京都 旅行記(ブログ) 一覧に戻る

圓光寺は、瑞巌山と号する臨済宗南禅寺派に属する古刹で、徳川家康が1601年に伏見に開いた学問所が起源です。足利学校から招いた三要元佶(さんようげんきつ)和尚が開基し、1667年にこの地へ移されました。<br />江戸時代には「寺子屋」が教育施設を兼ね、この寺も別名「洛陽学校」と呼ばれました。家康が幕府を開いたのが1603年なので、それに先駆けて学校から創設したところは先見の明と言えます。そんなところにも徳川家の治世が長く続いた秘訣が垣間見られます。<br />元桔禅師は、中国最古の詩集「詩経」を家康に講義したと伝えられ、圓光寺を創建すると「孔子家語」や「貞観政要」など、多くの書籍を木活字本として刊行しました。これらの書物は、伏見版または圓光寺版と称され、木活字はこの寺に保管され、日本に現存する最古のものだそうです。また、この圓光寺学校は、僧俗を問わず入学が許されていました。身分制度が厳しかった江戸時代ながら、学問や宗教といった教育に対しては比較的門戸が開かれていたことに驚きです。こうした姿勢に共感したのか、この寺には重要文化財 円山応挙 筆「雨竹風竹屏風」(1776年)や京都出身で琳派の渡辺始興 筆「寿老人図」(1742年)といった名画が奉納されています。また、本尊の「千手観音像」も運慶作と伝えられています。

情緒纏綿 洛北錦秋紀行②圓光寺編

1080いいね!

2014/11/21 - 2014/11/21

9位(同エリア30444件中)

    47

    montsaintmichel

    montsaintmichelさん

    圓光寺は、瑞巌山と号する臨済宗南禅寺派に属する古刹で、徳川家康が1601年に伏見に開いた学問所が起源です。足利学校から招いた三要元佶(さんようげんきつ)和尚が開基し、1667年にこの地へ移されました。
    江戸時代には「寺子屋」が教育施設を兼ね、この寺も別名「洛陽学校」と呼ばれました。家康が幕府を開いたのが1603年なので、それに先駆けて学校から創設したところは先見の明と言えます。そんなところにも徳川家の治世が長く続いた秘訣が垣間見られます。
    元桔禅師は、中国最古の詩集「詩経」を家康に講義したと伝えられ、圓光寺を創建すると「孔子家語」や「貞観政要」など、多くの書籍を木活字本として刊行しました。これらの書物は、伏見版または圓光寺版と称され、木活字はこの寺に保管され、日本に現存する最古のものだそうです。また、この圓光寺学校は、僧俗を問わず入学が許されていました。身分制度が厳しかった江戸時代ながら、学問や宗教といった教育に対しては比較的門戸が開かれていたことに驚きです。こうした姿勢に共感したのか、この寺には重要文化財 円山応挙 筆「雨竹風竹屏風」(1776年)や京都出身で琳派の渡辺始興 筆「寿老人図」(1742年)といった名画が奉納されています。また、本尊の「千手観音像」も運慶作と伝えられています。

    同行者
    カップル・夫婦
    交通手段
    私鉄 徒歩
    旅行の満足度
    5.0

    PR

    • 圓光寺<br />圓光寺は詩仙堂から80m程の至近距離にある紅葉の名所です。

      圓光寺
      圓光寺は詩仙堂から80m程の至近距離にある紅葉の名所です。

    • 圓光寺 奔龍庭<br />2013年に完成したばかりの東福寺 龍吟庵「龍の庭」を彷彿とさせる庭園で、白砂が雲海、石組が天空を躍動する龍を表した平成版枯山水です。雲海から龍が顔を覗かせる姿を表現しています。龍の頭部と背中付近に聳え立つ石柱は、かつて井戸の部材として使われていたものです。端に開けられたいくつもの穴にその名残を見ることができます。荒く切り立った石柱は、龍の周囲に光る稲妻をも表現し、庭園全体にダイナミックな躍動感を添えています。通常、庭園の境界を示すために配されるはずの留め石を置かず、この庭園はあえて未完のままとされています。庭園を見る者がその余白を埋め、それぞれの心の中で完成させるという作者の意図があるようです。

      圓光寺 奔龍庭
      2013年に完成したばかりの東福寺 龍吟庵「龍の庭」を彷彿とさせる庭園で、白砂が雲海、石組が天空を躍動する龍を表した平成版枯山水です。雲海から龍が顔を覗かせる姿を表現しています。龍の頭部と背中付近に聳え立つ石柱は、かつて井戸の部材として使われていたものです。端に開けられたいくつもの穴にその名残を見ることができます。荒く切り立った石柱は、龍の周囲に光る稲妻をも表現し、庭園全体にダイナミックな躍動感を添えています。通常、庭園の境界を示すために配されるはずの留め石を置かず、この庭園はあえて未完のままとされています。庭園を見る者がその余白を埋め、それぞれの心の中で完成させるという作者の意図があるようです。

    • 圓光寺 奔龍庭<br />青石を潤沢に用いたところは、どことなく重森三玲氏の庭園を彷彿とさせるものがあります。<br />借景に燃え立つような紅葉を配する贅沢なところは別格ですが…。

      圓光寺 奔龍庭
      青石を潤沢に用いたところは、どことなく重森三玲氏の庭園を彷彿とさせるものがあります。
      借景に燃え立つような紅葉を配する贅沢なところは別格ですが…。

    • 圓光寺 宝物殿瑞雲閣<br />始めに奔龍庭の右脇にある宝物殿瑞雲閣を覗いてみます。<br />ここは、圓光寺の資料室とも言える建物で、重要文化財などを保管しています。<br />その玄関先には上部が尖頭アーチ状の窓「花頭窓」が設えらており、庭園の見事な紅葉をチラリと覗き見ることができます。<br />その花頭窓の下に置かれていた仏像の仕草がとっても可愛らしかったので写真に収めてみました。

      圓光寺 宝物殿瑞雲閣
      始めに奔龍庭の右脇にある宝物殿瑞雲閣を覗いてみます。
      ここは、圓光寺の資料室とも言える建物で、重要文化財などを保管しています。
      その玄関先には上部が尖頭アーチ状の窓「花頭窓」が設えらており、庭園の見事な紅葉をチラリと覗き見ることができます。
      その花頭窓の下に置かれていた仏像の仕草がとっても可愛らしかったので写真に収めてみました。

    • 圓光寺 宝物殿瑞雲閣<br />座敷からはこのような額縁紅葉を静かに堪能することができます。<br />皆さん縁側に腰掛けられて、今や盛りと燃え立つ紅葉を息を呑んで見入っておられます。

      圓光寺 宝物殿瑞雲閣
      座敷からはこのような額縁紅葉を静かに堪能することができます。
      皆さん縁側に腰掛けられて、今や盛りと燃え立つ紅葉を息を呑んで見入っておられます。

    • 圓光寺 宝物殿瑞雲閣<br />もう少し前の方へにじり寄ってみましょう。<br />本堂書院と比べて人が少ないので、こうしてゆっくりと紅葉を眺めることができます。<br />本堂の書院とは違う角度から「十牛の庭」を堪能することができ、このように額縁に見立てて紅葉を愛でることができるので隠れた穴場と言えます。

      圓光寺 宝物殿瑞雲閣
      もう少し前の方へにじり寄ってみましょう。
      本堂書院と比べて人が少ないので、こうしてゆっくりと紅葉を眺めることができます。
      本堂の書院とは違う角度から「十牛の庭」を堪能することができ、このように額縁に見立てて紅葉を愛でることができるので隠れた穴場と言えます。

    • 圓光寺 宝物殿瑞雲閣<br />右側の景観は、色彩は控え目ですが、紅葉の淡いグラデーションの妙に趣深さが感じられます。どちらも甲乙付け難い景観です。

      圓光寺 宝物殿瑞雲閣
      右側の景観は、色彩は控え目ですが、紅葉の淡いグラデーションの妙に趣深さが感じられます。どちらも甲乙付け難い景観です。

    • 圓光寺 宝物殿瑞雲閣「雨竹風竹図屏風」<br />円山応挙は境内の竹林を「雨竹風竹図屏風」(1776年)として描きました。一滴の雨も一筋の風も描かれていないのですか、風に舞う竹のしなりや雨に煙る竹を抒情的に墨で描いた応挙最高傑作のひとつと称されています。刻一刻と表情を変える竹林に、禅門の本質を垣間見たのかもしれません。因みに、この屏風は精巧にコピーされたもので、常時展示されていて撮影もOKです。<br />何故応挙の絵がこのお寺にあるかと言えば、五代住職 魯山玄璠が画才に優れ、圓光寺は当時の文化サロン的な役割を果たしていたことがきっかけです。応挙も同寺に出入りしていた画家のひとりで、後に住職が亡くなって20数年後、ここを訪れた応挙が、若い頃に受けた恩に報いるために境内で風に揺れる竹林と雨にうたれた竹林を屏風に描いて同寺に納めた作品です。

      圓光寺 宝物殿瑞雲閣「雨竹風竹図屏風」
      円山応挙は境内の竹林を「雨竹風竹図屏風」(1776年)として描きました。一滴の雨も一筋の風も描かれていないのですか、風に舞う竹のしなりや雨に煙る竹を抒情的に墨で描いた応挙最高傑作のひとつと称されています。刻一刻と表情を変える竹林に、禅門の本質を垣間見たのかもしれません。因みに、この屏風は精巧にコピーされたもので、常時展示されていて撮影もOKです。
      何故応挙の絵がこのお寺にあるかと言えば、五代住職 魯山玄璠が画才に優れ、圓光寺は当時の文化サロン的な役割を果たしていたことがきっかけです。応挙も同寺に出入りしていた画家のひとりで、後に住職が亡くなって20数年後、ここを訪れた応挙が、若い頃に受けた恩に報いるために境内で風に揺れる竹林と雨にうたれた竹林を屏風に描いて同寺に納めた作品です。

    • 圓光寺 宝物殿瑞雲閣「寿老人図」<br />京都出身 琳派の渡辺始興 筆「寿老人図」(1742年)。<br />寿老人の背後には鹿、足元には亀、童子の背後には鶴が描かれています。「鶴は千年、亀は万年」と申すように、鶴亀は長寿を表します。<br />因みに、渡辺始興といえば、大覚寺の兎を描いた画家として名を馳せた方です。

      圓光寺 宝物殿瑞雲閣「寿老人図」
      京都出身 琳派の渡辺始興 筆「寿老人図」(1742年)。
      寿老人の背後には鹿、足元には亀、童子の背後には鶴が描かれています。「鶴は千年、亀は万年」と申すように、鶴亀は長寿を表します。
      因みに、渡辺始興といえば、大覚寺の兎を描いた画家として名を馳せた方です。

    • 圓光寺 宝物殿瑞雲閣<br />もうひとつの花頭窓から名残を惜しみます。

      圓光寺 宝物殿瑞雲閣
      もうひとつの花頭窓から名残を惜しみます。

    • 圓光寺 本殿玄関口<br />正面にある唐破風の屋根が本堂への正式な玄関口です。<br />しかし、例によって拝観者は別の入口から本堂へ入ります。

      圓光寺 本殿玄関口
      正面にある唐破風の屋根が本堂への正式な玄関口です。
      しかし、例によって拝観者は別の入口から本堂へ入ります。

    • 圓光寺 本殿玄関口「琳派彩還 四季草花図」<br />本殿玄関口では、このような艶やかな襖絵が迎えてくれます。<br />渡辺章雄 筆「琳派彩還 四季草花図」(2002年)と呼ばれています。<br />400年ほど前の琳派が21世紀に再評価され、彩還したとの設定で描かれています。「琳派風に日本の四季を凝縮して描いた襖絵」と言い替えた方が分かり易いかもしれません。

      圓光寺 本殿玄関口「琳派彩還 四季草花図」
      本殿玄関口では、このような艶やかな襖絵が迎えてくれます。
      渡辺章雄 筆「琳派彩還 四季草花図」(2002年)と呼ばれています。
      400年ほど前の琳派が21世紀に再評価され、彩還したとの設定で描かれています。「琳派風に日本の四季を凝縮して描いた襖絵」と言い替えた方が分かり易いかもしれません。

    • 圓光寺 十牛の庭<br />門を潜って十牛の庭へと足を踏み入れます。<br />この写真は、定番の本殿書院から十牛の庭を見るのとは正反対の方から庭を眺めた構図となっています。<br /><br />この写真のように下から紅葉を仰ぎ見る構図の場合は、露出を+0.7〜1.0に補正すると明るい色彩に撮れます。補正しないと、暗い印象の写真になってしまいます。補正し過ぎると空が白くなって(白トビ)しまいますが、主役は紅葉ですので支障ありません。

      圓光寺 十牛の庭
      門を潜って十牛の庭へと足を踏み入れます。
      この写真は、定番の本殿書院から十牛の庭を見るのとは正反対の方から庭を眺めた構図となっています。

      この写真のように下から紅葉を仰ぎ見る構図の場合は、露出を+0.7〜1.0に補正すると明るい色彩に撮れます。補正しないと、暗い印象の写真になってしまいます。補正し過ぎると空が白くなって(白トビ)しまいますが、主役は紅葉ですので支障ありません。

    • 圓光寺 庭園<br />深緑の苔むした大地に、一体の小さなお地蔵さんが安置されています。<br />京都ではお寺や路地等あちらこちらでお地蔵さんに出会いますが、ここのお地蔵さんはどことなく微笑んでおられるように見えます。<br />お地蔵さんへの信仰は、平安京の時代に幼くして亡くなった童などの身代わりとして苦しみから救って下さる地蔵菩薩への信仰から人々に広まったと言われています。

      圓光寺 庭園
      深緑の苔むした大地に、一体の小さなお地蔵さんが安置されています。
      京都ではお寺や路地等あちらこちらでお地蔵さんに出会いますが、ここのお地蔵さんはどことなく微笑んでおられるように見えます。
      お地蔵さんへの信仰は、平安京の時代に幼くして亡くなった童などの身代わりとして苦しみから救って下さる地蔵菩薩への信仰から人々に広まったと言われています。

    • 圓光寺 庭園<br />この可愛いお地蔵さんに会いに、遠方から圓光寺を訪れる方も多いと聞きます。<br />そう言われてみると、どことなく癒し系のお地蔵さんです。<br />秋が深まると共に一面が敷紅葉の赤い絨毯に覆われていくのでしょう。<br />それにしてもこのお地蔵さんの周りだけ敷紅葉が多いのは、単なる気のせいでしょうか?それとも、お地蔵さんを温かく包んであげようという「紅葉の精」の仕業なのでしょうか…。

      圓光寺 庭園
      この可愛いお地蔵さんに会いに、遠方から圓光寺を訪れる方も多いと聞きます。
      そう言われてみると、どことなく癒し系のお地蔵さんです。
      秋が深まると共に一面が敷紅葉の赤い絨毯に覆われていくのでしょう。
      それにしてもこのお地蔵さんの周りだけ敷紅葉が多いのは、単なる気のせいでしょうか?それとも、お地蔵さんを温かく包んであげようという「紅葉の精」の仕業なのでしょうか…。

    • 圓光寺 庭園<br />秋陽に透ける朱に染まる鮮やかな紅葉は、端正なシルエットを呈しています。<br />命燃え尽きるフィナーレに相応しい艶姿とでも表現しましょうか…。<br />

      圓光寺 庭園
      秋陽に透ける朱に染まる鮮やかな紅葉は、端正なシルエットを呈しています。
      命燃え尽きるフィナーレに相応しい艶姿とでも表現しましょうか…。

    • 圓光寺 応挙竹林<br />流麗な曲線を描く紅葉の枝と、背景の真っ直ぐな竹林のラインが好対照です。和風のエッセンスを凝縮したような景観です。<br />柔らかな木漏れ日が差し込む竹林は、十牛の庭の借景ともなっています。紅葉のグラデーションと竹林から漏れる柔らかな色彩とが相俟って、身震いするほどの景観を呈しています。この竹林は、人工物の枯山水庭園を自然と融和させることで無限の奥行きを表現しているように思います。<br /><br />禅語にある「清風動脩竹(せいふうしゅうちくをうごかす:あるがままの姿は美しいが、それに執着しないことこそ素晴らしい)」の通り、風に吹かれ雨に打たれる竹林の情景は、常に変化を続ける人間のあり方そのものを表現していると言えます。

      圓光寺 応挙竹林
      流麗な曲線を描く紅葉の枝と、背景の真っ直ぐな竹林のラインが好対照です。和風のエッセンスを凝縮したような景観です。
      柔らかな木漏れ日が差し込む竹林は、十牛の庭の借景ともなっています。紅葉のグラデーションと竹林から漏れる柔らかな色彩とが相俟って、身震いするほどの景観を呈しています。この竹林は、人工物の枯山水庭園を自然と融和させることで無限の奥行きを表現しているように思います。

      禅語にある「清風動脩竹(せいふうしゅうちくをうごかす:あるがままの姿は美しいが、それに執着しないことこそ素晴らしい)」の通り、風に吹かれ雨に打たれる竹林の情景は、常に変化を続ける人間のあり方そのものを表現していると言えます。

    • 圓光寺 栖龍池(せいりゅうち)<br />庭園南側には江戸時代に造られた洛北で最も古い泉水 栖龍池があり、水面に散紅葉を浮かせています。<br />つかの間の秋が過ぎ去ると、冬には凛とした厳しい風韻の池に姿を変えます。<br />周囲の山々を取り込んだ大らかな庭園は、尼寺として長い歴史を持つ圓光寺の家風を象徴しています。先人たちはここからの眺めを絶景として褒め称えたそうです。

      圓光寺 栖龍池(せいりゅうち)
      庭園南側には江戸時代に造られた洛北で最も古い泉水 栖龍池があり、水面に散紅葉を浮かせています。
      つかの間の秋が過ぎ去ると、冬には凛とした厳しい風韻の池に姿を変えます。
      周囲の山々を取り込んだ大らかな庭園は、尼寺として長い歴史を持つ圓光寺の家風を象徴しています。先人たちはここからの眺めを絶景として褒め称えたそうです。

    • 圓光寺 蟠龍窟 坐禅堂<br />かつての圓光寺は、明治以降、日本で唯一の尼僧専門道場だったそうです。<br />今は一般居士を対象に坐禅会が毎日曜日に開かれています。<br />

      圓光寺 蟠龍窟 坐禅堂
      かつての圓光寺は、明治以降、日本で唯一の尼僧専門道場だったそうです。
      今は一般居士を対象に坐禅会が毎日曜日に開かれています。

    • 圓光寺 栖龍池<br />池の水面に映り込んだ木漏れ日を浴びた清しい竹林に、紅葉の色模様を添えてみました。<br />ここの庭園は、秋は紅葉の名所としても名高く、近年はメディアでも度々取り上げられることが増えてきました。しかし、今のような素晴らしい庭園になったのはごく最近のことだそうです。実は平成の世になるまでは、この栖龍池もすっかり埋まってしまっており、庭園も雑草が生い茂る荒れ果てた状態だったそうです。<br />色々なご苦労があって今日の素晴らしい庭園の姿があるようです。こうした事実を知ればこそ、なおさら感謝の気持ちを込めて紅葉を愛でることができます。

      圓光寺 栖龍池
      池の水面に映り込んだ木漏れ日を浴びた清しい竹林に、紅葉の色模様を添えてみました。
      ここの庭園は、秋は紅葉の名所としても名高く、近年はメディアでも度々取り上げられることが増えてきました。しかし、今のような素晴らしい庭園になったのはごく最近のことだそうです。実は平成の世になるまでは、この栖龍池もすっかり埋まってしまっており、庭園も雑草が生い茂る荒れ果てた状態だったそうです。
      色々なご苦労があって今日の素晴らしい庭園の姿があるようです。こうした事実を知ればこそ、なおさら感謝の気持ちを込めて紅葉を愛でることができます。

    1件目~20件目を表示(全47件中)

    この旅行記のタグ

      1080いいね!

      利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

      この旅行記へのコメント

      ピックアップ特集

      京都 で人気のタグ


      PAGE TOP

      ピックアップ特集