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集団行動を極力避けたい私だが、4月の”飛鳥・藤原歴史探訪ウォーキング”に続き、もう一度 近鉄と飛鳥京観光協会の共同企画であるハイキング”天武天皇と持統天皇ゆかりの地を訪ねて”(11km)に参加することにした。<br /><br />理由は、早く一人で自由自在に明日香を散策できるようになりたい、と思っており、その近道が、団体行動のウォーキングに参加し、道を覚えれば、何とかなる、と考えたからだ。そして、今回のテーマ”天武天皇と持統天皇ゆかりの地を訪ねて”が、実に私の興味をそそる。<br /><br />余計な世話かもしれないが、この二人の夫婦仲は良かったのか?特に持統天皇は、夫である天武天皇をどのように見ていたのか?など、最近気になってしょうがない。<br /><br />持統天皇と天武天皇の間に、大津皇子を置くと、この二人の夫婦は対立している。書物で読む限り、大津皇子は、父である天武天皇そっくりである。豪放磊落、文武両道に秀でて、誰からも愛される存在であった。天武天皇は、天運を得、その翼を自由に羽ばたかせた。一方、大津皇子は、持統天皇の陰謀にはまり、その翼を燃やされてしまった。<br /><br />持統天皇の沈着冷静なのは、謀反の罪で処刑した後、「罪を憎んで、人を憎まず」と、その亡骸を皇子として懇ろに弔ったことだ。大津皇子の亡骸は、二上山の雄岳に眠っている。<br /><br />私は、持統天皇の体に流れる血に、持統天皇の父である天智天皇のDNAが多く引き継がれているのではないか、と感じないではおれない。天智天皇は策略に長けた人であったが、余りにも高姿勢であったため、人望を得ることができなかった。言い換えると、天智天皇からは、人を包み込む温かさは感じられない。温かさではなく、冷たさを感じる。同じ匂いが、持統天皇からするのである。<br /><br />私の思いは、一旦横に置き、ボランティアガイドの説明に耳を傾け、歩き出すことにしよう。前回は、弁当を忘れ、ひもじかったが、今回はちゃんと弁当持参で参加した。どこで昼食タイムになっても問題ない。準備万端だ!<br /><br />

万歩ハイキング −  天武天皇と持統天皇ゆかりの地を訪ねて

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2014/05/08 - 2014/05/08

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k.s

k.sさん

集団行動を極力避けたい私だが、4月の”飛鳥・藤原歴史探訪ウォーキング”に続き、もう一度 近鉄と飛鳥京観光協会の共同企画であるハイキング”天武天皇と持統天皇ゆかりの地を訪ねて”(11km)に参加することにした。

理由は、早く一人で自由自在に明日香を散策できるようになりたい、と思っており、その近道が、団体行動のウォーキングに参加し、道を覚えれば、何とかなる、と考えたからだ。そして、今回のテーマ”天武天皇と持統天皇ゆかりの地を訪ねて”が、実に私の興味をそそる。

余計な世話かもしれないが、この二人の夫婦仲は良かったのか?特に持統天皇は、夫である天武天皇をどのように見ていたのか?など、最近気になってしょうがない。

持統天皇と天武天皇の間に、大津皇子を置くと、この二人の夫婦は対立している。書物で読む限り、大津皇子は、父である天武天皇そっくりである。豪放磊落、文武両道に秀でて、誰からも愛される存在であった。天武天皇は、天運を得、その翼を自由に羽ばたかせた。一方、大津皇子は、持統天皇の陰謀にはまり、その翼を燃やされてしまった。

持統天皇の沈着冷静なのは、謀反の罪で処刑した後、「罪を憎んで、人を憎まず」と、その亡骸を皇子として懇ろに弔ったことだ。大津皇子の亡骸は、二上山の雄岳に眠っている。

私は、持統天皇の体に流れる血に、持統天皇の父である天智天皇のDNAが多く引き継がれているのではないか、と感じないではおれない。天智天皇は策略に長けた人であったが、余りにも高姿勢であったため、人望を得ることができなかった。言い換えると、天智天皇からは、人を包み込む温かさは感じられない。温かさではなく、冷たさを感じる。同じ匂いが、持統天皇からするのである。

私の思いは、一旦横に置き、ボランティアガイドの説明に耳を傾け、歩き出すことにしよう。前回は、弁当を忘れ、ひもじかったが、今回はちゃんと弁当持参で参加した。どこで昼食タイムになっても問題ない。準備万端だ!

旅行の満足度
4.0
交通手段
高速・路線バス 徒歩
  • 今日の出発は、飛鳥駅からです。小学生も先生に引率され多数飛鳥駅で降りました。<br /><br />

    今日の出発は、飛鳥駅からです。小学生も先生に引率され多数飛鳥駅で降りました。

  • 飛鳥駅から高松塚古墳への道<br /><br />高松塚古墳の外周の細い道を通りましたが、これが近道になっていました。あっと言う間に古墳に着きました。<br /><br />例によって、私は1班に入りましたが、40〜50人程の大人数での行動です。

    飛鳥駅から高松塚古墳への道

    高松塚古墳の外周の細い道を通りましたが、これが近道になっていました。あっと言う間に古墳に着きました。

    例によって、私は1班に入りましたが、40〜50人程の大人数での行動です。

  • 高松塚古墳

    高松塚古墳

  • 高松塚古墳から朝風峠への道<br /><br />これは私の癖です。二上山が見えると、ついつい写真を撮ってしまいます。

    高松塚古墳から朝風峠への道

    これは私の癖です。二上山が見えると、ついつい写真を撮ってしまいます。

  • 高松塚古墳から朝風峠への道

    高松塚古墳から朝風峠への道

  • 高松塚古墳から朝風峠への道<br /><br />この辺りから上り坂になっています。今日の歩く速度はかなり速いので、写真を撮っていると追いつくのが大変です。

    高松塚古墳から朝風峠への道

    この辺りから上り坂になっています。今日の歩く速度はかなり速いので、写真を撮っていると追いつくのが大変です。

  • 高松塚古墳から朝風峠への道

    高松塚古墳から朝風峠への道

  • 高松塚古墳から朝風峠への道

    高松塚古墳から朝風峠への道

  • 朝風峠<br /><br />朝風峠を過ぎ、少し下ると、風景が一変します。向かって左の山が南淵山で、柿本人麻呂もこの山を歌に読んでいます。中央の山を越えると、吉野です。<br /><br />ここで、ガイドさんから”壬申の乱”前後の歴史の話をしていただく。

    朝風峠

    朝風峠を過ぎ、少し下ると、風景が一変します。向かって左の山が南淵山で、柿本人麻呂もこの山を歌に読んでいます。中央の山を越えると、吉野です。

    ここで、ガイドさんから”壬申の乱”前後の歴史の話をしていただく。

  • 祝戸地区から棚田を眺める。

    祝戸地区から棚田を眺める。

  • 祝戸地区公園入り口

    祝戸地区公園入り口

  • 祝戸地区から石舞台古墳に入る。<br /><br />これまで石舞台古墳から祝戸地区に入っていたので、逆コースはかなり新鮮に感じました。

    祝戸地区から石舞台古墳に入る。

    これまで石舞台古墳から祝戸地区に入っていたので、逆コースはかなり新鮮に感じました。

  • 石舞台古墳前の広場<br /><br />小学生が大勢いますが、ここで小学生と一緒に昼食となりました。<br /><br />但し、こちらの方は、昼食は30分で、12時には出発です。

    石舞台古墳前の広場

    小学生が大勢いますが、ここで小学生と一緒に昼食となりました。

    但し、こちらの方は、昼食は30分で、12時には出発です。

  • 石舞台古墳

    石舞台古墳

  • 島の宮跡<br /><br />本日、私が楽しみにしていた島の宮跡だが、現在は、民家が建っているので、昔の面影をしのぶことはできない。何がなんだか分からない写真になってしまった。<br /><br />石舞台から見下ろす大字島庄一帯の村落のところが、草壁皇子(父天武、母持統との間に生まれる)の島の宮跡らしい。もともと島ノ大臣といわれた馬子の庭園が、宮廷のご料地となり、そこに島の宮が営まれた。<br /><br />草壁皇子は天武10年(682)に皇太子となったが、即位の時なく、持統3年(689)に28歳で亡くなられた。<br /><br />母である持統天皇は、皇子が即位する機会をじっと待っていたと思う。大津皇子を謀殺したのもそのためだった。皇子を即位させたいという親心はあるものの、いくつかの皇位継承争いを経験し、その渦中に皇子を投じるのは恐ろしかったのではないだろうか。<br /><br />

    島の宮跡

    本日、私が楽しみにしていた島の宮跡だが、現在は、民家が建っているので、昔の面影をしのぶことはできない。何がなんだか分からない写真になってしまった。

    石舞台から見下ろす大字島庄一帯の村落のところが、草壁皇子(父天武、母持統との間に生まれる)の島の宮跡らしい。もともと島ノ大臣といわれた馬子の庭園が、宮廷のご料地となり、そこに島の宮が営まれた。

    草壁皇子は天武10年(682)に皇太子となったが、即位の時なく、持統3年(689)に28歳で亡くなられた。

    母である持統天皇は、皇子が即位する機会をじっと待っていたと思う。大津皇子を謀殺したのもそのためだった。皇子を即位させたいという親心はあるものの、いくつかの皇位継承争いを経験し、その渦中に皇子を投じるのは恐ろしかったのではないだろうか。

  • 飛鳥浄御原宮跡<br /><br />天武天皇が政治をされたところだが、母である皇極天皇の板蓋宮跡と同じところの可能性が強くなっている。<br /><br />

    飛鳥浄御原宮跡

    天武天皇が政治をされたところだが、母である皇極天皇の板蓋宮跡と同じところの可能性が強くなっている。

  • 飛鳥浄御原宮跡

    飛鳥浄御原宮跡

  • 飛鳥浄御原宮跡<br /><br />飛鳥浄御原宮跡の向こう側にこんもりと小高い丘があるが、それが甘樫丘だ。その中央部に、むき出しの土の部分が見えるが、現在発掘調査中とのこと。何を発掘しているかというと、甘樫丘に広大な邸宅を構えていた蘇我蝦夷と入鹿親子の邸宅跡とのこと。なんと大胆な!天皇を見下ろす場所に邸宅を構えていたことになりますよ。<br /><br />

    飛鳥浄御原宮跡

    飛鳥浄御原宮跡の向こう側にこんもりと小高い丘があるが、それが甘樫丘だ。その中央部に、むき出しの土の部分が見えるが、現在発掘調査中とのこと。何を発掘しているかというと、甘樫丘に広大な邸宅を構えていた蘇我蝦夷と入鹿親子の邸宅跡とのこと。なんと大胆な!天皇を見下ろす場所に邸宅を構えていたことになりますよ。

  • 小原の里<br /><br />万葉では、”大原の里”と言われ、ガイドさんが、万葉集から歌2首を披露してくれた。聞きなじみのある歌だったが、歌は音楽、朗詠しないと本来の味がでない。<br /><br />写真は、小原の里から見たもので、手前が甘樫丘で、その奥に畝傍山と二上山が見える。

    小原の里

    万葉では、”大原の里”と言われ、ガイドさんが、万葉集から歌2首を披露してくれた。聞きなじみのある歌だったが、歌は音楽、朗詠しないと本来の味がでない。

    写真は、小原の里から見たもので、手前が甘樫丘で、その奥に畝傍山と二上山が見える。

  • 小原神社<br /><br />藤原鎌足の産湯の井戸もあるとか。ただし、今回は前を通ったのみ。

    小原神社

    藤原鎌足の産湯の井戸もあるとか。ただし、今回は前を通ったのみ。

  • 飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)<br /><br />

    飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)

  • 飛鳥寺<br /><br />小原神社から飛鳥坐神社を通って、飛鳥寺まで、徒歩で10分くらいか。それぞれお隣りさんといった感じです。<br /><br />その中で、飛鳥寺は特に時代を理解する上で重要。596年、蘇我馬子の創建による日本で最初の本格的な寺院で、現在塔はないが、創建当時は、瓦葺きの五重の塔だった。高さは、恐らく30mになる。<br /><br />天皇の宮殿が茅葺きの時代に、蘇我氏は30mの瓦葺きの五重の塔を建てた。甘樫丘の天皇を見下ろす大邸宅といい、中大兄皇子(後の天智天皇)は大変な時代に生きていたと思う。

    飛鳥寺

    小原神社から飛鳥坐神社を通って、飛鳥寺まで、徒歩で10分くらいか。それぞれお隣りさんといった感じです。

    その中で、飛鳥寺は特に時代を理解する上で重要。596年、蘇我馬子の創建による日本で最初の本格的な寺院で、現在塔はないが、創建当時は、瓦葺きの五重の塔だった。高さは、恐らく30mになる。

    天皇の宮殿が茅葺きの時代に、蘇我氏は30mの瓦葺きの五重の塔を建てた。甘樫丘の天皇を見下ろす大邸宅といい、中大兄皇子(後の天智天皇)は大変な時代に生きていたと思う。

  • 真神原(まかみのはら)<br /><br />”まかみのはら”。語感がいいので、この飛鳥寺一帯に広がる田野を歩くのは気持ちがいい。

    真神原(まかみのはら)

    ”まかみのはら”。語感がいいので、この飛鳥寺一帯に広がる田野を歩くのは気持ちがいい。

  • 天武・持統天皇陵<br /><br />本日最後のポイントです。<br /><br />合葬陵になっていて、いわば、夫婦墓である。<br /><br />彼等夫婦にとって、重大な決断は、都が近江・大津にあった時なされた。不治の病で病床に寝ている兄・天智天皇から「天皇の位を譲る」と言われた天武天皇(当時大海人皇子)は、それを断り、僅か40人程の共のものを連れ、すぐさま大津を発ち、吉野に籠もった。仮に、「分かった」と了解しておれば、殺されていただろう。<br /><br />その時、持統天皇(当時ウノ皇女)も妃としてその一行に加わったが、父である天智天皇が夫を殺そうとしているのを察知していたと思う。すべて承知の上で、吉野への逃避行に加わった。<br /><br />その12月に天智天皇が亡くなり、翌年、古代最大の争いである”壬申の乱”(西暦672年)が起こるのである。<br /><br />さて、最初の疑問に戻る。持統天皇は夫である天武天皇をどう見ていたのか?

    天武・持統天皇陵

    本日最後のポイントです。

    合葬陵になっていて、いわば、夫婦墓である。

    彼等夫婦にとって、重大な決断は、都が近江・大津にあった時なされた。不治の病で病床に寝ている兄・天智天皇から「天皇の位を譲る」と言われた天武天皇(当時大海人皇子)は、それを断り、僅か40人程の共のものを連れ、すぐさま大津を発ち、吉野に籠もった。仮に、「分かった」と了解しておれば、殺されていただろう。

    その時、持統天皇(当時ウノ皇女)も妃としてその一行に加わったが、父である天智天皇が夫を殺そうとしているのを察知していたと思う。すべて承知の上で、吉野への逃避行に加わった。

    その12月に天智天皇が亡くなり、翌年、古代最大の争いである”壬申の乱”(西暦672年)が起こるのである。

    さて、最初の疑問に戻る。持統天皇は夫である天武天皇をどう見ていたのか?

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この旅行記へのコメント (7)

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  • ろこままさん 2014/05/24 17:27:46
    夫婦関係〜
    k.sさん、こんにちは。

    秋芳洞の旅行記への訪問、投票ありがとうございました。
    日本一と言われるとこでも、ゆったりと清々しい景色を楽しむ事ができました〜

    k.sさんの「万歩ハイキング」の旅行記を拝見させていただきました。

    飛鳥の景色もですが。。。
    天武天皇と持統天皇の夫婦関係の。。。k.sさんの見解が面白くて。。。
    惹きつけられました〜

    また、いろいろと教えてくださいね。
    楽しみにしています。

    ありがとうございました。

    。。ろこまま。。

    k.s

    k.sさん からの返信 2014/05/24 23:41:56
    RE: 夫婦関係〜
    > k.sさん、こんにちは。
    >
    > 秋芳洞の旅行記への訪問、投票ありがとうございました。
    > 日本一と言われるとこでも、ゆったりと清々しい景色を楽しむ事ができました〜
    >
    > k.sさんの「万歩ハイキング」の旅行記を拝見させていただきました。
    >
    > 飛鳥の景色もですが。。。
    > 天武天皇と持統天皇の夫婦関係の。。。k.sさんの見解が面白くて。。。
    > 惹きつけられました〜
    >
    > また、いろいろと教えてくださいね。
    > 楽しみにしています。
    >
    > ありがとうございました。
    >
    > 。。ろこまま。。


    ろこままさんへ

    写真の上手な方の旅行記を読むと羨ましいです。秋芳洞の雰囲気を
    よく掴まれているな、と感心しました。ご朱印仲間の旅行記には、定期的
    に拝見しようと思っておりますので、次回もいい旅行記を書いて下さい。
    楽しみにしております。

    ろこままさんへは、万葉の世界を卒業し、他のテーマに移るつもりと
    連絡しましたが、その後、私の好きな山上憶良の志賀島秘話の歌を
    活字で読む機会があり、いつも犬養孝氏の朗詠で聞いて、毎回胸が
    熱くなるのに、活字で読めば、無感動の自分に驚き、本気で万葉の
    世界に飛び込もうと考えを改めました。どこまでできるか分かりませんが、
    自分が納得できるところまで、時間もあることだし、やってみるか!と
    思って、現在 資料の整理中です。

    参考に、問題の歌は、下記のものです。

    荒雄(あらを)らが 行きにし日より 志賀(しか)の海人(あま)の
    大浦田沼(おほうらたぬ)は さぶしくもあるか

    歌は音楽だと犬養氏は繰り返し言われましたが、まさしくこの歌が
    それに該当すると思います。音楽を活字でどう表現するのか?挑戦です。

    2年掛かるか、3年掛かるか分かりませんが、私の好きな万葉の歌を
    歴史的背景を含め、数十首紹介し、最後は”志賀島秘話の歌”で締め括る
    つもりです。

    ますます西国33ヶ所巡りが遠ざかります。

    明日仕事なので、このへんで失礼します。

    k.s

    ろこまま

    ろこままさん からの返信 2014/05/25 22:49:14
    RE: RE: 夫婦関係〜

    k.sさん、こんばんは。

    ご丁寧な返信をありがとうございます。

    万葉の世界を極められるんですね〜
    感動をそのままに、音楽を活字にされる。。。
    k.sさんのライフワークとなるのでしょうね。

    紹介を楽しみにしています。
    。。ろこまま。。

  • 義臣さん 2014/05/16 05:52:36
    朝風峠、
    懐かしすぎる、数十年前 独身時代

    談山神社からてくてく降りて来た遠い記憶が有ります

    一昨年 談山神社へ行った折 道は車が通れるようになってますと聞いて

    ビックリ。。 朝風峠からの景色は良いですね。

                    義臣

    k.s

    k.sさん からの返信 2014/05/16 10:17:37
    RE: 朝風峠、
    > 懐かしすぎる、数十年前 独身時代
    >
    > 談山神社からてくてく降りて来た遠い記憶が有ります
    >
    > 一昨年 談山神社へ行った折 道は車が通れるようになってますと聞いて
    >
    > ビックリ。。 朝風峠からの景色は良いですね。
    >
    >                 義臣

    義臣さんへ

    朝風峠からの南淵山はよかったです。これまでに地霊を感じたのは、
    正直言って、この南淵山と葛城山で、大和三山、三輪山には、特別
    こころ動かせられる思いはまだありません。

    まだまだ万葉の初心者です。どっぷりと浸かっていきます。

    k.s
  • ryujiさん 2014/05/10 12:42:50
    とても興味ある旅行記です!。
     はじめまして(書き込みメールが)、k.sさま。 私はryujiと申します。

     「天武天皇と持統天皇ゆかりの地を訪ねて」を拝読させて頂きました。古代の有名な人物の感情を想像するって楽しいですね。私もその一人なんですよ。特にk.sさんが取り上げられた、両天皇&皇子等の相関図は興味ものです。k.sさんの洞察力には感服しました。そして私もそれにあやかり同感です。異論ではありませんが、ただひとつだけ病床の天智天皇のお気持ちには二分するところと思います。果たして気力を失った天皇に仰るその力があったのか?・・・・、優秀で人望厚い大海人皇子に真に後を託すと言ったとも、これは微妙なところです。お言葉を借りて仰る瓜二つのDNAの鵜野讃良皇女が、すぐさま夫と共に吉野へ逃れたところを見ると正論でしょう。

     ありがとう、素敵な旅行記の出会いに感謝です。
                                       ryuji

    k.s

    k.sさん からの返信 2014/05/10 19:30:41
    RE: とても興味ある旅行記です!。
    >  はじめまして(書き込みメールが)、k.sさま。 私はryujiと申します。
    >
    >  「天武天皇と持統天皇ゆかりの地を訪ねて」を拝読させて頂きました。古代の有名な人物の感情を想像するって楽しいですね。私もその一人なんですよ。特にk.sさんが取り上げられた、両天皇&皇子等の相関図は興味ものです。k.sさんの洞察力には感服しました。そして私もそれにあやかり同感です。異論ではありませんが、ただひとつだけ病床の天智天皇のお気持ちには二分するところと思います。果たして気力を失った天皇に仰るその力があったのか?・・・・、優秀で人望厚い大海人皇子に真に後を託すと言ったとも、これは微妙なところです。お言葉を借りて仰る瓜二つのDNAの鵜野讃良皇女が、すぐさま夫と共に吉野へ逃れたところを見ると正論でしょう。
    >
    >  ありがとう、素敵な旅行記の出会いに感謝です。
    >                                    ryuji


    ryujiさんへ

    メール有難う御座います。

    ryujiさんに褒められると気恥ずかしいです。ryujiさんの旅行記のように力強い文章を書きたいのですが、万葉はまだまだ初心者で、思うように書けません。最近まで、万葉については一休みして、次のテーマに移ろうと、考えていましたが、思うところがあり、ライフ・ワークにしようと考え直しました。時間をたっぷりと使い、焦らず、ゆっくりと万葉の世界を楽しむ積りです。

    k.s

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