2013/12/15 - 2013/12/15
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belleduneさん
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毎年暮れ近くになると、巣鴨と駒込にある墓地へお墓参りに来ますが、薮下通りから石段を下りてしまうので、昨年開館したこの記念館には全く気が付きませんでした。
地下鉄千代田線の千駄木駅への急な石段がある薮下通りに面したところに、観潮楼の正門がありましたが、現在は森鴎外記念館入り口になっています。丁度銀杏の落ち葉を掃いている方がいらしたので、気が付きました。初めは、マンションが建ったのかと思って近づいてみると、「観潮楼址」とあり、入ってみました。この碑に刻まれた文字は、佐々木信綱によるものです。
この団子坂にある「観潮楼」で、明治25年(1892)から大正11年(1922)まで、家族と共に60歳で亡くなるまでの30年間を過ごしていました。この家には、永井荷風、芥川龍之介、伊藤左千夫、石川啄木、斎藤茂吉などが訪れ、歌会が開催されるなど文人達のサロンとなっていました。
森鴎外の没後、借家にしていましたが、昭和12年(1937)失火で、母屋を焼失し、昭和20年(1945)の戦災で、胸像、銀杏の木、門の敷石、三人冗語の石以外の全てを焼失しました。
昭和37年(1962)、森鴎外生誕百年に、「森鴎外記念室」が、谷口吉郎氏設計の「文京区立鴎外記念本郷図書館」に併設され、開館しましたが、その後、図書館が移転したので、平成22年(2010)から「森鴎外記念館」の建設が始まりました。
この記念館の設計は、陶器二三雄氏で、団子坂と薮下通りに面した低層の建物です。外壁は、煉瓦を張ってから、削るという手の込んだ仕上げになっています。恒温恒湿の問題、災害、水害などを考慮に入れて、展示室と収蔵庫を地下に設置しています。1階エントランスを入ると、広いホール正面に森鴎外の胸像があります。1階のカフェから、庭の銀杏や三人冗語の石を眺めて休むことが出来ます。地下の展示スペースは、資料が分かり易く展示してあり、ビデオも座って見ることが出来ます。「安井夫人」などを読んでみようかな、と思って帰ってきました。
- 旅行の満足度
- 4.5
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こちらが団子坂ではなくて、薮下通りに面した、観潮楼の正門です。この門には、森鴎外の生前当時の敷石と、門柱礎石が設置せれています。
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詩碑 「沙羅の木」
鴎外三十三回忌にあたる昭和29年(1954)7月9日、長男於菟が文京区に寄贈したもので、詩碑は、野田宇太郎の発案で、永井荷風に書を依頼し、谷口吉郎の設計で制作されました。 -
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建物全体は、隣接する建物があるため、撮れない上、館内は撮影禁止になっています。1階エントランスには、昭和37年(1962)彫刻家・高田博厚氏によって制作された森鴎外の浮胸像があります。
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この銀杏の木が、戦災の焼失を免れた貴重なものです。浅草寺にもありますね。
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昔の観潮楼の建物図
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2階は、図書室と講座室となっていて、地下1階、2階共に、小さな休憩室があります。お庭の銀杏の木と傍にある三人冗語の石が見えます。
三人冗語の石とは、明治29年(1896)に創刊した雑誌「めさまし草」の中に、鴎外、幸田露伴、斉藤緑雨で、合評形式の文芸批評「三人冗語」を連載したことからこう呼ばれています。この庭石の前で、写した「三人冗語」同人や家族の写真が残っています。 -
こちらが団子坂に面した建物外観です。煉瓦を張って、削ったという面白い仕上げなので、近くを通りかかったら、是非一度ご覧下さい。
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この旅行記へのコメント (1)
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- ごまさん 2013/12/17 15:29:02
- はじめまして。
- belledune様
私の拙い旅行記に訪問と投票を有難うございます。
もう師走ですから、週末に雪が降って慌てました。
寒くて外出が億劫になりますね。
belledune様も風邪などにお気をつけ下さいね。
ごま
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