2014/09/20 - 2014/09/20
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bakanekoさん
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20日 小松航空祭に行く予定がだめになり、失意の下、明日香に行く。奈良 明日香の棚田へは7時前に到着。車も十数台有り、人もいたがほとんどカメラマン。朝早くから何すんねんとおもい、自分もであると気が付く。まあまあぼちぼち撮る。自分の頭が固いのか、稲淵に飽き始める。
そうそう、第2目標の飛び石があったワイと車を走らせる。意味がなかった。稲淵の端にある橋から歩いてもすぐ。9時前なのでひともごちゃごちゃいる。三脚を持ったおっさんが動かない。神経切れとるんちゃうかと思う。やはり人の多いところでの撮影は私には向かない。人間が出来ていないというのは隠せないと思い知りました。何とか撮影。まだまだです。
その後、まだ棚田に満足していないので細川という場所に転戦。入江泰吉先生が嫌う、ビニール農園を入れながら撮る。
そして撮影可能という前情報を得た飛鳥大仏を撮りに再度転戦。飛鳥寺は田舎の匂いがプンプンするところで写真もOKでした。ぜひ一度ご覧ください。展示は少ないが、こういう写真可というお寺はぜひ見学をお勧めします。
入鹿の首塚もきれいに整備されていたので少々幻滅でしたが何とか撮影。
その後、一言主神社へ行く予定でしたが、大渋滞の為断念し大阪に引き上げました。
飛鳥寺
飛鳥寺は588年に百済から仏舎利(遺骨)が献じられたことにより,蘇我馬子が寺院建立を発願し、596年に創建された日本最初の本格的な寺院。
法興寺・元興寺ともよばれた。現在は安居院(あんごいん)と呼ばれている。
創建時の飛鳥寺は,塔を中心に東・西・北の三方に金堂を配し,その外側に回廊をめぐらした伽藍配置だった。 寺域は東西約200m,南北約300mあった。百済から多くの技術者がよばれ,瓦の製作をはじめ,仏堂や塔の建設に関わった。瓦を製作した集団は,この後豊浦寺や斑鳩寺の造営にも関わっていく。さらに,これらの技術を身につけた人たちやその弟子たちが全国に広がり,各地の寺院造営に関わるようになる。
本尊飛鳥大仏(釈迦如来像)
年代のわかる現存の仏像では日本最古のものと言われている。
金銅仏の釈迦如来像(飛鳥大仏)は推古天皇が止利仏師(とりぶっし−鞍作鳥・鞍作止利 くらつくりのとりともよばれるように,もともとは馬具製作に携わっていた百済からの渡来系氏族の一人)に造らせた丈六(約4.85m)仏。605年に造り始め,606年に完成した。
しかし,887年と1196年の落雷のため火災に遭い本堂が焼失したが江戸時代に再建された。飛鳥大仏も補修されたが,顔の一部,左耳,右手の中央の指3本だけが当時のまま残っている。法隆寺金堂の国宝釈迦三尊像とよく似ている
- 旅行の満足度
- 4.5
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明日香の棚田 稲淵
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まだ十分ではないが、陽が当たるところはすでにしおれていた。
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僕はこの人工物に感動を覚えたのだが
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陽が射す。
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まるで画にかいたようなアングル
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パターン一緒やん。才能がない。工夫がない。
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道沿いに歩いてみる。
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かえるも出てきてこんにちわ。彼岸花と撮りたかったのだが無念
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飛び石です。ちょっとちゃちい気がする。
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歴史的名所なのだろうか?
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光線も悪いが、初秋の雰囲気
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おっさんが場所を離れるまでの暇つぶし
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おっさんどかず。傍で撮る。三脚禁止の意味を知る。
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とよあしはらみずほのくに
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さてさて細川に転進
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それなりにエエ雰囲気ですが、ビニールは隠せません。
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佛隆寺を思い出したよ・・・・・
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飛鳥寺を見る
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小さい
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入鹿の首塚: 入鹿の首塚は西門から約100m西にある(右画像)。入鹿は皇極4年(645)6月12日、飛鳥板蓋宮で中大兄皇子、中臣鎌足等によって殺害される。乙巳の変である。伝承によれば、その時切り落とされた首は飛鳥板蓋宮から約600〜650m離れたこの地まで飛び、入鹿の超人的な首飛翔に恐れおののき、その祟りを祓うために首塚が建てられたという。
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入江泰吉風なら雲が出て薄暗く怨念の世界か、血のような夕焼けになると思う。
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飛鳥寺に戻る
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飛鳥大仏。世間の人は、つぎはぎをブサイクだといい、やがて惹かれてゆく。
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日本初の仏像
年代のわかる現存の仏像では、日本最古のものと言われている。
金銅仏の釈迦如来像(飛鳥大仏)は推古天皇が止利仏師(とりぶっし−鞍作鳥・鞍作止利 くらつくりのとりともよばれるように,もともとは馬具製作に携わっていた百済からの渡来系氏族の一人)に造らせた丈六(約4.85m)仏。605年に造り始め,606年に完成した。
しかし,887年と1196年の落雷のため火災に遭い本堂が焼失したが江戸時代に再建された。飛鳥大仏も補修されたが,顔の一部,左耳,右手の中央の指3本だけが当時のまま残っている。法隆寺金堂の国宝釈迦三尊像とよく似ている -
庭もちらり
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聖徳太子立像
蘇我氏が建てた寺に佇む聖徳太子。四天王寺の写真で書いたのであるが、蘇我氏により太子の一族は惨殺される。どのような思いでこの立像が作られたのか、思いをめぐらせてしまう。その蘇我氏も大化の改新で滅び、この飛鳥寺もさびれていった。歴史は同じことを繰り返す。 -
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この旅行記へのコメント (1)
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- 墨水さん 2014/10/06 23:44:18
- どかない時。
- bakanekoさん、今晩は。
「どかない時は」おっさんを写真に撮り、「こんな感じ」的に旅行記に晒す。(笑)
此の場合のコメントは「無し」で。
コメントするとトラブルの元なので。(笑)
コメント無ければ、ただの写真で済む訳で「風景です。」で、押し通せます。(笑)
私なら、そうしますよ。(笑)
墨水。
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