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諸国民戦争記念碑(Monument to the Battle of the Nations and Forum 1813)

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2013/07/05 - 2013/07/12

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しょうちゃんさん

ライプチッヒ郊外に諸国民戦争記念が1913年10月ナポレオン戦争時にナポレオン・ボナパルト率いるフランス軍19万(含むライン連邦)に対して諸国(プロイセン・オーストリア・ロシア・スエーデン)連合軍約36万が勝利した記念の碑(91m)がある。
この碑は1913年(第1次世界大戦前)にナポレオンの本営が近い古戦場に建設された。今年2013年10月20日フランス軍の服装をした兵士達が当時の状況を再現し,模擬戦闘を行った(ロイター電)。
2004年には当時の状況が記されたフィルムが,ドレスデン戦争史博物館で見られる。
欧州近代史を理解しようとする人は今から200年前に行われたフランス革命と多くのイノベーション(例,缶詰・近代組織)のトリガーとなった歴史を理解すると良いだろう。
日本のガイドブックには歴史的な事実や事件に関する記述がロンリー・プラネットと比較するときわめて少ない。これでは単なる物見遊山の旅行になってしまう。特に現地の人たちと片言のドイツ語や英語で語り合うことができないだろう。
行き方は,駅でライプチッヒ・カードを購入すば,地図で市電15番のMeusdorf方面行きに乗車し,9番目の駅Volker-Schiacht Denkemal(デンクマール)の駅(下車前に見える)。
勝因はナポレオンの戦術をマスターし(組織学習),ナポレオン直轄部隊との戦闘を避け(後退),ナポレオンが率いていない部隊(管理限界)を各国が連携(外側から内側のフランス軍を攻撃)したことである。ナポレオンは各国軍隊の動き(意図)を把握できず,内線の有利さ(兵力集中による各個撃破・ランチェスターの第1法則、例イタリア戦役マレンゴの戦い)を活用できず,直下部隊があちこちの戦場に出向き、疲労したことが敗因の一つである。
インパール(ウ,)作戦や第2次アキャブ会戦も英印軍(マウントバッテン指揮)がプロイセンの亜流である戦術(包囲壊滅)を学習したことが勝利(空中投下による防御陣地強化)の一因である。
プロイセン軍スタッフカール・フォン・クラウゼビッツは「戦争論」の本(理論化)を出版、各国士官学校教科書として使われている。ナポレオンのような天才(leader)を育てることは難しいことから,参謀本部を設立し,将軍を補佐するスタッフ(作戦・補給・通信)育成に力をいれた結果,1860年代対デンマーク・オーストリア・フランス戦争に勝利した。
岩倉具視一行はベルリンでビスマルクに会い,プロイセンの参謀を日本に招き,士官教育に力を入れた。
推薦書: 佐藤鉄太郎「海洋国家と大陸国家の軍事思想」,リデルハート「戦略論ー間接アプローチ」、バリー・リーチ「ドイツ参謀本部」

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
鉄道
航空会社
フィンランド航空
旅行の手配内容
個別手配

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この旅行記へのコメント (4)

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  • jijidarumaさん 2014/02/17 00:44:25
    ライプツィヒ諸国民戦争記念碑
    2011年の5月に旧東独を巡りました。
    ザクセンの古城群巡りの途中に寄ったのですが・・・。

    XXX
    地下駐車場から出て、来た道を戻り、南に向かって数kmで、突然お目当ての巨大な塔が前に見えてきた。ライプツィヒ諸国民戦争記念碑である。
    山勘で走ったのだが、上手く当たった。ちょっと停車して、凄さに圧倒されながら写真を撮った。

    当時のドイツにとって、ナポレオンに勝利した事が如何に大きかったかを具現したものだ。
    Voelkerschlachtdenkmal Leipzigライプツィヒ諸国民戦争記念碑
    この諸国民戦争記念碑はライプツィヒの象徴として有名であると同時にドイツで最も大きい国立記念碑である。死と自由のための巨大な殿堂は高さ91mで、旧ナポレオン司令塔からそれほど遠くない所にある。1858年から1913年にかけて建築家ブルーノ・シュミッツによって建設された。
    ヨーロッパ連合軍がナポレオンに勝った1813年の決定的な勝利を記念するもので、土台にある像は多くのドイツの戦争の際に守護聖人とされた大天使ミヒャエルです。
    栄誉の殿堂のドーム天井の巨大な面には324個のほとんど実物大の騎士像が描かれている。
    » www.voelkerschlachtdenkmal.de

    *参考wikipedia・ライプツィヒの戦い(1813年10月16日 - 10月19日):
    ナポレオン戦争における最大規模の戦闘で“諸国民の戦い”とも呼ばれる。ライプツィヒ(当時のザクセン王国領)で、ナポレオン1世麾下のフランス・ワルシャワ公国・ライン同盟諸邦軍19万と、プロイセン・ロシア帝国・オーストリア帝国・スウェーデンの連合軍36万の間で戦いが行われた。 3日間の激戦の末、圧倒的な兵力差の前にフランス軍は敗北した。フランス軍は4万以上の死傷者を出し、一方の連合軍も5万以上の死傷者を出した。戦闘の結果、フランス帝国のライン川以東での覇権は終焉し、ナポレオンのドイツ支配が終わった。ライン同盟は崩壊し、多くのドイツ諸邦が連合軍に加入することになる。
    この事は皇帝ナポレオンの退位の契機になった。、
    XXX

    とこんな風に私のPCの旅行記(4Travelではありません)に書いています。

    しょうちゃんさん からの返信 2014/02/18 11:15:46
    RE: ライプツィヒ諸国民戦争記念碑
    拝復 昨年仕事でベルリン(2回目)に出かけた際にライプチヒにあるデンクマールを見学に行きました(杖をついて)。丁度ナポレオン戦争200周年にあたる年だったからです。今年はフランス人が大戦争と呼んでいる第一次世界大戦100周年にあたる年ですので、6月バルセロナへ出かける際(予定)にイーペルにでも行きたいと考えております。では
  • frau.himmelさん 2013/07/14 20:53:45
    ドイツにいらっしたのですね。
    しょうちゃんさま こんばんは。

    ドイツに行ってらしたのですね。
    ドレスデン、ライプティヒ、両旅行記拝見いたしました。
    お写真はないけれど、迫力ある文章が素晴らしいです。
    歴史をすこし齧ったものなら知っている地名、名将、戦地の名前がゾクゾク出てきて、ワクワクしながら読ませていただきました。

    思えば、私がフォートラに投稿するようになった頃、しょうちゃんさまからは貴重なアドヴァイスをいただきました。
    特に、歴史に関するアドヴァイスは、今の私の旅行記の基礎となっています。

    ライプティヒのデンクマール、私も10年以上前に行ったことがあります。
    すっかり忘れていましたが、しょうちゃんさまの旅行記を拝見して思い出しました。

    これからもよろしくお願いいたします。

    himmel

    しょうちゃんさん からの返信 2013/07/14 22:00:04
    RE: ベルリンとその周辺
    Frau Himmelさん グーテン・ターク!
    基本はwww.WACRA.orgに参加したのが目的です。10年前にベルリンに行きました。現在、糖尿病で無理ができませんが、ドレスデン・ライプチヒ・ポツダム・ベルリン市内の見たい博物館をコンファレンスの合間に出かけてきました。ドレスデンは戦争史博物館、ライプチヒはデンケマール・シュタージ博物館・トーマス教会、ポツダムはツエツイーリエーン・ホーフ宮殿、ベルリンは、シュタージ博物館・ドイツ抵抗メモリアル・センターに限定して見学してきました。片言のドイツ語で話しかけることはできるのですが、もう少しドイツ語を勉強してからドイツ語圏にでかけることを痛感しました。では、また追加します。

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