2013/10/12 - 2013/10/12
2188位(同エリア10775件中)
おやつさん
2015年の世界文化遺産登録を目指している軍艦島、今のうちに行っておかないと行きにくくなりそう。そんなわけで上陸してみた。
利用したツアー
http://www.gunkanjima-tour.jp/
NPO法人軍艦島を世界遺産にする会
http://gunkanjima.hayabusa-studio.com/
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
PR
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パンフレットとIDカード?をもらってレッツゴー
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常盤2号桟橋より出港します。他のツアー会社の船もあるので間違わないように注意。我々の船はかなりこじんまりですw
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三菱重工長崎造船所。戦艦「大和」とならび、日本帝国海軍が世界に誇った超巨大戦艦「武蔵」が作られた場所です。
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ながさき女神大橋道路の下を通過します。色々な景色が見えるので、波しぶきが飛ぶのを覚悟して外のお席に座るのをオススメします。
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約50分の船旅で軍艦島が見えてきます。この日は波が高く船酔いされている方もいました。波が高すぎると接岸できないため、出港キャンセルとなります。出港保証、または返金などがある会社を選ぶといいと思います。
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上陸します。他のツアー会社の船もいるため順番待ち。ツアー会社同士は説明の時間が被らないように調整されているようですが、上陸可能な時間が決まっているとのこと。
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防波ブロック。波の力恐るべしで台風の後などはガッツリ崩れているようです。。恐るべし自然。
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NPO法人 軍艦島を世界遺産にする会 理事長坂本さん。理事長の説明を聞きながら見学コースを進みます。島民である理事長のお話は当時の島の状況が手に取るようにわかります。
(別のツアー会社はキャッキャした雰囲気でしたが、こちらは違います。どちらを選ぶかはあなた次第) -
奥のビルは小中学校。最上階の天井は1ヶ月ほど前に崩れたそうです。どんどん荒廃が進んでいる。左側の最上階は幼稚園で、屋上には遊具もあったそうです。
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ベルトコンベアーの跡。この上を石炭が流れていたんですね。説明の中にありましたが、当時、草木は一本も生えていなかった島が、島民が去ってから草木が生い茂るようになったそうです。当時は後ろの壁を緑に塗って無い草木を思い描いていたそうです。
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建物が崩れた跡なのに、大きな岩などがる。どこから転がってきたのか?
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炭鉱から上がってくるエレベーター、ここから炭鉱マンは共同浴場に直行したそうです。
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左側の建物はこの島の総合事務所。資料などがそのまま残っていたりしているそうです。
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防波ブロックはすぐ崩れてしまうので、改修を重ねているとのこと。
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これはプールの跡、奥の防波堤の先は海。台風の高波ではここまで波が押し寄せたそうです。
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奥が住居、日本最古の鉄筋コンクリート。当時の東京の9倍以上の人口密度というから想像もつかない。渋谷のスクランブル交差点ぐらいですか???
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ここは廃墟ではない。ここには人々の生活があった。と説明がありました。考え方の問題かもしれませんが「軍艦島の島民と福島原発の被災者は同じ」と、言っていた所。そこだけは納得できなかったですね。。
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島の反対側。住居スペースには立ち入り禁止となっているため、海からしか見れません。
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窓の下はすぐ海。どんな景色だったんでしょうね。
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住居側の島が日本海軍の戦艦「土佐」に似ているとして「軍艦島」と呼ばれています。確かに、上陸した方は軍艦っぽくないです。
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