斑鳩・法隆寺周辺旅行記(ブログ) 一覧に戻る
一年を表す6季のうちのひとつ、梅雨から真っ先にイメージされるのは、やはりアジサイ。憂鬱な季節ですが、雨に濡れた青や赤のアジサイの色彩は人の心に染み入り、滅入った気分を払拭してくれます。梅雨の合間の「五月晴」の中、奈良県にある矢田寺を訪ねてみました。<br />矢田の里は、斑鳩の里に連なる小高い矢田丘陵の中腹にあり、万葉集にも詠まれました。矢田寺は、「矢田の地蔵さん」、また境内に咲き誇るアジサイが見事であるところから別名「アジサイ寺」として親しまれ、例年の「アジサイ名所ランキング」では常にトップを争う人気スポットです。昭和40年代、周辺が県立矢田自然公園に指定されたのをきっかけに本格的なアジサイ栽培を始めたそうです。<br />付近の山麓が万葉の昔から矢田の里と呼ばれてきたところから「矢田寺」と呼ばれていますが、正式な寺名は、「矢田山 金剛山寺(こんごうせんじ)」と言う名刹です。また、矢田寺は、昔から関西の善光寺と称され、地蔵信仰の発祥の霊場のひとつとも言われています。ですから、境内のあちこちに地蔵菩薩の石像が安置されているのも頷けます。創建時には十一面観音と吉祥天を本尊としてきましたが、弘仁年間に寺を中興した満米(まんまい)上人が延命地蔵菩薩を刻んで安置したことから、地蔵信仰の中心地として栄えてきたとされています。<br /><br />

あをによし 奈良紫絵巻紀行①矢田寺<前編>

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2014/06/14 - 2014/06/14

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montsaintmichel

montsaintmichelさん

一年を表す6季のうちのひとつ、梅雨から真っ先にイメージされるのは、やはりアジサイ。憂鬱な季節ですが、雨に濡れた青や赤のアジサイの色彩は人の心に染み入り、滅入った気分を払拭してくれます。梅雨の合間の「五月晴」の中、奈良県にある矢田寺を訪ねてみました。
矢田の里は、斑鳩の里に連なる小高い矢田丘陵の中腹にあり、万葉集にも詠まれました。矢田寺は、「矢田の地蔵さん」、また境内に咲き誇るアジサイが見事であるところから別名「アジサイ寺」として親しまれ、例年の「アジサイ名所ランキング」では常にトップを争う人気スポットです。昭和40年代、周辺が県立矢田自然公園に指定されたのをきっかけに本格的なアジサイ栽培を始めたそうです。
付近の山麓が万葉の昔から矢田の里と呼ばれてきたところから「矢田寺」と呼ばれていますが、正式な寺名は、「矢田山 金剛山寺(こんごうせんじ)」と言う名刹です。また、矢田寺は、昔から関西の善光寺と称され、地蔵信仰の発祥の霊場のひとつとも言われています。ですから、境内のあちこちに地蔵菩薩の石像が安置されているのも頷けます。創建時には十一面観音と吉祥天を本尊としてきましたが、弘仁年間に寺を中興した満米(まんまい)上人が延命地蔵菩薩を刻んで安置したことから、地蔵信仰の中心地として栄えてきたとされています。

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦
交通手段
高速・路線バス 私鉄
  • 近畿日本鉄道<br />矢田寺へは近鉄と奈良交通バスを利用しました。<br />奈良線「奈良」行の快速急行に乗車し、「西大寺」駅で橿原線に乗り換え、「郡山」駅で下車します。

    近畿日本鉄道
    矢田寺へは近鉄と奈良交通バスを利用しました。
    奈良線「奈良」行の快速急行に乗車し、「西大寺」駅で橿原線に乗り換え、「郡山」駅で下車します。

  • 近鉄郡山駅<br />経営の合理化に伴い、この駅では駅長さんを置かず、天理駅長さんの管轄となっているそうです。<br />ここから、奈良交通バスに乗り換えて、矢田寺バス停まで20分程です。<br />バスターミナルは、北東へ50m程の所にある西友大和郡山店前にあります。改札を出て交番の手前の道を右(北)に進みます。途中、ビルの抜け道が近道となりますが、一筋目の道を左折すればターミナルへ着きます。<br />

    近鉄郡山駅
    経営の合理化に伴い、この駅では駅長さんを置かず、天理駅長さんの管轄となっているそうです。
    ここから、奈良交通バスに乗り換えて、矢田寺バス停まで20分程です。
    バスターミナルは、北東へ50m程の所にある西友大和郡山店前にあります。改札を出て交番の手前の道を右(北)に進みます。途中、ビルの抜け道が近道となりますが、一筋目の道を左折すればターミナルへ着きます。

  • 駅前交番<br />改札口を出ると正面に風変わりなお城のようなユニークな建物が見えます。<br />なんと、この建物が「交番」です。<br />郡山城の天守閣を模しているのでしょう。

    駅前交番
    改札口を出ると正面に風変わりなお城のようなユニークな建物が見えます。
    なんと、この建物が「交番」です。
    郡山城の天守閣を模しているのでしょう。

  • 矢田寺バス停<br />バスは遠巻きに郡山城を迂回した後、一路、西へと向かいます。矢田丘陵の低い山並みが間近に迫ってくると矢田寺バス停に到着です。<br />生駒山脈の東側に谷を一つ挟んで広がる矢田丘陵は、珍しく自然が比較的良好に保たれている里山といえます。<br />富雄川に架かる外川橋を過ぎると道は緩やかな丘陵の斜面に変わります。この辺りは古代には「八田の野」と呼ばれていた場所です。古代には、丘陵の斜面を「野」と称したようです。 <br />ここから矢田寺の山門までは、7分程坂道を登っていくことになります。

    矢田寺バス停
    バスは遠巻きに郡山城を迂回した後、一路、西へと向かいます。矢田丘陵の低い山並みが間近に迫ってくると矢田寺バス停に到着です。
    生駒山脈の東側に谷を一つ挟んで広がる矢田丘陵は、珍しく自然が比較的良好に保たれている里山といえます。
    富雄川に架かる外川橋を過ぎると道は緩やかな丘陵の斜面に変わります。この辺りは古代には「八田の野」と呼ばれていた場所です。古代には、丘陵の斜面を「野」と称したようです。
    ここから矢田寺の山門までは、7分程坂道を登っていくことになります。

  • 矢田寺 参道<br />「八田の野」の東に広がる地域は、我が国初の計画都市となったかもしれない土地と言われています。『日本書紀』には、「壬申の乱に勝利した天武天皇は、とりあえず飛鳥浄御原を宮処とした。しかし、新都計画に熱心な天武天皇は、天武5年(676)、新城(にいき)に都を置こうとして新都の田園は公私を問わず耕作を禁じた。天武11年(683)には、三野王らに命じて造都の準備のため地形を観察させ、自らも現地に行幸した」と記されています。しかし、何らかの事情でこの遷都計画は頓挫してしまいました。歴史にもしもはありませんが、「矢田京」が造営されていれば藤原京はなかったことでしょう。それならば、平城京や平安京の造営にも何らかの影響があったかもしれません。 <br />

    矢田寺 参道
    「八田の野」の東に広がる地域は、我が国初の計画都市となったかもしれない土地と言われています。『日本書紀』には、「壬申の乱に勝利した天武天皇は、とりあえず飛鳥浄御原を宮処とした。しかし、新都計画に熱心な天武天皇は、天武5年(676)、新城(にいき)に都を置こうとして新都の田園は公私を問わず耕作を禁じた。天武11年(683)には、三野王らに命じて造都の準備のため地形を観察させ、自らも現地に行幸した」と記されています。しかし、何らかの事情でこの遷都計画は頓挫してしまいました。歴史にもしもはありませんが、「矢田京」が造営されていれば藤原京はなかったことでしょう。それならば、平城京や平安京の造営にも何らかの影響があったかもしれません。

  • 矢田寺 参道<br />急な坂道の参道脇では、このようなお地蔵さんの立て看板や本物の地蔵尊が励ましてくださいます。

    矢田寺 参道
    急な坂道の参道脇では、このようなお地蔵さんの立て看板や本物の地蔵尊が励ましてくださいます。

  • 矢田寺 山門<br />山門の手前に青やピンク色のアジサイが咲き並び、参拝者を労ってくれます。

    矢田寺 山門
    山門の手前に青やピンク色のアジサイが咲き並び、参拝者を労ってくれます。

  • 矢田寺 山門<br />山門を借景に、ピンク色に染まりゆくアジサイを撮りました。<br />10時40分ごろですが、人の往来が途絶えることがありません。

    矢田寺 山門
    山門を借景に、ピンク色に染まりゆくアジサイを撮りました。
    10時40分ごろですが、人の往来が途絶えることがありません。

  • 矢田寺 山門<br />正式には矢田山 金剛山寺と言い、高野山真言宗別格本山の寺になります。<br /><br />矢田寺には史料が存在せず、もっぱら「諸寺縁起集」等の寺伝によるしかないようです。寺伝によると、「今から約1300年前、壬申の乱に勝利した大海人皇子(おおあまのみこ:天武天皇)が壬申の乱の戦勝祈願のため矢田山に登り、その甲斐あって勝つことができたため、即位後の676年、智通僧正に勅せられて七堂伽欄48カ所坊を造営したのが開基です。当初は十一面観音菩薩と吉祥天女が本尊でしたが、弘仁年間(810〜823)にこの寺を中興した満米上人(まんまいしょうにん)が地蔵菩薩を安置して以来、地蔵信仰の中心地として栄えてきた」と伝えています。 <br />

    矢田寺 山門
    正式には矢田山 金剛山寺と言い、高野山真言宗別格本山の寺になります。

    矢田寺には史料が存在せず、もっぱら「諸寺縁起集」等の寺伝によるしかないようです。寺伝によると、「今から約1300年前、壬申の乱に勝利した大海人皇子(おおあまのみこ:天武天皇)が壬申の乱の戦勝祈願のため矢田山に登り、その甲斐あって勝つことができたため、即位後の676年、智通僧正に勅せられて七堂伽欄48カ所坊を造営したのが開基です。当初は十一面観音菩薩と吉祥天女が本尊でしたが、弘仁年間(810〜823)にこの寺を中興した満米上人(まんまいしょうにん)が地蔵菩薩を安置して以来、地蔵信仰の中心地として栄えてきた」と伝えています。

  • 矢田寺 山門<br />拝観料400円を支払い、山門から更に続く石段の参道を登っていきます。<br />山門を潜ると、雑念が洗われたかのように空気感が一変するのが判ります。

    矢田寺 山門
    拝観料400円を支払い、山門から更に続く石段の参道を登っていきます。
    山門を潜ると、雑念が洗われたかのように空気感が一変するのが判ります。

  • 矢田寺 地蔵尊<br />最初の階段の踊り場に祀られている地蔵尊です。<br />立派な祠に祀られているのは、何か由来でもあるのでしょうか?<br />ご利益が厚いのかもしれません。丁重に拝んで先へ進みます。<br />

    矢田寺 地蔵尊
    最初の階段の踊り場に祀られている地蔵尊です。
    立派な祠に祀られているのは、何か由来でもあるのでしょうか?
    ご利益が厚いのかもしれません。丁重に拝んで先へ進みます。

  • 矢田寺 参道脇の石碑<br />比較的新しそうな石碑です。<br />地蔵尊が半肉彫りされています。

    矢田寺 参道脇の石碑
    比較的新しそうな石碑です。
    地蔵尊が半肉彫りされています。

  • 矢田寺 参道<br />階段を登り切ると左右に塔頭寺院の白壁の築地塀が広がる平坦な参道に一変します。<br />塀の遥か奥に、漸く本堂の屋根が見えてきました。

    矢田寺 参道
    階段を登り切ると左右に塔頭寺院の白壁の築地塀が広がる平坦な参道に一変します。
    塀の遥か奥に、漸く本堂の屋根が見えてきました。

  • 矢田寺 大門坊<br />右手には大門坊の手水鉢があり、本堂裏山から湧き出た水が引かれています。<br />その脇には、楚々としたアジサイが彩りを添えています。<br />矢田寺の塔頭のひとつであり、 弘法大師が25歳の時に矢田山に登り、不動明王を図写し、 国家安穏、万民豊楽の誓願をたてて留錫され、 「三大秘密教門院」と命名された寺院だそうです。

    矢田寺 大門坊
    右手には大門坊の手水鉢があり、本堂裏山から湧き出た水が引かれています。
    その脇には、楚々としたアジサイが彩りを添えています。
    矢田寺の塔頭のひとつであり、 弘法大師が25歳の時に矢田山に登り、不動明王を図写し、 国家安穏、万民豊楽の誓願をたてて留錫され、 「三大秘密教門院」と命名された寺院だそうです。

  • 矢田寺 矢田聖天<br />聖天尊が祀られている御堂です。 <br />江戸時代中期の高僧 慈雲尊者が宝暦年間に勧請したと伝えられる大聖歓喜天尊をはじめ、諸尊が安置されています。大聖歓喜天尊は、大日如来が「最后の方便」としてこの世に出現した姿と言われています。数多の神様の中でもどんな者でも見捨てないで救ってくださる威徳が勝れています。<br />旧建物は、江戸時代初期の儒学者 熊沢蕃山が隠棲して著作活動を行ったと伝わる法光寺の本堂を移築したものでしたが、老朽化が著しく、1984年に現在の宝形造りに改築されました。堂正面の額「歓喜天」の書は、慈雲尊者の筆です。<br /><br />

    矢田寺 矢田聖天
    聖天尊が祀られている御堂です。
    江戸時代中期の高僧 慈雲尊者が宝暦年間に勧請したと伝えられる大聖歓喜天尊をはじめ、諸尊が安置されています。大聖歓喜天尊は、大日如来が「最后の方便」としてこの世に出現した姿と言われています。数多の神様の中でもどんな者でも見捨てないで救ってくださる威徳が勝れています。
    旧建物は、江戸時代初期の儒学者 熊沢蕃山が隠棲して著作活動を行ったと伝わる法光寺の本堂を移築したものでしたが、老朽化が著しく、1984年に現在の宝形造りに改築されました。堂正面の額「歓喜天」の書は、慈雲尊者の筆です。

  • 矢田寺 参道<br />大門坊と念仏院の築地塀に挟まれた参道を抜けると石の階段の上に奈良県屈指の巨大な木造の本堂が聳え建っています。

    矢田寺 参道
    大門坊と念仏院の築地塀に挟まれた参道を抜けると石の階段の上に奈良県屈指の巨大な木造の本堂が聳え建っています。

  • 矢田寺 参道<br />アジサイ見本園の手前の石垣に、ハート型をした2輪のアジサイが仲睦まじく並び、心地よい風にリズミカルにシンクロナイズして揺らいでいます。

    矢田寺 参道
    アジサイ見本園の手前の石垣に、ハート型をした2輪のアジサイが仲睦まじく並び、心地よい風にリズミカルにシンクロナイズして揺らいでいます。

  • 矢田寺 参道<br />本堂を借景に一枚。

    矢田寺 参道
    本堂を借景に一枚。

  • 矢田寺 参道<br />花びらに見えるのは萼片で、装飾花とも言います。その萼片が大きく、目を瞠るような神々しい色彩を放っている一輪がありました。

    矢田寺 参道
    花びらに見えるのは萼片で、装飾花とも言います。その萼片が大きく、目を瞠るような神々しい色彩を放っている一輪がありました。

  • 矢田寺 参道<br />その隣には、可憐なガクアジサイの姿があります。<br />時期的に少し早めに訪問したお目当てのひとつが、このガクアジサイの鑑賞です。2年前に三室戸寺で出会って以来、魅了されてしまいました。<br />アジサイの原種とされるヤマアジサイに近い品種で、豪華絢爛なセイヨウアジサイに比べて早咲きです。つまり、セイヨウアジサイが満開の頃には、すでに萎れたり、枯れたりしているアジサイです。

    矢田寺 参道
    その隣には、可憐なガクアジサイの姿があります。
    時期的に少し早めに訪問したお目当てのひとつが、このガクアジサイの鑑賞です。2年前に三室戸寺で出会って以来、魅了されてしまいました。
    アジサイの原種とされるヤマアジサイに近い品種で、豪華絢爛なセイヨウアジサイに比べて早咲きです。つまり、セイヨウアジサイが満開の頃には、すでに萎れたり、枯れたりしているアジサイです。

  • 矢田寺 ウズアジサイ<br />暑さで萎んでしまったの???いえいえ、そうではありません。<br />一見アジサイとは別種のように見えますが、ウズアジサイ(渦紫陽花)と言います。<br />日本原産の萼紫陽花の園芸品種のひとつに数えられ、特徴は、装飾花(萼片)が内側にクルッと丸まって渦を巻いたように見えることです。その可愛らしさから、お多福アジサイとも呼ばれます。今まで見たことがなかったので最近の品種かと思いましたが、江戸時代からある古代種だそうです。<br />ウイルスに侵されたものが園芸品種として定着したものだそうです。嫌われ者のウイルスも、時には美しいものを創りだす手助けをするんですね!

    矢田寺 ウズアジサイ
    暑さで萎んでしまったの???いえいえ、そうではありません。
    一見アジサイとは別種のように見えますが、ウズアジサイ(渦紫陽花)と言います。
    日本原産の萼紫陽花の園芸品種のひとつに数えられ、特徴は、装飾花(萼片)が内側にクルッと丸まって渦を巻いたように見えることです。その可愛らしさから、お多福アジサイとも呼ばれます。今まで見たことがなかったので最近の品種かと思いましたが、江戸時代からある古代種だそうです。
    ウイルスに侵されたものが園芸品種として定着したものだそうです。嫌われ者のウイルスも、時には美しいものを創りだす手助けをするんですね!

  • 矢田寺 地蔵尊<br />梅雨時にイメージする花の代表格がアジサイです。原産地は日本で、語源は「藍色が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」が訛ったものとされています。漢字表記の「紫陽花」は、唐の詩人白居易が別の花に名付けたものを、平安時代の学者がアジサイにこの漢字を当て嵌めため誤って広まったものだと言われています。 <br />

    矢田寺 地蔵尊
    梅雨時にイメージする花の代表格がアジサイです。原産地は日本で、語源は「藍色が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」が訛ったものとされています。漢字表記の「紫陽花」は、唐の詩人白居易が別の花に名付けたものを、平安時代の学者がアジサイにこの漢字を当て嵌めため誤って広まったものだと言われています。

  • 矢田寺 地蔵尊<br />地蔵尊とヒメアジサイのコラボレーションです。<br />一週間後にはヒメアジサイの色彩も色濃くなり、コントラストもより強調された絵になっていることでしょう。<br /><br />矢田寺は「あじさい寺」の異名を持つほど、境内には数多くのアジサイが植えてあります。約2万50000平方mの境内に約60種類8000株のアジサイが咲き誇っています。咲き競うアジサイの花のひとつ一つが、グラデーションの妙で訪れる者の目を楽しませてくれます。 <br />ところで、地蔵菩薩とアジサイとは決して無縁ではありません。アジサイは 「七変化」とも呼ばれ、蕾の頃は緑色、それが白く移ろい、咲く頃には水色または薄紅色、咲き終わりに近づくにつれて、花色は濃くなっていきます。それは、留まるところを知らない諸行無常を表しているようでもあり、種々の姿に分身して衆生を救済する地蔵菩薩の化身のようにも映ります。これらの花々を眺めることで、鬱陶しい梅雨時の不快感を少しは解消してくれることでしょう。<br />

    矢田寺 地蔵尊
    地蔵尊とヒメアジサイのコラボレーションです。
    一週間後にはヒメアジサイの色彩も色濃くなり、コントラストもより強調された絵になっていることでしょう。

    矢田寺は「あじさい寺」の異名を持つほど、境内には数多くのアジサイが植えてあります。約2万50000平方mの境内に約60種類8000株のアジサイが咲き誇っています。咲き競うアジサイの花のひとつ一つが、グラデーションの妙で訪れる者の目を楽しませてくれます。
    ところで、地蔵菩薩とアジサイとは決して無縁ではありません。アジサイは 「七変化」とも呼ばれ、蕾の頃は緑色、それが白く移ろい、咲く頃には水色または薄紅色、咲き終わりに近づくにつれて、花色は濃くなっていきます。それは、留まるところを知らない諸行無常を表しているようでもあり、種々の姿に分身して衆生を救済する地蔵菩薩の化身のようにも映ります。これらの花々を眺めることで、鬱陶しい梅雨時の不快感を少しは解消してくれることでしょう。

  • 矢田寺 カシワバアジサイ(一重)<br />まず、アジサイ見本園を訪ねてみます。<br />ここには、60種類以上のアジサイが植えられています。<br /><br /><br /><br />

    矢田寺 カシワバアジサイ(一重)
    まず、アジサイ見本園を訪ねてみます。
    ここには、60種類以上のアジサイが植えられています。



  • 矢田寺 カシワバアジサイ(八重)<br />葉の形がカシワに似ていることが、名の由来です。<br />花の色は白で、円錐状あるいは房状に広がります。

    矢田寺 カシワバアジサイ(八重)
    葉の形がカシワに似ていることが、名の由来です。
    花の色は白で、円錐状あるいは房状に広がります。

  • 矢田寺 ミカン葉ガクアジシイ<br />ガクアジサイの葉が、ミカンの葉の形状に突然変異したものです。<br />この一輪だけが花を咲かせていましたので、まだ咲はじめたばかりのようです。<br />丸くくるまったエレガントな装飾花が、味わいを添えています。

    矢田寺 ミカン葉ガクアジシイ
    ガクアジサイの葉が、ミカンの葉の形状に突然変異したものです。
    この一輪だけが花を咲かせていましたので、まだ咲はじめたばかりのようです。
    丸くくるまったエレガントな装飾花が、味わいを添えています。

  • 矢田寺 ナデシコガクアジサイ<br />装飾花に独特の可愛らしい鋸歯を持つため、ナデシコの花になぞらえて「ナデシコ咲き」と呼ぶそうです。

    矢田寺 ナデシコガクアジサイ
    装飾花に独特の可愛らしい鋸歯を持つため、ナデシコの花になぞらえて「ナデシコ咲き」と呼ぶそうです。

  • 矢田寺 三原八重<br />こちらも咲はじめです。<br />これから極薄いピンク色の八重の装飾花へと変化していきます。

    矢田寺 三原八重
    こちらも咲はじめです。
    これから極薄いピンク色の八重の装飾花へと変化していきます。

  • 矢田寺 海峡<br />普通のアジサイより装飾花も葉も小型です。<br />清涼感が溢れる花色の一重咲きです。<br />名の由来は、判りません。

    矢田寺 海峡
    普通のアジサイより装飾花も葉も小型です。
    清涼感が溢れる花色の一重咲きです。
    名の由来は、判りません。

  • 矢田寺 ブルーキング<br />青や紫の色合いが特徴の手毬アジサイの一種です。<br />満開時の深い色彩ではなく、咲きはじめのグラデーションの妙をお楽しみください。<br />原産国は日本ですが、一度欧州で改良されて逆輸入された経緯からセイヨウアジサイの仲間とされています。

    矢田寺 ブルーキング
    青や紫の色合いが特徴の手毬アジサイの一種です。
    満開時の深い色彩ではなく、咲きはじめのグラデーションの妙をお楽しみください。
    原産国は日本ですが、一度欧州で改良されて逆輸入された経緯からセイヨウアジサイの仲間とされています。

  • 矢田寺 ブルーキング<br />少し色彩が進化したものです。<br />満開時にはもっと色が濃くなるそうです。

    矢田寺 ブルーキング
    少し色彩が進化したものです。
    満開時にはもっと色が濃くなるそうです。

  • 矢田寺 エンジアンダム<br />大振りの手毬咲きですが、額縁咲のテラシリーズ品種の親のひとつとされています。

    矢田寺 エンジアンダム
    大振りの手毬咲きですが、額縁咲のテラシリーズ品種の親のひとつとされています。

  • 矢田寺 ツルアジサイ<br />東アジア原産の蔓性アジサイで、ヤマアジサイと似た楚々とした花を咲かせます。<br />幹や枝から気根を出して高木や岩崖に付着し、絡みながら這い登る逞しいアジサイです。見本園では、アーチ状になっています。

    矢田寺 ツルアジサイ
    東アジア原産の蔓性アジサイで、ヤマアジサイと似た楚々とした花を咲かせます。
    幹や枝から気根を出して高木や岩崖に付着し、絡みながら這い登る逞しいアジサイです。見本園では、アーチ状になっています。

  • 矢田寺 黒姫アジサイ<br />茎の色が黒っぽくなっているのが特徴です。<br />一般のヤマアジサイより早咲きですので、すでに見頃を迎えています。

    矢田寺 黒姫アジサイ
    茎の色が黒っぽくなっているのが特徴です。
    一般のヤマアジサイより早咲きですので、すでに見頃を迎えています。

  • 矢田寺 シチダンカ(七段花)<br />シーボルトが日本で調査して記した植物の書物の中にシチダンカがあります。しかし、その後確認されず、本当にあるのかどうか議論されていたそうです。出版から130年後に六甲山で発見され、幻の花は実在したと確認されました。これが「幻のアジサイ」の由来だそうです。ヤマアジサイの一種で日本の山間部に自生するアジサイです。八重種であることが特徴です。ガクアジサイとの違いは、背丈1m位と低木、葉が薄くて光沢がない、花が楚々として美しいものが多いということです。

    矢田寺 シチダンカ(七段花)
    シーボルトが日本で調査して記した植物の書物の中にシチダンカがあります。しかし、その後確認されず、本当にあるのかどうか議論されていたそうです。出版から130年後に六甲山で発見され、幻の花は実在したと確認されました。これが「幻のアジサイ」の由来だそうです。ヤマアジサイの一種で日本の山間部に自生するアジサイです。八重種であることが特徴です。ガクアジサイとの違いは、背丈1m位と低木、葉が薄くて光沢がない、花が楚々として美しいものが多いということです。

  • 矢田寺 シチダンカ<br />この種も早咲きですので、もうしばらくすると枯れてしまう命短い儚い花です。

    矢田寺 シチダンカ
    この種も早咲きですので、もうしばらくすると枯れてしまう命短い儚い花です。

  • 矢田寺 富士の滝<br />木漏れ日のスポットライトを浴びて生き生きと輝いています。<br />花柄が長いため、花が俯きながら重なって滝が流れるように咲いています。この姿から「富士の滝」と命名されたのでしょうね!<br />八重花で細い葉も特徴的です。両性花は目立ちません。<br />一見カシワバアジサイのようにも見えますが、こちらは複雑な八重花となっています。

    矢田寺 富士の滝
    木漏れ日のスポットライトを浴びて生き生きと輝いています。
    花柄が長いため、花が俯きながら重なって滝が流れるように咲いています。この姿から「富士の滝」と命名されたのでしょうね!
    八重花で細い葉も特徴的です。両性花は目立ちません。
    一見カシワバアジサイのようにも見えますが、こちらは複雑な八重花となっています。

  • 矢田寺 小甘茶<br />ヤマアジサイによく似た装飾花を付けます。花の色は、咲はじめは淡い紫色を呈していますが、やがて淡い紅色に変化していきます。花の先端が丸みを帯びているのが特徴です。

    矢田寺 小甘茶
    ヤマアジサイによく似た装飾花を付けます。花の色は、咲はじめは淡い紫色を呈していますが、やがて淡い紅色に変化していきます。花の先端が丸みを帯びているのが特徴です。

  • 矢田寺 紅花甘茶<br />紅花甘茶は、装飾花の色合いが白から次第に赤く変色する特徴があります。<br />甘茶の名は、お釈迦様の誕生日とされる4月8日の花祭りの日にこのアジサイの葉を煎じて飲んだことが由来です。天然甘味料としても使われるほどで、この葉を発酵させて作られるフィロズルチンという非糖質系甘味成分がその甘みの基となっています。またフィロズルチンは、砂糖の約1000倍の甘み成分があると言われてます。<br />

    矢田寺 紅花甘茶
    紅花甘茶は、装飾花の色合いが白から次第に赤く変色する特徴があります。
    甘茶の名は、お釈迦様の誕生日とされる4月8日の花祭りの日にこのアジサイの葉を煎じて飲んだことが由来です。天然甘味料としても使われるほどで、この葉を発酵させて作られるフィロズルチンという非糖質系甘味成分がその甘みの基となっています。またフィロズルチンは、砂糖の約1000倍の甘み成分があると言われてます。

  • 矢田寺 紅花甘茶<br />こちらは、装飾花の輪郭が少し紅色に染まり始めています。

    矢田寺 紅花甘茶
    こちらは、装飾花の輪郭が少し紅色に染まり始めています。

  • 矢田寺 八重ガクアジサイ<br />楚々として繊細な感じを醸す八重咲のガクアジサイです。<br />

    矢田寺 八重ガクアジサイ
    楚々として繊細な感じを醸す八重咲のガクアジサイです。

  • 矢田寺 ヤマアジサイ<br />こちらがアジサイの原種と言われるヤマアジサイです。<br />両性花も目立ってきているので、ほぼ満開と言ったところでしょうか。<br />アジサイは、しばしば宇宙に例えられることがありますが、まさにそう思わせる一枚です。どことなく、夥しいほどの数の星が漂う宇宙空間を彷彿とさせるものがあります。

    矢田寺 ヤマアジサイ
    こちらがアジサイの原種と言われるヤマアジサイです。
    両性花も目立ってきているので、ほぼ満開と言ったところでしょうか。
    アジサイは、しばしば宇宙に例えられることがありますが、まさにそう思わせる一枚です。どことなく、夥しいほどの数の星が漂う宇宙空間を彷彿とさせるものがあります。

  • 矢田寺 三河千鳥<br />手毬咲きのガクアジサイです。<br />奥三河原産で、貝殻のような花弁が反り返って雄蕊が長く千鳥の足に似ていることから<br />この名があります。<br />雄蕊が睫毛のように長く、とてもチャーミングな感じがします。

    矢田寺 三河千鳥
    手毬咲きのガクアジサイです。
    奥三河原産で、貝殻のような花弁が反り返って雄蕊が長く千鳥の足に似ていることから
    この名があります。
    雄蕊が睫毛のように長く、とてもチャーミングな感じがします。

  • 矢田寺 白妙<br />早咲きの八重種で、日光に照らされた装飾花は紅色に染まってしまうそうです。このように純白なものは、日陰で生涯を終えるものに限られるそうです。<br />因みに、白妙とは、コウゾなどの木の皮の繊維で織った真っ白な布のことで、百人一首にも詠まれています。

    矢田寺 白妙
    早咲きの八重種で、日光に照らされた装飾花は紅色に染まってしまうそうです。このように純白なものは、日陰で生涯を終えるものに限られるそうです。
    因みに、白妙とは、コウゾなどの木の皮の繊維で織った真っ白な布のことで、百人一首にも詠まれています。

  • 矢田寺 天城甘茶<br />伊豆半島に自生するヤマアジサイの変種甘茶であることが、名の由来です。<br />アジサイの仲間の中でも葉が細身であるのが特徴です。両性花の色は白で、装飾花も白色です。

    矢田寺 天城甘茶
    伊豆半島に自生するヤマアジサイの変種甘茶であることが、名の由来です。
    アジサイの仲間の中でも葉が細身であるのが特徴です。両性花の色は白で、装飾花も白色です。

  • 矢田寺 甘茶<br />真ん中に紫色を帯びた両性花が付き、周りを薄紫色の装飾花が取り囲みます。<br />分類上はヤマアジサイの変種のひとつとされ、甘茶製造用に栽培されています。

    矢田寺 甘茶
    真ん中に紫色を帯びた両性花が付き、周りを薄紫色の装飾花が取り囲みます。
    分類上はヤマアジサイの変種のひとつとされ、甘茶製造用に栽培されています。

  • 矢田寺 剣の舞<br />とても繊細で綺麗な薄紫色の八重の装飾花が愛らしいアジサイです。<br />一見、装飾花が乱舞しているような躍動感を覚えたので、アラム・ ハチャトゥリアン作曲のバレエ『ガイーヌ』の最終幕で用いられる楽曲「剣の舞」から命名された比較的新種のアジサイかと思っていました。しかし帰宅して調べたところ、徳島県剣山原産ということから、名の由来があることが判りました。<br />

    矢田寺 剣の舞
    とても繊細で綺麗な薄紫色の八重の装飾花が愛らしいアジサイです。
    一見、装飾花が乱舞しているような躍動感を覚えたので、アラム・ ハチャトゥリアン作曲のバレエ『ガイーヌ』の最終幕で用いられる楽曲「剣の舞」から命名された比較的新種のアジサイかと思っていました。しかし帰宅して調べたところ、徳島県剣山原産ということから、名の由来があることが判りました。

  • 矢田寺 紅手毬<br />装飾花には、徐々に水彩絵の具を滲ませたような薄紅色の絞りができてくるそうです。<br /><br />

    矢田寺 紅手毬
    装飾花には、徐々に水彩絵の具を滲ませたような薄紅色の絞りができてくるそうです。

  • 矢田寺 紅ガクアジサイ<br />こちらも装飾花が白色から紅色に移り変わります。<br />両性花は水色なので、とてもカラフルで華やいだ感じを醸しています。<br />

    矢田寺 紅ガクアジサイ
    こちらも装飾花が白色から紅色に移り変わります。
    両性花は水色なので、とてもカラフルで華やいだ感じを醸しています。

  • 矢田寺 紅(クレナイ)ヤマアジサイ<br />写真では判りにくいのですが、とても小さな可憐なアジサイです。<br />こちらも日の光を浴びると白色から紅色に時々刻々と変色するアジサイです。<br /><br />

    矢田寺 紅(クレナイ)ヤマアジサイ
    写真では判りにくいのですが、とても小さな可憐なアジサイです。
    こちらも日の光を浴びると白色から紅色に時々刻々と変色するアジサイです。

  • 矢田寺 日向青<br />宮崎県日向地方で発見されたアジサイで、その地名と装飾花の濃青色が名の由来です。<br />目を瞠るような濃青色の装飾花が、清涼感を誘います。

    矢田寺 日向青
    宮崎県日向地方で発見されたアジサイで、その地名と装飾花の濃青色が名の由来です。
    目を瞠るような濃青色の装飾花が、清涼感を誘います。

  • 矢田寺 七変化<br />元々、アジサイには別名として「七変化」と言う名があります。敢えて、「七変化」と命名されたことから察すると、さぞ劇的な七変化を遂げるアジサイなのでしょうね!<br />現在は、ショッキング・ブルーと言ったところでしょうか。装飾花の輪郭が紫色になりつつあります。<br />

    矢田寺 七変化
    元々、アジサイには別名として「七変化」と言う名があります。敢えて、「七変化」と命名されたことから察すると、さぞ劇的な七変化を遂げるアジサイなのでしょうね!
    現在は、ショッキング・ブルーと言ったところでしょうか。装飾花の輪郭が紫色になりつつあります。

  • 矢田寺 六甲半手毬<br />六甲山系で見られるアジサイだそうですが、希少種となっているそうです。 <br />

    矢田寺 六甲半手毬
    六甲山系で見られるアジサイだそうですが、希少種となっているそうです。

  • 矢田寺 深山八重紫<br />京都府原産のガクアジサイです。<br />大輪丸弁八重咲きの装飾花と両性花のバランスも良く、上品で洗練された雰囲気を醸しています。

    矢田寺 深山八重紫
    京都府原産のガクアジサイです。
    大輪丸弁八重咲きの装飾花と両性花のバランスも良く、上品で洗練された雰囲気を醸しています。

  • 矢田寺 深山八重紫<br />木漏れ日がスポットライトのように降り注ぎます。

    矢田寺 深山八重紫
    木漏れ日がスポットライトのように降り注ぎます。

  • 矢田寺 美里桜<br />桜花のような楚々とした装飾花を付けるガクアジサイです。<br />

    矢田寺 美里桜
    桜花のような楚々とした装飾花を付けるガクアジサイです。

  • 矢田寺 白扇(はくせん)<br />山口清重氏が鳳来山で発見したヤマアジサイ系の白手毬です。

    矢田寺 白扇(はくせん)
    山口清重氏が鳳来山で発見したヤマアジサイ系の白手毬です。

  • 矢田寺 椎葉ヤマアジサイ<br />宮崎県椎葉村原産のヤマアジサイです。<br />目が覚めるような澄み切ったブルーが印象的です。

    矢田寺 椎葉ヤマアジサイ
    宮崎県椎葉村原産のヤマアジサイです。
    目が覚めるような澄み切ったブルーが印象的です。

  • 矢田寺 アナベル<br />北アメリカ産の品種。<br />花の色は、始めから終わりまで白色です。ふんわりとした白い花が涼しげでいいですね。

    矢田寺 アナベル
    北アメリカ産の品種。
    花の色は、始めから終わりまで白色です。ふんわりとした白い花が涼しげでいいですね。

  • 矢田寺 イワガラミ<br />岩を這うように伸びています。アジサイの中でも異色の存在がこの「イワガラミ」です。蔓性アジサイの一種ですが、このように石垣をよじ登っていきます。<br />

    矢田寺 イワガラミ
    岩を這うように伸びています。アジサイの中でも異色の存在がこの「イワガラミ」です。蔓性アジサイの一種ですが、このように石垣をよじ登っていきます。

  • 矢田寺 ゆきアジサイ<br />淡雪を彷彿とさせる色合いの手毬系アジサイです。<br />

    矢田寺 ゆきアジサイ
    淡雪を彷彿とさせる色合いの手毬系アジサイです。

  • 矢田寺 佐渡の庄<br />淡い薄紫色の装飾花が魅力的です。

    矢田寺 佐渡の庄
    淡い薄紫色の装飾花が魅力的です。

  • 矢田寺 ヒメアジサイ<br />ハート型をしたヒメアジサイです。

    矢田寺 ヒメアジサイ
    ハート型をしたヒメアジサイです。

  • 矢田寺 インマキュラータ <br />白い手毬咲きで、装飾花に刻みが入るのが特徴です。<br />因みに、インマキュラータとは、聖母マリアを指します。「マキュラータ」とは、ラテン語では罪という意味で、「イン」というのはそれがないという意味です。聖母マリアは無原罪の御宿りをされた方なので、インマキュラータと呼ばれるそうです。

    矢田寺 インマキュラータ 
    白い手毬咲きで、装飾花に刻みが入るのが特徴です。
    因みに、インマキュラータとは、聖母マリアを指します。「マキュラータ」とは、ラテン語では罪という意味で、「イン」というのはそれがないという意味です。聖母マリアは無原罪の御宿りをされた方なので、インマキュラータと呼ばれるそうです。

  • 矢田寺 藍姫<br />薄い赤紫から目の醒めるような藍色に変わる品種です。丁度、上下でビフォワー&アフターを示す形になっています。

    矢田寺 藍姫
    薄い赤紫から目の醒めるような藍色に変わる品種です。丁度、上下でビフォワー&アフターを示す形になっています。

  • 矢田寺 ヤマボウシ<br />鬱蒼とした森の雰囲気を演出しているのがこの木です。この木のおかげで、ガクアジサイに欠かせない木陰が確保されています。<br /><br />ミズキ科ミズキ属ヤマボウシ亜属の落葉高木。日本原産で東北以南、日本各地の山野に自生しています。開花期は5月中旬〜6月中旬。花穂は黄緑色で小さく、20〜30個の花が球状に集合しています。その外側に大形で蕾を包んでいたものが変化した白色の総包が4枚あり、一見するとそれが花びらのように錯覚します。秋には赤いイチゴを連想させるような甘い果実が付き、食べられるそうです。赤く熟す実が、桑の実に似ているため「山桑」という別名もあります。<br />「ヤマボウシ」という名は、花の姿が比叡山延暦寺の「山法師」に似ていることが由来です。中央の丸い花穂を坊主頭に、4枚の白い総包片を白い頭巾に見立てたも<br />花言葉は「友情」。

    矢田寺 ヤマボウシ
    鬱蒼とした森の雰囲気を演出しているのがこの木です。この木のおかげで、ガクアジサイに欠かせない木陰が確保されています。

    ミズキ科ミズキ属ヤマボウシ亜属の落葉高木。日本原産で東北以南、日本各地の山野に自生しています。開花期は5月中旬〜6月中旬。花穂は黄緑色で小さく、20〜30個の花が球状に集合しています。その外側に大形で蕾を包んでいたものが変化した白色の総包が4枚あり、一見するとそれが花びらのように錯覚します。秋には赤いイチゴを連想させるような甘い果実が付き、食べられるそうです。赤く熟す実が、桑の実に似ているため「山桑」という別名もあります。
    「ヤマボウシ」という名は、花の姿が比叡山延暦寺の「山法師」に似ていることが由来です。中央の丸い花穂を坊主頭に、4枚の白い総包片を白い頭巾に見立てたも
    花言葉は「友情」。

  • 矢田寺 味噌なめ地蔵<br />アジサイ見本園の傍らにはユニークな地蔵菩薩の石像が佇み、「味噌なめ地蔵」と言われています。伝説によると、昔一人の女人が自宅で味噌を作っていたが、なかなか美味しい味噌が作れず困っていた。ある夜、夢枕に矢田寺の石地蔵尊が立ち、「われにその味噌を食べさせてくれたら、よい味噌にしてあげよう」と告げた。翌朝、矢田寺に参詣し、その地蔵に味噌を供え、さらに地蔵の口にもべったり味噌を塗帰って来た。そして早速に味噌をなめてみると、すごく旨い味噌になっていた。これを伝え聞いた里人たちは、新しい味噌を作ると味が良くなるようにお地蔵様の口許へ塗るので、誰言うとなく「味噌なめ地蔵」と呼ばれるようになったそうです。今でも時々味のよい味噌が出来ますようにと、お地蔵さんの口に味噌を塗って帰る人がいるようです。<br />ほのぼのとしたお顔立ちは、「Good Job!」と微笑んでいるように見えます。花崗岩製で高さ210cm、横幅100cmほどの長方形の石に等身大の地蔵尊を半肉彫りしています。衲衣の衣文等は刻まれておらず、作製半ばの仕上げとなっており、右手の親指と人差し指を結んだ独特のスタイルの「矢田型地蔵」です。作製年代は、室町時代中期と言われています。<br /><br />長くなりましたのでこの続きは、あをによし 奈良紫絵巻紀行②矢田寺<後編>でお届けします。<br />

    矢田寺 味噌なめ地蔵
    アジサイ見本園の傍らにはユニークな地蔵菩薩の石像が佇み、「味噌なめ地蔵」と言われています。伝説によると、昔一人の女人が自宅で味噌を作っていたが、なかなか美味しい味噌が作れず困っていた。ある夜、夢枕に矢田寺の石地蔵尊が立ち、「われにその味噌を食べさせてくれたら、よい味噌にしてあげよう」と告げた。翌朝、矢田寺に参詣し、その地蔵に味噌を供え、さらに地蔵の口にもべったり味噌を塗帰って来た。そして早速に味噌をなめてみると、すごく旨い味噌になっていた。これを伝え聞いた里人たちは、新しい味噌を作ると味が良くなるようにお地蔵様の口許へ塗るので、誰言うとなく「味噌なめ地蔵」と呼ばれるようになったそうです。今でも時々味のよい味噌が出来ますようにと、お地蔵さんの口に味噌を塗って帰る人がいるようです。
    ほのぼのとしたお顔立ちは、「Good Job!」と微笑んでいるように見えます。花崗岩製で高さ210cm、横幅100cmほどの長方形の石に等身大の地蔵尊を半肉彫りしています。衲衣の衣文等は刻まれておらず、作製半ばの仕上げとなっており、右手の親指と人差し指を結んだ独特のスタイルの「矢田型地蔵」です。作製年代は、室町時代中期と言われています。

    長くなりましたのでこの続きは、あをによし 奈良紫絵巻紀行②矢田寺<後編>でお届けします。

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