2014/03/11 - 2014/03/11
160位(同エリア261件中)
男一人旅さん
2011年3月11日から3年。
震災の記憶の”風化”が言われる中、被災地の現状を見ておきたかった。
気仙沼を選んだのは、毎年、震災寄付をしている自治体の中で、領収書だけを送ってくる自治体が多い中、「海と生きる」と印刷された年賀状を丁寧にも送ってきてくれてた気仙沼市からのスタートとしました。
レンタカーを借りてもいいのですが、グーグルマップで見る限り、ほぼ更地と工事現場の状態で、何が何だかわからないだうと思い、ネットでいい手段がないか探している中、【語り部タクシー】というのを見つけ出し、気仙沼→陸前高田→志津川→女川→石巻→仙台を周ることにしました。
パート7は、仙台市宮城野区、若林区です。
仙台では、元祖・語り部タクシー 仙台中央タクシーさん(http://www.sendaichuotaxi.co.jp/charter/kataribe.html)を利用しました。
2時間30分のコースで、蒲生→荒浜→名取市閖上に行ってまいりました。
【語り部タクシー】とは、NPO法人宮城復興支援センターの講習を受けたドライバーが、震災の爪痕が残る場所へご案内し、当時の被害や状況を説明してくださるタクシーツアーです。仙台市内のタクシー会社は、だいたい登録されているようですが、仙台中央タクシーさんが、しっかりとプログラム化できていると思います。
パート1 気仙沼 http://4travel.jp/travelogue/10868035
パート2 陸前高田 http://4travel.jp/travelogue/10868057
パート3 南三陸 http://4travel.jp/travelogue/10868124
パート4 女川 http://4travel.jp/travelogue/10868157
パート5 石巻 http://4travel.jp/travelogue/10868289
パート6 田代島 http://4travel.jp/travelogue/10868720
パート7 仙台市 蒲生・荒浜 http://4travel.jp/travelogue/10868742
パート8 名取市 閖上 http://4travel.jp/travelogue/10868765
- 交通手段
- タクシー
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【仙台市宮城野区蒲生エリア】
ちらほらと家が残ってますが、人はほとんど住まわれていないそうです。 -
比較的あたらしいお家が残っています。このお家は、2階建てですが、壁に鉄筋が入っていました。ドライバーさんに、「この辺りでは、鉄筋を入れるのが普通なんですか?」と聞きましたが、そうではないとのこと。危険地域に指定され、取り壊さないといけないののに、鉄筋を入れたばっかりに、無駄に残ってしまったということだそうです。
-
このお家は、冷蔵庫などの家電も放置されたままでした。ここのお家は、生存された方がなかったので、まったく手付かずとなり、放置されているそうです。
震災直後は、この辺りは某国人の泥棒が多かったそうです。いるだろうな程度しか思ってませんでしたが、一帯を荒らされ、かなりすごかったそうです。
石巻でも、どこの国かは言われましたでしたが、泥棒の話しはされてましたが、ここ仙台では、はっきりと国をおっしゃってました。 -
このお家は、外観がおしゃれなので、結構、あたらしいそうですね。でも、危険地域に指定されているので、取り壊さないとダメだそうです。一定期間まで、市に申請すれば、市が取り壊してくれたらしいですが、期間がすでに過ぎているので自費だとか。
さまざまな事情があって、できないんでしょうね。 -
危険地域でないと判断されたエリアには、新築が建ち始めています。「復興」の兆しです。
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【仙台市宮城野区蒲生エリア】
この辺りは、スクラップ工場が多いです。
震災がれきは、早々に九州が引き取ってくれたらしいのですが、再利用できる鉄くずは仙台に残したらしいです。
津波ではばされた線路や、電車の車輪などもありました。
なんか、車輪って、それだけで鉄道ファンに売れそうなんですが・・・ -
きれいにスクラップされています。
元は、なんだったでしょうか?
こういったのはまったく無知で、正直、びっくりしました。 -
答えは、「自動車」です。
金属部分だけ残し、立方体状にプレスされ、1台、1台、並べられています。まだまだ、プレス前の自動車が残っていました。 -
【仙台市若林区】
陸屋根のお家の上に、どちらかのお家の瓦屋根がのってます。 -
もともと、仙台市の海岸沿いは、松林だったそうです。日本中、景勝地はだいたいそうですよね。
その松は、ほとんど波で流されてしまいました。一部残っているところもありまが、塩水をかぶっているので、これからどうか。。。
また、この辺りは、仙台市の近隣市町村を含め、海岸沿いでは被害がひどかったそうで300人以上の遺体があがったそうです。
(「遺体」という言葉を聞いたのは、この旅ではじめてでした。他のドライバーさんはおっしゃりませんでしたが、震災直後は、瓦礫と遺体の凄惨な状況だったことを思い出しました)
被害が大きかったのは、人口が多いというのもあるでしょうが、伊達政宗の時代から、海岸線に沿って60kmも【貞山堀】という運河が造営されていたそうです。当初は、物資の運搬目的だったのでしょうが、現代の宅地開発の途上で、この辺りでは運河が「溝」程度に埋められたそうです。
【貞山堀】が残っていた地域は、それがある程度、津浪の緩衝材になったそうですが、この辺りは、その役割を果たさず、モロに津浪の影響を受けたそうです。
そのため、【貞山堀】の再生が計画されているそうです。 -
ここでも、かさ上げするための土砂が、ここかしこに積み上げられています。これまで訪ねた地域とは違い、海岸一帯ず〜と続くので、かなり壮大ですよ。
-
ああやって、土地をかさ上げしていくのかと思い気や、あくまで【仮置き場】だそうです。
距離が長すぎるので、土地自体のかさ上げはしないそうです。
直接、目的地に置けばいいと思うのですが、調整がついていないそうです。 -
イチオシ
海岸と平行に、台形状に積み上げ、道路をつくるそうです。
ここより少し海から離れたところに、仙台東部道路というバイパスがあるのですが、それが、堤防の役割を果たしのを受け、もう1本、海寄りにそういった道路をつくるとのこと。
現代版・万里の長城といったところでしょうか。
しかし、土地の収用が進まず、土砂だけが仙台に到着し、仮置き場に置かれるだけとなっているみたいです。
土砂も、仙台市外から運ばれているそうです。 -
【仙台市若林区荒浜エリアの貞山堀】
蒲生で見た【貞山堀】は、ほんとに溝だったのですが、ここ荒浜に来ると、運河としての【貞山堀】が見られました。ちゃんとした、「川」です。浜辺の松林とこの【貞山堀】で、確かに津浪が若干弱まったかもしれません。 -
貞山堀から見る荒浜小学校です。
震災前に、校長先生が、津浪のときは、3階に避難するというルールを、なぜか、4階以上とルール変更されていたため、この小学校に避難して来られた方は、全員助かったそうです。 -
【荒浜小学校】
震災直後は、校庭に津浪に流されてきたバイクが並べられていたそうです。
今日は、震災から3年目なので、みなさん集まられて何か準備されていました。 -
荒浜小学校から海に向かうと、慰霊碑がありました。その近隣に、かつての荒浜地区の写真が飾ってありました。
地元の主婦の方々(50代?)のお話しを聞けたのですが、子ども頃から防災訓練はされていたとのこと。しかし、宮城は、チリ地震も含め、あまり大きな津波に襲われたことなく、「ふ〜ん」という感じで参加しており、まさかこんな津浪に襲われるとは思ってなかったそうです。荒浜生まれの、荒浜育ちらしく、地域の航空写真を見て、同級生の方と懐かしんでおられました。
そこは、いまでは更地です。 -
かつての【貞山堀】です。
松林が、運河から海岸沿いまで続いていたようです。 -
ここでは、かさ上げの台座が見られました。
-
イチオシ
遠くに、高層ビルが立ち並ぶ仙台の中心部が見えます。
同じ仙台市内で、これまで違うとは。。。
仮にも100万都市で、東北一の都市ですので、一番復興が早いと思っていましたが、実際は、一番、遅いと思います。
関係者が多いや権利関係などの調整がつかないのでしょうね。
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