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朝、近鉄鳥羽駅まで妹夫婦に送ってもらい、近鉄特急で名古屋駅へ行き、名古屋駅から二駅戻って神宮前駅へ。<br /><br />駅前の大津通りを渡り、熱田神宮の境内に沿って左に進むと熱田神宮の東門の鳥居の前へ出る。<br /><br />東門の参道から入ったが、折角だからと佐久間灯籠が建つ参道の中央で左に折れ正門(南門)に向かい、改めて本宮まで一直線に北に向かって伸びる参道を辿ることにした。<br /><br />”ヤマトタケルノミコト”が”倭姫命”から頂戴したのは”草薙の劔”(まだその名で呼ばれておらず、”天叢雲剣”(あめのむらくものつるぎ)と呼ばれていた)と火打石が入った袋。<br /><br />尾張に足を踏み入れた”ヤマトタケルノミコト”は、そこで、尾張の国造の娘の”ミヤズヒメ”という美しい女性と出会い、恋に落ちる。<br /><br />すぐにでも結婚したかったが、当面の征伐の役目を先に終えようと東方に向かう。<br /><br />その遠征途上の相模の国での土族による焼き討ちの危機を救ってくれたのが、”倭姫命”から頂戴した”天叢雲剣”と火打石。<br /><br />襲ってくる炎の野原の草を”天叢雲剣”で切り払い、それに火打石で火をつけると、襲っていた炎は逆流し、敵を焼き尽くす。<br /><br />以後”天叢雲剣”は”草薙の劔”と呼ばれるようになる。<br /><br />一旦”ミヤズヒメ”の許に戻った”ヤマトタケルノミコト”は、次の遠征の際”草薙の劔”を”ミヤズヒメ”の枕許に置き忘れてしまい、伊吹山山中で発症して病没してしまう。<br /><br />悲しみに打ちひしがれた”ミヤズヒメ”が尾張一族の祭場があった熱田に”草薙の劔”を祀った。<br /><br />こうして熱田神宮はここ熱田に始まり、天照大御神の御神体としての”草薙の劔”と、”ヤマトタケルノミコト”が祀られている。<br /><br />”ヤマトタケルノミコト”は死期が迫る中、”ミヤズヒメ”を思い、次の歌を残したとされる。<br /><br />「嬢子(おとめ)の 床のべに わが置きし 剣(つるぎ)の太刀(たち) その太刀はや」<br /><br />”草薙の劔”を祀った本宮は、創祀1900年を記念して2009年10月、54年振りに改修工事が終わったとかで、檜の木の香りが未だ漂っているかの様に新鮮な様相を見せていた。<br /><br />本宮の裏手の林に、とても気持ちの良い散策路”があった。<br /><br />名付けて”こころの小路”。<br /><br />残念ながら撮影禁止地区で、映像でお見せできないが(特段の景観も見当たらなかったが)、熱田神宮のもう一つの魅力的な場所で、静かな散策をお好みの方にはお勧め。<br /><br />私は30分程で一周し、東門側に出ました。<br /><br /><br />”日本の神を覗く旅路・第1部記紀の神々”の私の旅は実質これで終わりです。<br /><br />島田裕己氏によると、記紀の神々は327柱居られるらしいから、私がお会いした神はその代表的な数柱と云うことになる。<br /><br />ところが日本には8万にも及ぶ神社があって、その祭神の大半は記紀には全く登場しない神様だと云う。<br /><br />その中でも一番多いのが、八幡様で、その元締めが大分の宇佐八幡宮。<br /><br />次回は旅では最初に訪れた所だが、記紀の神々でない神の代表として、この旅行記の最後に宇佐八幡宮を訪れます。

日本の神を覗く旅路・第1部記紀の神々20草薙の剣がご神体の熱田神宮:参道と本宮

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2014/02/18 - 2014/02/18

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WT信

WT信さん

朝、近鉄鳥羽駅まで妹夫婦に送ってもらい、近鉄特急で名古屋駅へ行き、名古屋駅から二駅戻って神宮前駅へ。

駅前の大津通りを渡り、熱田神宮の境内に沿って左に進むと熱田神宮の東門の鳥居の前へ出る。

東門の参道から入ったが、折角だからと佐久間灯籠が建つ参道の中央で左に折れ正門(南門)に向かい、改めて本宮まで一直線に北に向かって伸びる参道を辿ることにした。

”ヤマトタケルノミコト”が”倭姫命”から頂戴したのは”草薙の劔”(まだその名で呼ばれておらず、”天叢雲剣”(あめのむらくものつるぎ)と呼ばれていた)と火打石が入った袋。

尾張に足を踏み入れた”ヤマトタケルノミコト”は、そこで、尾張の国造の娘の”ミヤズヒメ”という美しい女性と出会い、恋に落ちる。

すぐにでも結婚したかったが、当面の征伐の役目を先に終えようと東方に向かう。

その遠征途上の相模の国での土族による焼き討ちの危機を救ってくれたのが、”倭姫命”から頂戴した”天叢雲剣”と火打石。

襲ってくる炎の野原の草を”天叢雲剣”で切り払い、それに火打石で火をつけると、襲っていた炎は逆流し、敵を焼き尽くす。

以後”天叢雲剣”は”草薙の劔”と呼ばれるようになる。

一旦”ミヤズヒメ”の許に戻った”ヤマトタケルノミコト”は、次の遠征の際”草薙の劔”を”ミヤズヒメ”の枕許に置き忘れてしまい、伊吹山山中で発症して病没してしまう。

悲しみに打ちひしがれた”ミヤズヒメ”が尾張一族の祭場があった熱田に”草薙の劔”を祀った。

こうして熱田神宮はここ熱田に始まり、天照大御神の御神体としての”草薙の劔”と、”ヤマトタケルノミコト”が祀られている。

”ヤマトタケルノミコト”は死期が迫る中、”ミヤズヒメ”を思い、次の歌を残したとされる。

「嬢子(おとめ)の 床のべに わが置きし 剣(つるぎ)の太刀(たち) その太刀はや」

”草薙の劔”を祀った本宮は、創祀1900年を記念して2009年10月、54年振りに改修工事が終わったとかで、檜の木の香りが未だ漂っているかの様に新鮮な様相を見せていた。

本宮の裏手の林に、とても気持ちの良い散策路”があった。

名付けて”こころの小路”。

残念ながら撮影禁止地区で、映像でお見せできないが(特段の景観も見当たらなかったが)、熱田神宮のもう一つの魅力的な場所で、静かな散策をお好みの方にはお勧め。

私は30分程で一周し、東門側に出ました。


”日本の神を覗く旅路・第1部記紀の神々”の私の旅は実質これで終わりです。

島田裕己氏によると、記紀の神々は327柱居られるらしいから、私がお会いした神はその代表的な数柱と云うことになる。

ところが日本には8万にも及ぶ神社があって、その祭神の大半は記紀には全く登場しない神様だと云う。

その中でも一番多いのが、八幡様で、その元締めが大分の宇佐八幡宮。

次回は旅では最初に訪れた所だが、記紀の神々でない神の代表として、この旅行記の最後に宇佐八幡宮を訪れます。

同行者
一人旅
交通手段
新幹線 私鉄
旅行の手配内容
個別手配

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