2013/09/22 - 2013/09/23
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sakaikazunoriさん
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2013年の大河ドラマは東北復興支援の意味を込め、会津藩鉄砲師範の娘で同志社大学の創設者・新島襄の妻となった山本八重を主人公とするものでした。
会津若松には自分も数回訪れた事はありますが、震災以後、初めて再訪し、9月の会津若松の最大のイベント・会津まつりを楽しんできました。
◆会津若松観光ナビ http://www.aizukanko.com/
◆平成25年会津まつり http://www.aizukanko.com/event/95/
◆NHK大河ドラマ「八重の桜」 http://www.nhk-ondemand.jp/share/pickup/backnumber_201301_taiga.html
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今回は北陸の自宅から、延々と高速道路(北陸道・磐越道)を飛ばして、会津若松に向かいます。車中のBGMは当然、坂本龍一「八重の桜」です。
そしてまず着いたのは、会津若松郊外の藩校日新館。
◆日新館 http://www.nisshinkan.jp/ -
日新館の入り口には、会津藩の「什の掟」が高々と!
ならぬことは、ならぬことですっ!! -
藩校日新館は元々は、鶴ヶ城のすぐ西側に広大な敷地を有していました。
しかし、戊辰戦争の時に焼け落ちてしまいました。
ここは郊外に昭和年62年に完全復元された施設で、「八重の桜」のロケもここで行われました。
◆会津藩校・日新館 http://www.nisshinkan.jp/ -
孔子をまつる大成殿の内部。
なかなか立派です。
ここで仁礼を会津藩の子弟は学んでいたわけです。 -
そして四書五経を中心とする素読の授業や書写の授業。
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天地明察ではないですが、天球儀や天文台も用いた自然観測・自然科学の授業も行われていたのですね。
ここで、山本覚馬や山川健次郎のような理系会津藩士の下地も作られていったのですね。 -
そして、この水練水馬池では、NHK「坂の上の雲」のロケ地としても使われました。松山の御囲池で帰省していた秋山真之が横暴な陸軍の鎮台兵を懲らしめるシーンですね。
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日新館には、市内に今も残る天文台も復元されています。
ここから稲刈りの季節の会津盆地を眺めると、容保公と西郷頼母の「会津二十三万石、実りの秋でごぜぇやす」「美しい…。わしは守って行けるであろうか」という大河ドラマ「八重の桜」での容保公お国入りのシーンが思い起こされます(ノД`)・゜・。。 -
さて、日新館から会津市内の東側の幹線道路を南に、飯盛山の山麓も過ぎて、東山温泉近くの「会津武家屋敷」に向かいます。
ここは家老・西郷頼母邸が復元されているところです。
以前、震災前に入ったことがあるので、今回、ここは省略です。
◆会津武家屋敷 http://www.bukeyashiki.com/会津武家屋敷 美術館・博物館
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実はこの近くに会津松平家の歴代藩主の墓所(松平家廟所)があります。
途中の花屋さんにて、容保公が孝明天皇から賜った緋色の御衣・陣羽織を意識した供花をセレクト!
◆松平家廟所 http://www.tsurugajo.com/gobyou.html
会津武家屋敷 美術館・博物館
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東山温泉へ向かう途上の路地を山手に上がります。
その曲がり角には、容保公の功績を記した案内板があり、これが目印です。 -
かなり山手を登っていくことになります。
広大な敷地ですね。
ちなみに容保公はもっとも奥まったところとなります。 -
大名家の墓苑としては屈指の規模ですし、保存状態も良好です。史跡指定され、平成になってから松平家から会津若松市に管理が移管され、整備が進められています。
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そして、徒歩15分程度でしょうか。
山道を登り(女性はヒールの高い靴は避けた方がいいでしょう)、容保公のお墓に詣でます。
自分以外にも、供花・お参りされた方がいるのですね。今もお花が絶えません。 -
そして容保公の事績を記した石碑。
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時間があれば、この碑文の漢文も読んでいたのでしょうが、だいぶ夕方近くなってきましたので、容保公に再度ご挨拶して、下山です。
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さて、会津若松駅前のホテルにチェックインして、夕食を食べに街へ繰り出します。
そばがいいか、いろいろ考えましたが、会津若松と言えば、ソースカツ丼!ということで、ハトヤ食堂という昭和チックなお店で頂きました(´▽`)
◆伝統会津ソースカツ丼の会 http://aizu-katudon.com/日新町 ハトヤ食堂 本店 グルメ・レストラン
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結構なボリュームのソースカツ丼でしたので、腹ごなしに中心街を散策します。
この日は会津まつりの前夜祭ということで、街踊りをやっていました。
曲はもちろん、谷原章介ではなく小原庄助さんの「会津磐梯山踊」! -
職場や町内会、サークル単位とかの団体で輪になっての踊りです。
結構賑やかな感じでした。
さて、この日は日曜夜。ホテルに急いで帰り、会津若松市内で「八重の桜」をリアルに見るという稀有な経験をすることができました。
大満足で一日目は終了です。 -
さあ、二日目です。
ホテルでレンタサイクルを借りて、鶴ヶ城へ馳せ参じます。
この日は晴天、祝日(連休)、大河効果で鶴ヶ城はかなりの人出。
そしてまず、朝の「先人感謝祭」を見学します。会津まつり 祭り・イベント
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その後、本丸広場では、新島八重ゆかりの同志社大学からの応援団やチアリーダーたちの演舞が披露されていました。
会津まつり 祭り・イベント
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もちろん大河がつないだ京都・同志社と会津若松の縁ですが、彼らのエールは。震災復興を目指す福島にささげられており、会場からも大きな拍手を受けていました。
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そして、いよいよ会津藩公まつり、スタートです。
合戦さながら、開始・出陣を祝って鏑矢が天守閣から放たれます。 -
天守閣には会津若松市内在住の弓道師範の方が!
見事、鏑矢は成功しました! -
さあ、そして会津藩公行列です。
地元女子高の薙刀部による娘子軍、出陣っ!会津まつり 祭り・イベント
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イチオシ
皆さん、凛々しすぎる、カッコ良すぎる、痺れる、憧れるぅ!!
鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡
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新選組も出陣っ!!
♪ライライライラー、ラララライー鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡
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藩祖・保科正之公は会津若松市長さんです!
会津まつり 祭り・イベント
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この行列のメインは、幕末の「王城の護衛者」松平容保公です。
しかも容保公役は、容保公の曽孫である現松平家当主・松平保久様! 世が世なら本物のリアル会津公です、ありがたいことです(゚Д゚)!会津まつり 祭り・イベント
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イチオシ
やはり、白虎隊を率いた容保公が、天守をバッグに鶴ヶ城黒鉄門から出陣して行く様は、涙しました(ノД`)・゜・。
会津まつり 祭り・イベント
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さて行列を見送った後、城内を散策します。
本丸に立ちのは、家老・萱野権兵衛の記念碑。
彼は戊辰戦争後、主君・容保公や他の藩士の敗戦の責任を一身に背負い、薩長軍により切腹させられます。
大河「八重の桜」で萱野権兵衛を演じていたのは、柳沢慎吾。
石碑に向かって叫ぶ言葉は「あばよ!」しかありません。鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡
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そして、こちらは二の丸の南側にある佐川官兵衛顕彰碑。
ちょうど、この前日の大河「八重の桜」の西南戦争で中村獅童演じる佐川官兵衛が討ち死にしたところでしたから、この碑に手を合わさないわけにはいきません。
そして中村獅童ばりに討ち死にシーンを再現した写真を撮って来ました。佐川官兵衛顕彰碑 名所・史跡
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さて続けて、城外にある大河ドラマ館へと入ります。
皆さん、市内の行列の方に観光客が押し寄せているのか、割とこの時間帯は余裕をもって見る事が出来ました。ハンサムウーマン八重と会津博 大河ドラマ館 美術館・博物館
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八重(綾瀬はるか)の衣装と中野竹子(黒木メイサ)の衣装と。
こうやって見ると、やはり二人は対照的だったんだなぁと思いますね。ハンサムウーマン八重と会津博 大河ドラマ館 美術館・博物館
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さて、鶴ヶ城から東に行ったところに、藩主の別邸・名勝御薬園があります。
◆御薬園 http://www.tsurugajo.com/oyakuen/index.htm御薬園(会津松平氏庭園) 公園・植物園
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入口の所に旬の薬草が案内されていました。
いまも現役の薬草園なんですね。御薬園(会津松平氏庭園) 公園・植物園
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ここで藩政時代から主に栽培されていたのは朝鮮人参で、いまも栽培されています。
人参奉行という役職もあったとか。 -
ここもやはり戊辰戦争の戦地となりました。
薩長軍がいち早く押さえて、療養所としたそうです。
何とも皮肉な話ですね。御薬園(会津松平氏庭園) 公園・植物園
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小堀遠州風の庭園は見事なものです。
ここでも大河ドラマ「八重の桜」のロケは行われており、若き容保公が義姉・照姫と会うシーンなどが撮影されました。御薬園(会津松平氏庭園) 公園・植物園
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この御薬園の見事な庭園を見つつ、お薄を頂きました。
会津藩主な気分ですw
この日はイベントで入れませんでしたが、園内の重陽閣で秩父宮妃勢津子さま(容保公のお孫さんに当たられる!)ゆかりのティールームでハーブティなどをいただくのも良いかもしれません。
そしてお土産は、御薬園で作られた銀杏松茶を購入しました。御薬園(会津松平氏庭園) 公園・植物園
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さて、市内の方に戻ってきて…。
ここは鶴ヶ城北出丸のすぐ門前にある家老・西郷頼母邸。
ここで記念写真を撮っていると、地元の通りがかりの80代くらいのおばあちゃんが手を合わせて通って行きました。いまも供花が絶えませんし、やはり会津若松人にとって、西郷邸での悲劇は忘れ得ぬ、つい昨日の悲劇なんだろうなぁと実感しました。西郷邸跡 名所・史跡
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そして西郷邸から、もうちょっと北に行くと、降伏式の行われた地となります。
自分も思わずここに膝をつき、その感触を確かめてきました(泣血氈は敷かれてはいませんでしたが)。西郷邸跡 名所・史跡
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鶴ヶ城の西側の小学校の近くに、日新館の天文台跡がひっそりと残っています。
日新館は前日に見たように鶴ヶ城の西側に広がる東北地方屈指の藩校でしたが、戊辰戦争の時に会津側の負傷者の収容・療養施設になったばかりでなく、薩長軍が乱入した時に火を掛けられ、多くの負傷した藩士が自決または焼死した悲劇の舞台でもありました。 -
さらに、日新館の南、鶴ヶ城から見たら南西の住宅地の中に、山本覚馬・八重の実家跡がありました。日新館の鉄砲師範だったため、禄高は高くなくとも、日新館の近くに屋敷があったのでしょう。
しかし、そこは今や駐車場。しかも管理をしているのが「さくら不動産」( ゚Д゚)とは何とも出来すぎたお話ですwww -
さて、レンタサイクルでホテルまで戻ってきて、会津若松駅で買い忘れたお土産を購入。
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今回は飯盛山や滝澤本陣の方には行かなかったので、会津若松駅の白虎隊像の前で記念撮影。街中のまつりも無事終了し、駅には帰路につく観光客が見え始めました。
夕陽も傾いてきたので、再びマイカーのハンドルを取って、磐越道を西へと帰っていくこととします。
ありがとなっし、会津若松、また来るでなっし!!
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