岡山市旅行記(ブログ) 一覧に戻る
黒田官兵衛が補佐した豊臣秀吉の戦いで有名なのが、備中高松城の水攻め。どんな戦いだったのか、書物だけではイメージがつかめないので、実際に行ってみることにしました。やはり土地が低く、高低差がないことが実感で解ったし、資料館では貴重な地図や写真なども見せて頂きました。城主清水宗治の人気が高いのも、もっともかなと思いました。

黒田官兵衛ゆかりの備中高松城

6いいね!

2013/06/08 - 2013/06/08

1124位(同エリア1687件中)

0

35

ふろすと

ふろすとさん

黒田官兵衛が補佐した豊臣秀吉の戦いで有名なのが、備中高松城の水攻め。どんな戦いだったのか、書物だけではイメージがつかめないので、実際に行ってみることにしました。やはり土地が低く、高低差がないことが実感で解ったし、資料館では貴重な地図や写真なども見せて頂きました。城主清水宗治の人気が高いのも、もっともかなと思いました。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
交通
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
新幹線 JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

PR

  • 山陽新幹線の車内販売。朝が早かったのでお菓子と珈琲を買いました。

    山陽新幹線の車内販売。朝が早かったのでお菓子と珈琲を買いました。

  • くまもんとアイナック神戸のコラボレーションのようです。

    くまもんとアイナック神戸のコラボレーションのようです。

  • 岡山駅へ到着。ここからは在来線で、備中高松城を目指します。

    岡山駅へ到着。ここからは在来線で、備中高松城を目指します。

  • のんびりした車内です。

    のんびりした車内です。

  • 備中高松駅。城が有名だと思っていましたが、他にも有名なものがありそうです。

    備中高松駅。城が有名だと思っていましたが、他にも有名なものがありそうです。

  • 町の観光案内板です。

    町の観光案内板です。

  • 城の防御の役を果たした舟橋。元は舟を並べて橋とし、敵が来ると舟を撤去したようです。

    城の防御の役を果たした舟橋。元は舟を並べて橋とし、敵が来ると舟を撤去したようです。

  • 歩いてみると、高低差のない、全体的に低い土地だと言うことがよく解りました。

    歩いてみると、高低差のない、全体的に低い土地だと言うことがよく解りました。

  • 高松城址にやってきました。

    高松城址にやってきました。

  • 公園には、水攻めの様子が解説されていました。

    公園には、水攻めの様子が解説されていました。

  • 「水攻め音頭」という歌まであるのには驚きました。

    「水攻め音頭」という歌まであるのには驚きました。

  • 高松城址公園にある資料館には、現代でも洪水になると水浸しになるこの地域の写真など、貴重な資料がありました。

    高松城址公園にある資料館には、現代でも洪水になると水浸しになるこの地域の写真など、貴重な資料がありました。

  • 水攻めの絵図。

    水攻めの絵図。

  • 水攻めの模型もありました。黒田官兵衛の名前もありました。

    水攻めの模型もありました。黒田官兵衛の名前もありました。

  • 城主清水宗治の銅像。

    城主清水宗治の銅像。

  • 清水宗治の書状。

    清水宗治の書状。

  • 高松城址からの出土品。

    高松城址からの出土品。

  • 館長?の説明もあって、とても勉強になった資料館でした。

    館長?の説明もあって、とても勉強になった資料館でした。

  • 城址公園には、菖蒲の花が咲き乱れていました。

    イチオシ

    城址公園には、菖蒲の花が咲き乱れていました。

  • 清水宗治辞世の句。

    イチオシ

    清水宗治辞世の句。

  • 清水宗治の首塚。

    清水宗治の首塚。

  • 城址公園にあった、水攻めの図です。

    城址公園にあった、水攻めの図です。

  • この辺りは、水攻めの時には堤が築かれていたようです。

    この辺りは、水攻めの時には堤が築かれていたようです。

  • 清水宗治の後を追って、家臣達が互いに差し違えて死んだ場所だと伝わるごうやぶ遺跡。

    清水宗治の後を追って、家臣達が互いに差し違えて死んだ場所だと伝わるごうやぶ遺跡。

  • 清水宗治自刃の地

    イチオシ

    清水宗治自刃の地

  • 最上位なりの大鳥居を見ながら、城址公園から少し歩きました。

    最上位なりの大鳥居を見ながら、城址公園から少し歩きました。

  • ここにも水攻めの時の築堤跡がありました。「蛙が鼻」と呼ばれる一帯です。

    ここにも水攻めの時の築堤跡がありました。「蛙が鼻」と呼ばれる一帯です。

  • 盛り土の跡が、はっきり解ります。

    盛り土の跡が、はっきり解ります。

  • 低い方が元々の地面です。かなり土が盛られて、堤が築かれたようです。

    低い方が元々の地面です。かなり土が盛られて、堤が築かれたようです。

  • 高松城の高さを示す石柱。ここから見ると、とても城とは思えないほどの低さです。

    高松城の高さを示す石柱。ここから見ると、とても城とは思えないほどの低さです。

  • 蛙が鼻築堤跡から、高松城方向を見ています。

    蛙が鼻築堤跡から、高松城方向を見ています。

  • あの山の辺りに、黒田官兵衛や羽柴秀吉が陣を構えていました。

    あの山の辺りに、黒田官兵衛や羽柴秀吉が陣を構えていました。

  • ここにも地図がありました。

    ここにも地図がありました。

  • やはりここは、水攻めに最適な土地だったのでしょう。秀吉でなくても、この地形から思いつく作戦だったのでしょうか。

    やはりここは、水攻めに最適な土地だったのでしょう。秀吉でなくても、この地形から思いつく作戦だったのでしょうか。

  • とても勉強になった、備中高松城址への旅でした。

    とても勉強になった、備中高松城址への旅でした。

この旅行記のタグ

6いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP