2011/10/15 - 2011/10/18
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PHOPHOCHANGさん
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高校の後輩Jちゃんと意外にも初海外。って言うか初の2人旅。皆とのワイワイ合宿は卒業後さえ散々したのにね。
Jちゃんのリクエストはベトナムの古都ハノイ&世界遺産ハロン湾でした。
地図見て歩いたはずなんだけど、何故かやたら迷いまくり。
メーターがやたらカチャカチャ廻って料金上がってくタクシーで「飛び降りるぞ!」って騒いだり、「写真撮ってくれ」って言うパン売りのオバちゃんの写真撮ったら「モデル料」とかって言われて逃げ出したり、空港の免税店ではお釣りくれない店員に「計算出来ないのか?」って食って掛かったり、いかにもベトナムな旅になりました。
それでも美味しく楽しい旅でした。
Jちゃん、また一緒に出かけようね♪
それでも午前中は取り敢えず順調でした。
が、一柱寺から詳しい地図が無くて、市内全体図では直ぐ近くに見えたホーおじさんの家の入り口が見つかりません。
それ以降も大教会、文廟、目指すトコ目指すトコ、いちいち迷いフラフラ。どうも道が複雑なんだよね。
旧市街には小さなお店が沢山在りましたが、何となく購買意欲をそそられず・・かなり疲れた1日でした。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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1本の柱で建ってるから一柱寺。昔ハノイが昇龍と呼ばれていた李王朝時代(1009〜1225年)に建てられた。子供に恵まれなかった李王朝の大崇が、蓮の花の上に子供を抱いた観音菩提樹を夢で見て、この寺を建立したと伝えられている。寺は蓮の形をしており、周囲の小さな池には、季節になると蓮の花が咲き誇る
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この角度から見た方が判りやすいかな
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課外学習らしい子供たちが沢山来てた
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大統領府の前を通ってホーおじさんの家に向かおうとしてたのに
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迎賓館。結局何処も14時までは閉まってて見て廻れないし、お腹空いたから一旦旧市街でランチにする
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ドンスアン市場
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内部に足を踏み入れてみた
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ランチはドンスアン市場から数ブロックのPHO CO
行き当たりばったりで入ってみたら、後から欧米人がドンドン来た -
大当たりだったrice vermicelli with fue style beef、極細米麺を炒めて牛肉、ピーナッツなどと一緒に食す
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いわゆる旧市街と言われる地域
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東河門、行こうとしてた訳じゃなく・・
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更に迷いながらも旧市街地を歩く
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車のブンブン通る道端でむき出しのフランスパンを売ってたオバサン、「写真撮って」って言うから撮ったら「モデル料」だって
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あんまり綺麗とは言えないけど、2階にテラスが在ったりしてフランス風(?)
大教会に行きたかったのに道行く人、商店の人、誰に聞いても全然判んない(英語は通じてた)んで、仕方無くタクシー利用 -
此処に来たかったハノイ大教会(セントジョセフ教会)
ホアンキエム湖から少し西へ入ったわずか100mほどの短いニャートー通りの行き止まり、ニャーチュン通りとリー・クオックスー通りが交わる広場の奥に建っている。ってそんな複雑なトコだから判んなかったんだよ。
この教会は左右に天に向かってそびえ立つ二つの塔を持ったゴシック様式の建築物で、高温多湿の地で風雨にさらされ、約120年が経過した外壁はかなり汚れて、黒ずんでいる -
広場の中央にはREGINA PACIS(平和の聖母)と書かれた台座に立つ幼きイエスを抱いた鋳造の「聖母マリアの像」
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世界遺産タンロン遺跡(旧ハノイ城跡)、威風堂々の端門
タンロン皇城遺跡は2003年からハノイで発掘された遺跡群。タンロン(昇龍)はハノイの旧称で、1010年から1804年までほぼ一貫してベトナム諸王朝がここに都を置いたため、各時代の遺跡が重なっているのが特徴である。2010年8月にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
でも知られてない、人居ない。 -
ハノイはとっても中国っぽい古いものが残ってる
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皇帝一族の住居があった宮城の南側に、ただ一つ開かれたのがこの端門。元々後黎朝前期の15世紀に建てられ、グエン朝時代に補修された。端門には五つの出入口があり、その両脇には更に楼閣へ上るための階段がある、んで勿論上ってみた
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楼閣より南側の軍事博物館を望む。フラッグタワーが目立つ
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此処にも撮影中のカップル
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門の内側には発掘現場が見学用に保存されている
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下に見える敷石は敬天殿へと続く道の一部
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こっちにもカップル
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彼らはかなり凝っていた
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再び大統領府の前を通過して
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食べて良いのはスタッフだけ、って事?
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やっとたどり着いたホーチミンの家
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1969年まで住んでいた家がそのまま残されている。1958年に建てられた木造高床式の住居で、素朴で庶民的だった故人の人柄を偲ばせる。室内へ入ることはできないが、周りの廊下から書斎や寝室内の小さな木の机、簡素なベッド、愛読書や時計などが、生前のままのたたずまいで見学出来る。家の前にはジャスミンの木が植えられ、池にはコイが泳いでいる。いずれもホーチミンが育てたのだそうだ。
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文廟(孔子廟)の境内ではベトナム初の大学が開設された
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屋根の上で跳ねる魚
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門と言うか、楼と言うか、不思議な造り
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横から見ても、前から見ても同じ
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花で出来てるの
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何気に凝ってて素敵
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変わった形の瓦(?)、帆立貝みたい
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孔子廟が文廟と言われるのは、739年、唐(中国)の玄宗皇帝が孔子に「文宣王」という敬称を贈った為
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これって小奇麗なマンションに見えるよね、けど監獄ってか、捕虜収容所
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収容所内、マネキンだけど捕虜たちが不気味
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排水溝、こんな隙間から脱走したんだって
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フランス植民地時代に刑務所として造られたホアロー捕虜収容所は、現在では博物館として公開されている。フランス支配に抵抗するベトナム人がここに捕らえられ、拷問されたりギロチンで死刑にされたりした忌まわしい場所だ
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ディナーはベトナム料理食べ放題のレストラン・SEN
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2階のテラス席へ案内してもらった
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いったい何種類有るのか前菜だけでも凄い
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シーフードも好きな料理法が選べる(例えば炭火焼とか)
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1人分では有りません、念の為
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選んだ料理は全て係がテーブルまで運んでくれるので2階席でも楽々、そして何度でも。
右は丼がフォー、その手前に揚げ春巻き、生春巻き -
寿司や生牡蠣とデザート、左はタピオカとバナナとキクラゲ、右は豆花
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ごめんなさい、プリンと刺身
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