2015/12/31 - 2015/12/31
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RAINDANCEさん
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大阪府のなかほど、大阪市の南隣の市である堺を訪れました。政令指定都市のひとつであり工業都市として知られていますが、古墳時代の百舌鳥古墳群(2019年に世界遺産に登録されました)や、戦国時代の貿易・商人の町として栄えた、歴史のある港町です。
★2012年8月の訪問では、チンチン電車に乗り、町のあちこちに点在するゆかりの場所を散策。
★2015年12月の訪問では、大仙陵(仁徳天皇陵)とその傍らの大仙公園へ。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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★2012年8月の訪問
堺市で最もにぎやかなのは、この堺東駅(南海線)界隈です。 -
駅に近い堺市庁舎。休日ですが、最上階へのエレベーターは動いています。
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最上階へ登ると、市街が一望できます。堺東駅、銀座通り方面。
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大仙陵古墳(仁徳天皇陵)のある大仙公園方面。この方面の紹介は後ほど登場。
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堺東から西へ1kmほどの宿院というところにある、千利休の屋敷跡。
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織田信長、豊臣秀吉に仕えた茶人です。
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最期は秀吉の怒りを買い自刃しました。
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椿の井戸。
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こちらは与謝野晶子の生家跡。これも宿院にあります。
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「海こひし潮の遠鳴り数えつつ少女となりし父母の家」の句が刻まれた碑があります。
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与謝野鉄幹と出会ったのも、この生家に居た頃でした。
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さて、宿院から、阪堺電車に乗ります。
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天王寺と堺を結ぶ路面電車です。
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大阪唯一の路面電車。
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明治33年開業の「大阪馬車鉄道」が前身で、1907(明治40)年3月に大阪電車鉄道、10月に浪速電車軌道に社名変更したそうです。
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その後、1909(明治42)年12月に南海鉄道(現・南海電鉄)に吸収合併されたとのこと。
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「綾ノ町」駅で下車。
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この近くに、「山口家住宅」があります。
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現存する数少ない江戸初期の町家のひとつで、国の重要文化財となっています。
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慶長20年(1615年)、大坂夏の陣の戦火により市街地が全焼した直後に建てられたとのこと。
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山口家は江戸時代、近隣農村の庄屋を務め、奉行所と町村を繋ぐ役目を担っていたそうです。
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帳場の道具。
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庭園。
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縁側で鳩がくつろいでいます。
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裏には蔵が有ります。
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蔵の中も資料館になっています。
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母屋に戻って、台所。
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この辺りでは大きな家だったのでしょう。
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まさに、「お屋敷」です。今の堺にこれだけの屋敷なら、相当な相場ですね。
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さて、チンチン電車で移動再開。
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車両も色々なデザインが有ります。
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電車がやってきました。
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「高須神社」駅に到着。
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その名の通り、すぐ傍に高須神社があります。
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駅から歩いて間もなく「薫主堂」に出会います。線香発祥の地である堺にて、明治20年創業以来、天然香料にこだわり秘伝の調合を守って手作り線香を作る老舗だそうです。3代目店主は堺市認定の「ものづくりマイスター」らしい。
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鉄砲鍛冶屋敷に着きました。
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江戸時代から続く鉄砲鍛冶井上関右衛門の居宅兼作業場兼店舗だったそうです。
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その近くにある清学院。
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修道寺院や寺子屋に使われ、仏典を求めて日本人で初めてヒマラヤ山脈を越えた河口慧海もここで学んだそうです。
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入りませんでしたが、江戸後期の建物は国の登録有形文化財であり、不動堂・庫裏・門からなるその内部には、寺子屋教科書や天神机や文机、小型の硯のほか慧海に関係する資料を展示しているそうです。
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こういった古い街並みでは、このようなシチュエーションもなかなか味があります。
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高須神社駅に戻りました。「チカンはあかんで。」
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さて、ふたたびチン電に乗り、「妙國寺前」駅へ。
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ここにあるのが、妙國寺です。織田信長を怖がらせたという「大そてつ」伝説で有名です。
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また、幕末維新の堺事件では、ここで土佐十一烈士が切腹しました。
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妙國寺の門。
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本堂。
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そてつはこの奥にあるそうですが、この日は入ることができませんでした。
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「神明町」駅から徒歩で数分の「本願寺堺別院」。
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市内最大の木造建築で「北の御坊」とも呼ばれ、現在の本堂は1825年の再建だそうです。
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与謝野晶子の歌碑。
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堺の観光最後には、旧堺燈台へ。
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明治10年に築造された高さ11.3mの六角錘形の灯台です。
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現地に現存する日本最古の木造洋式灯台として、国指定史跡になっています。
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埋立地ができる前、天然の良港として栄えたこの地を照らした燈台です。
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旧石器時代から戦国時代には貿易の町として栄え、現在は大阪のベッドタウンとして政令都市となった堺...工業都市のイメージが強いですが、意外と歴史を感じさせる町です。
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★2015年12月の訪問
大仙公園にやってきました。2016は申年です。 -
「百舌鳥耳原(もずみみはら)由来の像」、鹿の耳から百舌鳥が出てきたことで、この辺りを百舌鳥と呼ぶようになったとか。
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この地を訪れた目的は、もちろんこれです。前方後円墳。
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百舌鳥古墳群の代表である「大山陵古墳」。「仁徳天皇陵」で知られている古墳です。
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宮内庁の看板。
5世紀半ばに造られたと推定される日本最大の前方後円墳で、クフ王のピラミッド、秦の始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓の一つとされているのだとか。 -
周囲の堀。
この古墳は古くから「仁徳さん」として親しまれてきたのですが、ちょっと訳有りのようです。 -
日本書紀等からわかっている天皇在位順と、造られた順番を対比すると、仁徳天皇陵ではないかもしれない?という説も。いずれにしても、宮内庁の持ち物なので、調査ができないそうです。
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大仙公園にも少し寄っていきましょう。公園の真ん中にそびえる平和塔。
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この公園は、戦後、戦災復興都市計画の一部として公園に指定された経緯をもつそうです。
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これだけの原形を保ちつつの大スケールと歴史がありながら、周辺の古墳群を含めて世界遺産ではない「御陵さん」。皇室の財産であり、文化財として扱えないことから世界遺産の登録条件を満たしていないそうです。さらに、詳しい調査で歴史的事実の解明が進まないと登録は難しいのかもしれませんね。歴史遺産として「中に入れる」みたいな日は訪れるのでしょうか?
※2019年に世界遺産登録されました。
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