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2011年3月11日から3年。震災の記憶の”風化”が言われる中、被災地の現状を見ておきたかった。<br />気仙沼を選んだのは、毎年、震災寄付をしている自治体の中で、領収書だけを送ってくる自治体が多い中、「海と生きる」と印刷された年賀状を丁寧にも送ってきてくれていた気仙沼市からのスタートとしました。<br />レンタカーを借りてもいいのですが、グーグルマップで見る限り、ほぼ更地と工事現場の状態で、何が何だかわからないだろうと思い、ネットでいい手段がないか探している中、【語り部タクシー】というのを見つけ出し、気仙沼→陸前高田→志津川→女川→石巻→仙台を周ることにしました。<br />気仙沼では、気仙沼観光タクシー(ハートビート・ベクシー http://heart-beat-bexi.jp/)さんの【被災地ナビゲート】ツアーを利用させていただきました。<br /><br />パート2は、陸前高田編です。<br />当初、行く予定はまったくありませんでしたが、ドライバーさんの強いプッシュで行くことにしました。行ってみて、「行くべき」だと思います。<br /><br />パート1 気仙沼 http://4travel.jp/travelogue/10868035<br />パート2 陸前高田 http://4travel.jp/travelogue/10868057<br />パート3 南三陸 http://4travel.jp/travelogue/10868124<br />パート4 女川 http://4travel.jp/travelogue/10868157<br />パート5 石巻 http://4travel.jp/travelogue/10868289<br />パート6 田代島 http://4travel.jp/travelogue/10868720<br />パート7 仙台市 蒲生・荒浜 http://4travel.jp/travelogue/10868742<br />パート8 名取市 閖上 http://4travel.jp/travelogue/10868765

震災から3年 タクシーで行く被災地めぐり2  ~陸前高田編~

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2014/03/09 - 2014/03/09

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男一人旅さん

2011年3月11日から3年。震災の記憶の”風化”が言われる中、被災地の現状を見ておきたかった。
気仙沼を選んだのは、毎年、震災寄付をしている自治体の中で、領収書だけを送ってくる自治体が多い中、「海と生きる」と印刷された年賀状を丁寧にも送ってきてくれていた気仙沼市からのスタートとしました。
レンタカーを借りてもいいのですが、グーグルマップで見る限り、ほぼ更地と工事現場の状態で、何が何だかわからないだろうと思い、ネットでいい手段がないか探している中、【語り部タクシー】というのを見つけ出し、気仙沼→陸前高田→志津川→女川→石巻→仙台を周ることにしました。
気仙沼では、気仙沼観光タクシー(ハートビート・ベクシー http://heart-beat-bexi.jp/)さんの【被災地ナビゲート】ツアーを利用させていただきました。

パート2は、陸前高田編です。
当初、行く予定はまったくありませんでしたが、ドライバーさんの強いプッシュで行くことにしました。行ってみて、「行くべき」だと思います。

パート1 気仙沼 http://4travel.jp/travelogue/10868035
パート2 陸前高田 http://4travel.jp/travelogue/10868057
パート3 南三陸 http://4travel.jp/travelogue/10868124
パート4 女川 http://4travel.jp/travelogue/10868157
パート5 石巻 http://4travel.jp/travelogue/10868289
パート6 田代島 http://4travel.jp/travelogue/10868720
パート7 仙台市 蒲生・荒浜 http://4travel.jp/travelogue/10868742
パート8 名取市 閖上 http://4travel.jp/travelogue/10868765

交通手段
タクシー
  • 【陸前高田市 気仙中学校】です。<br />気仙川というのが付近に流れており、近隣に「陸前高田市気仙町」があり、このあたりも「気仙」というみたいです。<br />震災のときは、全校生徒・教職員は避難し、全員が無事だったみたいです。<br />中は、当時のままでぐちゃぐちゃです。<br />また、当時の様子の写真が、以下のブログに掲載されています。<br />http://blogs.yahoo.co.jp/rikuzentakata_takinosato/3580203.html<br />

    【陸前高田市 気仙中学校】です。
    気仙川というのが付近に流れており、近隣に「陸前高田市気仙町」があり、このあたりも「気仙」というみたいです。
    震災のときは、全校生徒・教職員は避難し、全員が無事だったみたいです。
    中は、当時のままでぐちゃぐちゃです。
    また、当時の様子の写真が、以下のブログに掲載されています。
    http://blogs.yahoo.co.jp/rikuzentakata_takinosato/3580203.html

  • 大きなつり橋が見えてきました。<br />何の橋かというと・・・

    イチオシ

    大きなつり橋が見えてきました。
    何の橋かというと・・・

  • 山を削り、その土砂を港付近に、ベルトコンベアーで輸送しているのです。<br />土砂は、陸前高田市の湾岸一帯の土地をかさ上げするために使われます。<br />「希望のかけ橋」というそうです。<br />工事が終われば、この億かかっている「仮設」のつり橋も役目をはたし、取り壊されると思います。「仮設」なのですから。<br />山を削る。<br />「仮設」のつり橋で土砂を輸送する。<br />なんとスケールの大きいことか。<br />この方が効率がいいと言えば、いいのでしょうが。。。

    イチオシ

    山を削り、その土砂を港付近に、ベルトコンベアーで輸送しているのです。
    土砂は、陸前高田市の湾岸一帯の土地をかさ上げするために使われます。
    「希望のかけ橋」というそうです。
    工事が終われば、この億かかっている「仮設」のつり橋も役目をはたし、取り壊されると思います。「仮設」なのですから。
    山を削る。
    「仮設」のつり橋で土砂を輸送する。
    なんとスケールの大きいことか。
    この方が効率がいいと言えば、いいのでしょうが。。。

  • 土砂だけを運ぶベルトコンベアーの終端です。<br />とりあえず、ここに仮置きし、市内の被害があった地域にダンプで運ばれるようです。

    土砂だけを運ぶベルトコンベアーの終端です。
    とりあえず、ここに仮置きし、市内の被害があった地域にダンプで運ばれるようです。

  • 大きな堤防をつくるのではなく、海側の土地をかさ上げし、その上を宅地にするそうです。<br />結構、上げていきます。

    大きな堤防をつくるのではなく、海側の土地をかさ上げし、その上を宅地にするそうです。
    結構、上げていきます。

  • 【道の駅 陸前松原】です。<br />人生はじめての道の駅訪問が、このようなかたちなるとは。。。<br />追悼碑があり、遺族の方が追悼にお見えでした。

    【道の駅 陸前松原】です。
    人生はじめての道の駅訪問が、このようなかたちなるとは。。。
    追悼碑があり、遺族の方が追悼にお見えでした。

    道の駅 高田松原 道の駅

  • 【道の駅 陸前松原】<br />中は、当時のままです。<br />松の木が、刺さったままです。

    【道の駅 陸前松原】
    中は、当時のままです。
    松の木が、刺さったままです。

  • 【公団住宅】です。<br />鉄筋コンクリートだったので、建物がしっかり残っています。<br />これをよく見てみると・・・

    【公団住宅】です。
    鉄筋コンクリートだったので、建物がしっかり残っています。
    これをよく見てみると・・・

  • きれいに4階部分と、5階部分に被害の分かれ目が見て取れます。<br />津波は4階部分(10mくらい?)まできたということがはっきりわかります。

    きれいに4階部分と、5階部分に被害の分かれ目が見て取れます。
    津波は4階部分(10mくらい?)まできたということがはっきりわかります。

  • 原野です。<br />否、街だったところです。奥のふもとまで、街だったところです。<br />「奇跡の一本松」といって、億かけて修復したのをバカにしていましたが、正直、この光景を見て、涙がこぼれました。すべてが波に流され、さらわれていったたのです。<br />そんな中、賛否はあるでしょうが、一本だけ松の木が残ったのは確かに”奇跡”であるし、また、復興していこうとされている市民の象徴として復活したことは、意義があることだと、来て見て、初めて気づかされました。<br />見ないとわからない。

    原野です。
    否、街だったところです。奥のふもとまで、街だったところです。
    「奇跡の一本松」といって、億かけて修復したのをバカにしていましたが、正直、この光景を見て、涙がこぼれました。すべてが波に流され、さらわれていったたのです。
    そんな中、賛否はあるでしょうが、一本だけ松の木が残ったのは確かに”奇跡”であるし、また、復興していこうとされている市民の象徴として復活したことは、意義があることだと、来て見て、初めて気づかされました。
    見ないとわからない。

  • 【陸前高田駅】のプラットホームからです。<br />駅舎は当然なく、線路も流されており、プラットホームだけが残っています。

    【陸前高田駅】のプラットホームからです。
    駅舎は当然なく、線路も流されており、プラットホームだけが残っています。

    陸前高田駅

  • 【陸前高田駅前】です。<br />震災前は、奥まで木造2階建てをメインに、”商店街”だったそうです。<br />この近辺には、市役所やその他の公共施設もあったそうです。すべて流されたか、利用できるような状態でないため、撤去されたそうです。鉄筋コンクリートの市役所も、すでに撤去されていました。

    【陸前高田駅前】です。
    震災前は、奥まで木造2階建てをメインに、”商店街”だったそうです。
    この近辺には、市役所やその他の公共施設もあったそうです。すべて流されたか、利用できるような状態でないため、撤去されたそうです。鉄筋コンクリートの市役所も、すでに撤去されていました。

  • 【陸前高田市港湾】<br />一本松の裏(海側)にある建物ですが、漁協関係みたいです。この建物は、もう使われないようです。

    【陸前高田市港湾】
    一本松の裏(海側)にある建物ですが、漁協関係みたいです。この建物は、もう使われないようです。

  • 【陸前高田市港湾】<br />な〜んにもありません。

    【陸前高田市港湾】
    な〜んにもありません。

  • 【奇跡の一本松】<br />高田バイパス(45号線)から、ここに辿り着くのに徒歩5分強かかります。<br />以前は、直前までバスでも行けたそうですが、仮設のつり橋・ベルトコンベアー、土砂の仮置き場が、高田バイパスと一本松の間にあるため、車では近づけなくなり、バイパスから徒歩ということになりました。

    【奇跡の一本松】
    高田バイパス(45号線)から、ここに辿り着くのに徒歩5分強かかります。
    以前は、直前までバスでも行けたそうですが、仮設のつり橋・ベルトコンベアー、土砂の仮置き場が、高田バイパスと一本松の間にあるため、車では近づけなくなり、バイパスから徒歩ということになりました。

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