2013/12/30 - 2014/01/04
250位(同エリア402件中)
かうさん
ずっと行きたかったサラエヴォとドブロブニクへスターアライアンスの特典ビジネス航空券で行ってきました。
(往路)
大阪(関空)→上海(浦東)→イスタンブール(アタテュルク)→サラエヴォ
その後陸路でサラエヴォからドブロブニクへ
(復路)
ドブロブニク→ザグレブ→チューリッヒ→上海(浦東)→大阪(関空)
ハードな旅程ですが、無事に何とか行って帰ってこれました。
同じルートを旅行する方や、ビジネスクラスの利用を考えている方の一助となれば幸いです。
Vol,3 イスタンブール出発です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- スイスインターナショナルエアラインズ ANA クロアチア航空 ターキッシュ エアラインズ
-
ラウンジでうとうとしていると乗り遅れてしまうと思ったので、搭乗口まで行くことにしました。
トルコ航空 TK1021便 7:30発 サラエヴォ行き
B&Hエアラインとのコードシェアです。
203番ゲートまで延々と歩いていきます。
途中賑やかなゲートがあるなぁと思うと、フランスのシャルル・ド・ゴール行きだったり、オーストリア行きだったり。 -
203番ゲート到着
ボーディングパスには搭乗開始時間が6:30と書かれていますが、こんなに早く搭乗が開始されるはずもなく人がいません。
あんなに人でごった返していたのに、ゲート前の通路にもほとんど人がいません。 -
デジタルサイネージで搭乗情報が表示されるシステムです。
時差も1時間があるようなので、時計を調整します。
時計の調整も3回め。
もう自分がどこにいて、何をしているのかわからなくなってきました。
このサイネージシステムには搭乗の順番も表示されていて、ボーディングパスに記載されたアルファベット順に搭乗が案内されるみたいです。
と思ったけど、やっぱりなし崩し的に搭乗が開始されました。 -
トルコ航空 TK1021便 ビジネスクラス席
席の仕様はエコノミーと変わりません。
私と窓側のお兄さんと2人しか乗っていません。
どこに座っても大丈夫そうなので窓際の席に移動しました。 -
朝食のサーブが始まりました。
最初にサーブされたのは、フルーツ・チーズ・チキン・ヨーグルト -
その後オムレツがサーブされました。
オムレツかチーズサンドか選べるようになっていました。
イスタンブール便の朝食と同じものだったので、ここではあえてオムレツを選びました。
オムレツのほうがおいしかった。 -
というわけでようやくサラエヴォ到着です。
(空港の写真を撮り忘れた…)
ロストバゲージもなく、無事定刻8:30に到着しました。
空港は小さな空港で、朝早いこともあり人もまばら。
ATMから現地通貨を引き出し、市内に出発です。
(ちなみにATM利用時には新生銀行がおすすめです)
空港を出ると、タクシー乗り場にタクシーが停まっていたのでホテルの名前を告げて行けるかと聞くと乗れと言う。
あんまり言葉が通じないので値段もよくわからないまま乗り込んでしまいました。
結局相場より少し安い20マルカでホテルまで行ってくれました。 -
今晩の宿 HOTEL HAYAT
旧市街地 バシチャルシァから本当に近いロケーション。
でも路地を入った所にあるのでタクシーに連れて行ってもらわなかったら見つけるのに苦労したかも。
予約時にはダブルベッドルームしか空いてなかったけど、フロントは「シングルが空いてて10ユーロ安くするけどどう?」って聞かれたので迷わずOKしました。
部屋は屋根裏部屋で天井が低くて狭かったけど、20ユーロなら納得でした。 -
ホテルから見えるサラエヴォの街。
あいにく曇り空&霧で街が霞んでいます。
これ以上ないバッドコンディションです。
雨が降っていないだけましですね…。 -
ホテル前の道にでると、無数の墓碑が並んでいます。
没年はほとんどが90年代でした。
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の犠牲者でしょうか。 -
建物には無数の弾痕が残っていて、建物も朽ちたままになっています。
汚れたまま走っている車も多く、まだ戦火から立ち直っていない印象をあちこちから受けます。 -
ホテルから5分ほど歩くと、旧市街地バシチャルシァです。
トラムが走っている通りからバシチャルシァのシンボルであるセビリ(水飲み場)が見えます。
観光客もそこそこいます。 -
セビリからは水が出ています。
-
旧市街地は土産物屋が出ていましたが、オフシーズンなのであんまりぱっとしません。
-
旧市街を抜けてトラムが通る大通りを進みます。
そこそこ人通りがあり、交通量も多いです。
もっと寒いのかと思いましたが、それほどではありません。
天気が悪いのだけが閉口します。 -
街なかにある青空市場。
この市場にも迫撃砲が打ち込まれて多くの市民が犠牲になりました。 -
スナイパー通りまで歩いてきました。
この大きな通りの面するビルに狙撃手が潜んでいて、通りを横切る人を容赦なく銃撃したそうです。
奥に見える黄色い建物はホリデイ・インです。 -
ホリデイ・インです。
戦時中多くのジャーナリストがここに宿泊し、世界に向けて情報を発信し続けました。
戦時中でも営業を続け、現在もホテルとして営業しているその姿に感服です。 -
クロアチア行きのバスチケットを入手して、スナイパー通りから南下します。
バスチケット売り場近辺については翌日の旅行記で。
地図で見ると大きな街のように見えますが、街からすぐに山が迫っています。
包囲されたらひとたまりもない地形です。 -
山に面する建物にはまだ無数の弾痕が残っています。
-
街を走っているバスは汚れていて、内部の設備も同じような感じです。
走っている車や状態からその国の経済事情がわかるような気がします。 -
地雷除去の広告でしょうか。
右下に赤い時で「MINES」と書かれています。
ガイドブックにも地雷が敷設されている危険性があるのでむやみに郊外を歩かないようにとの注意があります。 -
サラエボオリンピックの建物…跡でしょうか。
何がどうなってこんなことになっているのか。 -
タクシーを拾ってオリンピックスタジアムまで来ました。
タクシーはメーターが付いていて安心できます。
運転手には英語が通じないし、ぶっきらぼうだけど嫌な感じや危険な感じはしません。
サラエボが共産圏としてはじめてオリンピックを開催したころ、この国はどんな感じだったのでしょうか。
いろんな民族が共存し美しい街だったのでしょうか。 -
スタジアムの前の道を隔ててお墓です。
膨大なお墓が街中にあります。
墓碑を見ると戦中に亡くなった方のお墓が多いように思いました。
たくさんの人が亡くなったという事実がこうして目の前に広がります。
思えば先の大戦で日本でもたくさんの人が亡くなりましたが、街中にお墓が溢れたということを聞いたことがありません。この街はどうしてこのような事になっているのでしょうか。
移動で疲れたので、今日はホテルに帰って休むことにしました。
Vol,4へ続きます
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