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兵庫県たつの市御津町室津は港町としての歴史が古く、すでに奈良時代には、僧行基が摂津国から播磨国にかけて海上交通の要衝と定めたと言われる、5カ所の港のうちの一つに数えられ、古くから天然の良港として知られています。<br /><br />摂津から室津までの瀬戸内海沿岸には暴風を避けるのに最適な場所がなく、入り江に面する室津が、畿内を出てはじめての風待ちや潮待ちに絶好の港だったようで、「播磨風土記」に、「風を防ぐこと室のごとし」と例えられていたことから、この地を「室津」と名付けたと記されている点からもうかがい知れます。<br /><br />江戸時代の参勤交代の際には、西国大名の殆どが船で室津に到着し、ここから陸路江戸へ向かったことから、室津は海と陸をつなぐ宿場町として重要な位置を占めます。<br /><br />1767年の薩摩藩の記録によると、当時の室津には、肥前屋・肥後屋・紀井国屋・筑前屋・薩摩屋・一津屋の6軒の本陣があり、さらに臨時に本陣が必要な場合は、回漕問屋や海産物問屋などが宿舎に充てられ、実に西国の73藩が利用したと記されているのを見ても、室津の重要性は明らかです。<br /><br />一般的な街道筋の宿場町は、本陣と脇本陣がともに1軒か2軒あるのが普通だった当時、6軒もの本陣があった室津は、瀬戸内海航路との関係があったとはいえ、如何に特異な存在だったかを物語っています。<br /><br />なお、現在は本陣跡地を示す石碑が立てられているだけで、残念ながら建物は一棟も残っていません。<br /><br />現在の室津は、月曜から土曜の朝6時過ぎからセリ市が行われる漁港として活況を呈していて、海産物を求めるお客さんで賑わっています。<br /><br />ここ室津にも『ぺでぃまる』さんの旅行記に触発されて訪れました。<br /><br />『ぺでぃまる』さんには重ね々々感謝です。

2014 播磨の国の港町 No2/2 室津

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2014/01/25 - 2014/01/25

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nao

naoさん

兵庫県たつの市御津町室津は港町としての歴史が古く、すでに奈良時代には、僧行基が摂津国から播磨国にかけて海上交通の要衝と定めたと言われる、5カ所の港のうちの一つに数えられ、古くから天然の良港として知られています。

摂津から室津までの瀬戸内海沿岸には暴風を避けるのに最適な場所がなく、入り江に面する室津が、畿内を出てはじめての風待ちや潮待ちに絶好の港だったようで、「播磨風土記」に、「風を防ぐこと室のごとし」と例えられていたことから、この地を「室津」と名付けたと記されている点からもうかがい知れます。

江戸時代の参勤交代の際には、西国大名の殆どが船で室津に到着し、ここから陸路江戸へ向かったことから、室津は海と陸をつなぐ宿場町として重要な位置を占めます。

1767年の薩摩藩の記録によると、当時の室津には、肥前屋・肥後屋・紀井国屋・筑前屋・薩摩屋・一津屋の6軒の本陣があり、さらに臨時に本陣が必要な場合は、回漕問屋や海産物問屋などが宿舎に充てられ、実に西国の73藩が利用したと記されているのを見ても、室津の重要性は明らかです。

一般的な街道筋の宿場町は、本陣と脇本陣がともに1軒か2軒あるのが普通だった当時、6軒もの本陣があった室津は、瀬戸内海航路との関係があったとはいえ、如何に特異な存在だったかを物語っています。

なお、現在は本陣跡地を示す石碑が立てられているだけで、残念ながら建物は一棟も残っていません。

現在の室津は、月曜から土曜の朝6時過ぎからセリ市が行われる漁港として活況を呈していて、海産物を求めるお客さんで賑わっています。

ここ室津にも『ぺでぃまる』さんの旅行記に触発されて訪れました。

『ぺでぃまる』さんには重ね々々感謝です。

同行者
一人旅
交通手段
自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 室津へやって来ました。<br /><br />室津は港町としての歴史が古く、すでに奈良時代には、僧行基が海上交通の要衝の一つに定めたと云われています。

    室津へやって来ました。

    室津は港町としての歴史が古く、すでに奈良時代には、僧行基が海上交通の要衝の一つに定めたと云われています。

  • 入り江に面する室津は、風待ちや潮待ちに絶好の港だったようで、「室津」という地名は、「風を防ぐこと室のごとし」と例えられていたところから名付けたそうで、この地形を一目見るなり、「なるほどな」と頷かされました。

    入り江に面する室津は、風待ちや潮待ちに絶好の港だったようで、「室津」という地名は、「風を防ぐこと室のごとし」と例えられていたところから名付けたそうで、この地形を一目見るなり、「なるほどな」と頷かされました。

  • 現在の室津は、ご覧のように漁港として活況を呈していて、海産物を求めるお客さんで賑わっています。

    現在の室津は、ご覧のように漁港として活況を呈していて、海産物を求めるお客さんで賑わっています。

  • 近年、播磨一帯の海域では牡蠣の養殖が盛んで、室津の沖合にも養殖いかだがたくさん見られます。

    近年、播磨一帯の海域では牡蠣の養殖が盛んで、室津の沖合にも養殖いかだがたくさん見られます。

  • 港の入口に立つ灯台。<br /><br />一文字では釣りをしている人も居ます。

    港の入口に立つ灯台。

    一文字では釣りをしている人も居ます。

  • ここから室津の町中へ向かい、町の北西にある駐車場に車を停めさせてもらって、室津の町を楽しみます。

    ここから室津の町中へ向かい、町の北西にある駐車場に車を停めさせてもらって、室津の町を楽しみます。

  • 海産物屋さんを冷やかしながら歩いていると、店先で魚の干物を作っているのを見かけます。<br /><br />どのお店も、水揚げされた魚をすぐに加工するから、安くて美味しい物ができるんでしょうね。<br /><br />ここが漁師町の良いところで、私は串に刺したままのサヨリの干物を調達しました。

    海産物屋さんを冷やかしながら歩いていると、店先で魚の干物を作っているのを見かけます。

    どのお店も、水揚げされた魚をすぐに加工するから、安くて美味しい物ができるんでしょうね。

    ここが漁師町の良いところで、私は串に刺したままのサヨリの干物を調達しました。

  • 翌日、「室津かきまつり」が開催されるので、港ではその準備に追われています。

    翌日、「室津かきまつり」が開催されるので、港ではその準備に追われています。

  • 漁師さんたちは牡蠣の掃除に余念がありません。

    漁師さんたちは牡蠣の掃除に余念がありません。

  • バイブレーターのようなもので振動を与えながら掃除すると、牡蠣殻の付着物がきれいに外れて行きます。<br /><br />私も殻つきの牡蠣を買って掃除したことがあるんですが、これが結構手間がかかるんです。

    バイブレーターのようなもので振動を与えながら掃除すると、牡蠣殻の付着物がきれいに外れて行きます。

    私も殻つきの牡蠣を買って掃除したことがあるんですが、これが結構手間がかかるんです。

  • 店先のコンロの上では、試食用の牡蠣が焼かれています。<br /><br />殆どのお店で焼き牡蠣の試食ができるので、美味しさにつられて試食のハシゴをしてしまいました。<br /><br />「かきまつり」当日は大勢のお客さんで賑わうでしょうから、前日に来て正解でした。

    店先のコンロの上では、試食用の牡蠣が焼かれています。

    殆どのお店で焼き牡蠣の試食ができるので、美味しさにつられて試食のハシゴをしてしまいました。

    「かきまつり」当日は大勢のお客さんで賑わうでしょうから、前日に来て正解でした。

  • この雑然とした雰囲気は漁港ならではなんでしょうね。

    この雑然とした雰囲気は漁港ならではなんでしょうね。

  • 夜間作業用の裸電球が吊られた岸壁にも、漁港らしい雰囲気が漂っています。<br /><br />この裸電球は相当明るそうです。

    夜間作業用の裸電球が吊られた岸壁にも、漁港らしい雰囲気が漂っています。

    この裸電球は相当明るそうです。

  • ここには、漁港の風景にぴったりの小道具が積まれています。

    ここには、漁港の風景にぴったりの小道具が積まれています。

  • これこそ漁港になくてはならない風景です。

    これこそ漁港になくてはならない風景です。

  • そんなこんなと、漁港の風景を楽しみながら岸壁に沿って歩いて行くと、港に面して「室津海駅館」が建っています。

    そんなこんなと、漁港の風景を楽しみながら岸壁に沿って歩いて行くと、港に面して「室津海駅館」が建っています。

    室津海駅館 美術館・博物館

  • ここは、廻船問屋を営んでいた室津の豪商「嶋屋」さん所有だった建物で、御津町が修復工事を施した後「室津海駅館」として開館したものです。

    ここは、廻船問屋を営んでいた室津の豪商「嶋屋」さん所有だった建物で、御津町が修復工事を施した後「室津海駅館」として開館したものです。

  • 二階建てが許されなかった江戸時代に建てられたこの建物は、当時の「嶋屋」さんの力量を物語っている気がします。

    二階建てが許されなかった江戸時代に建てられたこの建物は、当時の「嶋屋」さんの力量を物語っている気がします。

  • 港はこれくらいにして、目的の町歩きを始めます。

    港はこれくらいにして、目的の町歩きを始めます。

  • 室津の町並みは、入り江に面する漁港に沿って、湾曲するように続いています。

    室津の町並みは、入り江に面する漁港に沿って、湾曲するように続いています。

  • 新しい建物ですが、妻側の窓の取り方が面白いと思いました。

    新しい建物ですが、妻側の窓の取り方が面白いと思いました。

  • 正面側2階の、竪格子の手すりも良いですね。

    正面側2階の、竪格子の手すりも良いですね。

  • 写真では判りにくいかもしれませんが、右側の町家の角に「清十郎生家跡」と刻まれた石碑が立っています。<br /><br />これは、井原西鶴が実話に基づいて書いた「好色五人女」の一番目の物語、「お夏・清十郎」に出てくる清十郎のことで、彼は、ここ室津の造り酒屋の息子でした。<br /><br />この話の悲劇的な結末をご存知の方も多いと思いますが、これは実話なんですね。<br /><br />ちなみに、この道を戻ると「室津海駅館」があります。

    写真では判りにくいかもしれませんが、右側の町家の角に「清十郎生家跡」と刻まれた石碑が立っています。

    これは、井原西鶴が実話に基づいて書いた「好色五人女」の一番目の物語、「お夏・清十郎」に出てくる清十郎のことで、彼は、ここ室津の造り酒屋の息子でした。

    この話の悲劇的な結末をご存知の方も多いと思いますが、これは実話なんですね。

    ちなみに、この道を戻ると「室津海駅館」があります。

  • 見性寺の参道に並んでいる石仏の中に、私の好きな阿修羅像を見つけました。

    見性寺の参道に並んでいる石仏の中に、私の好きな阿修羅像を見つけました。

  • 見性寺の先に「室津民俗館」が見えてきました。

    見性寺の先に「室津民俗館」が見えてきました。

  • 「室津民俗館」は、海産物問屋の豪商「魚屋」の旧豊野家の住宅だったもので、江戸時代には脇本陣としても使われた貴重な建物は、室津が最も栄えていた頃の面影を今に伝えています。

    「室津民俗館」は、海産物問屋の豪商「魚屋」の旧豊野家の住宅だったもので、江戸時代には脇本陣としても使われた貴重な建物は、室津が最も栄えていた頃の面影を今に伝えています。

    室津民俗館 美術館・博物館

  • 格子の中に、椿の花を活けておられる町家があります。

    格子の中に、椿の花を活けておられる町家があります。

  • 湾曲しながら続く町並みの中に・・・

    湾曲しながら続く町並みの中に・・・

  • 雨戸にアクセントを置いた町家があります。

    雨戸にアクセントを置いた町家があります。

  • さらに1階の格子にはこんな物が・・・。

    さらに1階の格子にはこんな物が・・・。

  • これは柳の枝の正月飾りですね。

    これは柳の枝の正月飾りですね。

  • 町並みを進むと、「室津診療所」が見えてきました。

    町並みを進むと、「室津診療所」が見えてきました。

  • ここは、現役のたつの市立の診療所だそうです。

    ここは、現役のたつの市立の診療所だそうです。

  • 室津診療所の前で、今来た道を振り返ります。<br /><br />湾曲した道路の奥には「室津民俗館」が見えます。

    室津診療所の前で、今来た道を振り返ります。

    湾曲した道路の奥には「室津民俗館」が見えます。

  • 左側の町屋は、伝統様式を踏襲しながらも現代風の考え方を取り入れています。<br /><br />妻側の窓が3層になっているので、屋根裏部屋があるようです。

    左側の町屋は、伝統様式を踏襲しながらも現代風の考え方を取り入れています。

    妻側の窓が3層になっているので、屋根裏部屋があるようです。

  • 浄名寺のお地蔵さんが、坂の上の方に鎮座しています。

    浄名寺のお地蔵さんが、坂の上の方に鎮座しています。

  • とうとう見つけました。<br /><br />御津町の汚水桝の蓋です。

    とうとう見つけました。

    御津町の汚水桝の蓋です。

  • そろそろこの辺りが、入り江の一番奥になるんでしょうか・・・。

    そろそろこの辺りが、入り江の一番奥になるんでしょうか・・・。

  • しばらく歩くと、本陣:薩摩屋跡がありました。<br /><br />江戸時代の参勤交代の際、西国大名の殆どが船で室津に到着し、ここから陸路江戸へ向かったことから、室津は海と陸をつなぐ宿場町として重要な位置を占めます。<br /><br />1767年の薩摩藩の記録によると、当時の室津には、肥前屋・肥後屋・紀井国屋・筑前屋・薩摩屋・一津屋の6軒の本陣があり、さらに臨時に本陣が必要な場合は、回漕問屋や海産物問屋などが宿舎に充てられ、実に西国の73藩が利用したと記されています。<br /><br />一般的な街道筋の宿場町は、本陣と脇本陣がともに1軒か2軒あるのが普通だった当時、6軒もの本陣があった室津は、如何に重要な位置を占めていたかを物語っています。<br /><br />現在はこのように石碑が立てられているだけで、残念ながら建物は一棟も残っていません。

    しばらく歩くと、本陣:薩摩屋跡がありました。

    江戸時代の参勤交代の際、西国大名の殆どが船で室津に到着し、ここから陸路江戸へ向かったことから、室津は海と陸をつなぐ宿場町として重要な位置を占めます。

    1767年の薩摩藩の記録によると、当時の室津には、肥前屋・肥後屋・紀井国屋・筑前屋・薩摩屋・一津屋の6軒の本陣があり、さらに臨時に本陣が必要な場合は、回漕問屋や海産物問屋などが宿舎に充てられ、実に西国の73藩が利用したと記されています。

    一般的な街道筋の宿場町は、本陣と脇本陣がともに1軒か2軒あるのが普通だった当時、6軒もの本陣があった室津は、如何に重要な位置を占めていたかを物語っています。

    現在はこのように石碑が立てられているだけで、残念ながら建物は一棟も残っていません。

  • 「明神通」と書かれた道標が示すのは賀茂神社への参道で、この先を左折しますが、私は神社へは行かないので、真っ直ぐ狭い方の道を進みます。

    「明神通」と書かれた道標が示すのは賀茂神社への参道で、この先を左折しますが、私は神社へは行かないので、真っ直ぐ狭い方の道を進みます。

  • 狭い道に入ってすぐに、伝統様式と現代風をミックスした町家があります。<br /><br />双方の良いところが相乗効果を発揮した、なかなか良い町家です。

    狭い道に入ってすぐに、伝統様式と現代風をミックスした町家があります。

    双方の良いところが相乗効果を発揮した、なかなか良い町家です。

  • 狭い道をしばらく進むと、本陣:肥前屋の跡に石標だけが立っています。

    狭い道をしばらく進むと、本陣:肥前屋の跡に石標だけが立っています。

  • 漁港ですから、当然在ってしかるべきなんですが、突然、船の修理工場が現れました。<br /><br />きれいに塗装し直された漁船が台車に載せられています。

    漁港ですから、当然在ってしかるべきなんですが、突然、船の修理工場が現れました。

    きれいに塗装し直された漁船が台車に載せられています。

  • 修理工場を過ぎるて、少し歩くと岸壁に出ました。<br /><br />先ほどの、海産物屋さんの対岸にある岸壁にやって来たようです。

    修理工場を過ぎるて、少し歩くと岸壁に出ました。

    先ほどの、海産物屋さんの対岸にある岸壁にやって来たようです。

  • 賀茂神社の山裾に、大きな石が置いてあります。<br /><br />これは、大阪城の石垣に使うために運んできたものを、室津の海に落としてしまい、400年余りの間海底に沈んでいたんだそうです。

    賀茂神社の山裾に、大きな石が置いてあります。

    これは、大阪城の石垣に使うために運んできたものを、室津の海に落としてしまい、400年余りの間海底に沈んでいたんだそうです。

  • 石を切り出す際に入れたと思われるノミ跡が残っています。

    石を切り出す際に入れたと思われるノミ跡が残っています。

  • 一文字から見た瀬戸内海の眺め。<br /><br />良いお天気だと、もっと遠くの島々まで見えるんでしょうね。

    一文字から見た瀬戸内海の眺め。

    良いお天気だと、もっと遠くの島々まで見えるんでしょうね。

  • ここに立つと、室津の港が入り江にあるのがよくわかります。

    ここに立つと、室津の港が入り江にあるのがよくわかります。

  • 漁を終えたのか、漁船が帰って来ました。

    漁を終えたのか、漁船が帰って来ました。

  • 沖合から、牡蠣を載せた漁船が一艘、港を目指して帰って来ます。

    沖合から、牡蠣を載せた漁船が一艘、港を目指して帰って来ます。

  • カモメでしょうか、漁船の帰りを出迎えています。

    カモメでしょうか、漁船の帰りを出迎えています。

  • 普段、滅多に船を見る機会がないので・・・

    普段、滅多に船を見る機会がないので・・・

  • 岸壁に繋がれた漁船を見ていても飽きることはありません。

    岸壁に繋がれた漁船を見ていても飽きることはありません。

  • いつまでも眺めていたいのはヤマヤマなんですが、そろそろ働き者の船たちに別れを告げなければなりません。

    いつまでも眺めていたいのはヤマヤマなんですが、そろそろ働き者の船たちに別れを告げなければなりません。

  • 来た道を引き返して、駐車場へ戻ります。

    来た道を引き返して、駐車場へ戻ります。

  • 「室津診療所」を過ぎてしばらく進むと・・・

    「室津診療所」を過ぎてしばらく進むと・・・

  • 左手に、本陣:紀伊国屋跡の石標が立っていました。<br /><br />残念ながら、本陣の建物は一棟も残っていないんです。

    左手に、本陣:紀伊国屋跡の石標が立っていました。

    残念ながら、本陣の建物は一棟も残っていないんです。

  • この町家の前を通った時、このモダンな外観にとても興味を覚えました。<br /><br />伝統様式の格子を見事にアレンジして、町家の外側にびっしりと竪格子を巡らせているんです。<br /><br />このセンスの良さには感激してしまいました。<br /><br />最後の最後に、こんなに伝統と現代がマッチした町家が見られるなんて、室津の底力の凄さを見た気がしました。

    この町家の前を通った時、このモダンな外観にとても興味を覚えました。

    伝統様式の格子を見事にアレンジして、町家の外側にびっしりと竪格子を巡らせているんです。

    このセンスの良さには感激してしまいました。

    最後の最後に、こんなに伝統と現代がマッチした町家が見られるなんて、室津の底力の凄さを見た気がしました。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • ぺでぃまるさん 2014/03/08 23:46:27
    ありがとうございます
    naoさん、こんばんは。
    感謝のコメント、ありがとうございます。
    ブログやっていて嬉しいです。

    私が行った時と同じような冬空の景色ですが、これはこれでやはり味がありますね。
    坂越は思った以上にしっとりとした立派な町並み、室津はこれぞ鄙びた漁港って雰囲気でした。
    ここら辺で有名なむかし町は城下町・龍野ですが、この2つも勝るとも劣らない雰囲気がありますね。

    そういえばnaoさんに触発されて、無理から(伊賀上野経由で)富田林に行きましたよ。
    あそこは立派ですね〜

    旅行記まだまだですが、また来てくださいね。

     ぺでぃまる

    nao

    naoさん からの返信 2014/03/09 18:48:22
    なんと大胆な・・・!
    ぺでぃまるさん、こんばんは。

    ぺでぃまるさんの旅行記、大変参考になりましたよ。

    坂越はそれなりに予備知識があったんですが、室津は地名を知っていた程度で、
    ぺでぃまるさんの旅行記を読むまでどんな町なのか知りませんでした。
    でも、どちらも情緒のある良い町で、行った甲斐がありました。

    ところで、伊賀上野経由で富田林へとは、大胆ですね〜!
    無謀と云った方がいいかも?
    普通なら思いつきませんよ〜。(笑)

    でも、面白そうな旅行記になりそうなので、楽しみにしています。

    nao

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