2013/04/28 - 2013/04/28
23位(同エリア100件中)
frau.himmelさん
- frau.himmelさんTOP
- 旅行記596冊
- クチコミ0件
- Q&A回答19件
- 1,070,526アクセス
- フォロワー151人
ナウムブルクに3泊滞在します。
ナウムブルク3泊といっても私たちの旅は、そこを基点にあちこと動き回る基地みたいなものです。大きな荷物を持って移動するのはもう体力的にきつい年齢になりました。
今回は、アパートを借りました。自炊して自分たちの好きなものを作って食べると言うのも、気分が変わっていいものです。
ベテラン主婦の二人旅ですから、台所仕事なんてお手の物。
今日は滞在1日目、ワイマールとエアフルトに出かけます。
まずは、古典主義の都として世界遺産に登録されている街ワイマールをご覧ください。
つい先ごろ、麻生太郎副総理が失言をしましたね。
「ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法(?)に代わっていた・・・」とか何とか・・。
そのワイマールなのです。
-
今回は『ホッパーチケット』という地域チケットを見つけました。
50キロメートル以内だったら1日乗り放題で1人7ユーロという、大変お得なチケットです。
ナウムブルクからワイマールまで50キロメートルの範囲に入っています。
駅の券売機で購入できます。 -
ナウムブルク駅ホーム。
ワイマール、エアフルト、アイゼナッハ、魅力的な街々の名前が並んでいます。 -
ワイマール駅に到着。
駅前からバスでゲーテ広場まで行きます。
バス代もホッパーチケットの中に含まれています。 -
ゲーテプラッツで降りました。
-
ゲーテプラッツを少し行くと劇場広場が。
そこにはお馴染みのゲーテとシラーの像。
その像を横目で見て・・。 -
劇場広場には近代デザイン史に重要な影響を与えたワイマールのバウハウス博物館があります。
そこも急ぎ足で通り過ぎて・・ -
マルクト広場にある観光案内所に急ぎます。
あの白い建物の中に観光案内所は入っています。
あそこに集まっている人たちは? -
観光案内所でチューリンゲンカードを購入。
このチュービンリンカードはとっても優れもの。
チュービンゲン州内の250もの博物館・美術館などいろんな施設に入館できます。
ワイマールでは、城博物館、バウハウス博物館、リスト博物館など、
アイゼナッハでは、ヴァルトブルク城、バッハハウス、ルターハウスなど。
その他ホッパーチケットとして利用できたり、ハルツ狭軌鉄道でブロッケン山までも行くことが出来るのです。
24時間、3日用、6日用があります。 -
私たちは24時間用16ユーロを買いました。
とてもしっかりしたクレジットカードやキャッシュカードのような体裁です。
なお、3日用は1年間のうち3日使えるもの36ユーロ、6日用は1年間有効で6日間使えます。56ユーロ。 -
観光案内所のお隣、ルネッサンス様式の華やかな家は、画家ルーカス・クラナッハの家です。
彼はヴィッテンベルクからこちらに移り住みました。 -
そしてこの地で最後を迎えました。
建物の正面上には、
「この家に、ルーカス・クラナッハは1552年から亡くなる1553年10月16日まで住んだ」
とあります。 -
と、その時突然、美しいカリヨンの音色が聞こえてきました。
-
市庁舎中央の塔の上にカリヨンが。マイセン磁器製だそうです。
35個の鐘が1日4回、季節に合わせた曲目で演奏されるんだそうです。 -
市庁舎の下でガイドさんから説明を聞いている人々。
もしかして観光案内所主催のガイドツアーじゃない? -
私たちが購入したチューリンゲンカードでワイマール市内ガイドツアーも無料で参加できます。
途中からでしたが、このツアーに紛れ込む(参加)ことにしました。 -
ホテルエレファント。
有名人が大勢宿泊した有名なホテルです。
メンデルスゾーンやバッハ、リスト、ワーグナーなども泊まりました。
トーマス・マンの「ワイマールのシャルロッテ」の舞台となった場所でもあります。
また、ヒトラーがバルコニーで演説をしたことでも有名。 -
ここに銘碑が。
読んで見ると、童話作家アンデルセンも1844年、ここに滞在したそうです。 -
ホテル・エレファントの近くにはバッハの胸像が・・。
バッハは、1708年から1717年にこの近くに住んでいました。
バッハの2人の息子もこの家で生まれたそうです。
バッハが住んでいた家は第二次世界大戦で破壊されて今はありません。 -
この豪華な建物は、ヨハン・セヴァスティアン・バッハの雇い主、ヨハン・エルンスト3世の居城でした。
-
カール・アウグストの騎馬像。
ガイドさんが何か面白いことを言っているのでしょう、時々参加者がどーっと笑っています。
私にはさっぱり・・。 -
この騎馬像の主は、ザクセン・ヴァイマール公国時代、ここを統治していた「カール・アウグスト公」。
この人こそ、ゲーテを宰相に任命した人です。 -
カールアウグスト公の後ろの堂々とした建物は、フランツ・リスト音楽院。
リストの後押しで、1872年に音楽学校として開校しました。
リストは、アレキサンダー大公から招聘され、36歳からの10年間、ワイマールの宮廷楽長として仕えました。 -
カール・アウグスト騎馬像の右側にはアンナ・アマーリア図書館。
アンナ・アマーリアはカール・アウグスト公の母親。
幼くして公位を引き継いだアウグスト公に代わり、彼女が摂政となり公国を統治しました。
2004年に火災に見舞われ多くの蔵書が消失しました。
私は2007年にもワイマールを訪れて、同じ観光局主催のガイドツアーに参加したことがあります。
その時はここに大きな写真パネルなどの案内板があり、再建ための寄付を募っていました。 -
あれから6年、すっかり新しく再建されていました。
アンナ・アマリア公爵夫人図書館。
ゲーテが館長を務めました。
-
カール・アウグスト公の視線の先には、城館ヴィルヘルムスブルクが。
現在は城美術館として、クラナッハの絵など多くの作品が展示されています。
後で入場したいと思います。 -
次にガイドさんに連れて行かれたところには、大きな木がありました。
まだ葉っぱが出ていないので何の木かと思ったら、ギンナンの大木とのこと。
ガイドさんが詳しい説明をしています。
このガイドさんの説明の長いこと、1箇所で15分くらいは説明しているのでは、と思うくらい。 -
ワイマールはイチョウが有名です。
市の紋章もイチョウ。
イチョウはまた「ゲーテの木」と呼ばれているそうです。
ゲーテは植物学にも造詣が深く、イチョウにちなんだ詩も書いているそうです。
あのフクロウのマークは「自然記念物」に指定されているって印なんですって。 -
この立派な建物はシュタイン夫人の館。
この夫人こそ、ゲーテが80歳を過ぎても愛し続けた晩年の恋人、シャルロッテ・ヴォン・シュタイン夫人なのです。
お若いですね、ゲーテさん! -
ワイマールの街の中を馬車に揺られて観光している人。
優雅でいいなーとは思うけど私には出来ないわねー。
多くの人の目に晒されされているんですもの・・(笑) -
ガイドツアー一行は、イルム公園にやってきました。
最初に出迎えてくれたのは、ロシアの詩人『アレキサンダー・プーシキン』の像。
ワイマールは、文化人にとっては魅力的な街でした。
ゲーテ、シラー、クラナッハのほかにも、ヘルダー、ハイネ、ニーチェ、トーマス・マン、リストなどが足跡を残しています。" -
今日も肌寒い日。
みんな防寒着に身を包んで、フードを被っている人の姿も。
そんな中、イルム公園の散策を続けます。 -
観光案内所が主催するガイドツアーの参加者はみんなドイツ人、日本人(東洋人)は私たち2人だけ。
まあドイツ語のツアーですからね。
こちらのご夫婦ってとっても仲が良いですね。
何歳になってもああやってしっかり手を繋いで・・。
日本人も少しは見習わなければ・・・。 -
みんなの視線の先にあるのは、ゲーテの山荘。
カールアウグス公からプレゼントされたものです。 -
イルム川
-
市壁の廃墟らしきものが・・・。
-
ここにも・・
ガイドさんは教会の廃墟だとか言っていたような・・・。
後で調べたらTempelherrenhaus。
テンペルってつくとキリスト教以外の宗教の教会のことだとか・・, -
通りすがりに見えた赤い星のマークの門扉。
第二次世界大戦でドイツ軍と戦って戦死したソ連兵の霊が祀ってあるそうです。 -
空を見上げれば、寒々とした冬空の様相。
-
次にやってきたところはリストの家。
フランツ・リストは、アレクサンダー大公から与えられたこの家に約30年くらい住んでいました。
もっとも他にも家があり、季節によってあちこち移動していたそうですが、夏の間はここワイマールにほとんど滞在していました。 -
リストは晩年もここで過ごしました。
亡くなったのはバイロイトのワーグナーの館の近くでしたね。
外観は小さな家に見えますが、中は広々とした庭で、大公から優遇されていたリストの生活がうかがえます。 -
ところでワーグナーの足跡がここにも・・
リストとワーグナーは、お互いの作品を理解するよき友でした。
ドレスデンで国立歌劇場の指揮者として活躍していたワーグナーは、革命運動に参加して、追われる身になります。
リストを頼ってワイマールにたどり着いた彼は、リストの縁でスイスに亡命することが出来ました。
リストの娘コジマが、夫ハンス・フォン・ビュローを捨ててワーグナーのもとに走ってからは交友関係は悪化します。
そのころ、リストの招きでワーグナーもワイマールに来たことがあったようです。 -
リストの家の先に、このバウハウス大学はあります。
バウハウス大学は、1919年、ここワイマールに設立され現代的な美術と建築に関する学校でしたが、1933年に閉校されたので、存続したのはわずか14年間でした。 -
入り口の像は、1919年から10年間近くバウハウスの校長を務めた建築家ヴァルター・グロビウス。
彼こそが後に、男性遍歴で名高いアルマ・マーラーと結婚した人なのですね。
アルマ・マーラーは、世紀末の画家グスタフ・クリムトと関係があり、その後作曲家のグスタフ・マーラーと結婚しましたが、後にクロビウスと不倫関係ののち結婚しました。
華やかな経歴の持ち主です。 -
ここでも長い長い説明を受けます。
カンデンスキーやパウル・クレーなども教師としてここに招かれました。
1925年にデッサウに移転したのち、1933年ナチス・ヒトラーの第三帝国の台頭により閉館しました。 -
バウハウス大学を後にして・・
-
ゲシュヴィスター・ショル通り。
ミュンヘンで、ヒトラーに抵抗した白バラ運動のショル兄妹、通りに彼らの名前が付けられています。 -
次に連れて来られたところはお墓。
-
そこは静かな林の中。付近を散歩している人もいます。
この前でまたガイドさんの説明。
ドイツ語がもっとわかれば面白いんでしょうけど、私は足が疲れてそれどころではありません。
近くのベンチに腰掛けて話が済むのを待っていました(笑)。
ここも見ていますしね・・。 -
2007年のガイドツアーではこの先にある大公家の墓所まで行きました。
今回は時間がなくてパスみたいです。
そうよねー、あんなに説明が長かったら時間もなくなるわよね。
そこにはカール・アウグスト公の棺をはじめ、大公家の人々が祀られているのです。
それにゲーテとシラーの棺も安置されています。 -
なんかとても歴史ありそうな場所にやってきました。
-
チューリンゲン先史博物館
-
ものすごく大きくて立派な建物です。
2007年に訪れた時はここの前は工事中でした。 -
この建物は、
「1712年に創設。ウィルヘルム・エルンスト・ギムナジウム」と説明があります。
今は「ゲーテギムナジウム」。
ゲーテの名前をつけたギムナジウム(ドイツの学校制度の一つ)です。 -
しばらく歩くと建物の一画に案内板があります。
「ここはゲーテの秘書、フリードリヒ・ヴィルヘルム・リーマーが住んでいた」と。
さすがゲーテです、秘書でも有名人なのですね。 -
いよいよゲーテの家にやってきました。
文豪ゲーテが1782年から1832年に亡くなるまで住んだ家です。 -
ゲーテの家も外からの説明のみ。
現在ゲーテ博物館となっています。
「もっと光を!」と言って息を引き取った部屋や、彼の書斎などが残っています。
ここは残念ながらチューリンゲンカードでは入館できません。
私は過去2回、中は見学しています。
植物学に造詣が深いだけにお庭も素晴らしかったですね。 -
この家にゲーテが大変信頼していた秘書、ヨハン・ペーター・エッカーマンが住んでいました。
現在は彼の名前を冠したレストランになっています。 -
案内人は私たちを路地裏へといざないます。
こちらが近道なんでしょうね。 -
出てきたところは国民劇場の近く、この噴水に見覚えがあります。
-
シラーの家。
ゲーテの招きでワイマールにやってきたシラーは、1802年から1805年に没するまでの3年間ここに住みました。
この家で有名な「ウィリアムテル」や「メッシーナの許婚」が生み出されました。 -
ヴィトゥムス宮殿。
カール・アウグストの母親アンナ・アマリーア王女が夫の没後にここに移り住み、ゲーテ、へルダー、シラーなど著名な文化人を招いてサロンを開きました。
多くの文化人がここに集い、ドイツ古典主義文化の花が開きました。 -
ワイマールが古典主義の都として世界遺産に登録されたのも、彼女の功績が大きかったのは否めません。
-
バウハウス博物館
ヴァルター・グロビウスによって1919年に創設された芸術造詣学校バウハウス。
近代デザイン史を語るのに欠かせない存在で、展示品の数々が納められた博物館となっています。
ここもチューリンゲンカードで入場できます。 -
2時間以上も続いたワイマール観光局主催のガイドツアーは国民劇場で解散です。
おなじみのゲーテとシラーが手を取り合っている像。
左がゲーテで右がシラー。
ゲーテは本当はもっと背が低かったんだそう…。
でもシラーと釣り合いを取るためにかなり嵩上げされたようです(笑)。 -
国民劇場は、ゲーテの「ファウスト」やシラーの「ウィリアム・テル」が初演され、さらに後年にはフランツ・リストやリヒャルト・シュトラウスが音楽監督を務めて、リヒャルト・ヴァーグナーの「ローエングリン」」などが初演されたという歴史ある劇場です。
-
1919年ここで「ヴァイマール憲法」が制定され、以後ドイツは、「ヴァイマール共和国」と呼ばれるようになりました。
-
麻生太郎副総理が失言しましたね。
「ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。あの手口を学んだらどうかね」と。
そのワイマール憲法が制定されたのがここ国民劇場。
そして、そのワイマール共和国は1933年1月にヒトラーが首相に就任し、ヒトラー内閣が成立した時点で暗黒の世界に突入することになるのです。 -
ちょうどお昼時、国民劇場の広場ではみんながお食事をしています。
でも私たちはまだ行かねばならない場所が・・・
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (4)
-
- norisaさん 2013/08/08 12:11:59
- 観光の達人!?
- frau.himmelさん
こんにちは!
昨日の晩に帰国したので時差ボケ中です(笑)
旅行中はネットを見る暇がなかったので失礼しました。
さてワイマール、かわいらしい街ですね。
もっと大きな所かと勘違いしていましたが、さすが世界遺産だけあって良い風情ですねーー。
そこでのアパート生活、一体どうなることやらと言いたいのですが、美女主婦二人では生活は問題ないでしょうね(笑)しいて言えば女性だけなので危なくないのかなとーー。ドイツなら大丈夫ですねーー。
落ち着いたら新作アップしますのでよろしくお願いいたします。
norisa
- frau.himmelさん からの返信 2013/08/08 20:06:52
- お帰りなさい!
- norisaさん お帰りなさい。
時差ボケ真っ只中のところ、旅行記見ていただいて、コメントまでいただいてありがとうございます。
ヨーロッパの方、いかがでしたか?
norisaさんはヨーロッパをどんな切り口で魅せてくださるか、楽しみです。
落ち着かれましたら、アップしてくださいね。
美女?どこに・・?
は、ともかくとして、ドイツは女性のアパート暮らしもちっとも心配ありません。自分たちで作る朝食も結構いけますよ。
アパートではないのですが、今回初めてしょぼい詐欺(?)にひっかりました。
次の次くらいにアップの予定なので、どういう手口だったか今は内緒にしておきます(笑)。
時差ボケが早くなおりますように・・
himmel
-
- ペコリーノさん 2013/08/05 11:42:21
- 世界遺産の街、ワイマール
- frau.himmelさん、こんにちは
世界遺産の街、ワイマール、行ってみたいと思って、TBSの「世界遺産」のビデオを保存してあったんです。
だいぶ昔で、ナレーションがまだ尾形さんだったか、市村さんだったかの頃です。たくさんの有名人がこの街に住んでいたんですね。
himmelさんの旅行記はきちんと説明を入れてくれてこのままガイドツアーに使えそうです。
ベテラン主婦お二人のアパート生活もちょっと興味あります。
ペコリーノ
- frau.himmelさん からの返信 2013/08/07 08:59:34
- RE: 世界遺産の街、ワイマール
- ペコリーノさん おはようございます。
ペコリーノさん、ワイマールは未踏でしたか?もうてっきりいらっしたものとばかり・・
ペコリーノさんの旅はあちこち移動の旅ではなく、気に入ったところに滞在なさるって旅が多いですものね。
ワイマール、いい街ですよ。私も気がついたら4度目でした。
> ベテラン主婦お二人のアパート生活もちょっと興味あります。
でしょう、でしょう?
楽しいですよ。アパートと言ってもお部屋は別々ですから、お互い自由なことをやって、お食事だけ一緒。
スーパーでハムとチーズ、ヨーグルト、きゅうり(あの大きな)トマト、レタスを1回買い込めば3,4日は大丈夫。あとはパンと季節の果物を毎日買って、毎朝豪華な朝食をいただいていましたよ。
日本から持参したお赤飯で作ったおにぎりを昼食用に持っていったり、夜レストランで食事をする暇がなかったら、これも持参のお蕎麦やソーメンを食べたり・・。
何しろ1ヶ月近くですから、これがあったから望郷の念(笑)に駆られなかったのかもしれません。
今回はベルリンでもう1箇所アパート生活があります。
毎日暑いですね。どうかお身体に気をつけて!
himmel
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
frau.himmelさんの関連旅行記
ワイマール(ドイツ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
4
68