2013/09/06 - 2013/09/06
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kotetsupatapataさん
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小生が生息する愛知県のお隣岐阜県。
日本に8つほどある海なし県の一つであり、愛知(名古屋)に比べかなり地味(-。-)y-゜゜゜
仕事中ふと時思いました・・
“阜”って一発変換できね〜(;一_一)
という事で調べました・・
岐阜県の「阜」という文字は、漢和辞典で調べると部首表に8画の部首として掲載されており、部首の読み方を「ぎふのふ」となっている。ちなみに岐阜の県名は、「岐」を古代中国に周の文王が「岐山」から天下統一をおさめたことにちなんできており、「阜」は学問の祖である孔子が生まれた土地にあやかっている。かの織田信長が命名しており、元々は「稲葉山城」と呼ばれていた城を「岐阜城」と改めた。47都道府県のうち、このように中国から由来しているのは岐阜県のみだそうだ。
ようするに岐阜市へ行って来いというわけですね(^。^)y-.。o○
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル
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今まで何度も何度も通った事はあるものの、降り立ったのは初めて!(^^)!
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駅前に建つ黄金の織田信長像です
なんと本当の?金箔を貼っているらしく、万が一の事を考え、随分と見上げる所に建っています。
そういえば、4年前に完成した時は、悪趣味だとか品が無いだとか言われていた気がしましたが、小生にとってはど〜でもいい話です。
黄金の像が初秋の青い空に良く合います -
お〜だ〜の〜ぶ〜な〜が〜♪
歴史好きな人は萌えるのだろうか?
小生なら南口駅前の金○園の方が萌える! じゃなくて燃える(-。-)y-゜゜゜
以下自己規制 -
岐阜駅前にど〜んとそびえる「岐阜シティ・タワー43」です。
商業施設に高層階はマンションとなっています。
周囲に高い建物がないので、大変よく目立ちます。尚当たり前かもしれませんが、岐阜県で一番高い建物(163m)だそうです
ここの目玉は最上階にある展望室で、料金はありがたい事に無料でございます(^。^)y-.。o○
岐阜シティ・タワー43
http://www.gifucity-tower43.jp/ -
43階の展望室へ行く専用エレベーターです
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岐阜駅を真下に見下ろします
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岐阜の中心地と金華山です。
小さいながらも金華山の山頂に岐阜城が見えています。 -
濃尾平野
当たり前ですが山がないね〜(゜_゜)
遠く名駅のツインタワーも望めました -
西に目を移すと、関ヶ原方面の向こうに伊吹山も望めます
何度も言いますが、この眺めが無料で見る事が出来るのですよ!!
どうですか〜皆さん(*^。^*) -
岐阜市の素晴らしい所(*^。^*)
レンタサイクルが1日たったの100円!
岐阜駅南口で借りる事が出来ます。 -
途中通りがかった岐阜善光寺
善光寺といえば言わずと知れた信州の名刹ですが、なんで岐阜市になんか・・
という訳で岐阜市の観光案内より抜粋
戦国時代、岐阜城主となった織田信長が武田信玄によって信州の善光寺から甲府へ移されていた善光寺の善光寺如来を岐阜へ移し、岐阜善光寺が創建されました。
その後、本能寺の変で信長が討たれると程なく本尊は岐阜から移されますが、信長の孫 織田信秀によって善光寺如来の分身を岐阜善光寺の本尊として現在も大切にまつられています
だそうな・・ -
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看板に“岐阜大仏”の文字を見たので、寄って見る事に
これまた岐阜市の観光案内より抜粋(*^。^*)
日本三大仏の一つに数えられるこの大仏は乾漆仏としては日本一の大きさを誇ります。
天保3年4月(1832年)に、実に38年の歳月を費やして完成しました。
堂の高さ25.15m、廻り19.39m、仏像は坐像で、高さ13.7m、耳の長さ2.1m、鼻の高さ0.4m。大イチョウを直柱として、骨格は木材で組み外部は良質の竹材と粘土で造られ、その上を一切経で糊張りし漆を塗り金箔を置いたものです。胎内には薬師如来がまつられています。
私たちに微笑みかけられているようなそのやさしい表情と荘厳さ、そして静寂な大仏殿の中はまさに癒しの空間です。 -
癒されるかどうかはともかくとして・・
おもしろい顔(@_@;) -
さらに進めて川原町まできました
長良橋南詰の鵜飼観覧船のりばから西へ続く「湊町・玉井町・元浜町」の街並みは通称「川原町」といい格子戸のある古い街並みが今も残っています。
狭い間口に長い奥行きという昔ながらの日本家屋が軒を連ねるこの辺りは、昔、長良川の水運を利用した川港として栄え、多くの商店で賑わっていました。 -
和提灯が涼しげ〜
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鵜飼い観光の乗り場です
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岐阜公園にある若き日の織田信長像です
そんなに織田信長好きなのか?
と思いつつ写真を撮る俺って・・ -
さて岐阜城を目指します。
とはいえ岐阜城は標高329mの金華山の山頂に建っているので、ロープウェイで山頂へ向かいます。 -
15分間隔で運行していて、約3分ほどで到着です
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まだまだ石段が続きます
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見えてきました岐阜城です
岐阜城は金華山山頂に位置し、1201年に鎌倉幕府執事二階堂行政により初めて砦が築かれたといわれています。
岩山の上にそびえる岐阜城は、難攻不落の城としても知られ『美濃を制すものは天下を制す』と言われるほどでした。
戦国時代には斎藤道三の居城でもありましたが、その後永禄10年(1567年)に織田信長がこの城を攻略し、城主となりました。
信長は「井の口」と呼ばれていた地名を「岐阜」に、「稲葉山城」を「岐阜城」に改めたといわれています。
天正4年(1576年)に岐阜城を息子信忠に譲るまでの間、「天下布武」の朱印を用いて天下統一の志をかかげ、城下町の復興に力を注ぎました。楽市楽座の保護など当時としては斬新な政策により岐阜城下は大変な賑わいでした。
1600年、関ヶ原合戦の前哨戦の際、信長の孫 秀信が西軍に味方したため、東軍に攻め入られ、激戦の末落城し、天守閣・櫓等は加納城に移されました。
現在の天守閣は昭和31年に再建されたものだそうです -
天守閣内のどこにでもある、甲冑や火縄銃は無視して最上段を目指します。
眺めサイコ〜(^。^)y-.。o○
山頂が雲に隠れてしまいましたが伊吹山の方角です -
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遠く名駅のツインタワーも見えます。
歴史にはさっぱり疎いKotetsupatapataですが、確かに戦略的には非常に重要な要所である事は想像できます。 -
奥には自衛隊の各務ヶ原基地の滑走路も
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山の上で難攻不落なのは想像できますが、要害堅固であるがうえ籠城に備えた飲み水の確保は非常に困難でした。
しかも湧水は一滴もないため、雨水と岩の間から僅かにしみでてくる水を溜める井戸を岩塊に掘削したそうで、二の丸を挟んで西側に3ヶ所、東側に1ヵ所の井戸があります。
そうやね〜ミネラルウォーター買占めできんもんね〜 -
少し下った展望レストランから見た岐阜市市街地
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長良川サイダーで一息
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鵜飼いの舟を製造する工場です
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長良川と金華山
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昨年(2012年)にオープンしたばかりの「長良川うかいミュージアム」です。
名前の通り、岐阜市を代表する伝統文化である“長良川の鵜飼”の価値を分かりやすく紹介・情報発信する場です -
岐阜市の観光地らしい所は回ったので、名古屋に戻ってきました。
名古屋に来たついでと言うのも何ですが、今年の5月に一部公開された名古屋城の本丸御殿に行き事にしました。 -
かつて名古屋城の本丸には、天守閣の南側に本丸御殿がありました。
この本丸御殿は、近世城郭御殿の最高傑作と言われ国宝に指定されていた建物で、現在、国宝になっている京都二条城の二の丸御殿と並ぶ武家風書院造の双璧と言われていました。
昭和5年に国宝に指定されましたが、昭和20年5月、空襲により天守閣、本丸御殿ともに焼失してしまいました。
その後天守閣は昭和34年に再建されましたが、このたび2009年より本丸御殿の復元工事が始まりました。
ここは玄関で、「虎の間」とも呼ばれた本丸御殿の正式な入り口です。藩主に謁見する者が控える場でもありました。
二室の襖・壁・障子の腰には金地に虎と豹が描かれています。なかでも一之間の襖の「竹林豹虎」や障子の腰貼付絵「三方正面眠り虎」はよく知られています。
虎は戦国時代後期の武将に勇猛さを表すとして尊ばれました。 -
現在は第1期の工事が完成し、玄関と表書院が一般公開され、完成するのは5年後の平成30年の予定だそうです
ちなみに表書院とは、藩主と家臣などの正規の謁見に使用されました。
江戸時代には大広間と呼ばれ、上段之間から一之間・二之間・三之間・納戸之間にいたる広大な建築でした。 -
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なかなか見ごたえのあるふすま絵ですね
完成が楽しみです(^。^)y-.。o○
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