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東南アジアの国々には戦前からの古い日本人墓地があり、何か所か訪ねたことがある。スリランカには同じような墓地があるのだろうかと調べたところ、コロンボにあることがわかった。それで数年前1度訪ねてみたが、その時はあまり時間もなく十分調べることができなかったので、今回再度訪ねてみた。<br /><br />日本人墓地はカナッテ市営墓地の一画にあり、きれいに整備されていて、管理が十分なされていることが分かる。管理はスリランカ日本人会の人々がしているようだが、しかし、恐らく日本の方でここを訪れる人はほとんどいないものと思う。<br /><br />ここで永遠の眠りにつかれている日本人の方々はそんなに多くない。しかし、特筆すべきことは、1942年4月に日本帝国海軍の120機の爆撃機がコロンボとトリンコマリーを空爆した際、そのうちの1機が英国軍に追撃されたが、3人の日本人乗組員が死亡した。この墓地に彼らの霊を慰めるために慰霊碑が建てられていることだ。

スリランカで永遠の眠りについた日本人たち ― コロンボにある日本人墓地を訪ねて

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2013/09/21 - 2013/09/21

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    東南アジアの国々には戦前からの古い日本人墓地があり、何か所か訪ねたことがある。スリランカには同じような墓地があるのだろうかと調べたところ、コロンボにあることがわかった。それで数年前1度訪ねてみたが、その時はあまり時間もなく十分調べることができなかったので、今回再度訪ねてみた。

    日本人墓地はカナッテ市営墓地の一画にあり、きれいに整備されていて、管理が十分なされていることが分かる。管理はスリランカ日本人会の人々がしているようだが、しかし、恐らく日本の方でここを訪れる人はほとんどいないものと思う。

    ここで永遠の眠りにつかれている日本人の方々はそんなに多くない。しかし、特筆すべきことは、1942年4月に日本帝国海軍の120機の爆撃機がコロンボとトリンコマリーを空爆した際、そのうちの1機が英国軍に追撃されたが、3人の日本人乗組員が死亡した。この墓地に彼らの霊を慰めるために慰霊碑が建てられていることだ。

    旅行の満足度
    5.0

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    • 小生が東南アジアにある日本人墓地に興味を抱くようになつたのはもう20年以上も前のことで、山崎朋子氏のノンフィクション作品 『 サンダカン八番娼館 』 を読んでからのことである。<br /><br />香港とシンガポール、マラツカにある日本人墓地を訪ねたこともある。今回はコロンボの日本人墓地である。<br /><br />ここはコロンボ・カナッテ市立墓地の正面入り口ゲートで、早速中に入ってみた。

      小生が東南アジアにある日本人墓地に興味を抱くようになつたのはもう20年以上も前のことで、山崎朋子氏のノンフィクション作品 『 サンダカン八番娼館 』 を読んでからのことである。

      香港とシンガポール、マラツカにある日本人墓地を訪ねたこともある。今回はコロンボの日本人墓地である。

      ここはコロンボ・カナッテ市立墓地の正面入り口ゲートで、早速中に入ってみた。

    • ゲートを通ったすぐそばに Anglican Church (イギリス国教会)がある。<br /><br />ここでは亡くなられた方々の葬儀やメモリアル・サービスなどが行われようで、小さいながらもきれいな教会である。

      ゲートを通ったすぐそばに Anglican Church (イギリス国教会)がある。

      ここでは亡くなられた方々の葬儀やメモリアル・サービスなどが行われようで、小さいながらもきれいな教会である。

    • この方は墓地を管理する職員の方で、髪を赤く染めていたりして、何だか墓地の管理人という感じがしないが、案内を頼むと快く職員を連れてきてくれた。。

      この方は墓地を管理する職員の方で、髪を赤く染めていたりして、何だか墓地の管理人という感じがしないが、案内を頼むと快く職員を連れてきてくれた。。

    • 墓地で働いている労働者たちで、自分たちを撮ってほしいというので、撮ってあげると喜んでくれた。

      墓地で働いている労働者たちで、自分たちを撮ってほしいというので、撮ってあげると喜んでくれた。

    • この区域はキリスト教徒たちの墓地で、スリランカでは宗教によってはっきりと区別されている。

      この区域はキリスト教徒たちの墓地で、スリランカでは宗教によってはっきりと区別されている。

    • キリスト教徒たちの墓地の中央に一際目立つお墓がある。この方はどのような人物なのだろうか。

      キリスト教徒たちの墓地の中央に一際目立つお墓がある。この方はどのような人物なのだろうか。

    • もう一つ教会あり。こちらはカトリック教会のようである。

      もう一つ教会あり。こちらはカトリック教会のようである。

    • 教会の中を見させていただいた。ちょうど管理人が仕事をしている最中であったが、いろいろな説明をしてくれた。

      教会の中を見させていただいた。ちょうど管理人が仕事をしている最中であったが、いろいろな説明をしてくれた。

    • 祭壇背後にある美しいステンドグラスが目を引いた。

      祭壇背後にある美しいステンドグラスが目を引いた。

    • 仏教徒用の礼拝場もある。日本のように宗教に関係なく葬儀が行うことができる施設はスリランカでは皆無と言ってよいだろう。必ず宗教によって別々に行われてる。

      仏教徒用の礼拝場もある。日本のように宗教に関係なく葬儀が行うことができる施設はスリランカでは皆無と言ってよいだろう。必ず宗教によって別々に行われてる。

    • 墓地の入り口から一直線に伸びる中央通りがあり、その両側に広大な墓地が広がっている。日本人墓地は中央通りを真っ直ぐ歩いて、右に曲がった12街区にある。<br /><br />このあたりに来ると、参拝者の姿もスタッフの働いている姿も全く見ることもない。静かな雰囲気があたりを覆っている。

      墓地の入り口から一直線に伸びる中央通りがあり、その両側に広大な墓地が広がっている。日本人墓地は中央通りを真っ直ぐ歩いて、右に曲がった12街区にある。

      このあたりに来ると、参拝者の姿もスタッフの働いている姿も全く見ることもない。静かな雰囲気があたりを覆っている。

    • ここが日本人墓地で、そんなに広くはないが、きれいに整備さえ、管理が行き届いているような気がする。スリランカ日本人会が管理していようだ。

      ここが日本人墓地で、そんなに広くはないが、きれいに整備さえ、管理が行き届いているような気がする。スリランカ日本人会が管理していようだ。

    • 入り口の門柱に「日本人墓地」と書かれていて、設立が1928年( 昭和3年 )11月、Renovated( 改修 )が1999年とある。左側に「 錫蘭日本人会 」(錫蘭と言うのはセイロンを表す漢字表現である)という文字も見える。

      入り口の門柱に「日本人墓地」と書かれていて、設立が1928年( 昭和3年 )11月、Renovated( 改修 )が1999年とある。左側に「 錫蘭日本人会 」(錫蘭と言うのはセイロンを表す漢字表現である)という文字も見える。

    • 入り口を入ると、中央に芝生が生い茂り、正面と左右にお墓があり、見たところ墓石の数はそんなに多くはない。

      入り口を入ると、中央に芝生が生い茂り、正面と左右にお墓があり、見たところ墓石の数はそんなに多くはない。

    • 墓地中央に一際目立つ石碑がある。そこにはただ「 鎮魂碑 」と書かれ文字があるだけである。

      墓地中央に一際目立つ石碑がある。そこにはただ「 鎮魂碑 」と書かれ文字があるだけである。

    • 一体何の碑だろうかと思って周りを見ると、その隣に「大日本帝国海軍戦死者慰霊碑」と記された慰霊塔があった。裏側を見ると、次のような文章が記されている。<br /><br />「第二次大戦中大日本帝国海軍戦死者の遺体を丁重に埋葬供養されたスリランカ国民の「愛」を記念し戦死者の霊と平安を祈り之を建つ 昭和五十四年一〇月一八日 日本国特命全権大使 越智啓介」<br /><br />1942年初めに、強力な日本海軍はインド洋上の敵艦を次々襲撃し、セイロンに向かってきた。しかし、その当時セイロンに停泊していたイギリスの軍艦の多くは第一次世界大戦時に建造された古いものばかりであった。

      一体何の碑だろうかと思って周りを見ると、その隣に「大日本帝国海軍戦死者慰霊碑」と記された慰霊塔があった。裏側を見ると、次のような文章が記されている。

      「第二次大戦中大日本帝国海軍戦死者の遺体を丁重に埋葬供養されたスリランカ国民の「愛」を記念し戦死者の霊と平安を祈り之を建つ 昭和五十四年一〇月一八日 日本国特命全権大使 越智啓介」

      1942年初めに、強力な日本海軍はインド洋上の敵艦を次々襲撃し、セイロンに向かってきた。しかし、その当時セイロンに停泊していたイギリスの軍艦の多くは第一次世界大戦時に建造された古いものばかりであった。

    • その年の4月に、ハワイ真珠湾を攻撃した日本海軍がその足で120機の爆撃機を引き連れて、英国海軍の基地があるセイロン島にやって来て、コロンボとトリンコマリーを空爆した。<br /><br />その空爆の際、3人が乗った日本軍の攻撃機がトリンコマリーで撃ち落され、墜落した。この写真はトリンコマリーに残る爆撃の事実を示した記念板で、現在は石油基地のある敷地の中に爆撃機の残骸と共に置かれている。<br /><br /><br />記された文字によると、「 1942年4月9日午前6時45分、3人の日本人(Shigemori Watanabe、ほかの2人の氏名は判読が不可能)が乗った爆撃機が撃ち落される。7日間燃え続け、一人の遺体だけが発見された 」とある。<br /><br />これは小生が10年くらい前にトリンコマリーを訪れた際、撮影した写真である。発見された遺体がどこに埋葬されたかは不明である。<br /><br />

      その年の4月に、ハワイ真珠湾を攻撃した日本海軍がその足で120機の爆撃機を引き連れて、英国海軍の基地があるセイロン島にやって来て、コロンボとトリンコマリーを空爆した。

      その空爆の際、3人が乗った日本軍の攻撃機がトリンコマリーで撃ち落され、墜落した。この写真はトリンコマリーに残る爆撃の事実を示した記念板で、現在は石油基地のある敷地の中に爆撃機の残骸と共に置かれている。


      記された文字によると、「 1942年4月9日午前6時45分、3人の日本人(Shigemori Watanabe、ほかの2人の氏名は判読が不可能)が乗った爆撃機が撃ち落される。7日間燃え続け、一人の遺体だけが発見された 」とある。

      これは小生が10年くらい前にトリンコマリーを訪れた際、撮影した写真である。発見された遺体がどこに埋葬されたかは不明である。

    • 先ほどの鎮魂碑を中心にその左右に日本人の墓が並ぶようにして建てられいる。<br /><br />この墓地に眠る方々はこの地でどのような生活をされていたのだろうか。大なり小なり成功を収めた人もいれば、病気で若くして亡くなった人、在職中に亡くなられた人、唐行きさんたち・・・・それぞれのドラマを感じる。

      先ほどの鎮魂碑を中心にその左右に日本人の墓が並ぶようにして建てられいる。

      この墓地に眠る方々はこの地でどのような生活をされていたのだろうか。大なり小なり成功を収めた人もいれば、病気で若くして亡くなった人、在職中に亡くなられた人、唐行きさんたち・・・・それぞれのドラマを感じる。

    • 幾つか日本人同胞のお墓を見てみたい。「JUN NAGAE( 漢字名不明 )」と彫られ、「自由学園1972年28クラス卒」と記されている。

      幾つか日本人同胞のお墓を見てみたい。「JUN NAGAE( 漢字名不明 )」と彫られ、「自由学園1972年28クラス卒」と記されている。

    • こちらは、名前をTAKAO SEKIYA といい、「OISCA Volunteer」と記されているのを見ると、在職中に亡くなたのだろうか。

      こちらは、名前をTAKAO SEKIYA といい、「OISCA Volunteer」と記されているのを見ると、在職中に亡くなたのだろうか。

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      • by ドク金魚 さん 2013/10/29 10:39:23
        Deepですね
         こんにちはTamegaiさん!

        今回は日本人墓地の訪問ですね。
        確かに私はこちらに訪ねる発想は有りませんでした。

        私にとって唐ゆきさんは、上海や香港の辺りの
        イメージしかありませんでした。
        旧日本軍の兵士や土地に貢献した人や〜それぞれのドラマを
        感じます。
        また病気や怪我でで亡くなられた方の中には、日本だと助かった方も
        少なからず居たと思いました。

        チャペルのステンドは、ホント綺麗です。
        また管理者の男性も色ものっぽくもいい味してました!!

        ここに住み着く人も居るんですね。

        以前聞いた話ですが、スリランカ人は墓参りの習慣は
        余りないと聞きました。
        なおさら番人が必要なのでしょうね。

        TAMEGAIさんのスリランカの滞在も後半でしょうか?


        お邪魔しました ドク

        Tamegai

        by Tamegai さん 2013/10/29 15:33:16
        RE: Deepですね
        ドク金魚様

        こんにちは。書き込みをありがとうございます。

        墓地を訪ねるなんて、普通考えませんよね。 私はそこに第二次世界大戦の
        折の、3人の日本人飛行士に関する碑があることを知り、関心を持った次第です。

        異国に眠る人々の心情を思いやると、ジーンとくるものがありますね。
        ある人は若くしてこの地で亡くなり、ある人は仕事で来ていて志半ばで亡くなる
        など、それぞれのドラマを感じます。

        唐行きさんたちもセイロンに来ていたのでしょうか。何の資料もありませんので
        皆目わかりません。

        私のスリランカ滞在も後半を過ぎました。帰る日が決まてくると、急に忙しくなり
        そうです。ここにもあそこに行きたいとかやり残したことがないかなどと、あわ
        ただしくなっています。残りの日々を精一杯楽しみたと思います。

        ドク金魚さん一家は年末から正月はタイですか。いいですね!

        では、これで。

        Tamegai



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