2014/02/08 - 2014/02/08
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Wind99さん
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何度か訪れた日本3名園のひとつであったが、その中の好文亭に初めての訪問した。
以下は歴史の話
偕楽園は、水戸藩第九代藩主徳川斉昭(なりあき)の造園で、なんと! 1841年のこと。開園は翌年。
しかも江戸時代最後の将軍・徳川慶喜は、徳川斉昭の7男である。
その慶喜が大政奉還したのが、1867年である。想いはその頃に・・・
- 旅行の満足度
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
偕楽園・桜山第一駐車場(無料)に車を止める。
偕楽園とは反対側の桜山からの湧き水を集めた玉龍泉(ぎょくりゅうせん)」があった。
かわいい噴水である。 -
梅桜橋を渡ると偕楽園に入る。橋はエレベータ完備。
わずかに梅が咲き始めた。 -
南門を入っていくと昇り坂となるが、好文亭にもっとも近い門である。
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坂を昇りきると好文亭の屋根が見えてくる。(表紙の写真)
周囲の竹垣は、大震災で崩れたため、まだ手直し中であった。
後で調べると、特有な結束方法によるため「偕楽園垣」とも呼ばれているらしい。
また、梅祭りの出店の準備中でもあった(写真)。 -
芝前門をくぐると、好文亭の入場門に出る。
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料金を払って質素な入り口から入場。
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好文亭の屋根にはうっすら雪が残っている。
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建物の入り口前にはふたをされた井戸があった。
ここから建物に入り、履物をビニール袋に入れて持ち歩く。 -
多くの部屋の襖などはどれも立派であったが、特につつじの間の日本画が印章に残り、素敵であった。
多くの襖絵だけでも見所だ。 -
奥御殿に行く連絡路。
太鼓橋廊下の絶妙な湾曲具合。
廊下の左側に篠で作った格子窓は、外からは窓であることが判らないように工夫されていると書いてあったが、なぜだろう? -
2階からは千波湖も良く見渡せる。
2層3階立てで、配膳を滑車で吊るして上に運ぶ装置も残っている。 -
雨受けの大石の穴は変わった加工がされているが、水が凍りついていた。
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建物を出て、さらに奥へ進むとしゃれた待合茶屋がある。
好文亭の見学を終えて、大杉森側から坂を下る。 -
これも周囲の湧き水を集めて、大きな大理石(寒水石)を設置し泉としている。
玉龍泉(ぎょくりゅうせん)という。
すぐ脇に太郎杉の巨木があった。 -
偶然入った、地元のチェーン店らしいラーメン屋の太麺・味噌ラーメン。
美味しかった。
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