2013/06/26 - 2013/07/11
70位(同エリア136件中)
youさん
黒海とカスピ海の間に連なり、アジアとヨーロッパとの境を成す大コーカサス(カフカス)山脈。この山脈の南側に位置するコーカサス三国と呼ばれる、グルジア、アルメニア、アゼルバイジャンの三共和国を16日間ツアーにて訪れました。
日程とコースは下記。
6月26日 成田夜 カタール航空QR805便にて、ドーハ経由、アゼルバイジャンの首都バクー(2泊)。
6月27日 昼バクー到着後→コブスタン岩山の岩絵観光→カスビ海クルーズ
6月28日 バクー市内と近郊観光
6月29日 バクー→ショマハ→ シェキ(泊)
6月30日 シェキ→国境を越えてグルジア入国→テラヴィ→トビリシ
7月1日トビリシ→国境を越えてアルメニア入国→セブアン湖→エレヴァン(3泊)
7月2日■エレヴァン市内と近郊観光
7月3日■エレヴァン近郊観光
7月4日 エレヴァン→国境を越えてグルジア再入国→クタイシ(泊)
7月5日 クタイシ→ズグディディ→メステイア(2泊)
7月6日 メステイア→ウシュグリ→メステイア
7月7日 メステイア→ズグディディ→クタイシ(泊)
7月8日 クタイシ→ウブリスツィ→トビリシ(2泊)
7月9日 トビリシ→グルジア軍事道路→カズベキ村→トビリシ
7月10日 トビリシ→ムツヘタ観光→トビリシ市内観光
夜トビリシ発カタール航空QR977便にて、ドーハへ
7月11日 ドーハ発カタール航空QR804便にて、夕刻成田。
この旅行記は、エレバン郊外編を掲載します。
表紙の写真はアルメニアのシンボル アララト山とホルヴィラップ修道院。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
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7月2日〜3日 2日間ともエレヴァン市内と近郊の観光です。
現地で頂いたエレヴァン近郊の地図から抜粋。
これによれば、アルメニア教会や修道院が各地に点在しています。
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7月2日 9時ホテルを出発 この日最初に訪れたのは世界遺産のズワルトノツ大聖堂跡。7世紀に創建され当時は高さが50mもある壮大な円形の聖堂でした。当時をしのばせる円形に配置された柱の数々が残っています。
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ギリシャ風の円柱の間から奥にアララト山が見えています。
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ブドウの葉や実、ザクロの実等が彫られた石材が地面に転がっています。
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アルメニア文字が彫られた日時計。
アルメニアは世界でも最も古い文化を持つ国。301年、歴史上初めてキリスト教を国教と定めたアルメニア王国は、5世紀に東ローマ帝国とサーサーン朝に分割されて滅びてしまいます。しかし、6世紀末には東ローマ帝国のあらゆる場所にアルメニア人のコミュニティが形成され、軍の要職はアルメニア人が占める等、アルメニア人は東ローマ帝国内に社会的優位性を築き、文化、建築、科学等その発展に寄与したと言われています。
アルメニア人は昔から頭が良かった・・・ガイドのルシーネさん。 -
遺跡内で思いがけなくアルメニアの民謡を聞くことができました。CDを売っている楽団員です。
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30分程バスで移動して、リプシマ教会に来ました。
アルメニアがキリスト教を国教に定める以前、アルメニアに布教に来て殉教したリプシマという聖女を祀るため7世紀に建てられた教会です。
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イチオシ
教会内部に入ります。ドーム天井の小窓から淡い光が差し込んでいて厳粛な気持ちになります。
祭壇の横に地下に通じている階段があり、それを下りたところにリプシマのフレスコ画が描かれた石棺が安置されています。 -
アルメニア正教の総本山、エチミアジン大聖堂に来ました。
アルメニア教会の創始者聖グリコルが、キリストの降臨をえたとされる場所に301年〜303年に造った世界最古の教会です。 -
長い参道の先に大聖堂が建っています。広い境内には、大司教庁、神学校などの建物もあります。
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本堂への立派な入口。ここから中に入ります。
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大聖堂の中。
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正面の祭壇。世界各地に散り散りとなったアルメニア人らの精神的な拠り所です。
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祭壇右奥に併設されている宝物館に入ります。
これはキリストの脇腹を刺したという聖槍(イエスの死を確認するために槍を刺したローマ兵の名をとってロンギヌスの槍とも呼ばれています)。
余談ですが、ウィーンのホーフブルグ宮殿内にも、ロンギヌスの槍が展示されていましたが、真偽のほどは????。 -
ノアの箱舟の破片がベースの十字架。
アララト山にノアの箱舟がたどりつき、そのアララト山をのぞむ地に住むアルメニアの人々はノアの末裔と信じています。彼らにとっては大切な宝ものなのです。 -
境内の洗礼堂。ちょうど、幼い娘さんが洗礼を受け、家族に祝福されている所でした。
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淡紅色の糸状の花が咲いている、ネムノキでしょうか。。。境内に沢山ありました。
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共和国広場に来ました。
噴水を囲むように、財務省、マリオット・ホテル、電話局、歴史博物館などが建っています。 -
共和国広場に面して建つ歴史博物館に入ります。
先史時代遺跡の発掘品をはじめ、ウラルトゥ王国時代からの武器、民族衣装、それにアルメニア人の虐殺に関するものなど見学しました。
内部の写真撮影は禁止。 -
7月3日 今朝もアララト山の頂が良く見えています。
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イチオシ
この日は、ホテルを9時に出発。郊外のホルヴィラップ修道院へ行きます。
修道院手前で写真ストップ。アララット山を背景にした修道院を展望します。
今朝早い時間は山頂が良く見えていましたが、このタイミングで雲が漂っています。しかしなかなかの絶景です。
アララト山はトルコに属し、アルメニアの国境から32km、イランとの国境から16kmに位置しています。
右側の主峰大アララト山の標高は5137m、主峰から左手に連なる小アララト山は3896mです。 -
イチオシ
小アララト山ズームアップ。
富士山と形がそっくりです。
日本人が富士山を心の拠り所としている様に、アルメニアの人々もこれらの山々はたとえトルコに属していたとしても、心の故郷なのです。 -
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草原の中のアルメニア領にアララト山を模したような2つの丘(山々)が見えます。トルコ領になってしまった悔しい思いからアルメニアの人々が作ったのでしょう。
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丘を上って先ほど遠望したホルヴィラップ修道院に行きます。
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この修道院は17世紀に建てられ、19世紀に鐘楼がつけ加えられて現在の姿になったとのことです。
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イチオシ
奥にアララト山が見えています。正面の建物は、聖グレゴリウスが13年間幽閉されていたという地下牢の上に建てられた教会。
キリスト教徒であったグレゴリウスは、異教徒だったアルメニア王・ティリダテスによって地下牢に閉じ込められます。その13年後、王は奇病に犯されますが、王の妹が夢の中で、グレゴリウスを牢から出せば治ると告げられ、その通りにしたところ、王の奇病が治り、アルメニアはキリスト教を国教にした。。。地下牢にまつわる伝説です。 -
垂直の梯子を10mほど下ってその地下牢に入ってみます。
こんな閉鎖空間に13年も。。。。とても耐えられないですね。写真を撮って早々に脱出します。 -
アララト山背景に未来のアルメニア美人らとともに記念写真。
「ショノラカルチューン」(ありがとう)。 -
次に、首都エレバンの起源となったウラルトゥ王国の要塞都市エレブニに来ました。
エレバンの街を見下ろすアリンベルドという小高い丘の上に、紀元前8世紀に建設され、現在城壁や家屋の一部が残っています。 -
修復された城壁の一部。城壁の上の石板には、くさび形文字が刻まれており、それらを解読した結果、この地域を治めていたウラルトゥのアルギシュティ王が築いた都市であることが分かったそうです。
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訪れたときもまだ発掘や修復等の作業が行われていました。
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修復済みの建物の壁。
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屋根で保護されている石積みの壁。
壁の表面には漆くいが塗られ,彩色された模様や人々の行進している姿などが見られます。当時はヨーロッパと中国、インド等を結ぶ交易路の中継地として繁栄していたのでしょう。 -
遺跡のある丘からエレバンの街を見渡せることができます。
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エレバンの街から南東約30Km、ガルニ地方に草原地帯を抜けて向かいます。
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野外レストランにて、マスがメインの昼食をとります。トマトとキュウリはいつも添えられていて結構美味しくて人気があり、一番初めに無くなってしまいます。
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ガルニ神殿に来ました。
紀元前3世紀に建てられたヘレニズム建築の神殿で、夏至の時期に神殿の天窓から差し込む太陽の光が神殿奥の祭壇を照らす構造になっています。
現在見られる神殿は、基壇部分を除いて1970年代に再建されたものです。 -
神殿の基礎部分。
基礎の石はそれぞれ内部に撃ち込まれた鉄筋で繋がって、地震対策がきちんと施されていました。
その基礎の石に穴が見られますが、中の鉄筋を盗んだ泥棒の仕業だとか。 -
夏の宮殿の基礎。神殿の横に残されています。
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神殿の裏手は崖。素晴らしい渓谷美の中にこの遺跡は残っています。
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宮殿に付属していた浴場の跡。
ローマ遺跡で見たものと同じような構造です。 -
浴場のモザイク床。
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15分ほどバスで移動して、ゲガルド洞窟修道院に来ました。
修道院の名称である「ギガルド」は槍を意味しており、キリストの脇腹を突いた聖槍の一部がここで発見されたことにちなんでいます。 -
修道院の創建は4世紀。この様な荒々しい岩山に囲まれた標高1750mのアザート渓谷に建っています。
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岩壁をくり抜いて主聖堂や廟等が造られています。
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聖堂内で讃美歌を歌って下さった合唱団のみなさん。
洞窟内に美しい讃美歌が響きわたり、心が洗われる気分になりました。
修道院は遺跡ではなく、現在も信仰の場として生きているのです。 -
周囲の岩山や岸壁にも、小さな洞窟や十字架が彫られています。
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7月4日 7時30分 ホテル出発。
アルメニアの最高峰アラガツ山4090mを横に見ながらグルジアに向かいます。
大コーカサス三国--アルメニア・エレヴァン郊外編 おわり
大コーカサス三国--グルジア・スワネティ編につづく。
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この旅行記へのコメント (2)
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- pedaruさん 2013/08/07 18:23:58
- 世界は広いですね。
- youさん こんにちは
所変われば・・・といいますが、私には行けなくても、いろんな風景、建物、人々、未知の国を紹介していただくだけで嬉しいです。
ズワルトノツ大聖堂跡、素晴らしいですね。当時は50mもあったとは驚きです。石に刻まれた文様、夢が広がります。
小アララト山、小というから小さいかと思いましたが、3896mもあるんですね。富士山そっくりですね。
ガルニ神殿もいいですね〜、・・・他の所では遺跡発掘調査がなされていましたが、奇しくも、我が家の前では縄文遺跡の発掘が今日終わったところです。
写真を撮りましたので、地味な発掘ですが、そのうち紹介させていただこうかなとか思っています。
pedaru
- youさん からの返信 2013/08/07 23:05:47
- RE: 世界は広いですね。
- pedaruさん
こんばんわ 毎度嬉しいコメント有難うございます。
youはこうした古い遺跡を見るたびに、昔の人々は素晴らしい知恵と技術とそれらを旨く活用する勇気と行動力があったと感心してしまいます。当時は、位の高い人の一声で、こうした後世に残る建造物ができたのでしょうけど。
> ガルニ神殿もいいですね〜、・・・他の所では遺跡発掘調査がなされていましたが、奇しくも、我が家の前では縄文遺跡の発掘が今日終わったところです。
エェ〜 pedaruさんのお宅の前も縄文遺跡があったということですか。それはそれは。遺跡の規模によっては、遺跡の上にpedaruさんのお家が建っている可能性もあるということかしら??・・・由緒ある土地柄なのですね。
発掘記録とpedaruさんの楽しい説明 期待しています。
you
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