2014/01/06 - 2014/01/13
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mistralさん
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1月9日お昼すぎ
イムナイドラ神殿を後にしてバス乗り場で次のバスを待っていた。
例によってタクシーが近づいてきて、どこまで行くのか?と聞いてくる。
当初はバスで飛行場まで行き、そこから乗り換えてタルシーン神殿へ
行くつもりだった。
10ユーロでタルシーン神殿まで行くということなので、そのまま直行して
もらうことになった。
それにしても、マルタ、ゴゾを合わせても小さな島国に、なぜ30近くもの神殿が造られたのか?歩いていても不思議な感じがしていた。
帰国後、ネットであれこれ調べてみて幾つかの説があることがわかった。
マルタ島近海には多くの海底遺跡が発見されているということ、
海底には巨大な水路まであるようで、まるで運河のようで、途中には橋も架かっているらしい。
ある地質学者は、地質学的に見てマルタの南側には大きな陸地があったと考えているようだ。それが紀元前2200年頃に地殻変動で水没したらしい。
その地殻変動の記憶がアトランティス伝説として伝わった可能性があると考えられているようだ。
マルタが今のような陸地の規模ではなくて、かつてはもっと広大な陸地だったと考えれば、神殿の数の多さも納得がいくように思われる。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
タルシーン神殿へ着いた。
(Tarxien Neolithic Temples)
マルチ・パス使用 No.5 -
ヴァレッタの北東、バスで15分ぐらいの
住宅街の中に位置している神殿。
紀元前3000〜2500年に建設された。 -
1914年から1919年に
発掘されるまでは
地中に埋もれていたそうだ。
その為に保存状態が良好。
神殿内の発掘品のオリジナルは
バレッタの考古学博物館に
展示されている。 -
入ってすぐの植え込みの様子。
ポインセチアの巨木? -
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考古学博物館で展示されていた
うずまき模様の石が
ここにも! -
神殿の中は
渡り廊下のように
通路がめぐらされていて
見学ができるように
なっている。 -
神殿と
見学通路の様子。 -
神殿はクローバーの葉っぱ状に
半円を重ねた形で
良く似たプランの神殿が
続いている。 -
当初は
このあたりで農耕をしていた人でも、
地中に神殿が埋もれていたことを
気が付く人はいなかったようだ。 -
1950年代になって
遺跡はセメントで補修された。
しかし最近では
補修を受けた部分のほうが
オリジナルの石灰岩よりも
ダメージをうけてきている
ようだ。 -
-
神殿内のスペースには
かつては多くの備品が
置かれていたようだ。
レプリカのかめのようなもの、
穴があけられているが
ロープのようなものが
通されていたに違いない。 -
隙間なく石が並べられている様子には
驚かされる。 -
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このあたり
石を積み重ねた壁には
らせん模様や
動物の行進の様子など
描かれたレリーフが
残されている。 -
-
考古学博物館で目にした
スカートをはいた
太った女神の下半身像。
豊穣の女神と考えられている。 -
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このように
神殿の周囲には
現代の住居が
迫ってきている。 -
タルシーン神殿をでて
歩いてハイポジウム神殿へと
向かう。
家々の番地の上に
かわいらしい焼き物の像が
目につく。 -
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-
ハル・サフリエニ・ハイポジウム神殿を横から見た写真。
(内部は撮影禁止だった)
入場は9:00〜16:00の毎正時スタート
各回は10名のみ
事前にネットで15時の見学を予約してあった。
(大人30ユーロ、シニア15ユーロ)
スタートの10分前には集合していること
とあるので、早めに行って待機していた。
予約の変更・払い戻しも不可。
(当日売り分は国立美術館で9時から売り出すようだ。
ただし12時と16時の2回のみ。早い人は7時半ごろから
発売を待って並ぶとのことだった。)
他の神殿とは大きく異なり
紀元前2500年ごろ、地下の岩盤を削って
造られた神殿。
1902年、家屋の建築中に偶然発見された。
1980年、ユネスコの世界遺産に登録されている。 -
神殿の模型(国立考古学博物館にて撮影)
石器を使って三層の空間を掘り上げている。
天井の高さは3m、5m、10m
第一層は時代が古いもので壁も荒削りだが
第二層になると丸い天井や、壁は滑らかに削られ
神殿や司祭の間などもある。
一部の石室には赤でらせん模様も描かれている。
第三層は穀物倉のようだ。
全部では38の石室からなり、全体の広さは500?。
当初は「ハル・サフリエニのヴィーナス」と
呼ばれた豊穣の女神に捧げられたと考えられていたが、
更に7000体の遺骨が発見されたことから
当時墳墓として使用されていたと考えられるようになった。 -
考古学博物館に展示されている
「Sleeping Lady]
内部においてあるのはコピー。
ガイドのおじさんが、手の平にのせて
背中をなでるようにうながしてくれた。
古代の人々もそのようにして
慈しんでいたのかもしれない。
ここハイポジウム神殿だけは早めに予約をしておかないと現地ではティケットの入手はできないということだった。
ゴゾ島行きの日帰りツアーと、日程の勘違いから同じ日に予約していることが現地に行ってからわかり、慌てた。
ホテルのコンシエルジュのおじさんに相談したら、いろいろ策を練って下さった。まずハイポジウム神殿のティケットを当日売り分を購入にきている人に売ったらどうか?買値より高く売れるよと言われた。でも自分たちの分も購入しなくてはいけないし、それよりはゴゾ島へのツアーの日の変更を選んだ。
後になってつくづく、ハイポジウムの見学ができて良かったと思った。 -
ハイポジウムからバスに乗って
ヴィットリオーザまで行った。
ロードス島を追われた騎士団が
まず1530年に岬の突端に砦を築いた場所。
騎士団は海に面したすべてを城壁で固め
ビットリオーザとセングレアの岬の突端を
鎖でつないで、敵の侵入を阻んだという場所。 -
Inquisitor's Palace
(審問官の館)
マルチ・パス使用 No.6 -
-
-
この中庭の周囲には牢獄があって
罪人が多分
束の間の日差しを
受けたであろう場所。 -
港が見渡せる
場所へ出てきた。 -
-
-
古い家並みにそって
小路がつづく
ヴィットリオーザの街。 -
-
対岸のバレッタから
スリーシティーズを眺めた時、
沢山の船が係留されていた景観が
見えたが、
今それが目の前に広がっていた。 -
-
-
夕方、駆け足でホテルへ戻ってきた。
ホテルにチエックインをした日に
Invitation Card を渡されていた。
18時半からお茶をいただけるようだ。
時間になってピアノのあるホールへ降りて行った。
すでに三々五々宿泊客が集まっていた。
中にはドレスアップした女性も。
ギターの生演奏を聞きながらお茶ではなく
ワインをいただいた。
オードブルなども次々と配られてきた。
丁度、前の席に座ったドイツ人のご夫婦と
楽しくおしゃべりをした。
バロック・フェスティバルにあわせて
2週間ほど滞在されているとのことで
8つのコンサートに予約されているとのこと。
翌日10日のメサイアにも行かれるようだった。
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