2014/06/03 - 2014/06/03
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junemayさん
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個人旅行は何度も経験済みですが、海外の一人旅は久々。友人からフランスのトゥールーズから1時間位の距離にあるロット川のクルーズに誘われたのをきっかけに、その前後にイタリア、スペインを旅しようと計画したのが今回のたび。どこを歩くかは余り深く考えないで、大雑把な計画と宿泊先だけを決めていざ出陣です。スーツケースをなるべく持たなくて良いよう、駅近の安いホテルにこだわりました。ガイドブックも必要な分だけコピーして、途中で捨てられるよう準備。衣類も最低限に抑えたつもりでしたが、旅行中毎日快晴に恵まれたため、結果的には無駄な衣類が随分と出ました。昼はともかく、夜一人でレストランに入る勇気がないため、簡易クッカーを購入。スーパーで購入した食料で自炊もしました。好きな場所に好きなだけいたいという希望が叶った1ヶ月のたびとなりました。
日程表
6月3日(火) 羽田→フランクフルト→ベネチア
6月4日(水) ベネチア
6月5日(木) ベネチア
6月6日(金) ベネチア→フレンツェ
6月7日(土) フィレンツェ→シエナ→サンジミニャーノ→フィレンツェ
6月8日(日) フィレンツェ
6月9日(月) フィレンツェ
6月10日(火) フィレンツェ→ルッカ→ピサ→ラスペチア
6月11日(水) ラスペチア→チンクエテッレ→ラスペチア→ポルトベーネレ→ラスペチア
6月12日(木) ラスペチア→サンレモ
6月13日(金) サンレモ→ベンティミッリヤ→サンレモ
6月14日(土) サンレモ→ニース→トゥールーズ
6月15日(日) トゥールーズ→アルビ→コルドシュルシエル→アルビ近郊
6月16日(月) アルビ近郊→カオール→船旅開始(Le Lot)
6月17日(火) 船中泊(Le Lot)
6月18日(水) 船中泊(Le Lot)
6月19日(木) 船中泊(Le Lot)
6月20日(金) 船中泊(Le Lot)
6月21日(土) ラロックデザルクス→フィジャック→ロカマドール
6月22日(日) ロカマドール→フィジャック→カオール
6月23日(月) カオール→トゥールーズ→フィゲレス
6月24日(火) フィゲレス→カダケス→フィゲレス
6月25日(水) フィゲレス→ファルサ→プボル→ジローナ→フィゲレス
6月26日(木) フィゲレス→バルセロナ
6月27日(金) バルセロナ
6月28日(土) バルセロナ→モンセラ→バルセロナ
6月29日(日) バルセロナ
6月30日(月) バルセロナ→フランクフルト→
7月1日(火) →羽田
やっとサンマルコ広場にたどり着きました。時刻は4時半を廻っていましたが、まだ夕方というには早い感じ。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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サンマルコ寺院の五つ並んでいるアーチのうち、一番大きな中央のアーチのモザイクは、19世紀になってから作り直された栄光のキリストと最後の審判。
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そして、残る四つのアーチのモザイクにはベネチアの守護聖人聖マルコにまつわるストーリーが展開されています。正面に向かって一番右のモザイクは、アレッサンドリアから運ばれる聖マルコの遺体。ターバンをかぶった人々はアラブ人。彼らがイスラム教徒で豚肉を食べないことを知っていたベネチアの商人Buono da Malamocco と Rustico da Torcello(左の2人)は、遺体の入った籠を豚肉とキャベツで覆って運び出したのです。アラブ人たちが顔を背けている様子が見て取れます。
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右から二番目は、聖マルコの遺体のベネチア到着のシーン
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中央のアーチのモザイクの左側には、ベネチア総督と市民による聖マルコの遺体歓迎のシーン
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そして、一番左端は、聖マルコの棺が行列で大聖堂内へ運ばれるシーン。このモザイクだけが13世紀のオリジナルで、他のモザイクは17世紀頃に作り変えられたものだそうです。作風が全く異なっているのがわかりますね。
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こちらは、左端のアーチの上の階に見えるモザイクで、キリストが貼り付け台から降ろされるシーン。中央から右手にかけての上層階のモザイクは、工事中のため、残念ながら見えませんでした。
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行列もなく、すぐに寺院の中に入れたので、奥のパラドーロを見学しました。まばゆいばかりの黄金の装飾衝立です。10世紀にコンスタンチノープルで製作されたものが元になっているそうです。私が入ったときには、周りの人が皆撮っていたので、考えもせずに撮影したのですが、もしかして撮影禁止?
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他のキリスト教寺院では味わったことのない世界がここにありました。一番近いのはアヤソフィアでしょうか?
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柱に施されている彫刻も独特です。
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なんと!床にもモザイクが敷き詰められていました。美しい!
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もう一度パラドーロを拝んで・・・
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今度は5つあるドームの中を彷徨います。
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黄金に輝くドームの聖人たち。そして12使徒の立像が暗闇の中に浮かび上がります。
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こちらのドームの絵は今まで見たことのないストーリーが展開しているようです。お仕置きや処刑のシーンなのでしょうか?人々の衣装も古代ローマ風。色々と調べてみたけれどわかりませんでした。首が痛くなるまで天井を見つめていました。
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ようやく外に出てきました。鐘楼のてっぺんにいる人は聖ガブリエル?この鐘楼1514年に完成しましたが、1902年に崩壊。現在の鐘楼は1912年に再建されたものだそうです。
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また振り返ってサンマルコ寺院のファサードを眺めます。こちらは格子のバリエーション。明らかにアラブ調ですね。
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寺院の正面最上部に立つ聖マルコの像は工事中のため、見えませんでした。こちらはどなたでしょう?
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海側に歩いていくと、サンマルコ寺院とドゥカーレ宮殿の接合部分に出ました。こんなに色とりどりの大理石が使われているのに、それぞれが自己主張せず、全体的な調和を生み出していますね。お見事!
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ドゥカーレ宮殿の正面(海に面している部分)にやって来ました。こちらの建物もビザンティン調の装飾。8世紀の建造だそうです。ここはまた後日ゆっくりと見ることにしましょう。初日から飛ばしすぎですよね。
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海の玄関口を示す円柱が2本そびえています。一方には羽の生えたライオンの像。これは聖マルコのシンボル。そしてもう一方には初代守護聖人の聖テオドーロ。彼は甲冑に身を包み、鰐を踏みつけています。聖テオドーロは聖マルコの遺体がヴェネツィアに到着し、サン・マルコ寺院が建立されるまで、第一線でヴェネツィアを守護してきた方なのだそうです。
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イチオシ
夕暮れが近づいてきました。海岸に近づくと、寄り添ったゴンドラの向こうにサン・ジョルジョ マッジョーレ教会が浮かんでいました。あまりの美しさに見とれてしまいました。
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有名なため息橋も見ずに帰るわけにはいきません。この辺りはゴンドラの定番コースに入っているようで、ひっきりなしにゴンドラが行き来していました。
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さあ、そろそろ帰りましょう。サンマルコ広場近くのレストランでは、夜の部の演奏も始まりました。
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しかし途中でまた人形に釘付け!この後、急に雨が降り出し、しばしcafeで休憩。幸いなことに雨は短時間でやみ、また明るい太陽が顔を出しました。サンマルコ広場に戻ると・・・
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一番美しい時間のサンマルコ寺院に出会うことができました。アーチの中のモザイクが夕日に一層の輝きを増す時刻です。
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地図を見て、帰りはアカデミー橋を通っていこうと歩き出したら、カフェフローリアン発見。珍しく遠慮がちに1枚だけ撮影。
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サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂も夕日に照らされています。
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帰り道は教会めぐりをしながら。こちらはChiesa di Santa Maria del Giglio。ファサードがとても豪華です。
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お次はChiesa de San Maurizio。どちらもあまり有名な教会ではないけれど、それぞれ建物の形が全く違っていて、新鮮でした。こちらは16世紀の建造で、音楽博物館になっています。
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やっとアカデミア橋に到着。橋は古くはないけれど、木造でした。橋の上からサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂に別れを告げます。橋を渡り終えたところがアカデミア美術館。更にくねくね道を何度も曲がって、カ・フォスカリ川を渡って、どうにかホテルに到着しました。迷いに迷いましたが、段々迷うのが快感になってきました。ようやく長い1日が終わりました。ミュージアムパスを購入したので、明日も歩きますよ。この続きはまたイタリア、フランス、スペイン勝手気ままな町歩きのたび その4でご覧ください。
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