2014/03/12 - 2014/03/12
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南国ぱいんさん
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帰雲城 かえりくもじょう または きうんじょうと言います。
知る人ぞ知る歴史ミステリー
ときは天正13年
はるか昔の戦国時代も終わりの頃
マグニチュード8.1と推測される
後に「天正大地震」で
お城と城下が一瞬にして
大滑落によって埋没してしまったのです。
お城もろとも、城主、夫人、家臣、民衆・・・総勢500人が
その莫大な埋蔵金とともに!
世界遺産白川郷の北にある
歴史ミステリーです。
http://www.asahi.com/travel/kosenjo/TKY200907290192.html
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
-
前日は近くのステキな平瀬温泉で泊まりました。
http://4travel.jp/travelogue/10880060
この帰雲城跡に寄りたかったンで
そうしたのもあったんです。世界遺産白川郷の北のはずれに位置する歴史ミステリーの決定版! by 南国ぱいんさん帰雲城跡 名所・史跡
-
小さな神社もあって埋没したという
帰雲城とその犠牲者を偲んでいます。 -
春のおぼろげな霞の中
ちょっと見えにくいんですが
帰雲城があっただろうとされている帰雲山の岩肌は
400年以上前の大崩落なのに
今も生々しい岩肌が
ぎょろっとむき出し状態で
たいへんな大惨事だったことを
物語っています。
津波の場合は波が全てを持ち去り
大崩落は全てを土砂が埋め尽くすんですネ・・・
何度か発掘が試みられたといいますが
石垣一つはおろか
遺構も遺骨も
皿ひとつ
被害者の櫛ひとつ
着物の切れ端すら
見つけることは出来なかったそうです。
モチロン
城主内ヶ嶋氏が貯め込んでいたという
莫大な埋蔵金も。 -
1970年代のある日
この近くのある宿屋の主人の夢枕に
ある武将が出てきたんだそうです。
その武将の命じるままに
埋もれた城の研究をじはじめたのが
郷土史家の松古さんという方で
この方が帰雲城を世に出したのだと言われています。
松古さんが帰山城を調査し発掘を試みた時に
たったひとつだけ出てきたこの大石
なんのための石なのかはわかりませんが
まんなかに印のついた石
お城などを建築するときに
石垣などを構築する石には
よく目印をつけることがよくあったのだと
言われますが
あきらかに人工のもの
誰かがつけたのだけは間違いありません。
その石をこの帰雲山を見上げるこの地に
祀ることにしたのだそうです。 -
イチオシ
金の採掘がさかんに行われて
鄙の田舎にもかかわらず
たいへん裕福だったと言われている
帰雲城の主
たいへんな埋蔵金とともに
歴史の奥深く眠り続ける帰雲城は
まさに歴史ファンのミステリーの象徴です。
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