナビで位置確認してみました。

    建部大社 寺・神社・教会

  • 瀬田唐橋東側の商店街に石碑がありました。<br /><br />「瀬田の唐橋」と「建部の社」と書いてありますが、こちらは土地所有者の「大橋屋」さんがお作りになられたもののようです。

    瀬田唐橋東側の商店街に石碑がありました。

    「瀬田の唐橋」と「建部の社」と書いてありますが、こちらは土地所有者の「大橋屋」さんがお作りになられたもののようです。

    瀬田の唐橋 名所・史跡

  • 瀬田商店街の通りにある「行先表示板」。<br /><br />右手の草津方面はわかりますが、左手の京滋バイパスはどうでしょう…。瀬田唐橋を渡ってすぐ左折をして、石山寺山門前を通って行けば、石山インターへと行けますからそちらの方が順路のように思います。

    瀬田商店街の通りにある「行先表示板」。

    右手の草津方面はわかりますが、左手の京滋バイパスはどうでしょう…。瀬田唐橋を渡ってすぐ左折をして、石山寺山門前を通って行けば、石山インターへと行けますからそちらの方が順路のように思います。

    瀬田の唐橋 名所・史跡

  • 唐橋東詰交差点付近から瀬田唐橋を望む風景になります。

    唐橋東詰交差点付近から瀬田唐橋を望む風景になります。

    瀬田の唐橋 名所・史跡

  • 「唐橋東詰交差点」より瀬田川上流方向を望む風景になります。

    「唐橋東詰交差点」より瀬田川上流方向を望む風景になります。

    瀬田の唐橋 名所・史跡

  • 松風の 帆にはとどかず 夕霞 茶酔<br /><br />山崎茶酔の歌碑のようですが…、詳細不明です。

    松風の 帆にはとどかず 夕霞 茶酔

    山崎茶酔の歌碑のようですが…、詳細不明です。

    瀬田の唐橋 名所・史跡

  • 俵藤太秀郷「ムカデ退治」の図。<br /><br />こちらは「老翁」が描かれています。

    俵藤太秀郷「ムカデ退治」の図。

    こちらは「老翁」が描かれています。

    瀬田の唐橋 名所・史跡

  • 瀬田橋を制するものは 天下を制する<br /><br />【古代の瀬田橋】<br />六七二年  壬申の乱<br />      近江朝廷軍(大友皇子)、大海人皇子軍に瀬田橋の戦いに敗れる<br />七六四年  藤原仲麻呂の乱<br />      仲麻呂軍が近江国府に入るのを防ぐため、孝謙上皇軍が瀬田橋を焼く<br />      一九八八年 唐橋下流八〇米の川底から壬申の乱にまで<br />      遡ると思われる橋脚台(基礎)を発見<br />九四〇年頃 俵藤太伝説(雲住寺伝承の「俵藤太略縁起」より)藤原秀郷による百      足退治<br /><br />【中世の瀬田橋】<br />一一八四年 源範頼・義経軍、瀬田・宇治にて木曾義仲と戦う<br />      木曾義仲、今井兼平戦死<br />一二二一年 承久の乱<br />      後鳥羽上皇が鎌倉幕府と戦う<br />一五八二年 本能寺の変<br />      瀬田城主山岡景隆が瀬田橋を焼き、明智光秀の安土城進撃を一時阻止      する<br /><br />瀬田の唐橋唐金擬宝珠 水に映るは膳所の城<br /><br /><br />今も昔も要所である瀬田唐橋は、幾多の戦で焼かれ、再建架橋を繰り返してきました。

    瀬田橋を制するものは 天下を制する

    【古代の瀬田橋】
    六七二年  壬申の乱
          近江朝廷軍(大友皇子)、大海人皇子軍に瀬田橋の戦いに敗れる
    七六四年  藤原仲麻呂の乱
          仲麻呂軍が近江国府に入るのを防ぐため、孝謙上皇軍が瀬田橋を焼く
          一九八八年 唐橋下流八〇米の川底から壬申の乱にまで
          遡ると思われる橋脚台(基礎)を発見
    九四〇年頃 俵藤太伝説(雲住寺伝承の「俵藤太略縁起」より)藤原秀郷による百      足退治

    【中世の瀬田橋】
    一一八四年 源範頼・義経軍、瀬田・宇治にて木曾義仲と戦う
          木曾義仲、今井兼平戦死
    一二二一年 承久の乱
          後鳥羽上皇が鎌倉幕府と戦う
    一五八二年 本能寺の変
          瀬田城主山岡景隆が瀬田橋を焼き、明智光秀の安土城進撃を一時阻止      する

    瀬田の唐橋唐金擬宝珠 水に映るは膳所の城


    今も昔も要所である瀬田唐橋は、幾多の戦で焼かれ、再建架橋を繰り返してきました。

    瀬田の唐橋 名所・史跡

  • 瀬田唐橋の大橋、南方向の欄干。

    瀬田唐橋の大橋、南方向の欄干。

    瀬田の唐橋 名所・史跡

  • 瀬田唐橋の大橋の欄干、北方向のもの。

    瀬田唐橋の大橋の欄干、北方向のもの。

    瀬田の唐橋 名所・史跡

  • 瀬田唐橋より瀬田川上流(琵琶湖方面)を眺める。

    瀬田唐橋より瀬田川上流(琵琶湖方面)を眺める。

    石山寺 寺・神社・教会

  • 瀬田唐橋の小橋上にある「行先表示板」。<br /><br />地元民はこの表示が分かりません。

    瀬田唐橋の小橋上にある「行先表示板」。

    地元民はこの表示が分かりません。

  • 瀬田唐橋を渡って「唐橋西詰」交差点までやってきました。

    瀬田唐橋を渡って「唐橋西詰」交差点までやってきました。

    瀬田の唐橋 名所・史跡

  • 瀬田唐橋からJR石山駅に行く途中に立ち寄ります、平和堂石山店。

    瀬田唐橋からJR石山駅に行く途中に立ち寄ります、平和堂石山店。

    平和堂石山 スーパー・コンビニ・量販店

  • 旅の終点は、いつも通りJR琵琶湖線石山駅。

    旅の終点は、いつも通りJR琵琶湖線石山駅。

    石山駅

  • アミンチュ=あみんちゅ=淡海人とは・・・、<br /><br />地元テレビ、BBCびわ湖放送の番組タイトルで、淡海(おうみ)の国に住む人のことです。古事記の時代、琵琶湖とその周りの地域は「淡海」と呼ばれていました。あわあわとしたうみのそばでのんびり暮らしていて、やさしくて、どこかかわいらしい、そんな滋賀県のひとをイメージしたことばです(番組HPより抜粋)。<br /><br />ちなみに私は一応出身は京都です♪<br /><br />今回からサブタイトルとして用いたきっかけは、ももであさんから頂いたこの情報をきっかけにしております。<br />http://4travel.jp/travelogue/10717156<br />http://4travel.jp/travelogue/10663257

    アミンチュ=あみんちゅ=淡海人とは・・・、

    地元テレビ、BBCびわ湖放送の番組タイトルで、淡海(おうみ)の国に住む人のことです。古事記の時代、琵琶湖とその周りの地域は「淡海」と呼ばれていました。あわあわとしたうみのそばでのんびり暮らしていて、やさしくて、どこかかわいらしい、そんな滋賀県のひとをイメージしたことばです(番組HPより抜粋)。

    ちなみに私は一応出身は京都です♪

    今回からサブタイトルとして用いたきっかけは、ももであさんから頂いたこの情報をきっかけにしております。
    http://4travel.jp/travelogue/10717156
    http://4travel.jp/travelogue/10663257

    平和堂石山 スーパー・コンビニ・量販店

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