2013/09/08 - 2013/09/08
4719位(同エリア17030件中)
エムさん
Fクラスのチケットをプレゼントされ、個人手配でパリを訪れました。
フリーの旅5日目
日曜日なので混雑は覚悟の上、ルーブル美術館を一日かけてゆっくり見学します。
夜はリド・ディナーショーを予約しています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
9:14
今日は日曜日、混雑を予想して早めにホテルを出ました。
今までとは意気込みが違います!
Auber(オーベル)から95番のバスに乗ってMusee du Louvreで降りると、目の前が美術館です。
時間が早いからか?日曜日なのに混んでない。
ミュージアムパスを見せて、ピラミッド中央口から入場しました。
目指すはモナリザ!
サモトラのニケは、運の悪いことに9月3日から14年夏まで改修工事で、ご覧のような状態です。
最初にここで感動するはずだったのに・・・
http://www.louvre.fr/jp/homepage -
そして、モナリザにご対面
ここも時間が早いからか?さほど混雑はなく、せいぜいこの程度。
目の前でジックリ写真が撮れました。
ただ、防弾ガラスに反射して撮りにくいです。 -
カナの婚礼(ヴェロネーゼ)
ルーブル最大の作品で壁一面を占め、モナリザの反対側に展示してあります。
カナの街で婚礼の宴に出席したキリストが、水をワインに変える最初に起こした奇跡のシーンを描いた宗教画です。
画面右下に水瓶の水がワインに変わり、味見をしている様子が描かれています。
中央の白い衣の人物はヴェロネーゼの自画像、赤い衣はティツィアーノとされています。
この絵はヴェネツィアの島にあるサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会からナポレオンが持ち帰ったものです。
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=21122926 -
グランド・オダリスク(アングル)
トルコのハーレムの美女
ナポリ王妃カロリーヌ(ナポレオンの妹)の依頼により描かれたが、帝政の崩壊により、画家自らがサロンに出展しました。
展覧会では長すぎる背中が不評でしたが、印象に残る作品です。 -
ナポレオン1世の戴冠式(ダヴィッド)
ノートルダム大聖堂で執り行われたナポレオンの戴冠式を描いた歴史画で、本来ならローマ教皇からナポレオンに冠が授けられます。
ところが、教皇を無視して自分で王冠を被ってしまったナポレオンは、独裁的、挑戦的な態度を非難されることは必至。
ナポレオンの主席画家ダヴィッドにより、妻のジョゼフィーヌに被せようとしているシーンに修正されました。
ナポレオンの後ろで指をかざす教皇のポーズは、皇帝ナポレオンを祝福するという意味を表わしています。
ナポレオンを美化し、画家としての地位を高めたダヴィッドは、ナポレオンの失脚と共に、フランスを追われベルギーへ亡命しました。
ヴェルサイユ宮殿のレプリカはこちら
http://4travel.jp/traveler/emuemu/pict/30869853/src.html -
【若き殉教者の娘】ポール・ドラロージュ
シェークスピアのハムレットに登場する「オフィーリア」でしょうか?
あまりの美しさに引き寄せられました。 -
【メデューズ号の筏】1818年-1819年 テオドール・ジェリコー
セネガル沖で座礁した陰惨な場面を描いた作品
1816年のメデューズ号の遭難は、実は政治家の後押しで船長の地位に舞い戻った者の無能さによって引き起こされたのです。
救命ボートのない149人の船員は、唯一つの筏にぎゅうぎゅう詰めで13日間漂流し、虐殺と狂気と人喰いを免れて生き残ったのはたった15人だけ。
しかも指揮官はボートで脱出しており、見捨てられた人間の光景を描いています。 -
【ピグマリオンとガラテア】1819年 ジェローム
あまりに美しい絵なので調べてみると、古代キプロス王「ピグマリオン」のギリシャ神話でした。
理想の女性を彫刻したピグマリオンは、ガラテアと名付け、恋をします。
食事を共にし、話しかけて人間になるように願い、そばを離れません。
次第に衰弱していくピュグマリオンを見かねた恋の女神アフロディテは、彫像に生命を与え、二人は結婚して幸せに暮らします。
「メデューズ号の筏」がサロンに出品された1819年に高く評価された作品です。 -
【聖母子と聖アンナ】レオナルド・ダ・ヴィンチ
聖アンナと聖母マリアとキリストの3世代の構図で描かれています。
1499年、ルイ12世が一人娘クロードの誕生を聖アンナに感謝するために注文したとされています。
聖アンナはマリアの母であり、不妊、妊婦の守護聖人です。
レオナルドは長い期間を制作に費やし、この絵がルイ12世に引き渡されることはありませんでした。
やはり、アンナの顔はモナリザに似ていますね。
http://www.louvre.fr/jp/oeuvre-notices/%E3%80%8A%E8%81%96%E6%AF%8D%E5%AD%90%E3%81%A8%E8%81%96%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%80%8B -
【岩窟の聖母】レオナルド・ダ・ヴィンチ1483〜1486年
もとはミラノにある聖堂の祭壇画として注文された絵です。
聖母マリア、キリスト、聖ヨハネに光輪が描かれてない。
ヨハネは十字架の杖を持っていないのでキリストと区別がつかない。
などとクレームになり、礼拝堂には一度も飾られていません。
「岩窟の聖母」は15年後に、これらを追加して描き直されました。
(ロンドンのナショナル・ギャラリー所蔵)
教皇に受け入れらなくなったダ・ヴィンチは、大作の注文がなくなります。
イタリア遠征でルネッサンス芸術に魅了されたフランソワ1世に呼び寄せられ、王の庇護のもと、死去するまでの3年間をアンボワーズで暮らしました。 -
盛期ルネサンスの巨匠・ボッティチェリのフレスコ画
【学芸たちの集いに導かれる青年】
【若い婦人に贈り物を捧げるヴィーナスと三美神】 -
アポロン・ギャラリー
ルーブルで最も煌びやかな部屋で、ヴェルサイユ宮殿の鏡の間は、アポロンを模倣したものです。
部屋の装飾はルイ14世の主席画家であるシャルル・ル・ブランが担当しました。
ヴェルサイユ宮殿の大使の階段、鏡の回廊、平和の間と戦争の間などの優れた装飾もルブランの作品です。 -
ヴェルサイユ宮殿の鏡の間は、豪華なシャンデリアや、燭台ばかり印象に残っていますが、ここの天井装飾は素晴らしいです。
-
ルイ14世の肖像画
ギリシャ神話の太陽神アポロンは太陽王ルイ14世を示しています。 -
【天然水晶製の水差し】
14世紀から15世紀に天然水晶の塊を加工したもので、一枚岩の水晶から造られたというから驚きです。
どれだけ大きな塊だったのでしょう?
表面の装飾は16世紀にミラノで彫られ、ルイ14世のコレクションに加わったのです。 -
【ルイ15世の王冠】(左)
聖別戴冠式の際に使用した王冠で、ダイアモンドで作った白百合の紋章に、透かしのアーチ型の骨組みでできています。
この王冠にはダイアモンドが282個(大161個、小121個)、ルビー16個、サファイア16個、エメラルド16個、真珠が237個使われています。
「1729年、真珠と宝石類は、ルイ15世の希望により模造品と取り替えられた」とルーブル美術館のHPにあり、どうりで飴玉に見えるわけです。
http://www.louvre.fr/jp/oeuvre-notices/%E3%83%AB%E3%82%A415%E4%B8%96%E3%81%AE%E7%8E%8B%E5%86%A0
【皇后ウジェニーの冠】(右)
ダイヤが埋め込まれた月桂樹の長い葉と、金で造られた8羽の鷲が交互に並ぶデザインが美しい。
月桂樹と鷲は帝政の象の中に繰り返し使われています。 -
1684年ルイ14世がル・ブランから購入したコレクション
【水晶の鏡】左 【燭台板】右 -
【ラピスラズリの舟形杯】
1673年頃、ルイ14世のコレクションに加わったもの。
舟形の杯部分は4片のラピスラズリで構成され、縁の厚みは約1cm -
【トルコ風呂】アングル 1862年
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印象派 ルノアール
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印象派 ピサロ&シスレー&モネ
この絵の前で、出会った日本人女性にオランジュリー美術館を薦められ、二人とも心はすっかり「オランジュリー」
明日行く予定でしたが、急遽変更です。
まだ観ていない、フェルメールやルーベンスホール、ミケランジェロ・ギャラリーなどなど、一杯あるけれど・・・ -
フェルメール
【天文学者】1668年頃&【レースを編む女】1669年〜1670年
ルーブル美術館にあるフェルメールの作品は2点のみ。
レースを編む女は、見逃してしまうほど小さい作品です。
初めて見た友人は、あまりに小さいので驚いていました。 -
ルーベンス・ホール(1622〜1625年制作)
ここはどんなに急いでも、外せないエリアです。
この部屋の24枚の絵は、アンリ4世の王妃マリー・ド・メディシスの館であるリュクサンブール宮に飾るため、マリーがルーベンスに注文しました。
リュクサンブール宮殿
http://4travel.jp/traveler/emuemu/pict/30804282/src.html
王妃の生涯で重要な場面を、古代神話の神々を登場させて壮大に描いています。
大作のオンパレード、
ルーベンスの家が立派だったことが頷けます。
http://4travel.jp/traveler/emuemu/album/10150424/ -
【マリー・ド・メディシスのマルセイユ上陸】
マリー・ド・メディシスがフィレンツェから船に乗り、マルセイユに上陸した時の場面。
イタリア・フィレンツェの大富豪「メディチ家」に生まれ、ブルボン王朝・初代国王アンリ4世に嫁いだ。
アンリ4世は女好きで愛人が多く、これは持参金目当ての政略結婚でした。
前回の旅で、しっかり記憶にあるアンリ2世の愛妾「ディアーヌ・ド・ポワチエ」
アンリ2世はディアーヌにシュノンソー城を与え、妻のカトリーヌ・ド・メディシスとは、美しいお城を巡る確執があったのです。
マリーとカトリーヌは親戚、メディチ家の財力が魅力だったのでしょう。 -
【ルイ13世の誕生】【成人したルイ13世】
1601年9月27日第1子として誕生。
1610年アンリ4世が暗殺され、9歳で即位した。 -
【サン・ドニ聖堂におけるマリー・ド・メディシスの戴冠式】
-
【ガブリエル・デストレとその姉妹】1594年頃
アンリ4世の愛人ガブリエル(右)とその妹。
妹が姉の乳首をつまみ、これ見よがしな仕草は、アンリ4世の私生児を懐妊したことを象徴しているという。
ガブリエルはアンリ4世の子供を3人儲け、1597年にボーフォール公爵夫人の称号を与えられます。
アンリ4世はガブリエルとの再婚を考えるも周囲に反対され、ガブリエルは1599年4月に急死します。 -
【ダイヤのエースを持ついかさま師】ジョルジュ・ド・ラ・トゥール1635年
カラヴァッジョ以降、頻繁に取り上げられた主題であり、カードゲームで、いかさまをしている様子を描いています。
17世紀の主な3つの誘惑である「賭博、ワイン、邪淫」
後ろに隠した男の手にはハートのエース・・・
今、いかさまをしようとしている場面です。
主犯(真ん中)と実行犯(左側)、そしてワインを手にした連絡係の目つきが、いかにも怪しげです。
カモにされる男性のテーブルには金貨が積まれ、ハラハラさせます。 -
11:58 ここまで休憩もしないで、よく歩きました。
ルーブル美術館のカフェでコーヒーブレイク!
友人は相変わらずビール、日本から持ってきた梅昆布が美味しくて・・・
外の空気が気持ちよくて、こんなにゆっくりできるのもフリーならでは!
ピラミッドの行列は、昨日のヴェルサイユに比べたら、大したことはありません。
「日曜日のルーブルは思いのほか空いている。」二人の感想です。
混むと予想して、日曜日は避けたのでしょうか? -
【バビロンの王のハンムラビ法典】(左)
メソポタミア文明の象徴であり、紀元前18世紀にバビロンの王によって建てられた玄武岩製の石碑です。
旧約聖書の前に書かれた最も古い法令集で、上部にはシャムシュが王に王権を授ける場面が表わされています。
ハンムラビ法典といえば、「目には目を、歯には歯を」
文書は楔形文字とアッカド語で書かれており、「弱者と虐げられた者を護る者」の役割をハンムラビ王に任じられ、裁判は王自身が下します。
弱者救済が法に定められています。 -
12:57 古代エジプト美術
タニスの大スフィンクス
エジプト国外で保存されているなかで、最も大きい花崗岩で作られたスフィンクスです。 -
【アフロディーテ 別名ミロのヴィーナス】
紀元前100年頃に制作されたものと推定されます。
1820年、エーゲ海のミロス島で発掘された島の名前からミロのヴィーナスと呼ばれ、ギリシア美術の重要なオリジナルです。 -
ギャラリー・ミケランジェロ
【アモルの接吻で蘇るプシュケ】カノーヴァ
大理石で作られた彫刻は、滑らかで透明感があり、柔らかい布の質感がよく出ています。 -
ミケランジェロ
【奴隷】(左)【瀕死の奴隷】(右)1513-1515年
ユリウス2世の墓廟のために1505年から手掛けられたが、ミケランジェロが多忙のため制作を開始したのは1513年になってからで、ユリウス2世(在位1503年〜1513年)の在位中には完成しなかった。 -
シュリー翼の半地下には12世紀、要塞であった頃のルーブル壕が残っています。
1981年、改修工事の際に発見されたシャルル5世時代の城塞遺跡です。
積み上げた石には人夫の名前や、ハート型が彫られています。
中世の時代からハートがあったなんて驚きです。 -
サンドイッチとペリエで遅いランチをしながら、オランジュリーの行き方をチェック!
この距離なら地下鉄に乗らなくても歩けると判断、
迷うと疲れるので、カルーゼルの凱旋門の出口を案内所で尋ねました。
言われた通り、逆さピラミッドから、ルーブル壕を抜けて行くと、迷いながらも何とか出口が見つかりました。 -
14:40 日曜日のチュイルリー公園はのどかでした。
カエサルの像を写していたら、ピンクのTシャツの人に「カエサルと自分を撮って!」
と、言われて・・・
声を掛けられると、スリじゃないかと警戒しながらも断れなくて、カメラがSONYだったので、気をよくして引き受けました。
結局オランジュリーに行くまでに3人も頼まれてしまった。
昔は黒人が地べたにオモチャを並べ、怪しい雰囲気だったのに、そんな人は一人も見かけませんでした。 -
14:51
秋晴れの公園を歩いて、コンコルド広場の近くまで来ました。
オランジュリーはすぐそこです。 -
オランジュリー美術館(Mus?・e de l'Orangerie)
テュイルリー公園の敷地にあり、元は宮殿のオレンジ温室(オランジュリー)でした。
モネの『睡蓮』の大連作を飾るために美術館として整備されたのです。
温室だったためガラス窓が多く、さんさんと太陽が降り注ぐ、明るい美術館です。
モネの睡蓮の大連作は撮影禁止ですが、楕円形の部屋には長椅子があり、ゆっくり鑑賞できます。 -
地下には印象派、ポスト印象派の作品が展示してあります。
モネの睡蓮で知られる美術館ですが、コンパクトな割に、有名な画家の絵が数多く展示してあり、お薦めです。
写真を撮っている人を見かけ、係りの人に尋ねたら、ここは撮影可能です。
ユトリロ
【ノートルダム】(上)【モン・スニ通り】(下) -
ユトリロ
【国旗をあげた村役場】(左上)
【ベルノ商店】(右上)
【クリニャンクールの教会】(左下)
【サン・ピエール教会】(右下) -
アンリ・マティス
【赤いキュロットのオダリスク】左上
【夫人の居間】(右上)
【灰色のキュロットのオダリスク】(左下)
【青いオダリスク】(右下) -
セザンヌ
【セザンヌ夫人の肖像】【果物、ナプキン、ミルク入れ】 -
私の好きなルノアールの絵が続きます。
【ピアノを弾く少女】 -
ルノアール
-
ルノアール
-
ルノアール
-
ルノアール
お花の絵が多く、何枚も撮りました。
小さなショップでモネの絵を2点購入して、オランジュリーを後にしました。
ルーブルを一日中見学するのは、体力的に無理だと実感!
場所が変わると気分も変わるので、早めに切り上げて正解でした。
モネの連作を、ベンチで眺めながらゆっくり出来たので、満足度は高いです。
フルコースを食べたような・・・お腹が一杯! -
ピカソ
【青の時代 1901年-1904年】
親友の自殺に衝撃を受け、青を基調とした暗い絵を描いた。
【赤の時代 1905年-1907年】
モンマルトルの洗濯船にアトリエを構え、フェルナンド・オリヴィエという恋人と同棲を始め、バラ色を基調とした温かい色の作風に変化した。 -
ルイ16世やマリー・アントワネットへが処刑されたコンコルド広場
高くそびえるオベリスクが美しい!
ルクソール神殿にあったものとは思えないほど。
さて、ここからどうやってホテルに戻ろうか?
地下鉄はスリの心配があるし、バス通りの番号を見ながら思案に暮れ、
結局ルーブルからバスに乗ることにしました。 -
チュイルリー公園を通ってカルーゼルの凱旋門まで戻ります。
二人とも足を引きずりながら、空元気を出して、
気分転換に、足を止めて写真を撮り・・・
昨日からずーっと歩きっ放しで、足が痛い!
靴が合わないんじゃないかと、文句を言いながらも、歩くしかありません。 -
16:12 やっと、凱旋門まで戻りました。
すっかりお馴染みの95番のバスに乗ってホテルに帰りました。
しばらくベッドに引っくり返って休憩!
今夜はディナーショーを申し込んでおいたので、また出かけます。 -
リド・ディナーショー(EUR 175.00/23,700円)
ヨーロッパ最大のキャバレーで、お薦めだときいていたのですが・・・
シルクドソレイユや、クルーズのショーを思い描くとガッカリします。
何より、目の前でトップレスで踊られ、ビックリ!
おまけにお尻はシースルーだし・・・
「どうしてトップレスなのかしら?」友人と同じ感想でした。
これを芸術と、捉えられるかどうか?
この時期オペラ座が休館だったので、リドにしたのですが、
まあ、これも経験です。 -
ショーが終わると、ホテルまで送ってくれます。
ライトアップした凱旋門を車窓から写して、一日が終わりました。
明日は「フォンテーヌブロー城とバルビゾン半日観光ツアー」を申し込んでいます。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- Minty Pinkさん 2015/05/10 16:10:34
- こんにちは。
- 初めまして…でしょうか?
素敵なルーブルとオランジュリーの旅行記を見せてくださってありがとうございます。
『殉教者の娘』というのはドラローシュだったのですね。
ガラスのピラミッドの影も形もない遙か昔、ろくに計画もせず『ヴィーナス・サモトラケのニケ・モナリザ』の三点セットくらいしか目的のない初ルーブルでしたが、この絵がとても印象的だったのをフラッシュバックのように思い出しました!!
2013年の夏に、パリ旅行をし、ルーブルも訪れていますがこちらの絵に再会することはありませんでした。
エムさんの旅行記を拝見して、ルーブルもオランジュリーもやっぱり駆け足だったなあ…と思います。またいつか行ける日がくるといいなと思いながら、今は様々なところにいらっしゃっているみなさんの旅行記を巡り歩いています。
他の旅行記もゆっくり見せていただきます。ありがとうございました。
- エムさん からの返信 2015/05/12 16:55:29
- RE: こんにちは。
- Minty Pinkさん、初めまして!
ご訪問と投票をありがとうございました。
今頃メッセージに気付き、お返事が遅くなりました。ごめんなさい!
> 『殉教者の娘』というのはドラローシュだったのですね。
↑ドゥノン翼2F 展示室76にあります。
http://cartelfr.louvre.fr/cartelfr/visite?srv=car_not_frame&idNotice=22730
この絵は、あまりに美しくて吸い込まれるように見入ってしまいました。
ルーブル美術館は収蔵品が多過ぎて、去年は滞在中に3回通いましたが、見逃した作品は数知れません。
今年も来週から8日間の予定でパリへ行くので、鑑賞リストを作成中です。
広い館内を歩くだけでも疲れるので、どこまで頑張れるか分かりませんが・・・
では、またお越し下さいませ〜。
エム
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