2014/09/25 - 2014/09/25
242位(同エリア631件中)
滝山氏照さん
JR八高線八王子から川越行に乗って約25分の高麗川(こまがわ)駅で下車、駅から更に徒歩で西進しますと山裾に高麗神社(こまじんじや、埼玉県日高市新堀)があります。
現地入手の高麗神社パンフレットによれば高麗神社は高句麗から渡来してきた高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)を祀った神社で、高句麗王族若光は霊亀2年(716)武蔵国に新設された高麗郡の首長(郡長)に就任します。
高麗郡新設に当たり朝廷は関東東海七か国(駿河・甲斐・相模・上総及・下総・常陸・下野)に散在していた高麗人1799人を当地に移住させます。
当時の高麗郡は未開の原野でありましたが高麗人と共に開拓にあたりますが、若光が没した後、高麗郡民は若光の徳を偲んで御霊を「高麗明神」として祀ったことが高麗神社創建の始まりです。
高麗郡は明治29年(1896)入間郡に合併されましたが、その後も広く崇敬を受け特に浜口雄幸、若槻礼次郎、鳩山一郎などが当神社参拝してから首相就任したことから別名「出世明神」として知られるようになります。
2023年9月20日 追記
現地案内板には下記のようにその由来が記載されています。
『 高 麗 神 社
高麗神社は、高句麗国の王族高麗王若光を祀る社である。
高句麗人は中国大陸の松花江流域に住んだ騎馬民族で、朝鮮半島に進出して中国大陸東北部から朝鮮半島の北部を領有し、約700年君臨していた。その後、唐と新羅の連合軍の攻撃を受にあい668年に滅亡した。この時の乱を逃れた高句麗国の貴族や僧侶などが多数日本に渡り、主に東国に住んだが霊亀2年(716)そのうちの1799人が武蔵国に移され、新しく高麗郡が設置された。
高麗王若光は、高麗郡にの郡司に任命され、武蔵野の開発に尽くし、再び故国の地を踏むことなくこの地で没した。
郡民はその遺徳をしのび、霊を祀って高麗明神とあがめ、以来現在に至るまで高麗王若光の直系によって社が護られており、今でも多数の参拝者が訪れている。
昭和57年3月
日 高 市 』
- 旅行の満足度
- 4.0
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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奥武蔵ハイキングマップ
例によって高麗川駅前設置のマップにて訪問先を確認します。 -
JR高麗川駅舎
当駅は川越方面(川越線)と高崎方面(八高線)の分岐駅となっています。高崎方面であれば当駅始発のディーゼル車輌に乗り換えることになります。 -
高麗川駅周辺観光マップ
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出世橋
途中で高麗川を渡ります。 -
高麗川
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高麗川
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高麗神社接近
眼前の道路の向こうには駐車場があります。 -
高麗神社鳥居
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高麗神社社標
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「朝鮮総督陸軍大将南次郎」
高麗神社を揮毫した人物名が社標の裏側に刻されています。 -
高麗神社一の鳥居
扁額「大宮大明神」は熊谷宿の野口雪江筆によるもので寛政5年(1793)作成の額の損傷が激しいので複製を掲示しているそうです。参考として「大宮」は地域の重要な神社に使用が許された称号だそうです。 -
「日韓友情の木」記念樹木
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高麗神社参道
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韓国大使の献木
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「高麗郷文化フェスティバル」ポスター
詳細を触れる事はできませんが、本年9月・10月・11月・12月の4ケ月に亘って様々な企画が開催されることになっています。 -
二の鳥居
扁額「高麗神社」は59代宮司の高麗澄雄氏によるもので、歴代宮司は御祭神である高麗王若光の子孫が勤めています。 -
神域俯瞰図
神社の経緯から英語・中国語の他ハングルでも記載されています。 -
高麗神社説明
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手水舎
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献木
日本の政治家の他韓国大使の献木がなされています。 -
政治家献木
鳩山一郎の献木がなされています。 -
恩知学校跡説明板
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境内に立っている説明板
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社殿造営奉賛依頼
平成28年に高麗郡建郡1300年記念の一環として外拝社殿造営を目指しているとのことです。尚神社宮司の高麗文康氏は初代郡司の高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)の子孫と思われます。 -
光栄録
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出世明神の由来
当神社に参拝した政治家がその後首相に就任したことから出世開運の神と信仰される由縁との記載があります。 -
イチオシ
高麗神社拝殿
参道から石段を登るとまず拝殿を囲む社壁が視野に入ります。 -
御神門(ごしんもん)
扁額「高句麗神社」は明治33年当神社を訪れた朝鮮王朝貴族の趙重応の筆だそうです。御祭神の故国「高句麗」国と後に興った「高麗」国を区別するため、高麗の間に「句」文字が小さく入れています。 -
拝殿内部
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拝殿風景
参拝して拝殿から境内方向を一望します。 -
拝殿風景
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手水舎と境内
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客殿
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斎館
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祓所(はらえど)
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神楽殿
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献木
作家の尾崎紅葉、政治家の浜口雄幸の献木が窺えます。 -
将軍標(朝鮮語:チャングンピョ)
天下代将軍・天下女将軍の二体一対の像は長丞(チャンスン)と言い、民間信仰の一つとして韓国の村や寺の入口や田畑の傍らに建てられ、不祥事を防ぐ守護神となっています。 -
奉納説明
日韓友好40周年を記念して奉納されたものです。 -
高麗家正門
高麗神社に隣接する住宅は高麗神社の宮司を勤めてきた高麗家の旧家です。 -
高麗家住宅
住宅内部間取りは5室と土間で構成されています。 -
高麗家住宅
国指定重要文化財の標柱が立っています。 -
高麗家住宅見取図
高麗家に伝わる絵図面によると建築年代は慶長年間(1596~1615)と伝えられ、建築様式は古く17世紀のものであることは確実であると指摘されています。 -
高麗家家屋入口
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内部見学案内
期間限定の特別見学のようで開放日に見学できて幸運でした。 -
住宅内部
内部は簡素な佇まいの様相を示しています。 -
「大宮大神宮」
旧住宅の軒下に取り付けられた御札を見つけました。何か意味があるのでしょうか。 -
幽栖門
旧宅の門と思われます。
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