2014/01/19 - 2014/01/20
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ちびのぱぱさん
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京都、東山の八坂の塔は、テレビなどで京都を紹介する場面では、おきまりのように登場します。
それだけ、絵になるということでしょう。
創立は古く、聖徳太子が建てたともいわれ、現在の塔も600年近い歴史があります。
その塔に近づくと中から、木曽節がきこえてきました。いい声……
?
どうして、京都で木曽節なんだろう?
その理由は、予想もしないものでした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 私鉄 徒歩 ジェットスター
-
大阪で天王寺動物園を見て、お昼に阪急電車で嵐山に来ました。
この日、全国的な寒波の影響で、嵐山は凍えるような寒さでした。
冬の京は、北海道から訪れた者にとっても、一筋縄ではいかないことを知りました。 -
阪急鉄道の嵐山駅から、中の島橋を渡って渡月橋方面に抜けます。
この辺り、知りませんでしたが、温泉があるんですね。
その名も嵐山温泉。
温泉旅館も何軒かあり、最近できた日帰り温泉もありました。
いいなあ、温泉はいりたいなあ。
この辺りの温泉宿に泊まる人は、粋人なんだろうなあ。 -
それでも、こんなのが生っているわけですから、やっぱり基本温かいのだろうなあ。
北国の者は、柑橘類が木に生っているのを見ただけで、涙があふれ出してしまいます。
「みかんって、木に生るんだ。最初から有田ってかいた段ボール箱に入っているわけではないんだぁ。」
というような感じです。 -
渡月橋の、嵐山側のたもとにある茶店。
茅葺きの、いい感じです。
つい入ってしまいたくなりますが…… -
雲が空を走り、陽が出たかと思うと、また、さあっと翳ります。
そうすると、寒風がひゅうひゅうと、あらし山から下りてくるのです。
嵐おろしとでもいうのか、どうか。 -
嵐山の上あたりで雲が切れ、また陽が差します。
ああ、太陽の光って温かいなあ。
桂川の流れは澄み、蕩々とした水を運びます。
この川が、あんなに暴れるなんて。 -
「くまなき月の渡るに似る」渡月橋の上は、遮るものがなく、肌を切るような寒さ。
あちら側に付く頃は、体の芯まで冷えました。
途中すれ違った人力車には、若い外人のカップルが、寒さをものともせずに乗っていました。
あっちの人は、陽気だなあ。 -
賑やかな嵐電駅前を通り、嵯峨野の竹林を目指します。
-
有名な竹林へと続く野間神社への路地の入り口に、赤い前掛けがおしゃれな、柴犬くんがニコニコしています。
後ほど竹林で、飼い主の方と楽しそうに散歩しているのを見かけました。
いつの間に追い越されたんだろう。
近所に住んでいるのかな、かわいいな。 -
-
竹林は、数百メートルにわたって続き、大河内伝次郎のかつての邸宅をかすめてJRの踏切まで。
大河内伝次郎といえば、かすかに丹下佐膳のイメージが……。 -
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ときおり強い風が吹き付け、ざざざ〜っと竹が大きくしなって不気味です。
「忍者が、一人、二人、いや、三人。」
時代劇な、気分。
忍者が出てきたっけかなあ、丹下佐善。
「こけ、こけ、……えーと。」
「どうしたの、鶏でもいた?」
「こけ猿の壺だ。」
どうも、古い話です。 -
今朝、テレビで見た天気予報が当たったようで、小雪がちらついてきました。
今度こそほんとうに体が心から冷えたので、嵐電で宿に向かうことにしました。 -
今晩は、錦小路ちかくのマイステイズ京都。
荷物を置いて、錦小路を流します。
小路の伍十(ごとう)というお店でタイムセール中の笹寿司を買って、ホテルに戻りました。
ひとつ、100円の計算。
夕方5時頃でしたね。
「笑点」に間に合うように、ホテルに帰りました。
ささ寿司は、とても美味しゅうございました。 -
よくあさは快晴。
ホテル前のバス停で最初に来たバスになんとなく乗ったら、東寺に来ました。 -
日本一高い五重塔。
高さ55m
この塔は、1644年再建の五代目だそうです。 -
ふたたびバスで、気が向くままに祇園へ。
花見小路を歩きます。 -
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途中の路地で、速水もこみちさんが何かのロケをしていました。
でっかいですね、もこみちさん。
遠目ですが、テレビで見るよりバランスが良くない感じですね(もちろんひがみですが)。 -
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東の方に上がってゆきます。
東大路通を渡って、さらに登ってゆくと八坂の塔が見えます。 -
運良く通りかかった舞妓さん(芸妓さん?)に、思い切って声を掛け、
小さく頷かれたのを確認して、シャッターを押す。
京都には、特にこの界隈、なんちゃって芸者さんも大勢歩いていて、そういう方たちも、
「にせものですぅ〜。」
なんていいながら、気軽に撮影に応じてくださいます。
着こなしとか、お化粧の仕方が、本物と少し違うのですが、おきれいな方は何をしてもおきれいなので、それなりに写真になります。
「あなたも挑戦してみれば。」
「まあ、やめときましょう。」
妻は、まんざらでもなさそうでしたが。 -
八坂の塔の法観寺が次第に近づくと、どこからともなく木曽節が聞こえてきました。
「きそのよ〜なかのりさんが、きそのおんたけさんが、なんじゃらほい。」
絞りの利いた高音が心地よい……
どうも、八坂の塔の境内から聞こえてくるようです。
塔の境内への、小さな門の前を通りかかると、上品な年配の夫人がちょうど出てきたところでした。
その方は、私たちと目が合うと、ちょっとほほえんで
「ご存じかしら、今日は木曾義仲の命日なの。」
そういって、門の脇にある木札の日付を指し示しました。
1月20日
「平家物語の木曾義仲ファンなの。今日は、木曽から命日をまつるために、皆さんいらしているんです。」
問わず語りのご婦人は、木曾義仲の首塚が、この八坂のとうにあるいきさつも語ってくれました。
「ごあんないしますよ。どうぞどうぞ。」
そうおっしゃるなり、返事も利かずに門の中に引き返してゆかれました。
一瞬迷いましたが、そのご婦人の後に続くことにしました。
なにやら謎めいているその方に、ふしぎな興味がわきます。1月20日 by ちびのぱぱさん法観寺 (八坂の塔) 寺・神社・教会
-
中では、このように踊りを交えて、木曽節がうたわれています。
ちょっとネットを調べてみると、
古文書「木曽考」によると、永享年間(1428-鎌倉時代)木曽家12代目木曽信道が、福島の地に城を築き、興禅寺を復旧し木曽義仲の菩提寺とした。このとき倶利伽羅峠の戦勝を記念した霊祭が行われ、風流陣の踊りがなされたとある。このときの武者踊りが「木曽踊」の起こりと考えられている。
http://www.dynax.co.jp/sinsen/culture/index.html
という一文を発見。
源義仲が祖であると唱える木曽家が、この木曽節を義仲のために生み出した、ということでしょうか。 -
悲劇の主人公、義仲の首塚まで、その方は木曽節を踊っている人々の間を縫うように案内してくださいました。
わたしたちは、踊っている方のじゃまにならないように小さくなって後を追います。
「義仲は近江の粟津で討たれ、その首は六条河原で曝されてここに埋められたんです。首塚は最近廃業した旅館にあったものをこちらに移したんですよ。」
世に義経ファンはあまたいるけれど、義仲ファンを自認する方にお会いしたのは初めてでした。
一時は京都を手中に収めたものの、頼朝に敵と見なされ義経たちの討伐隊が差し向けられます。
田舎くさくて豪傑、男気あふれるも武辺一辺倒というイメージですか。
粟津の戦いにおける、その最期も壮絶でした。
顔面に矢を受け、倒れたと伝えられています。
ふしぎなことに、絶世の美女にして荒武者の巴御前に、惚れぬかれた男でもありました。
こういう人を好きになる人って、……あれっ、いなくなっちゃいました、先ほどのご婦人。
いつの間にか、かき消すように消えていました。 -
ふと見ると、塔の入り口が開いています。
入ってもいいのだろうか…… -
中をのぞき込んでみると、いろいろと話題になる五重塔の心柱が見えています。
塔自体の建築は、1440年とありますが、もともとは聖徳太子の建立によるともいわれ、実際に心柱の礎石は飛鳥時代のものがそのまま使われているそうです。
東京スカイツリーにもある心柱。
小学生の頃、社会科の先生が、
「法隆寺の五重塔の心柱は、礎石から浮いていて、それが地震の揺れを吸収するようにできている。」
と、教えていただきました。
現在では、その説は否定されているようで、心柱が浮いているのは腐食のためとか。
暗くてよく見えませんが、この心柱もいくぶん隙間があるように見えます。
いずれにしても、この心柱の独立構造が、塔の揺れを吸収しているという考えで、東京スカイツリーも取り入れたんでしょう。 -
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紅く咲く、冬の花
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二年坂、三年坂
二年坂 名所・史跡
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人気のお店のよう。
「○○で、紹介されました。」
と、ポップでうたっています。
いかにもミーハーですが、やっぱり、おいしいですね。
でも、できれば自分の鼻と舌で探したいものです。清水産寧坂 仁々木 グルメ・レストラン
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二年坂を登ったところで、豆腐まんじゅうのお店が。
奥丹の豆腐を使ったものです。美味しい豆腐まんじゅう by ちびのぱぱさん奥丹 清水 グルメ・レストラン
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お茶が付いて一つ200円。
これは、とてもおいしい。
お隣の奥丹は、ちょっと敷居が高いですが、こちらは気軽に利用できる。
年配のご婦人が切り盛りしていて、この方、客あしらいがこなれていて、いやみがありません。
「はいどうぞ、そちらに腰掛けて、ゆっくりお召し上がりください。」
「はい、おおきに。ありがとね。」
われわれは、そば茶をすすりながら、道行く人を眺めたり、お店の人の呼び込みに耳を傾けたり。 -
この後、清水寺の前で腰を伸ばしていると、音羽路の方から外人さんが二人やってきました。
としのころは4、50代かな、子育てが済んだって感じです。
夫婦そろって映画から抜け出してきたような恵まれた容姿、おそろいのジーンズにご主人はセル縁の眼鏡でインテリっぽい。
会釈をしてくださったので会話をすると、北海道でスキーをした帰りに京都に寄ったとのこと。
「京都は、周りの自然がすばらしい!今回は、休みが少なくて、たった一週間しかとれなかったのが残念。」
だそうで、来年はもっとしっかり休みを取りたいとの決意を表明しておられました。
話し方はオーストラリアの訛りのようで、お聞きしたら
「そうです。」
とのこと。
ご主人と話していたら、少し離れて様子を見ていたジュリアロバーツ似の奥さんが、立派な一眼レフで写真を撮ってくださいました。
あちらの方のブログに、載るでしょうか? -
京都タワーに登るのは、眺めを期待したのではなく、そこにあるから登る、的な行為でして、小雪がちらつくような天気でしたから、ますますもって眺望に期するところなく。
それでも、今年開業50年を迎えるわけで、これも、歴史的な建造物になりつつあるかもしれません。京都タワー 名所・史跡
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770円の入場料は、目の前にあったコンビニの端末で、JTBチケットをゲットして、700円。(ウェブにもクーポンあり)
京都であるという点を除外して、単純に100mの高さに上がるということだけを考えれば、割高に思えます。
要所要所に無料の望遠鏡があって、それで京都の名所を探すとなかなか楽しい。
「あ、清水の舞台だ。」
「あの城は、なんだ? 伏見城か。」
なんて遊んでいると、結構たのしい時間が過ぎてゆきます。 -
目の前の京都駅が、つぶさに観察できます。
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鉄骨を使わない応力外被構造という、ちょっと変わった構造を持ち、阪神淡路大震災にも耐えました。
開業50年、かつて日本初の都市景観論争を引き起こしたタワーも、もはや京都の顔になったのかも知れません。
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